魔獣の森のお嫁さん
目覚めと涙
目を開けた時は、自分が今どこにいるのか分からなかった。
窓から差し込むまぶしい光が、部屋を照らし出している。
木目の強く浮き出た壁には、ゆがみやコブがたくさんある。
部屋のつなぎ目に扉はなく、草で編まれたすだれが下げられているだけだ。
家具は少なく、棚や瓶はどれも古びている。
もっと部屋の中を見ようと首を傾けると、額から布がずり落ちてきた。
それを取ろうと手を出すが、なんだか動きが重く感じる。
それでも持ち上げて目の前に掲げたその布は、水で湿っていた。
それが何かと思いつく前に、すだれを分けて人が入ってきた。
「「あ」」
私と彼の言葉が重なった。
部屋に入って来たのは、フードをかぶった青年だった。
獣の毛皮で作られた衣服をまとい、家の中だというのにフードを目深にかぶっている。
身長は高めだが、着ぶくれているのか、肩幅が広く見えた。
青年は私と目が合うと、素早く枕元へと近づいてきた。
私の手から湿った布を受け取ると、持ってきた桶へとそれを入れた。
それから私の顔を覗き込んで、額に手を置いた。
「あなたが看病してくれてたの?ありがと……」
のどが詰まって、けほっ、と咳き込む。
彼はすぐに近くの瓶から、木のコップで水をすくって差し出してきた。
背中を支えてもらいながら、ゆっくりと水を飲む。
澄んだ水が体中に染み渡っていくような感じがした。
水を飲むのがなぜかずいぶん久しぶりな気がする。
コップの水を飲み干すと、再び布団に寝かされた。
「あつい?さむい?」
彼はすこし訛りのある調子で、でもはっきりと一言一言を発音した。
「大丈夫」
首を振って言うと、彼は安心したようだった。
そして立ち上がると棚から小さな壺を取って持ってきた。
「まじょ、くすり。のめる?」
壺を指さして聞いてくるので、私は頷いた。
私はまた背中を支えてもらい、壺を受け取る。
中には大きめの大豆くらいの、緑色の丸薬が少しだけ入っていた。
そこから一粒だけ取り出して、壺を彼に返す。
私は丸薬を口に入れると、奥歯で噛んだ。
瞬間、鼻に抜ける青臭さと強烈な苦味に襲われる。
そんな私の顔を見た彼が、慌ててコップに水を汲んで渡してきた。
私はそれを奪うように受け取ると、一気に丸薬ごと水を喉へ流し込んだ。
臭いと味がまだ口の中に残っている気がして涙目になっていると、彼が心配そうにこちらを見ているのに気がついた。
私は気恥ずかしくなって笑って誤魔化すと、彼も安心したように微笑んだ。
コップを置こうと思って彼から視線を外すと、部屋の入り口、すだれの向こうから見つめる視線に気が付いた。
思わず身を固くすると、すだれの向こうにいた人が、にやにや笑いながら入って来た。
「まあまあ楽しそうね。元気になったみたいで何よりだわ」
そう言って入って来たのは、森の魔女様だった。
「あ、あの魔女様、ありがとうございました」
慌てて頭を下げると、魔女様はいいのよと手を振った。
「アタシは確かにアナタの治療をしたけど、それで助かるかは賭けだったわ。アナタが生きているのは、アナタ自身の力よ」
魔女様は私の目の前に来ると、私の手をとって手首にさわった。
手のひらを返してそれを見ながら満足したように頷くと、今度は私の顔を触りながら、目の奥を覗き込んでくる。
「熱は引いたみたいだけど、気分はどう?だるい?」
「大丈夫です。でも体が少し重いかなって……」
「無理もないわ。アナタは3日間も寝込んでいたから。今日一日は安静にして様子を見た方がいいわ。食事は私が用意してあげるから、しっかり食べるのよ」
「はい、何から何まですみません」
「いいのよ。お代はこっちからもらっているから、礼ならこっちに言っておきなさい?」
魔女様はそう言って、青年を軽く叩いた。
青年を見ると目が合ったので、頭を下げる。
「ありがとうございます。このお礼は必ず後でお返しします」
私がそう言うと、下げた頭に手が置かれ、優しくなでられた。
なんだろう、なんだかすごく嬉しくて、でもすごく恥ずかしい。
「思い出したからついでに言うけど、怪我したアナタをここまで連れてきたのもこいつだからね」
魔女様が何でもない風に言った言葉に私は驚く。
あの時駆けつけ、そして助けてくれたのは、彼だったなんて。
「そ、そうだったんですね。あの、危ないところをありがとうございました」
先ほどよりも深く頭を下げる。
実は私は、私を助けてくれたのはもっと年長のハンターだとばかり思っていた。
彼はどう見ても私より2・3年上くらいにしか見えない。
あの時夢のように感じた森の中の疾走が本当のことだったら、ものすごく森に慣れていないとできないことだと思ったからだ。
だから私は少し落ち込んだ。
また私は、自分の思い込みだけで人を判断してしまっていた。
ついこの前反省したばかりなのに、また同じことをしてしまった自分に嫌気がさす。
「ほらほら、アナタは病み上がりなんだから、そんな窮屈な体勢したらダメよ。こいつも困っているみたいだから、その辺にしときなさい」
魔女様に促されて顔を上げると、彼は申し訳なさそうな顔で私を見ていた。
私が悪いのに、逆に彼を困らせてしまった。
何か言おうと思ったけれど、なんて言ったらいいのか言葉が出て来ない。
そんな重く感じる空気を払うように、魔女様が手を打ち鳴らした。
「はい、この話はここまで。じゃあ次は、アナタの服を変えちゃおうか。寝汗かいたでしょ?ついでに体も拭いちゃいましょう。ジルバー、アンタは水汲んでその後火を起こしておきな。この子の食事つくるからね。水汲み、そしてかまどに火、だからね」
魔女様が言い聞かせるように言うと、彼は頷いて部屋を出て行った。
私はその後、魔女様に言われるままに服を脱いだ。
「ごめんなさいね。小さな傷は問題なかったんだけど、足の怪我はアタシでも完全には治せなかったわ」
布のズボンを脱ごうとして、右足がうまく動かないと感じた。
その時の私の様子で気がついたのだろう、足を動かすのを手伝ってくれながら魔女様が言った。
ズボンの下から現れた私の右足には、あの時ふくらはぎに刺さったカンテラの傷痕が、まだ生々しく残っていた。
触れるまでもなく、そこがまだ熱を持っていることがわかる。
足先を動かそうとすると、引き攣れるような感覚とともに軽く痛みが走った。
うまく足首が動かない。
これではデコボコだらけの森の中を歩くのは、とてつもない重労働になるだろう。
「傷は消せるけれど、もう走ることはできないでしょうね。腱が傷つけられていたから」
「そうですか」
私は、思ったよりも落ち着いた声が出せていた。
「命があっただけ拾い物ですから贅沢は言えません。森は無理でも街中なら問題ないですし。たとえもうハンターとしては生きることは無理、でも、でも、ふ、普通の、の」
もうハンターとしては無理、そのことを口にしたとたん、私の中の感情が湧き上がってきた。
それが外へ出ていかないように、口をしっかりと閉じる。
ハンターとして生きるために、私のこれまでの人生はあった。
お祖父さんやお父さんへの憧れから、私はハンターになりたかった。
妹のように可愛くなくても、ハンターになれば関係ない。
私はハンターとして、森のために、そして森と生きるみんなのために役に立とうと頑張ってきた。
それなのに、もうハンターとしては生きれないなんて!
口から感情が溢れるのを必死でこらえていると、魔女様に優しく抱きしめられた。
「ごめんね。アタシの力が及ばなくて。アナタの足をもとに戻せなくてごめんね」
「ち、ちがいます!魔女様のせいじゃないです!わた、わたしが……!」
口を開いたら、もうダメだった。
私は子供のようにみっともなく、魔女様にすがりついて泣きじゃくった。
魔女様は私の体が冷えないようにと布をかけてくれて、でも私はその間、ずっとずっと泣いていた。
窓から差し込むまぶしい光が、部屋を照らし出している。
木目の強く浮き出た壁には、ゆがみやコブがたくさんある。
部屋のつなぎ目に扉はなく、草で編まれたすだれが下げられているだけだ。
家具は少なく、棚や瓶はどれも古びている。
もっと部屋の中を見ようと首を傾けると、額から布がずり落ちてきた。
それを取ろうと手を出すが、なんだか動きが重く感じる。
それでも持ち上げて目の前に掲げたその布は、水で湿っていた。
それが何かと思いつく前に、すだれを分けて人が入ってきた。
「「あ」」
私と彼の言葉が重なった。
部屋に入って来たのは、フードをかぶった青年だった。
獣の毛皮で作られた衣服をまとい、家の中だというのにフードを目深にかぶっている。
身長は高めだが、着ぶくれているのか、肩幅が広く見えた。
青年は私と目が合うと、素早く枕元へと近づいてきた。
私の手から湿った布を受け取ると、持ってきた桶へとそれを入れた。
それから私の顔を覗き込んで、額に手を置いた。
「あなたが看病してくれてたの?ありがと……」
のどが詰まって、けほっ、と咳き込む。
彼はすぐに近くの瓶から、木のコップで水をすくって差し出してきた。
背中を支えてもらいながら、ゆっくりと水を飲む。
澄んだ水が体中に染み渡っていくような感じがした。
水を飲むのがなぜかずいぶん久しぶりな気がする。
コップの水を飲み干すと、再び布団に寝かされた。
「あつい?さむい?」
彼はすこし訛りのある調子で、でもはっきりと一言一言を発音した。
「大丈夫」
首を振って言うと、彼は安心したようだった。
そして立ち上がると棚から小さな壺を取って持ってきた。
「まじょ、くすり。のめる?」
壺を指さして聞いてくるので、私は頷いた。
私はまた背中を支えてもらい、壺を受け取る。
中には大きめの大豆くらいの、緑色の丸薬が少しだけ入っていた。
そこから一粒だけ取り出して、壺を彼に返す。
私は丸薬を口に入れると、奥歯で噛んだ。
瞬間、鼻に抜ける青臭さと強烈な苦味に襲われる。
そんな私の顔を見た彼が、慌ててコップに水を汲んで渡してきた。
私はそれを奪うように受け取ると、一気に丸薬ごと水を喉へ流し込んだ。
臭いと味がまだ口の中に残っている気がして涙目になっていると、彼が心配そうにこちらを見ているのに気がついた。
私は気恥ずかしくなって笑って誤魔化すと、彼も安心したように微笑んだ。
コップを置こうと思って彼から視線を外すと、部屋の入り口、すだれの向こうから見つめる視線に気が付いた。
思わず身を固くすると、すだれの向こうにいた人が、にやにや笑いながら入って来た。
「まあまあ楽しそうね。元気になったみたいで何よりだわ」
そう言って入って来たのは、森の魔女様だった。
「あ、あの魔女様、ありがとうございました」
慌てて頭を下げると、魔女様はいいのよと手を振った。
「アタシは確かにアナタの治療をしたけど、それで助かるかは賭けだったわ。アナタが生きているのは、アナタ自身の力よ」
魔女様は私の目の前に来ると、私の手をとって手首にさわった。
手のひらを返してそれを見ながら満足したように頷くと、今度は私の顔を触りながら、目の奥を覗き込んでくる。
「熱は引いたみたいだけど、気分はどう?だるい?」
「大丈夫です。でも体が少し重いかなって……」
「無理もないわ。アナタは3日間も寝込んでいたから。今日一日は安静にして様子を見た方がいいわ。食事は私が用意してあげるから、しっかり食べるのよ」
「はい、何から何まですみません」
「いいのよ。お代はこっちからもらっているから、礼ならこっちに言っておきなさい?」
魔女様はそう言って、青年を軽く叩いた。
青年を見ると目が合ったので、頭を下げる。
「ありがとうございます。このお礼は必ず後でお返しします」
私がそう言うと、下げた頭に手が置かれ、優しくなでられた。
なんだろう、なんだかすごく嬉しくて、でもすごく恥ずかしい。
「思い出したからついでに言うけど、怪我したアナタをここまで連れてきたのもこいつだからね」
魔女様が何でもない風に言った言葉に私は驚く。
あの時駆けつけ、そして助けてくれたのは、彼だったなんて。
「そ、そうだったんですね。あの、危ないところをありがとうございました」
先ほどよりも深く頭を下げる。
実は私は、私を助けてくれたのはもっと年長のハンターだとばかり思っていた。
彼はどう見ても私より2・3年上くらいにしか見えない。
あの時夢のように感じた森の中の疾走が本当のことだったら、ものすごく森に慣れていないとできないことだと思ったからだ。
だから私は少し落ち込んだ。
また私は、自分の思い込みだけで人を判断してしまっていた。
ついこの前反省したばかりなのに、また同じことをしてしまった自分に嫌気がさす。
「ほらほら、アナタは病み上がりなんだから、そんな窮屈な体勢したらダメよ。こいつも困っているみたいだから、その辺にしときなさい」
魔女様に促されて顔を上げると、彼は申し訳なさそうな顔で私を見ていた。
私が悪いのに、逆に彼を困らせてしまった。
何か言おうと思ったけれど、なんて言ったらいいのか言葉が出て来ない。
そんな重く感じる空気を払うように、魔女様が手を打ち鳴らした。
「はい、この話はここまで。じゃあ次は、アナタの服を変えちゃおうか。寝汗かいたでしょ?ついでに体も拭いちゃいましょう。ジルバー、アンタは水汲んでその後火を起こしておきな。この子の食事つくるからね。水汲み、そしてかまどに火、だからね」
魔女様が言い聞かせるように言うと、彼は頷いて部屋を出て行った。
私はその後、魔女様に言われるままに服を脱いだ。
「ごめんなさいね。小さな傷は問題なかったんだけど、足の怪我はアタシでも完全には治せなかったわ」
布のズボンを脱ごうとして、右足がうまく動かないと感じた。
その時の私の様子で気がついたのだろう、足を動かすのを手伝ってくれながら魔女様が言った。
ズボンの下から現れた私の右足には、あの時ふくらはぎに刺さったカンテラの傷痕が、まだ生々しく残っていた。
触れるまでもなく、そこがまだ熱を持っていることがわかる。
足先を動かそうとすると、引き攣れるような感覚とともに軽く痛みが走った。
うまく足首が動かない。
これではデコボコだらけの森の中を歩くのは、とてつもない重労働になるだろう。
「傷は消せるけれど、もう走ることはできないでしょうね。腱が傷つけられていたから」
「そうですか」
私は、思ったよりも落ち着いた声が出せていた。
「命があっただけ拾い物ですから贅沢は言えません。森は無理でも街中なら問題ないですし。たとえもうハンターとしては生きることは無理、でも、でも、ふ、普通の、の」
もうハンターとしては無理、そのことを口にしたとたん、私の中の感情が湧き上がってきた。
それが外へ出ていかないように、口をしっかりと閉じる。
ハンターとして生きるために、私のこれまでの人生はあった。
お祖父さんやお父さんへの憧れから、私はハンターになりたかった。
妹のように可愛くなくても、ハンターになれば関係ない。
私はハンターとして、森のために、そして森と生きるみんなのために役に立とうと頑張ってきた。
それなのに、もうハンターとしては生きれないなんて!
口から感情が溢れるのを必死でこらえていると、魔女様に優しく抱きしめられた。
「ごめんね。アタシの力が及ばなくて。アナタの足をもとに戻せなくてごめんね」
「ち、ちがいます!魔女様のせいじゃないです!わた、わたしが……!」
口を開いたら、もうダメだった。
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