魔獣の森のお嫁さん
ハンターの結界
ジルバーを先頭にした6人は、獣道を進んでいた。
可能な限り歩きやすい道を選んでいるが、決して平坦ではない。
それでも兵士たちの足取りはしっかりとしていて、ジルバーの後についてくることができていた。
「全員ちゃんと歩けるみたいだな」
「当たり前だ。我々は厳しい訓練に耐えぬいてきたのだ。なめてもらっては困るな」
アルノーは額に汗を浮かべながらも、自信満々に返す。
「じゃあ休憩は丘に着いてからでいいな」
「うむ、問題ない。ディールくんの話でもそこまで遠くはなかったようだからな。皆も問題ないな?」
「「「イエッサー」」」
「というわけだ。進もうではないか」
少しは疲れているようだが、まだ力は十分に残っているようだ。
ジルバーは少し安心して進み始めた。
「ところでジルバーくん。先ほどから変な臭いがしてこないか?」
「気づいてたか。もうすぐで結界線にたどり着く。そろそろ鼻を隠しておいた方がいいぞ」
「それはいったいどういうことだね?」
アルノーが質問した時、そよ風が木々を揺らした。
ジルバーは準備していた布でとっさに鼻を覆ったが、アルノーたちは何が起こったか分からないまま、その風を受けてしまった。
その風は、とてつもなく臭いニオイを運んできた。
簡単に表現するなら、じっくり煮込んだ動物の糞のニオイ、だろうか。
ここまで強烈なものを嗅いだことは、都市に住む兵士たちはほとんどないのだろう。
全員が涙目になってうめいていて、中にはえづいている者もあった。
「ぐぅ、今のはなんなのだ?とてもこの世のものとは思えないニオイだったが」
「今のが結界の正体だ。もうすぐそこにあるぞ」
ジルバーは布を頭の後ろで結んで、完全に鼻を覆った。
アルノーたちもそれを見習って、自前の布で鼻を覆う。
相変わらずニオイはヒドイが、それでも少しはマシになった。
ジルバーが深い茂みをかき分けると、その先に何本もの杭が並んでいるのが見えた。
杭はかなりの間隔をあけて立っていて、その杭の上には木で作られた器が乗っている。そしてそこから、とてつもなく臭いニオイが放たれていた。
「あれが結界かね?ずいぶんすごいニオイだが、いったい何なのだ」
「半分は思ってる通りだ。肉食の獣のフンに、さらに獣が嫌うものを混ぜて作られている」
「そんなもので、獣を囲えるのか!?」
網が張られているわけでもなく、柵で囲われているわけでもない。
それでも獣が外へ出てこないのか、アルノーたちは信じられなかった。
「獣は言葉が話せない代わりに、いろいろな物で自己主張をする。臭いはその中でも重要なもののひとつだ。弱い獣が生き残るためには、強い獣から逃げなくてはならない。だから強い肉食の獣の存在を示す物から離れようとする」
「あの、ジルバーさん。例えばなんですけど、同じ種類の獣だったら、自分の方が強いんだって挑んで来たりはしないんですか?」
エーミールの質問に、ジルバーは小さく首を振った。
「無駄に強さを競うのは、人間だけだ。それにより臭いフンを出すことができても、メスが寄って来ることはない」
「それはそうですけど……」
「群れのリーダーになりたいのなら、直接リーダーに挑む。リーダーのフンに怯えはしても、それに噛みつくようなバカはいない」
「うーん、でも……」
「こらエーミール。その辺にしておかないか」
あまりの臭さに余裕がなくなっているアルノーが睨む。
「うう、くだらないことを聞いてすいません」
「気にするな。とにかく早く結界の中に入ってしまおう」
ジルバーは鼻を抑えながら、足早に杭の間を通り抜けた。
正体を隠しているが、ジルバーは狼の魔獣である。
そのため、人よりずっと嗅覚が鋭いので、かなり離れた場所から不快な臭いに耐えていたのだった。
全員が無事に結界の中へ入った事を確認したが、それでもスピードを大してゆるめずに森の中を進む。
そして結界のニオイがほとんど感じられなくなってから、やっとジルバーは立ち止まった。
兵士たちはちゃんと追いついてきたが、全員が息を切らしていた。
「ここまでくればもう安心だ。ニオイはもう届かない」
「さすがハンター……ぜぇぜぇ、きみは体力があるんだな」
「俺は他の誰よりも森に慣れているからな。俺についてこれてるアルノーさん、たちも、けっこうすごいぞ」
「ははは、それは……ぜぇはぁ。光栄なことだ」
もちろんジルバーは全力ではないが、それでもそれなりの速度で進んだつもりだった。
ジルバー基準ではあるが、すごいと思ったことに嘘はなかった。
全員の呼吸が落ち着くのを待ってから、再び前進を始める。
もう結界の中へ入ったので、獣の気配が周囲からしてくる。ジルバーは魔獣である己の気配察知能力を生かして、より安全な道を選んで進んだ。
「やっぱり、獣たちは結界の近くまで来ているようだな。糞や足跡がそこらじゅうにある」
「うーむ、私にはさっぱりわからんな。人ならともかく、獣の足跡と言われても見分けがつかん」
「ここまで森の奥に入って来れるなら、獣をみるチャンスがけっこうある。その時に痕跡を見つけて憶えれば簡単だ」
「興味深い話だが、残念なことに我々は領都を守る兵士だ。獣の足跡を憶えられても、あまり役に立たないのだよ」
「そうか」
ジルバーは特に気にした風もなくうなずく。
そして時々獣の気配を感じて立ち止まりながらも、丘のふもとまでたどり着いた。
大きめの石が丘を囲むように置かれていた。それは魔女の作った結界だ。
ハンターたちが作った結界のように、スゴイ臭い糞のようなものは何もない。ただ人の頭ほどの大きさの石が並んでいるだけだ。
だが感覚の鋭いジルバーにすら何も感じないのに、なぜかその周辺に獣の姿はなかった。
「この石の中が、魔女が作った結界だ。ここなら獣に襲われる心配はない。ゆっくりと休むといい」
「時間はまだかなりあるな。では、これより大休憩にする」
アルノーの号令を受けて、兵士たちは休憩にはいる。
それぞれ荷物を置き、3名が休憩に必要な道具を用意し、アルノーとベルノルトが見張りに立った。
「じゃあ俺は丘の上から周囲を見てくるからな」
「了解した。我々も休憩が終わったら調査に協力するので、それまでこの丘から離れないでもらいたい」
「わかった。行ってくる」
その言葉が終わるとすぐに、ジルバーは丘をすいすいと登っていった。
あっという間に駆け上がっていくその後ろ姿を見て、エーミールがつぶやいた。
「ハンターってのはすごいんだね。まるで魔獣みたいだ」
◇◇
可能な限り歩きやすい道を選んでいるが、決して平坦ではない。
それでも兵士たちの足取りはしっかりとしていて、ジルバーの後についてくることができていた。
「全員ちゃんと歩けるみたいだな」
「当たり前だ。我々は厳しい訓練に耐えぬいてきたのだ。なめてもらっては困るな」
アルノーは額に汗を浮かべながらも、自信満々に返す。
「じゃあ休憩は丘に着いてからでいいな」
「うむ、問題ない。ディールくんの話でもそこまで遠くはなかったようだからな。皆も問題ないな?」
「「「イエッサー」」」
「というわけだ。進もうではないか」
少しは疲れているようだが、まだ力は十分に残っているようだ。
ジルバーは少し安心して進み始めた。
「ところでジルバーくん。先ほどから変な臭いがしてこないか?」
「気づいてたか。もうすぐで結界線にたどり着く。そろそろ鼻を隠しておいた方がいいぞ」
「それはいったいどういうことだね?」
アルノーが質問した時、そよ風が木々を揺らした。
ジルバーは準備していた布でとっさに鼻を覆ったが、アルノーたちは何が起こったか分からないまま、その風を受けてしまった。
その風は、とてつもなく臭いニオイを運んできた。
簡単に表現するなら、じっくり煮込んだ動物の糞のニオイ、だろうか。
ここまで強烈なものを嗅いだことは、都市に住む兵士たちはほとんどないのだろう。
全員が涙目になってうめいていて、中にはえづいている者もあった。
「ぐぅ、今のはなんなのだ?とてもこの世のものとは思えないニオイだったが」
「今のが結界の正体だ。もうすぐそこにあるぞ」
ジルバーは布を頭の後ろで結んで、完全に鼻を覆った。
アルノーたちもそれを見習って、自前の布で鼻を覆う。
相変わらずニオイはヒドイが、それでも少しはマシになった。
ジルバーが深い茂みをかき分けると、その先に何本もの杭が並んでいるのが見えた。
杭はかなりの間隔をあけて立っていて、その杭の上には木で作られた器が乗っている。そしてそこから、とてつもなく臭いニオイが放たれていた。
「あれが結界かね?ずいぶんすごいニオイだが、いったい何なのだ」
「半分は思ってる通りだ。肉食の獣のフンに、さらに獣が嫌うものを混ぜて作られている」
「そんなもので、獣を囲えるのか!?」
網が張られているわけでもなく、柵で囲われているわけでもない。
それでも獣が外へ出てこないのか、アルノーたちは信じられなかった。
「獣は言葉が話せない代わりに、いろいろな物で自己主張をする。臭いはその中でも重要なもののひとつだ。弱い獣が生き残るためには、強い獣から逃げなくてはならない。だから強い肉食の獣の存在を示す物から離れようとする」
「あの、ジルバーさん。例えばなんですけど、同じ種類の獣だったら、自分の方が強いんだって挑んで来たりはしないんですか?」
エーミールの質問に、ジルバーは小さく首を振った。
「無駄に強さを競うのは、人間だけだ。それにより臭いフンを出すことができても、メスが寄って来ることはない」
「それはそうですけど……」
「群れのリーダーになりたいのなら、直接リーダーに挑む。リーダーのフンに怯えはしても、それに噛みつくようなバカはいない」
「うーん、でも……」
「こらエーミール。その辺にしておかないか」
あまりの臭さに余裕がなくなっているアルノーが睨む。
「うう、くだらないことを聞いてすいません」
「気にするな。とにかく早く結界の中に入ってしまおう」
ジルバーは鼻を抑えながら、足早に杭の間を通り抜けた。
正体を隠しているが、ジルバーは狼の魔獣である。
そのため、人よりずっと嗅覚が鋭いので、かなり離れた場所から不快な臭いに耐えていたのだった。
全員が無事に結界の中へ入った事を確認したが、それでもスピードを大してゆるめずに森の中を進む。
そして結界のニオイがほとんど感じられなくなってから、やっとジルバーは立ち止まった。
兵士たちはちゃんと追いついてきたが、全員が息を切らしていた。
「ここまでくればもう安心だ。ニオイはもう届かない」
「さすがハンター……ぜぇぜぇ、きみは体力があるんだな」
「俺は他の誰よりも森に慣れているからな。俺についてこれてるアルノーさん、たちも、けっこうすごいぞ」
「ははは、それは……ぜぇはぁ。光栄なことだ」
もちろんジルバーは全力ではないが、それでもそれなりの速度で進んだつもりだった。
ジルバー基準ではあるが、すごいと思ったことに嘘はなかった。
全員の呼吸が落ち着くのを待ってから、再び前進を始める。
もう結界の中へ入ったので、獣の気配が周囲からしてくる。ジルバーは魔獣である己の気配察知能力を生かして、より安全な道を選んで進んだ。
「やっぱり、獣たちは結界の近くまで来ているようだな。糞や足跡がそこらじゅうにある」
「うーむ、私にはさっぱりわからんな。人ならともかく、獣の足跡と言われても見分けがつかん」
「ここまで森の奥に入って来れるなら、獣をみるチャンスがけっこうある。その時に痕跡を見つけて憶えれば簡単だ」
「興味深い話だが、残念なことに我々は領都を守る兵士だ。獣の足跡を憶えられても、あまり役に立たないのだよ」
「そうか」
ジルバーは特に気にした風もなくうなずく。
そして時々獣の気配を感じて立ち止まりながらも、丘のふもとまでたどり着いた。
大きめの石が丘を囲むように置かれていた。それは魔女の作った結界だ。
ハンターたちが作った結界のように、スゴイ臭い糞のようなものは何もない。ただ人の頭ほどの大きさの石が並んでいるだけだ。
だが感覚の鋭いジルバーにすら何も感じないのに、なぜかその周辺に獣の姿はなかった。
「この石の中が、魔女が作った結界だ。ここなら獣に襲われる心配はない。ゆっくりと休むといい」
「時間はまだかなりあるな。では、これより大休憩にする」
アルノーの号令を受けて、兵士たちは休憩にはいる。
それぞれ荷物を置き、3名が休憩に必要な道具を用意し、アルノーとベルノルトが見張りに立った。
「じゃあ俺は丘の上から周囲を見てくるからな」
「了解した。我々も休憩が終わったら調査に協力するので、それまでこの丘から離れないでもらいたい」
「わかった。行ってくる」
その言葉が終わるとすぐに、ジルバーは丘をすいすいと登っていった。
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◇◇
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