魔獣の森のお嫁さん

天坂コーキ

一日目の終わり

その後は特に何も問題なく進み、2回の休憩をはさみつつ、その日のキャンプ地に到着した。

ジルバーだけなら2時間程度で移動できる距離だが、今回は鎧を身につけた大人数の兵士が一緒だ。森の中を歩いているだけでも、滑ったり転んだりして時間をくってしまう。
計画を立てたメッサーたちは当然そうなることを予測しており、時間には余裕をもたせて予定を組んであった。

まだ明るいうちにたどり着いたキャンプ地で、兵士たちはアルノーの指揮の下でテントを張り始めた。

ジルバーが見る限り、テントの数が明らかに兵士の数より少ない。
だがそれは大狩猟祭で行う狩りの性質上、当然だった。

大狩猟祭は、いわゆる追い込み猟を行う。
追い込み猟とはまず、ある決まった範囲から獲物が外へ出ないように囲む。その後、音を立てながら進んで獲物を一ヵ所に追い込んでいき、集まったところを全員で一網打尽にする猟のことだ。
獲物を根こそぎ狩ることになるので、生態系のバランスを崩すことになりかねないが、その調整は魔女とハンター協会のお偉いさんたちが真剣に考えている。
森の再生速度と獣の数、そして兵士の数と強さを考えて範囲を決めなければならないので、まとまるまで寝不足の日々が続いたことだろう。
そんな見えない努力があってこそ、大きな企画イベントを行うことができる。

アルノー率いるこの小隊は、今回の大狩猟祭で最も奥へ行く部隊だった。
獲物を森の奥から浅い方へ追いやって、手前で待ち構える本隊がそれを殲滅する。
そのような作戦上、武器防具は必要最小限にして、機動力を優先していた。
また荷物も同じく減らし、食料・燃料はあらかじめ備蓄してあるものから使っていくことになっていた。
そして体力を温存するために、一部隊としては人数が一番多い。
野営のための見張りは交代で行うことになっているが、全員が十分に休めるようにローテーションが組まれていた。

兵士たちは野営の訓練も十分に積んでいて、あっという間に必要なテントができていく。
他にも、即席のかまどが組まれ、川から水が運ばれ、倉庫から必要なものが運び出されていく。
ジルバーとディールが教えるまでもなく、すべてが滞りなく進んでいった。

「すっげえな。森に入ったことないヤツラだって聞いてたのに、ベテランハンター並に準備が早いじゃねえか」

「ほんとだな。俺なんか、倉庫のカギを開けただけだ。俺たちの分のテントまで用意されて、申し訳ないくらいだ」

感心して見ている2人に、背後から声がかけられた。

「本職にそう言ってもらえるとうれしいな」

「あ、アルノーさん。俺たちにできることって何かありませんかね。突っ立って見てるだけってのは、どうしても性に合わなくて」

「キミたちは重要な案内役だ。ゆっくりと休んで、明日またしっかりと案内してくれればいい。それがキミたちの仕事だ」

「そうは言ってもですね」

「本当に気にする必要はないのだよ。食料も火を起こす燃料も十分に提供してもらっている。あんなにもらって、キミたちは大丈夫なのかい?」

「あんなの気にする必要ありませんよ。ここまで森の奥にくるハンターはそれほど多くないのに、もしものためにって備蓄しておかなきゃいけないんですよ。去年は大狩猟祭がなかったから、俺らだけで古いのを使い切るのが大変だったんすから」

「なるほど。我々に行きわたるほどの食料を消費するとなると、たしかに簡単にはいかないだろうね」

アルノーはうなずきながら、煙と火の粉を上げている即席かまどの群れを眺めている。
お湯に溶かすだけで食べられるようになる固形スープや、干し肉・干し野菜。
蒸すことで柔らかく膨らむ、保存のきくパンなどが、この日のために周囲のキャンプ地から集められていた。

兵士たちは余計な荷物を持ち運ばずに済み、ハンターたちは余分な食料を消費することができる。
食料・燃料費は領都を通してハンター協会へ支払われ、それが報酬としてハンターたちの手に渡る。
ハンターたちはその金で領都の商品を買い、商人たちが税を領都へと納める。
アルノーは領都では官僚としても働いているので、その仕組みの出来の良さに感心した。
この大狩猟祭を始めたのが何代前の領主様なのかは知らないが、とても偉大な方だったのだろう、と。

アルノーが黙ったので、ディールは落ち着かなくなって周囲を見回す。
そして、倉庫で何やら話し合っている兵士たちを見つけた。

「あ、向こうでなにかあったっぽいんで、オレちょっと行ってきますね」

「ふむ、私も行った方がいいかな?」

「いえいえ、たぶん大したこと無いと思うんで、大丈夫ですよ。何かあれば声かけますんで」

「そうかい?」

「はい、それじゃあ、また」

ディールが行った後、残されたジルバーはアルノーと少しだけ会話をした。
だが2人とも話し好きというほどではなかったので、あまり話がはずむことはなかった。

◇◇

夕食が終わり、日が暮れるとキャンプ地にはかがり火が焚かれた。
森の夜は闇が深く、わずかな火だけではとても全てを照らすことはできないが、それでも光というものは人を勇気づける。
森に慣れていない見張りの兵士たちは、火のそばで真剣な表情をしながら、交代の時間を待っていた。

そんな時間帯に、キャンプ地から離れようとする影があった。
かがり火の影になるように音を立てずに進むそれは、倉庫の裏手で足を止めた。
なぜならそこに、待ち構えていたかのように1人の男が立っていたからだった。

「アルノー、さん」

「ジルバーくん、どこへ行こうというのかね?キミたちは休んでいるように言ったはずだが?」

見つかってしまった影――ジルバーは、バツが悪そうに頭をかいた。

「あー、その通りだ。だがどうしても気になることがあるんだ。大丈夫、ちょっと様子をみるだけだ。すぐに戻ってくる」

「それはダメだ。夜の森がいかに危険か、キミたちの方がよく知っているだろう。もしそれでも確認すべき何かがあるなら、我々もついていこう」

「それじゃあ意味がないんだ。こっそりと行かなければ、森の獣たちは逃げてしまう」

ディールが気づいていた、森に漂う違和感。
それに心当たりがあるジルバーは、大事にならないようにこっそりと確認して、可能なら危険を取り除いてくるつもりだった。
だが、偶然かそれとも勘なのか、アルノーに気がつかれてしまったようだ。
ジルバーはこっそりと出ていくことをあきらめ、説得をしようとする。

「俺1人で十分に片づくことなんだ。本当にすぐに戻ってくる、心配しないでくれ」

「だからといって、大切な仲間であるキミを1人で行かせることはできない」

「だが……」

「よく聞き給え。いいかい?私には祖父がいたんだ。立派な兵士であり、私が生まれる前から兵士だった、叩き上げの軍人だった。領主様の館の警備を任されたこともある、優秀な人でもあった。
 その日は大きな嵐が来ていた。祖父は城の堀の警備をしていて、交代の時間になった。そして、休憩所にいた彼の友人に、こう言ったんだ。『堀につながる川が気になる。大丈夫、ちょっと見てくるだけだ』。そして翌日、祖父は水死体になっていたよ」

「それは、……おきのどく、に」

「なに、昔の話さ。だがな、キミが言ったのも、その祖父と同じ言葉だ。私はキミのような未来ある若者が、命を落とすことになってほしくはないのだ。だから、1人で行動するようなことはしないでくれたまえ」

部隊長の真剣なまなざしに、説得をあきらめる。

「わかった。とりあえず今晩はやめておく。明日、まだ森の様子がおかしかったら、一緒に様子を確認してほしい」

「うむ、それがいいだろう。では明日に備えよう」

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