魔獣の森のお嫁さん

天坂コーキ

闇の中の影

サアサアと、雨が降っていた。
川の流れにも似た、途切れることのない水の音。
それに時々混じる雨だれの音が、それが川の音ではないと教えてくれていた。

身を起こすと、腰掛けていたイスがギイと鳴った。
いつの間にか、テーブルに突っ伏して寝ていたみたいだ。
空気が少し肌寒い。
ここは倉庫として使われているログハウスの中。
川辺で水を汲んだ後、物思いにふける間もなく雨が降ってきた。
思いがけない大粒の雨に、私は逃げるようにログハウスの中へと逃げ込んだ。
そしてほっとして気が緩んだのだろう、イスに腰掛けて、そのまま眠ってしまったみたいだ。

木窓から外を覗くと、雨は少し弱くなっているようだ。
でも外はもう薄暗くなっていて、もうすぐで完全な闇になるだろう。

夜の、しかも雨の森を1人で進むのは無謀でしかない。
私は仕方なく、今夜はこのログハウスで過ごすことにした。

眠ったおかげか、自分がかなり落ち着いているのがよくわかる。
さっきまでの私は、本当におかしかった。

1人で落ち着いて考えれば、今回のことは私にも悪いところがあった。

『人間は、1人では何もできない』

これはお祖父さんからも、お父さんからも何度も言われていたことだ。
私はなんでも自分1人でやろうとしてしまった。
それが多分いけなかったのだろう。

本当はまだ釈然としない気持ちもあるが、今後もハンターとして生きていくつもりなら、ケンカ別れしてきた仲間に謝った方がいい。
私1人では、今回のような簡単なはずの仕事でさえ、時間もかかるし余計に疲れてしまう。
仲間がいてくれると、それだけでもとても助かるんだなと、少なくともそれだけは認められる気持ちになった。

「んん~~~!」

ぐっと伸びをして、心に残ったモヤモヤを眠気と共に追い出す。
さて、これからどうしようか。
帰った後にすることは決まったし、次に考えるのは明日になるまで何をするかだ。

今日はそこまで体力を使うことはしてなかったし、寝たから気力も十分にある。
なら、このログハウスの整備でもしよう。

窓から差し込むわずかな明かりを頼りに、カンテラに火を灯す。
手元から感じる光と熱を頼もしく思いながら、隣の倉庫へ足を踏み入れた。

倉庫の中はハンターたちが交代でチェックがしているので、最初からかなり整っている。
私がするのは、細かい部分の掃除とか積み上げられた資材の再確認くらい。
大したことじゃないけれど、意外とこういう時にチェックしておくことで助かることがよくあるのだ。

実際に今回も、予備の薪が無くなりかけているのを見つけた。
私がこれから炊事で使うには十分だけど、明日以降にここに来た人が困るに違いない。
裏手に沢山積んであるのは見たから、そこから持ってくればいいだろう。

いつも晴れているなら、必要な分だけ持ってくればいいかも知れないけれど、この雨だと外にあるのは湿気ってしまう。
今ならまだ、積み上げられた奥の方までは濡れていないはず。
そうと決まればすぐに取って来なくては。

ダイニングへと引き返し、隅に置いてあった荷物袋を開ける。
今晩使う道具といっしょに、しっかりたたまれた外套コートを取り出した。

ハンターになる記念に、お母さんが作ってくれた新しいコート。
森の中で獣と間違われないように、真っ赤に染められたフード付きのコート。
血のように鮮やかな、ロットずきんカッパー

私の家名にもなっているそれは、お祖父さんのそのまたお祖父さんの武勇伝からきているらしい。
ペロウ大森林が今よりもさらに恐ろしい場所だったころ、森からたくさんの獣が街へ向かってあふれ出てきたことがあった。

お祖父さんのお祖父さんは、ハンターたちの先頭に立って襲い来る猛獣を退治し、なんとか街を守ったそうだ。
その時に街の防衛指揮官だった領主様が、獣たちの返り血で全身真っ赤に染まったお祖父さんのお祖父さんを見て、
「まるで御伽噺に出てくる赤頭巾の小鬼ロットカッパーみたいだな」
と言って、それを家名として下さったそうだ。

森の奥に住み、獲物の血で染めた帽子をかぶる小鬼の名前を、お祖父さんのお祖父さんは喜んでもらったそうだ。
それ以来、我が家のハンターは皆、赤く染めたずきん付きのコートを身につけるようになった。

そんなコートに袖を通してから、カンテラを持って外へ出た。
外はすでに暗くなっていて、星どころか月も見えない。
雨が小降りになっているのがせめてもの救い。
私はカンテラを雨からかばいながら、ログハウスの裏手へと急いだ。

積み上げられた薪の山には、むしろ・ ・ ・がかぶせられている。
それをめくると、やっぱり外側のものはけっこう濡れてしまっていた。
外側の薪をそっと崩して、中の乾いた薪を持ってきたカゴに詰め込む。
ひと抱え分の薪を持ってから、こけないように慎重にログハウスへと戻ろうとした。

その時、背後でガサリと音がした。

振り返るが、そこには闇の中に立つ木々しか見えない。
ハンターかもしれないが、獣かもしれない。

「誰かそこにいるの?」

声をかけるが返事は無い。
ハンターならば、返事ができないくらいの怪我を負っているのだろうか?
でもそれならば、別な方法で返事をしてくるはず。
例え声が出せなくても、音を鳴らす方法はいくらでもある。
音のリズムと組み合わせで、獲物にばれないように作戦を伝える方法も、ハンターたちは考え出している。
私も簡単な符丁なら間違わずに使うことができる。
でも木々の向こうにいるそれは、なんの返事もしようとはしなかった。

ならアレは獣だろうか?
でも獣ならもっと音を鳴らしてもいいはず。
人から逃げるにしろ近づくにしろ、獣は最初から相手を気にせず音を出すか、あるいは獲物に飛びかかる直前までずっと気配を消したままで行動するはず。
でも木々の向こうにいるそれは、最初に音を立てた場所にまだいるみたいだ。

こちらの様子をじっとうかがう気配。
それは、獲物を見つめるハンターのような雰囲気を持っている。

狩りをする獣が、まさかこんな人の近くにまで出てきたのだろうか。
私は薪の入ったカゴを抱えながら、ゆっくりとログハウスへと後ずさりした。

もしあれが人を襲う獣だったなら、背を向けて走り出すのは自殺行為。
隙を見せたその瞬間に、風のように私の背中に追いついて、命を奪っていくだろう。

ただの気のせいであってほしいけれど、それでもハンターとしての経験が、闇の中に何かがいることを主張しつづけている。
私は少しずつ移動し、ついにログハウスの横が見える場所にまできた。
普段なら10歩もない距離なのに、今はとても長く感じてしまう。
そしてやっとひさしの下へ一歩足を踏み入れたと思ったら、再び闇の中からガサガサと木々をかき分ける音が聞こえてきた。

「そこにいるのは誰なの?答えて!」

カンテラと薪の入ったカゴを庇の下へ置き、そこから一番太い薪を一本取り出す。
それを両手でしっかり持ってから、闇の中へと問いかけた。

夜の木々をかき分け出てきたそれは、最初は人のように見えた。
二本足で立った、背の高い男のようなシルエットが見えたから。

ほっとして、構えた薪を降ろそうとして、その違和感に気が付いた。
その男の背丈は、異様に大きかった。

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