魔獣の森のお嫁さん

天坂コーキ

ドラゴンと兵士

◇◆

「隊長、いま大きな音が聞こえませんでしたか?」
「ああ、ついに来たようだな」

部下の一人から声をかけられ、アルノーはかじりついていたサンドイッチを置いた。時刻は昼を過ぎたころ。陣地を整えた兵士たちは、交代で食事をしているところだった。
幾重にも並べられた柵の奥で、アルノーは兵士全員に警戒態勢をとらせる。兵士たちは素早く立ち上がり、緩めていたベルトを締め直した。
数分とかからずに全員が柵の後ろに並ぶと、計ったかのように斥候兵が広場に駆け込んできた。

「オオトカゲが出現!ジルバーと思われるハンターが追われています!」
「誘導はしているか?」
「はい、2人がかりでやってます。」
「よし、狼煙をあげろ!クロスボウの弦を引け、ボルトはまだ装填するなよ!」

とたんに広場の中が慌ただしくなる。
着々と戦闘の準備が整えられていく中で、遠くから聞こえる地響きに追われるように小さな獣の群れが広場へ駆け込んでくる。獣の群れは兵士たちを見つけると、大慌てで方向転換して森の中へと走り込んでいった。

獣の群れがいなくなると、広場へ続く道を走ってくる人影が見えた。それを見たエーミールが、手を振りながら大声を上げた。

「ジルバー、こっちだ!」

ジルバーはその呼びかけに片手を上げて応え、道に作られた柵をくぐり抜けながら走る。その後ろから地面を揺らしながら、深緑色の巨体が姿を現した。

「ボルト装填。クロスボウ、構え!」

号令に従い、兵士たちがクロスボウを構える。
彼らの邪魔にならないように、ジルバーはできるだけ身を低くしながら走った。

「2列交互に斉射する。まだ引きつけろ」

レッサードラゴンが、最初の柵に激突する。それは根元から掘り起こされて吹き飛んだが、スピードをかなり落とすことができた。レッサードラゴンはなおも走り続けるが、2つ目の柵にぶつかると、それを大きく歪ませて足を止めた。

「1列目、斉射!」

引き絞られた鋼線が解放され、太く重たい矢を打ち出す。幾本もの太矢ボルトが空を裂いて飛び、レッサードラゴンの表皮に突き立った。
硬い表皮を貫かれた痛みに、レッサードラゴンが大きな咆哮を上げる。それを聞いた兵士の何人かが、恐怖のあまり硬直した。

「2列目、前へ!動けないヤツは殴って後ろに転がしておけ!」

アルノーの号令が飛ぶと、正気だった兵士たちが動きだす。硬直していた兵士のほとんどもすぐに正気を取り戻し、クロスボウを持って列を交代した。

ジルバーが柵をくぐり抜け、兵士たちの裏側へと移動する。するとそこで待ち構えていたエーミールが、すぐさま駆け寄ってきた。

「ジルバー、無事だったんだね!本当によかった」
「俺はあれくらいじゃ死なない。それより、アルノーに報告がある」
「わかった。僕も一緒にいくよ」

2射目が放たれ、レッサードラゴンの体にさらに矢が突き立つ。そうなってもひるむことなく、レッサードラゴンは柵を踏み潰して進みだした。

ジルバーは指揮をとっているアルノーと顔を合わせると、すぐに頭を下げた。

「緊急事態だったとはいえ、勝手な行動をしてすまなかった」
「私の部下を助けてくれたんだ、謝ることはない。それよりも、今はあのオオトカゲを倒すことの方が重要だ」
「そのことで話があるんだ。あのオオトカゲなんだが、実はレッサードラゴンという種類らしい」
「ドラゴン?」
「ドラゴンだって!?」

エーミールの声に、兵士たちの間に動揺が走る。それを見取ったアルノーは、強い口調で声を張り上げた。

「聞いたか諸君。どうやら我々はドラゴンバスターという栄誉を賜るチャンスに巡り合えたようだ。柵で足を止められ、矢が刺さる獣を狩るだけで、ドラゴンバスターと呼ばれるようになるのだ。英雄になるには絶好のチャンスだぞ!」

この言葉で、兵士たちの士気が大きく高まった。すぐさま次の矢を射かけさせると、ほとんどの矢がレッサードラゴンに命中した。
体の全面がハリネズミのようになったレッサードラゴンが怒りの咆哮をあげたかと思うと、今度は大きく息を吸い込んだ。

「盾、構え!大きな攻撃がくるぞ!身を低くして耐えるんだ!!」
「ジルバー、僕の後ろにしゃがんで!」

アルノーが背中を這い登る危機感からほとんど反射的に指示を出すと、兵士たちはすぐさま地面に置いてあった盾を並べて構えた。
レッサードラゴンの体から、雷のような低い音が漏れ出たかと思った次の瞬間、霧のようなものを口から吐き出してきた。それは並んだ兵士たちの大半を飲み込み、そのまま森へと流れていった。
霧が通り過ぎた後の空気は、ひどく酸っぱい臭いに満ちていた。エーミールに庇われたジルバーが顔をあげると、霧を直接浴びたであろう柵の大部分と、広場に生えていた草がただれたように変形しているのが見えた。
アルノーをはじめ、兵士たちも霧を吸ってしまったのだろう。苦しそうに咳き込んでいる者たちがかなりいる。

「エーミール、お前は大丈夫か?」
「う、うん。なんとか平気。今のはいったい何だったんだろう?」
「酸のブレスよ。体の中に溜めこんでいた酸を、空気にのせて吐き出したのよ」

そんな声とともに、霧が流れて行ったはずの森の中から1人の少女が姿を現した。
森にいるとは思えない軽装の可愛らしい少女。エーミールは喉の痛みをこらえながら、疑問の言葉を口にした。

「きみはいったい……」
「ジャンヌは西の魔女のイチバンの弟子、ソシエール、ジャンヌよ!」

きらりんっ、と口で言いながらジャンヌはポーズを取った。

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