魔獣の森のお嫁さん
まっくら森の夢
考え事をしながら歩いていたせいか、ため息が出た。
今私がいるのは森の中でも浅い場所。
人が繰り返し辿ることにより拓かれた道を、黙々と歩いている。
ここはまだ森に入っていくらも経たない場所。
この辺りならハンターだけでなく、普通の人々も薪木や森の恵みを採るためによく入ってくる。
森には数多くの危険があるが、浅い場所には危険な動物はめったに現れない。
また人がよく通る場所でもあるので、例え危険な目に遭ったとしても助かる可能性は高い。
そんな場所を、私は1人で歩いていた。
腰に結びつけた魔物除けの鈴がチリチリと鳴る。
魔物や獣を追い払う音を出すこの鈴は、狩りが目的でないなら必ず身につけなければならないものだ。
たとえハンターと言えど、たった1人で狩りをするのは無謀と言える。
少なくとも猟獣の1匹でも連れて来るのが普通だ。
あいにく今日の私の仕事は狩りではない。
非常に不満なことに、中継キャンプで落し物を探してくるというだけの、いわゆる簡単なお使いだ。
それこそハンターになったばかりの、森に慣れてない新人がするような仕事。
何で私が今更こんな仕事をしなくてはいけないのだろうか。
自分の情けなさに、怒りがふつふつと湧き上がってくる。
「それもこれも、全部あいつらが悪い。
狩りの時だって、早くトドメを刺さないと逃げられるのに、ビビってちっとも動こうとしないんだもの。それに、下手な攻撃ばかり当てると、皮に傷が増えて売値が下がるんだし。
剥ぎ取りだってそうだ、私がやった方がキレイにできるのに。
私のおかげで同期のパーティよりも多く稼げてたのに。
なんでその私がパーティーから出なくちゃいけないの!」
過ぎ去った昨日までのことが、未だに胸の中でくすぶり続けている。
明らかに成果を出している私の方が、なんで彼らから非難されなければいけないのか。
なんで劣った彼らが狩りの仕事を受けることが出来て、私はお使いをしなければいけないのか。
ハンター組合の人に聞いても、今日の私にできる仕事はこれしかないの一点張り。
そのことに私は全然、納得できていなかった。
カサリ、と背後で音がして、思わず小さく飛び上がる。
あわてて振り返れば、リスか何かの小動物が草むらに走り込むのが見えた。
いけないいけない。
『ハンターたるもの、常に周囲への警戒を怠ってはいけない』
お祖父さんの教えを思い出す。
注意一秒怪我一生。
こんなところで怪我したら、それこそあいつらの笑いものだ。
(一人前のハンターが、あんな小動物1匹に怯えるのか?)
不意に、別れてきたパーティーの男たちの冷笑が目に浮かんだ。
「違う!怖い訳じゃない!森の中ではいつどんな危険が来るか分からないから……」
自分の声が、木々の間に消えていく。
そこにいない人物へ向けて言い訳する自分に、情けなさがつのる。
ダメだダメだ、今日の私はとてもおかしい。
このままじゃ本当に、狩りの仕事なんて受けれない。
私は今日何度目かのため息をついて、また道を歩き始めた。
◇
どんどん細くなっていく道を早足で半日ほど進むと、やっと小さな広場が見えてきた。
そこは、これから森の奥へ向かうハンターたちのための中継地点のひとつ。
広場の隅には、ログハウスが一軒建っている。
食料などを備蓄している倉庫であり、少人数でなら中で休むこともできる。
しかしハンターなら、自分たちでテントを張るのが基本。
ましてやハンターになったばかりの新人ならば、指導役にその基本を厳しく叩き込まれることになる。
今回の依頼者もそんな新人ハンターの1人だった。
どうやら、テント設営の時に自分の道具を1つ落としてしまったらしい。
指導役が別な街に出張しているので、彼が帰って来る前に回収したいのだけれど、自分は仲間と別な依頼に行かなくてはならない。だから代わりに見つけてきて欲しいのだとか。
『ハンターたるもの、自分の道具の点検を怠ってはならない』
私のお祖父さんだったら、ゲンコツを落としてからそう言うだろう。
たぶん彼も、指導役の人からもらうことになるに違いない。
ハンター組合に依頼を出してしまっているのだから、誤魔化すことなんてできるはずがない。
指導役が帰ってきたら、すぐに伝わることだろう。
組合員同士のつながりはとても強いのだから。
広場には人影は見えない。
普通は交代で倉庫の番をしている人がいるのだけれど、色々な理由でいなくなることもよくあった。
行方不明者が出れば探しに行かなくてはいけないし、けが人が出れば街まで連れて行かなくてはならない。
森はとても広く、ハンターの数はそれほど多くないのだから、それは当然のことだ。
でも私は、それを少し心細く感じていた。
『ハンターたるもの、常に助け合わなくてはならない』
お祖父さんはそう言っていた。
でも、今の私を助けてくれる人は、誰もいなかった。
広場の木は切り払われていて、空がよく見える。
しかし天気は薄曇りで、中天を過ぎた太陽がかろうじてわかる程度だ。
私の気分もつられて重くなってしまう。
でもがっかりしている暇はない。
早くしないと、今日中に待に戻ることができなくなってしまう。
倉庫の前に荷物袋を置いて身軽になる。
水袋で水分補給をした後、すぐに探し始めることにした。
探し物はただの小刀。
これがあるだけで、採取・治療・道具の作成などなど何でも役に立つ、ハンター必須アイテムの一つ。
そんな重要なものを失くすなんて、それだけでハンター失格だ。
私はそんなことを考えながら、広場をざっと見てから方針を立てる。
まず最初に、テントを張った痕跡を探す。
これはすぐに見つかった。
2日と経っていないその場所には、いかにも初心者がやったような、口の大きい穴があった。
テントを押さえるための杭を打ち込んだ穴だろうけど、これでは風が少し強く吹けば、すぐに杭が抜けてしまうだろう。
指導役の人が苦労しそうねと思いながら、テント跡の周りを見て回った。
成果はナシ。
関係ないことだけど、新人たちのハンターとしてなってないところばかりが目についてしまって、ちっとも集中できなかった。
その後も、かまど跡や調理場周辺を見て回ったけれど、目的のものは見つからなかった。
空を見上げれば、雲はどんどん厚くなってきている。
早く帰りたいのに、落し物はちっとも見つからない。
水でも飲んで落ち着こうと水袋を持ち上げるが、思った以上に栓を固く締めていたようで、なかなか抜けない。
イライラしながら思いっきり引っ張ると、栓は勢い手からよくすっぽ抜けて、私の後ろの草むらの中に飛び込んでしまった。
まったく、私は何をしているのだろうか。
水袋を片手に草むらを探すと、栓はすぐに見つかった。
そして、その栓の向こうに銀色に光る物も見つけた。
まさかと思って拾い上げれば、まさしくそれは探していた小刀に違いない。
もしかしたらこれを失くした新人も、私と同じよう小刀が手からすっぽ抜けてしまったのかも。
なんちゃってね。
……だとすると、私は今までさんざんダメだと自分で思っていた、新人ハンターと同じだというの?
「そんなわけ、ないじゃない!」
手に持っていた水袋を思わず地面に叩き付けた。
危なく小刀の方を手放しそうになったが、そっちは思いとどまれた。
でもそのせいで水袋から盛大に水がこぼれて、ズボンの裾を濡らしてしまった。
ほんと私は何をやっているのだろう。
◇
広場の奥は川に面していて、そこに流れる水は直接飲むこともできる。
中身がほとんどなくなってしまった水袋に補充をしていると、川面に憂鬱そうな自分の顔が映った。
私の髪は赤いけれど、お母さんのものほど鮮やかではない。
ちょっと薄茶けてしまっていて、私はそれが不満だった。
私のお母さんはキレイだけど、私はそうじゃなかった。
家族のなかでも昔から、私はお父さんに似た険のある顔つきだと笑いながら言われた。
でも妹はお母さんに似て、可愛らしい顔をしていた。
家族みんなが、私はお父さんみたいになるだろうし、妹はお母さんみたいになるだろうと言った。
だから私は、ハンターになろうと思った。
お父さんはハンターとして活躍しているし、それにはその顔も一役買ってると、他のハンターのおじさんたちも言っていた。
だったら私も、お父さんみたいなハンターになれるに違いない。
幼い私はそう思い、ハンターとしての訓練する2人の兄の後をついてまわっていた。
私は別に、いじけていたわけではない。
私はハンターに向いているのだと、本気で思っていたのだ。
今私がいるのは森の中でも浅い場所。
人が繰り返し辿ることにより拓かれた道を、黙々と歩いている。
ここはまだ森に入っていくらも経たない場所。
この辺りならハンターだけでなく、普通の人々も薪木や森の恵みを採るためによく入ってくる。
森には数多くの危険があるが、浅い場所には危険な動物はめったに現れない。
また人がよく通る場所でもあるので、例え危険な目に遭ったとしても助かる可能性は高い。
そんな場所を、私は1人で歩いていた。
腰に結びつけた魔物除けの鈴がチリチリと鳴る。
魔物や獣を追い払う音を出すこの鈴は、狩りが目的でないなら必ず身につけなければならないものだ。
たとえハンターと言えど、たった1人で狩りをするのは無謀と言える。
少なくとも猟獣の1匹でも連れて来るのが普通だ。
あいにく今日の私の仕事は狩りではない。
非常に不満なことに、中継キャンプで落し物を探してくるというだけの、いわゆる簡単なお使いだ。
それこそハンターになったばかりの、森に慣れてない新人がするような仕事。
何で私が今更こんな仕事をしなくてはいけないのだろうか。
自分の情けなさに、怒りがふつふつと湧き上がってくる。
「それもこれも、全部あいつらが悪い。
狩りの時だって、早くトドメを刺さないと逃げられるのに、ビビってちっとも動こうとしないんだもの。それに、下手な攻撃ばかり当てると、皮に傷が増えて売値が下がるんだし。
剥ぎ取りだってそうだ、私がやった方がキレイにできるのに。
私のおかげで同期のパーティよりも多く稼げてたのに。
なんでその私がパーティーから出なくちゃいけないの!」
過ぎ去った昨日までのことが、未だに胸の中でくすぶり続けている。
明らかに成果を出している私の方が、なんで彼らから非難されなければいけないのか。
なんで劣った彼らが狩りの仕事を受けることが出来て、私はお使いをしなければいけないのか。
ハンター組合の人に聞いても、今日の私にできる仕事はこれしかないの一点張り。
そのことに私は全然、納得できていなかった。
カサリ、と背後で音がして、思わず小さく飛び上がる。
あわてて振り返れば、リスか何かの小動物が草むらに走り込むのが見えた。
いけないいけない。
『ハンターたるもの、常に周囲への警戒を怠ってはいけない』
お祖父さんの教えを思い出す。
注意一秒怪我一生。
こんなところで怪我したら、それこそあいつらの笑いものだ。
(一人前のハンターが、あんな小動物1匹に怯えるのか?)
不意に、別れてきたパーティーの男たちの冷笑が目に浮かんだ。
「違う!怖い訳じゃない!森の中ではいつどんな危険が来るか分からないから……」
自分の声が、木々の間に消えていく。
そこにいない人物へ向けて言い訳する自分に、情けなさがつのる。
ダメだダメだ、今日の私はとてもおかしい。
このままじゃ本当に、狩りの仕事なんて受けれない。
私は今日何度目かのため息をついて、また道を歩き始めた。
◇
どんどん細くなっていく道を早足で半日ほど進むと、やっと小さな広場が見えてきた。
そこは、これから森の奥へ向かうハンターたちのための中継地点のひとつ。
広場の隅には、ログハウスが一軒建っている。
食料などを備蓄している倉庫であり、少人数でなら中で休むこともできる。
しかしハンターなら、自分たちでテントを張るのが基本。
ましてやハンターになったばかりの新人ならば、指導役にその基本を厳しく叩き込まれることになる。
今回の依頼者もそんな新人ハンターの1人だった。
どうやら、テント設営の時に自分の道具を1つ落としてしまったらしい。
指導役が別な街に出張しているので、彼が帰って来る前に回収したいのだけれど、自分は仲間と別な依頼に行かなくてはならない。だから代わりに見つけてきて欲しいのだとか。
『ハンターたるもの、自分の道具の点検を怠ってはならない』
私のお祖父さんだったら、ゲンコツを落としてからそう言うだろう。
たぶん彼も、指導役の人からもらうことになるに違いない。
ハンター組合に依頼を出してしまっているのだから、誤魔化すことなんてできるはずがない。
指導役が帰ってきたら、すぐに伝わることだろう。
組合員同士のつながりはとても強いのだから。
広場には人影は見えない。
普通は交代で倉庫の番をしている人がいるのだけれど、色々な理由でいなくなることもよくあった。
行方不明者が出れば探しに行かなくてはいけないし、けが人が出れば街まで連れて行かなくてはならない。
森はとても広く、ハンターの数はそれほど多くないのだから、それは当然のことだ。
でも私は、それを少し心細く感じていた。
『ハンターたるもの、常に助け合わなくてはならない』
お祖父さんはそう言っていた。
でも、今の私を助けてくれる人は、誰もいなかった。
広場の木は切り払われていて、空がよく見える。
しかし天気は薄曇りで、中天を過ぎた太陽がかろうじてわかる程度だ。
私の気分もつられて重くなってしまう。
でもがっかりしている暇はない。
早くしないと、今日中に待に戻ることができなくなってしまう。
倉庫の前に荷物袋を置いて身軽になる。
水袋で水分補給をした後、すぐに探し始めることにした。
探し物はただの小刀。
これがあるだけで、採取・治療・道具の作成などなど何でも役に立つ、ハンター必須アイテムの一つ。
そんな重要なものを失くすなんて、それだけでハンター失格だ。
私はそんなことを考えながら、広場をざっと見てから方針を立てる。
まず最初に、テントを張った痕跡を探す。
これはすぐに見つかった。
2日と経っていないその場所には、いかにも初心者がやったような、口の大きい穴があった。
テントを押さえるための杭を打ち込んだ穴だろうけど、これでは風が少し強く吹けば、すぐに杭が抜けてしまうだろう。
指導役の人が苦労しそうねと思いながら、テント跡の周りを見て回った。
成果はナシ。
関係ないことだけど、新人たちのハンターとしてなってないところばかりが目についてしまって、ちっとも集中できなかった。
その後も、かまど跡や調理場周辺を見て回ったけれど、目的のものは見つからなかった。
空を見上げれば、雲はどんどん厚くなってきている。
早く帰りたいのに、落し物はちっとも見つからない。
水でも飲んで落ち着こうと水袋を持ち上げるが、思った以上に栓を固く締めていたようで、なかなか抜けない。
イライラしながら思いっきり引っ張ると、栓は勢い手からよくすっぽ抜けて、私の後ろの草むらの中に飛び込んでしまった。
まったく、私は何をしているのだろうか。
水袋を片手に草むらを探すと、栓はすぐに見つかった。
そして、その栓の向こうに銀色に光る物も見つけた。
まさかと思って拾い上げれば、まさしくそれは探していた小刀に違いない。
もしかしたらこれを失くした新人も、私と同じよう小刀が手からすっぽ抜けてしまったのかも。
なんちゃってね。
……だとすると、私は今までさんざんダメだと自分で思っていた、新人ハンターと同じだというの?
「そんなわけ、ないじゃない!」
手に持っていた水袋を思わず地面に叩き付けた。
危なく小刀の方を手放しそうになったが、そっちは思いとどまれた。
でもそのせいで水袋から盛大に水がこぼれて、ズボンの裾を濡らしてしまった。
ほんと私は何をやっているのだろう。
◇
広場の奥は川に面していて、そこに流れる水は直接飲むこともできる。
中身がほとんどなくなってしまった水袋に補充をしていると、川面に憂鬱そうな自分の顔が映った。
私の髪は赤いけれど、お母さんのものほど鮮やかではない。
ちょっと薄茶けてしまっていて、私はそれが不満だった。
私のお母さんはキレイだけど、私はそうじゃなかった。
家族のなかでも昔から、私はお父さんに似た険のある顔つきだと笑いながら言われた。
でも妹はお母さんに似て、可愛らしい顔をしていた。
家族みんなが、私はお父さんみたいになるだろうし、妹はお母さんみたいになるだろうと言った。
だから私は、ハンターになろうと思った。
お父さんはハンターとして活躍しているし、それにはその顔も一役買ってると、他のハンターのおじさんたちも言っていた。
だったら私も、お父さんみたいなハンターになれるに違いない。
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