魔獣の森のお嫁さん

天坂コーキ

狩りの夜

駆ける、駆ける、闇を駆ける。
月の見えない森の中を、風になったように駆けてゆく。

顔に当たる風だけが、私が感じる速さの全て。
背負われて運ばれている私には、この闇の中は見通せない。
まるであの時を繰り返しているかのよう。
憶えていない過去、思い出される夢の記憶。
でもジルバーから伝わる熱と振動が、これが夢ではないことを教えてくれていた。

すぐ横をいくつもの木や枝葉が通り過ぎる気配はするが、それが私に当たることはない。
それは先がちゃんと見えてないとできないことだ。
こんな芸当ができるジルバーは、本当に何者なのだろうか?
目の前にある、革のフードの頭を見ながら、私は何度目になるか分からない同じ疑問に首をかしげた。

「どうした?きず、いたいか?」

「いえ、あの、よくこの先が見えるなって思ってたんです」

こちらの様子が伝わったのか、スピードを落として聞かれたので慌ててごまかす。

「大丈夫、ちゃんとみえてる」

ジルバーは当たり前のことのように答えた。

「すごいですね、私には何も見えません。ひょっとして魔女様のお力ですか?魔女様と仲がいいみたいですけど」

「……」

返事がない。ひょっとして、気を悪くさせてしまっただろうか。

「……まじょは、かんけいない」

どこか不満気な、ぶっきらぼうな返事に少しだけ胸が痛んだ。

「すいません。その……」

「きにするな。それより、こっちでいいのか?」

突然の質問に、顔をあげて闇を見回す。
相変わらずの暗闇だけど、辺りに漂う空気が違う。
わずかに流れる湿った空気と水音。
川がすぐ近くにあるのは間違いない。

魔獣狩りの手順セオリーに従うなら、目的地はこの先にあるはずだ。

「はい、このまま先に行ったところにハンターの人たちが待機しているはずです。もう少しだけ進みましょう」

「わかった」

ジルバーはうなずくと、ゆっくり進み始めた。

私たちは今、シャーディックの狩りをこっそりと見るために森の中を進んでいた。
私は魔女様に教えてもらったから詳しい場所がわかるけど歩けない。
ジルバーは夜の森でも歩けるけれど、詳しい場所がわからない。
だから協力すれば遠くから見学だけでもできると思い、ダメで元々のつもりで頼んでみたら、案外簡単に了承してくれた。

「おれも、きょうみあった。だからだ」

ジルバーが家の上に登っていたのはたぶん、狩りを見たかったけれど家を離れなかったから、せめて少しだけでも遠くを見たかったかのだろう。
私の面倒を見ることを魔女様に頼まれてたため退屈させてしまったことが申し訳ない。

「ごめんなさい、ジルバーだけだったら、もっと簡単に見学できたのに」

「そんなことない」

そう首を振って、ジルバーは私に背中を向けてしゃがんだのだった。

私は今その背中におぶさって運ばれている。
最初に星を見てだいたいの方角と距離を教えただけで、ジルバーは迷いなく森の中を走っている。
時々空がわずかに見える場所で止まってもらい方角を確かめているが、ほとんどズレなく進んでいた。
しかも背負っている私への振動が少なく、傷が痛むこともない。

夜の森を走り抜ける技術と度胸、さらにそんな状況でも気遣いができる精神力。
彼は間違いなく、一流のハンターになれる素質を持っている。

「ねえジルバー。なんであんな森の奥に住んでいるの?村の方がもっと便利だと思うのだけれど」

「おれは、ひとといっしょ、むりだ」

「なんで?ジルバーならとてもすごいハンターになれると思うけど」

「おれと、まちのひと、ちがう。おれは、ひととくらせない」

拒絶するようにそう言って、ジルバーは口を閉じた。

人と暮らせない。
どうしてそんな事を言うのだろうか?
私は目の前にある彼の頭と、それを隠す革のフードを見る。
あらくなめされた獣の革は、彼の手によるものだろう。
革の質はいいのに、作業中にできたのであろう傷や不揃いな縫い目があり、それがとても気になってしまう。
ハンター協会に登録すれば、革の剥ぎ取り方からなめし・裁縫の指導まで受けることができる。
狩りに使う道具だって簡単に手に入るし、手入れの仕方も教えてもらえる。
たとえそれが不得意だったとしても、専門の職人にやってもらえる。
そんな利益を拒絶するなんて、いったいどんな秘密を抱えているのだろうか?

私はジルバーを説得して、私の村のハンターにしたい。
お父さんやお祖父さんに指導してもらえば、彼なら絶対に村一番のハンターになれるだろう。
そしてゆくゆくは村を代表するハンターとなって領主様の指揮する森の開拓軍の先導役に選ばれて……

「……おい、大丈夫か、ノイン?」

「……っは!?」

ジルバーに揺さぶられて、正気に戻る。
ちょっと自分の世界に入ってしまった。
森の中でぼーっとするなんて、やっぱりまだ本調子ではないのだろう。
元気なつもりでいても、体力はあまり戻っていないのかもしれない。
それでも今夜の狩りだけは見逃したくないので、胸を張って誤魔化すことにする。

「大丈夫、大丈夫です。まだまだ元気ですよ」

「そうか?なら、しずかに。むこうにハンター、いる」

ジルバーが示した先では、わずかな木々の隙間から星の光が差し込んでいた。
そこをほんの一瞬だけ、小さな光がちらりと横切る。

まだ遠く、はっきりとはわからない。
それでもそこには複数の人間と猟獣がいるのが気配で分かった。
私だけだったら、たぶん見逃していただろう。
指摘されて注意深く見て初めて、そこにいるとわかる程度の微かな気配。
やはりジルバーは、だれよりもハンターに向いている。

私が口を閉じてうなずくと、ジルバーは足音を忍ばせて進み始めた。

◇◆

連絡役からの報告に、メッサーはうなずいた。
シャーディックと名づけられた魔獣の狩りは、今のところ順調だった。
遠くから猟獣を連れて声を出しながら進むことで、シャーディックを森の奥へ追いやれている。

さすがに多数のハンター相手に向かってくるような無謀さは無いようだ。
思い通りに誘導できていることにわずかに安堵する。
しかしそれを表情に出すこともなく、淡々と指示を続けていた。

娘であるノインが生きていると聞いて、彼は自ら狩りの指揮を執ると申し出た。

もし無事でなかったなら、狩りには参加しなかっただろう。
娘の仇になってしまえば、冷静でいられる自信は彼にはなかった。

だがノインは生きていて、魔女が治療をしている。
それならば何も心配はない。
彼はいつも通り、魔獣を狩るだけだ。

そして、ついに待っていた時がやってきた。

「報告します。目標、あと5分で最初の襲撃予定地点へ到達します」

「よし、総員攻撃準備にうつれ。近づきすぎないように注意しろよ」

「はっ!」

伝令役の若者が素早く駆け出してゆく。

メッサーはそれを見送ってから、赤いコートに袖を通した。

「魔獣の森のお嫁さん」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く