魔獣の森のお嫁さん

天坂コーキ

森の中の家

ジルバーの料理は、どれも美味しいものばかりだった。

透明なスープは全部飲んでしまい、細かくされたりんごも全部食べてしまった。
2つのシチューも味わい深くて、半分ずつ飲んだところでもう食べられなくなってしまったのがすごく残念だった。
最後に温かいりんご果汁を飲み終わると、急に眠気が湧き上がってくる。

「ふぁ……」

「お姫様はもうおねむのようだね。お腹いっぱいになったかな?」

「お姫様だなんてやめて下さいよ。眠いのはそうなんですけど」

「たくさん食べて、胃が頑張ってるんだろうね。でも横になるのはもうちょっとだけ待ってた方がいいわ。頑張れる?」

「はい、大丈夫です。でも何もしていないと今にも眠っちゃいそうです」

「そう、なら今のうちに重要なことを話すわね」

魔女様が急に真剣な表情になったので、眠気を散らすために姿勢を正す。
ジルバーも食事の手を止めて、魔女様の方を向いた。

「そんな緊張する必要はないよ。ただの連絡というか報告みたいなものだから。まず、ノインが見つけた熊の魔物は、シャーディックと呼ぶことになった。で、そのシャーディックの狩りを今日行うわ」

熊、クマ、魔物。
あの日出会った、大きな、魔獣。
丸太のような腕、天をつくような上背、地響きを立てて走る足。
一瞬、あの時の恐怖がよみがえるが、魔女様の私を見つめる目が私をしっかりとここ・・へつなぎとめてくれた。

「続けるわよ。いい?……シャーディックはここから少し離れた森の中にいることがわかっている。これは猟獣が警告の狼煙の臭いを辿った結果だから確実ね。体に臭いが相当染みついてるみたいで、探し出すのが楽だったって言ってたわ」

あの魔物は、狼煙の中を突っ切って来ていた。
確かにあれなら、臭いが染みついていてもおかしくない。

「それとノインあなたが生きているってことは、ハンター協会に伝えてあるわ。ただし、治るまで私が預かることになってる」

「お父さ……父にも伝わっているんですか?」

「ええ。シャーディック狩りの陣頭指揮をとることになっているわ。あなたが生きているとわかって、すごく喜んでいたわよ」

あの厳しいお父さんが、喜んでいる?
そんなところを想像できない。
いつも眉をしかめて、叱るような口調でしゃべっているからだ。

私の無事を喜んでくれたのは嬉しいけれど、心配をさせてしまったことについて申し訳なく思ってしまう。
後でたぶん、ものすごく怒られることになるだろう。

「ノイン。あなたの怪我はまだ様子を見ないとダメだから、少なくともあと何日かはここにいてもらうことになるわ。それで大丈夫?」

魔女様の言葉を受け止め、自分の中でよく考えてから、ゆっくりとうなずく。

「はい、私は大丈夫です。父にも心配ないと伝えてください。それと……」

私が視線を向けると、ジルバーは特に気負った風もなく視線を合わせてきた。

「ジルバーさん。お世話になります。よろしくお願いします」

「うん、まかせろ」

ジルバーは鷹揚にうなずいた。

その後、魔女様は魔獣狩りについて簡単に説明してくれた。
普通の狩りは夜は控えるものだけど、今回は夕方から始めるらしい。
火と猟獣で一晩中追い立てて罠へ誘い込み、少しずつ体力を奪う作戦のようだ。
決着は明日の朝になるかもしれないし、もしかしたらもっと伸びるかもしれない。
作戦は街のハンター総出で行い、若手たちは主に支援に回ることになる。

それは、だいたい私の予想通りだった。
もし怪我をしていなければ、私も支援でいいから参加したかった。

魔物は強く恐ろしく、見つければ率先して狩ることになっている。
だから人によっては一生魔物を狩らずに、それどころか目にすることもなく終わることもある。
それは本来なら幸せなことかも知れないけれど、ハンターたるもの、常に新しい驚異に備える必要がある。
というか、みんな魔物を見たくて、狩りたくて仕方がないのだ。
たぶん街では、ハンターたちは今回の作戦に大いに盛り上がっているだろう。

今回の経験は、次また魔物が出た時にも役に立つ。
不謹慎だけど、私もまた魔物狩りという単語にワクワクしてしまっている。
あの時のことに、確かに私は恐怖している。
でも、それ以上にあの魔物を狩るところを見てみたいと思ってしまった。

「あの、魔女様。ちょっと聞きたいんですけど」

「ん、何かな?」

どうしよう。
ここで私が見に行きたいと言っても、たぶん許可はもらえないだろう。
怪我人だし、病み上がりだし、足手まといにしかならないから。
でも、それならせめて……。

「その狩りについて、もっと詳しく教えてもらえませんか?」

「……ふふ、あなたのお父さんの言った通りね。あなたは確かにハンターだわ。いいわ、アタシが知る限りのことを教えてあげる」

「本当ですか!ありがとうございます!」

魔女様は楽しそうに笑った。
そして私は魔女様に、魔物狩りについて詳しく教えてもらった。



気が付くと、部屋の中は真っ暗だった。

どうやら私は、話しているうちに寝てしまったらしい。
窓からは星の明かりが差し込んできている。
起き上がると、体のダルさは消えていた。

部屋の中は少し肌寒い。
足の怪我に気をつけながら靴を履くと、ゆっくりと立ち上がる。
ベッドの横に置かれていた荷物から、コートを取り出して羽織った。
私の大切な赤いコート。
その暖かさを頼もしく感じながら、壁伝いに部屋を出た。

星明かりの届かない廊下は、ほとんど何も見えない。
手探りで慎重に廊下を進む。
壁は木で出来ているようだけれど、木目はあるが継ぎ目が感じられない。
滑らかな壁をなでながら、闇の中を一歩一歩進む。
手が壁の終わりを探り当てたのでその向こうを覗くと、木戸が開いているのが見えた。

再び壁に手をついて、ゆっくりと進む。
木戸へ着くと、そこから外を眺めた。

そこは開けた場所で、膝丈まで伸びた草がそこかしこに生えている。
森の木がかなり離れた場所にあり、家の中からでも星空が見えた。

戸口をくぐる時、怪我をした右足がすこし引っかかった。
大して痛くはなかったが、今まで出来ていたことができなくなっている不便さを感じる。

戸口を振り返って、気がついた。
私がいたこの家は、どうやらとても大きな木の中だったらしい。
壁に木の継ぎ目がないのは当然だ。
だって全て一つの木から作られているのだから。

感心しながら視線を上に向けると、そそり立つこの大木は途中で折れていることが分かった。
人が住めるくらい大きいのだから、もしかしたら森の外から見たことがあるかとも思ったのだけれど、折れた木はさすがに見たことがなかった。

ふと見ると、折れた木の上に何かいるのに気がついた。
それは私と目が合うと、ふわりと木から離れる。
木に残った枝やコブを軽やかに蹴りながら降りてきたそれは、私の前に静かに着地した。

「おきたのか?ぶじか?」

「ジルバーさん。あの、こんばんわ」

背の高い青年は、何事もないように立ち上がった。
バレないで抜け出せたと思ったのに、あえなく見つかってしまった。
気まずい思いを笑ってごまかしながら挨拶する。
ジルバーは降りるときにわずかに乱れたフードを直した。

「まだねてろ。はやくよくなれ」

「その方がいいのは良く分かっているんですけど、その……そうだ、魔女様はどちらに?」

「まじょ、かえった。しごとある」

ここは魔女様の家じゃなかったらしい。
木の家なんてらしい・・・と思ったのだけれど、確かに私の知っている魔女様の家は別にある。

魔女様は当然、私につききりでいるわけもいかないだろう。
それに魔女様の今夜の仕事は、あの魔獣狩りに関することだ。
魔女様は狩りに直接は参加しないけれど、罠や追い込む道筋の選択に協力している。
決めた通りに物事が進むとは限らないし、そちらへ行っているのだろう。

私は少し悩んでから、ジルバーを見上げて言った。

「あの、お願いがあるのですが」

「魔獣の森のお嫁さん」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く