魔獣の森のお嫁さん

天坂コーキ

進撃

◇◇

今にも雨が振り出しそうな空の下。森の中に作られた第二拠点では、早朝にもかかわらず兵士たちが一糸乱れず並んでいた。
皆すぐにでも進軍できる状態で、正面を見つめている。
その視線の先では、隊長であるアルノーが演説を行っていた。

「……つまり、これはすでに気楽な大狩猟祭おまつりではない。我々の仲間と、それを助けるために森に残った勇敢なハンターを救出するための、重要な任務である。我々は決められた役割を果たし、かつその上で同胞を無事に救出しなければならない。それは困難なことではあるだろうが、我々なら確実に成し遂げることができると私は信じている。であれば、迅速に、かつ正確に事を成さねばならない。皆、覚悟はいいな!!」

「「「サー、イエス、サー!」」」

「では総員、配置につけ!駆け足!」

号令一下、兵士たちは決められた陣形へと一斉に並ぶ。
広範囲を人数でカバーするように、横長の列を組んで身構える。後は進軍の命令を待つばかりだ。

アルノーが列の中心で待ち構えていると、正面からディールが走ってくるのが見えた。
ディールはずらりと並んだ兵士たちに驚いたが、すぐに気を取り直してアルノーのもとへと急いだ。

「アルノーさん。結界の一部解除、終わりました。歩いて進めば、たどり着くころには臭いはなくなってますよ」
「ディールくん、ご苦労だった。後は我々に任せてくれたまえ」

ディールを列の後ろにやると、アルノーは逆に前へと出た。

「総員、盾を鳴らせ!前進始め!」

隊長アルノーを筆頭に、15人の兵士が盾を打ち鳴らしながら前進を開始する。
盾を打つ音に合わせて、全員で歌を歌い始める。
それは大門が開かれる時も歌われていた行進曲だ。

横列15人が足並みをそろえて進むその様は、まるではるか遠い地へと戦いに赴く戦士たちのようでもあった。

ディールはその後ろで、ひとつの狼煙に火を点ける。
この狼煙を合図に、別な位置で待機している兵士たちが追い込みを開始するのだ。

「ジルバーたちにも見えてるといいんだけどな」

空へと登っていく煙を見上げながら、ディールはつぶやいた。

◇◇

ジルバーは鼻先に冷たいものを感じて空を見上げた。どうやら雨が降り出してきたようだ。木の下なら雨粒はほとんど気にならないが、それでも温度が低くなるので気をつけた方がいいだろう。
一晩の宿としていた岩場から歩くこと数十分、ジルバーとエーミールは川に沿って歩いていた。

木々を隔てて流れる川は、渡るには少し急な速さで流れている。しかも今のような寒くなってきた季節では、うっかり転んだなら風邪を引きかねないほど冷たくなっているだろう。

「もう少し先に橋がかかってる。そこから向こう側に渡ろう」
「うん、わかったよ。それにしても、早くみんなと合流したいなあ」

エーミールは先ほど見えた狼煙の方角を見上げながらため息をついた。

「本当だったらみんなが来るのを待ってればよかったはずなのに。つまづいた昨日といい、僕はつくづく運がないよね」
「ため息をつくと、幸運が逃げるってきいたぞ。今はとにかく、先へ進もう」

ジルバーが邪魔な草を切り払いながら言った。

彼らは岩場で一晩をすごし、それからエーミールが言った通り仲間の到着を待つはずだった。ところがそうすることができない事態が発生したのだった。
早朝、ジルバーが異様な気配に気がついて目が覚めた。慎重辺りを伺えば、獣や鳥がすごい勢いで逃げていくのが見える。まさかと思っていると、岩場のすぐ近くに巨大トカゲが近づいてくるのを見つけた。
寝ていたエーミールを叩き起こしてすぐにその場をはなれ、そして現在に至っている。

エーミールはまだ眠気が残っているのか、大きなあくびをした。

「あのでっかトカゲが、獣たちを追い立てている原因なんだろ?あんなの生まれて初めて見たよ。まるで、おとぎ話に出てきたドラゴンじゃないか。すごいなあ、どんな風にしてあそこまで大きくなったんだろうか。ジルバーは分かるかい?」
「さあ、たくさん食べたんじゃないかな。森の奥になればなるほど、大きな獣がたくさんいるんだ。たぶん森の奥の物の方が、栄養がたくさんあるんだろうな」
「へー、そうなんだ。今度はもっと先へ行ってみたいなあ」
「そうだな。じゃあそのためにも、今は頑張って進もう」

いつもの調子が戻ってきたエーミールを元気づけながら進んでいると、何か硬いものを踏みつけたのか、靴の下でバキリと大きな音を立てた。
びっくりした顔のエーミールに謝ってから足の下を見れば、そこには茶色く乾いた木の実があった。
どことなく見覚えがあるそれをつまみ上げると、エーミールが興味深げに顔を寄せてきた。

「それは木の実みたいだね」
「なんか見たことある気がする。どこでだっけな」
「こっちにも同じのが落ちてるね。まとまってあるし、誰かが集めてたのかな?」
「集める?誰がそんなことをするんだ?こんな所まで来るのはハンターくらいだぞ」
「うーん、でもこの木の実は、この辺りで採れるものじゃないよね?他の木の実と形が違うし、誰かがわざわざ持ってこないと、こんなにあるはずがないよ」
「そんなことあるはずが……あ、」
「どうしたの?なにか分かったのかい?」

ジルバーがそれに思い当たった時、背後から地響きが聞こえてきた。それとともに、彼らのすぐ横の木の向こうを、複数の獣が走りぬけていくのがわかった。

「わわっ!まさかさっきのドラゴンモドキが僕らを追ってきたの!?」
「いや、違う」
「ならなんでさ!これって、あのドラゴンモドキの足音だよね!?」
「そうだ。でもアイツが追ってきたのは、これだ!」

ジルバーは手に持っていた木の実を川の方へ投げ捨てた。
ついてくるように促してから、橋へと向かって急いで進み始める。

「木の実を追ってきた?それってどういう……」
「これはおそらく森の奥にある木の実だ。あのオオトカゲの大好物らしい」
「なんでそんなものがこんな所に!?」
「今は話している場合じゃない。早く逃げるぞ」

そうして進む間にも、地響きはどんどん近づいてくる。
黙々と道を拓きながら進んでいると、不意に背後から聞こえていた地響きが止んだ。木々が濃くて見通せないが、そこは先ほど木の実が落ちていた地点だった。

「やっぱりか」
「ええー。本当だったの!?これってそんなに美味しいのかな」
「さあな。俺はオオトカゲじゃないから分からない。……って、それ持って来てるのか!?」
「え?うん。森の奥のものなんだろ?珍しいからひとつサンプルとしてね」
「今すぐそれを捨てるんだ!」
「なんでさ。もったいない」
「もったいないじゃない!俺の話を聞いてなかったのか!?」

ジルバーが手を伸ばすが、エーミールは意外なほど素早くそれを躱した。

「アイツはそれのニオイを追ってくるんだぞ!だから追いつかれて食われる」
「ニオイなんてしない。普通の木の実じゃないか!」
「お前が感じないだけだ。現に足音は、さっきの木の実の所まで一直線に向かってただろ」
「そんなの……偶然だろ」
「そんな偶然ないだろ」

そうして言い争っていると、再び足音が聞こえてきた。

「まずい、アイツがこっちへ来る!早く木の実を捨てるんだ」
「やだよ。それよりも、逃げよう!」
「……くそっ!なら追いつかれそうになったら、それを捨てるんだぞ。じゃないと木の実ごと食われるからな」
「……」

意固地になって返事をしないエーミールを苦々しく思いながら、ジルバーは橋へ向かって進み始めた。

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