魔獣の森のお嫁さん

天坂コーキ

オオトカゲの正体

森の中に、広く拓けた場所があった。そこは、かつて現れた熊の魔獣を狩るために落とし穴が用意された場所。
現在は穴は埋められてその痕跡もほぼ残っていないが、たびたび狩りに使用されるためにそこは使いやすいように保たれていた。

そこに、12名の兵士が整列していた。前方には急造の柵が並べられ、武器の準備も整えてそれ・・が来るのを待ち構えている。
ほか数名の兵士が柵の増強や斥候を行い、ローテーションで待機に移る。そうやっていつオオトカゲが現れてもいいようにしていた。

兵士たちの先頭に立っているアルノーに、横に並んでいたエーミールが声をかけた。

「あ、あの!……ええと、その」
「……本当にジルバーくんは生きているのだろうな?」
「は、はい!その、川に落ちる前に、自分だけなら問題ないとは言ってました」
「川に落ちた時の様子はどうだった?」
「橋が落ちるのに巻き込まれないようにするのが精一杯だったので、見てません。僕が川を見た時には、オオトカゲが流されていくのしか見えませんでした」
「そうか」

エーミールは、オオトカゲをおびき寄せる木の実が入った袋を握りしめていた。
自分がジルバーのいうことを聞かなかったせいで、彼を危機に陥れてしまった。その事実に苛まれ、何度か木の実を捨てようとしたこともあった。でも、これがなければオオトカゲを誘導することができない。
だからエーミールは、自分の罪の証拠である木の実を手放すことができなかった。

「オオトカゲは必ずここへ来ます。あいつはジルバーに興味がないはずだから、ジルバーはきっと無事です」
「そうであることを祈ろう」

エーミールは落ち着かげに足踏みしたり、袋の持ち方を変えたりしながら、オオトカゲが来るのを待ち続けた。たびたび口を開くが、アルノーからの返事は口数が少ないものばかりだ。
エーミールは自分がまともな状態でないことに気づいているが、それをどうすることもできなかった。

◇◆

一方、川から少し離れた地点では何本もの木々が現在進行形でなぎ倒されていた。
オオトカゲが荒れ狂いその巨体を太い樹木にぶつけると、それは大きな音を立てて倒れた。
そのオオトカゲの視線の先にいるのは、全身ずぶ濡れのジルバーだった。服のあちこちから水がしたたり落ちて、水しぶきを周囲に振りまいている。しかしその動きは俊敏で、オオトカゲによって振るわれる一撃を簡単に避けていた。

「服が体にひっついて動きづらい!しかも冷たくて、……ックシュン!気持ち悪いな」

体をブルリと震わせると、髪と服から水滴が飛び散った。
その余裕溢れる様子にイラだったのか、オオトカゲが猛然とジルバー目がけて突進してきた。
ジルバーが真横へ走ってそれを躱すと、オオトカゲは木にぶち当たってそれを押し倒した。大したダメージは受けてないようだが、ジルバーへの敵意は溜まっているようだった。

「今のは俺のせいじゃないと思うんだが。まあ、都合がいいからいいんだが」

ジルバーを恨めしそうに見てくるオオトカゲに睨み返していると、何かが近づいてくる音が聞こえてきた。そちらへ目をやると、木々の奥から見たことある少女が飛び出してきた。

「ちょっとちょっと!これはいったいどういうことなのよ!」

つばの広い三角帽子に、袖の短いシャツと上着。ミニスカートにシマシマのニーハイソックス、そしてオシャレなブーツを履いた見習い魔女、ジャンヌがジルバーを指さして言った。

「どういうこともなにも、オオトカゲに追われて逃げてるだけだが。というか、このオオトカゲはお前のせいだろ」
「そうよ!ジャンヌがすっごい計画のために連れてきたレッサードラゴンちゃんよ。まだまだ子供だけど、成長するとちょーすごくなるんだから」
「どらごん?なんだそれは。こいつはただのオオトカゲじゃないのか」

疑問に思ったことを素直に聞いただけだったが、ジャンヌにはそれが気に入らなかったようだ。拳を握り、強く否定した。

「あの後わざわざ別なのを連れて来たんだから。前みたいなトカゲと一緒にしないでよ。これだから無知な人間は困るのよね。いい?ドラゴンっていうのはね、世界を蹂躙する生きた災害。魔獣の中の魔獣。いわば魔獣の王様なのよ!獣丸出しのトカゲとは違って、ちゃんとした知性があるのよ。頭がよくて、その上強い。ドラゴンはすっごいんだから!」
「そう言われてもな」

ジルバーが今まで見たのは、木の実を探して走り回る食い意地が張ったところくらいだ。確かにその体重から繰り出される体当たりは驚異的だが、その程度なら普通の成長したオオトカゲでもやってのける。
だから、すごいと言われても実感がなかった。

「もー、全然わかってくれないのね。いーい?このレッサードラゴンはね……」

語り始めるジャンヌの横で、レッサードラゴンが動き出した。その巨体を滑らかにくねらせながら木々を避け、それでいて素早くジルバー目がけて進んでくる。
また、レッサードラゴンが動くと同時にジルバーも後ろを向いて走りだしていた。

◇◆

「レッサードラゴンは森の深部外縁に卵をたくさん産むの。なぜならそれより内側だと、子供が生き残れないから。生まれたレッサードラゴンは木の実を中心に食べて成長するんだけど、小さな動物も食べたりするの。すごいでしょ?それでね、成長すると動物をたくさん食べるようになるんだけど、木の実が大好きだったことは忘れないの。だからそのレッサードラゴンが食べてた木の実を用意すれば、誘導することができるの。ね、めっちゃおもしろくない?」

森の中を全速力で走るジルバーの横で、ジャンヌが楽しそうに笑いながら話していた。
ジルバーはデコボコしている道なき道を、木々を避けながら進んでいるのに、ジャンヌは平然とそれについてきていた。

「それは、魔法なのか?」
「え?ぜんぜん違うよ。ドラゴンなら魔法を使えるかもしれないけれど、レッサードラゴンは絶対に使えないわ。なんたって、人間と魔女くらいの差があるし」
「人間と魔女の差が俺にはイマイチはっきりと分からない」
「そんなの当ったり前じゃん。マナもオドも感じられないし、キズがあっても有効利用してないじゃん?ジルならもしかしたら分かるかもしれないけど、普通の人間には全然分からないわよ。マジうける」

横を向いて話していたジャンヌが、藪の中にまともに突っ込んだ。ジルバーは助けようと反射的にスピードを緩めるが、何事もなかったかのようにジャンヌが藪から飛び出してきた。

「今のなんなのよ、チョーサイテー。マジありえないんだけど」
「お前の方がありえないと思うんだが?」
「えーなにそれ。ジルってひょっとして、ジャンヌのことバカにしてる?」
「いや。普通の人にはできないことを簡単にやってるところは、とてもすごいと思ってるぞ」
「ふふん。ジャンヌは魔女なんだから、当然だし」

そんな会話をする2人の背後から、レッサードラゴンの方向が聞こえてくる。

「ところであいつを大人しくさせることはできないのか?」
「できないこともないけど、どうせ退治しちゃうんでしょ?なら同じなんじゃない?」
「たしかにそうだが、大人しくしていてくれれば被害が減る」
「じゃあ頼んでみれば?今からお前を殺すからじっとしててくれってさ」
「無理だな。わかった」

ジルバーは小さくため息をつくと、急こう配の丘を駆け上がった。ジャンヌも文字通り飛び上がってそれについてくる。
レッサードラゴンはどうなったかとジルバーが丘の下を見ると、スピードを落としたものの、4本の足で着実に丘を駆け上ってきていた。

「うまくついてきてるな。心配はないか」
「あれ?ジルが倒すんじゃなかったの?ジャンヌはそうだとばっかり思ってたんだけど」
「そういう訳にもいかないだろ。今回の主役は、俺じゃないんだからな」

ジルバーはそう言って、再び森の中を駆けだした。

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