魔獣の森のお嫁さん

天坂コーキ

浄化の炎

◇◆

メッサーは木の裂ける音を聞いた。
作戦は上手く行ったようだ。
周囲のハンターたちは小さく歓声を上げるが、メッサーはそれには構わずに広場へと歩き出す。

作戦はこうだ。
まず、遠巻きに魔獣を監視し続け、その通り道にいくつもの罠を仕掛ける。
罠で足止めをしつつ矢を射かけ、少しずつ魔獣の体力・気力を奪う。
そして頃合いを見計らって、深く掘った落とし穴へ誘導する。

弱っているとはいえ、相手は知恵のある魔獣だ。
さんざん罠で痛めつけられた後なら、なおのこと怪しい場所には近づかないだろう。
そこで囮役を用意する。

足の速い囮役は、落とし穴の中央に渡された木の板の上を走りぬける。
後から来た魔獣がそのまま落とし穴に落ちれば良し、もし囮役と同じように木の板の上を渡ろうとしても、その体重から木の板を踏み抜くことになる。
また例え落とし穴に気がついたとしても、魔獣が迂回している間に囮役は遠くまで逃げることができる。

囮役が逃げ切れれば、あとはまた罠と弓矢の繰り返しだ。
時間がかかるだろうが、狩ることはできるだろう。

他の獣は魔獣を恐れるため近寄ってはこないが、森の中を走り回られては偶然出くわしてしまうこともあるだろう。
リスクを少なくするためには、是非ともここで落とし穴に嵌めておきたかった。

周囲のハンターたちと共に、獣道を早足で進む。
追跡・襲撃部隊の一部は夜目の秘薬を使っているが、一度に作れる量が少なく日持ちもしないため、指示を出すだけのメッサーは使ってない。
そのため、光源のほとんどない森の中を走るのは危険である。
それでもシャーディックが進路上の枝葉を蹴散らしていたので、普通よりかは幾分進みやすくなってはいた。

メッサーたちが広場に着いて最初に目にしたのは、穴の淵にしがみついている若いハンターだった。

彼はノインと組んでいたパーティーの1人で、この最後の罠にかけるための囮役に自ら志願してきた。

「オレがあんなことを言って追い出さなければ、ノインは魔獣に襲われることはなかったんです。だから魔獣を狩る手伝いをさせて下さい。あいつに謝るチャンスを下さい!」

彼は真剣な顔でそう言った。
今回の狩りにおいてとても重要な役目を、そんな個人の思い入れだけで任せることはできない。
しかしメッサーは、彼についての評価を他ならないノインから聞いたことがあった。

曰く、「まだハンターとして全然なってないわよ。でもひとつだけ褒めるところがあるとしたらそれは、逃げ足がとっても速いことね。見切りも諦めも速いけど、そのおかげで怪我が少ないのも確かなのよ」

そう笑顔で言っていた。

狩りとは、生きるために行うことだ。
食べるために狩り、守るために狩り、救うために狩る。
その過程で命を落とすのは本末転倒。
そして今回の狩りもまた、人と森に害をなす魔獣を退治するためのものだ。

だからこそ、彼を採用することにした。
無駄な攻撃をしないことを言い含め、地面に置いた板で練習をさせた。
全ては死人を出さないために。

メッサーの姿を見つけると、彼は情けない悲鳴を上げた。

「た、助けて下さい。つかまる、つかまっちゃう!」

急いで他のハンターと共に駆け寄り、彼を穴から引き上げさせる。
興奮のためか息は粗いが、どこにも怪我はなさそうだ。

足に爪がかすったと指をさしているが、服も靴にも傷はない。

「よくやった。後は私たちに任せて、君は休め」

「あ、はい。お願いします」

立とうとしたようだが、どうやら腰が抜けているようだ。
他のハンターたちに両脇を支えられ、森の奥へと連れて行かれた。

メッサーはそれを見送ってから、穴の淵に立って中を見下ろす。
そこには、瞳に怒りを燃えたぎらせた、クマの魔獣がいた。

「デメ、アアン、ゴラア!」

口角に泡をにじませながら、魔獣は威嚇の声を出す。

「初めまして、シャーディック。調子はどうだい?私は君の狩りの指揮を執っているメッサーという者だ。君が私の娘を傷つけたらしいが、それはまあいい。あの子もハンターの端くれだ、覚悟はしてあっただろう」

「ッゼゴラ!ロッスゴ、ラア!」

理解できない言葉をわめく魔獣に眉をひそめる。
魔獣は人の言葉を理解し、時には話すこともできるはずだ。
しかしこのシャーディックは、怒りのためかそれとも話すつもりがないのか、ただただ怒鳴り声のを発するだけだ。

それでもメッサーは話を続けた。

「さて、ここからが本題だ。君の命はここで終わることになる。君は自分が生きるために今まで散々殺してきたのだろう。その順番が回ってきたというだけだ。ただ、こちらの条件を聞くならやめてもいい」

周囲のハンターが驚いたようだが、メッサーはシャーディックから視線を動かさない。

「条件は2つ。1つは君はもう人を殺さないこと。そしてもう1つはすぐにこの森から去ることだ」

シャーディックはそれを聞いて牙をむく。

「アッケンナ!シルカ、シネオ!」

言葉が理解できているかはわからないが、どう見ても了解も納得もしていない。
それどころかなお一層激しく吼えたててくるのを見て、これ以上は無駄だと悟った。

「そうか、交渉は決裂だな」

メッサーが手を上げると、追跡・襲撃部隊のハンターたちは広場から出て行った。
そして彼らと入れ違いに、何人ものハンターがやってくる。

彼らは無言で穴を囲み、それぞれが最後の仕上げの準備を始める。
穴の周囲を囲んだハンターたちが、つぎつぎに壺を投げ入れる。
壺は穴の中やシャーディックに当たると割れて、中の液体をばら撒いた。

シャーディックはそれを受けて、嗅ぎ慣れない匂いに鼻をひくつかせる。
それは草や木の実から絞り出した油であった。

メッサーは懐から種火を取り出し、松明へと火をつける。

松明は穴の周囲を囲むハンターに順に手渡され、それを使ってさらに新しい松明が次々と火を灯していった。
そしてメッサーへ松明が戻ってくると、それを高く掲げた。
周囲のハンターたちもそれにならった。

「森に生まれし不浄なる魂よ」
『森に生まれし不浄なる魂よ』

「我らはお前を森へと返す」
『我等はお前を森へと返す』

「その毛皮は灰となり」
『その毛皮は灰となり』

「その血肉は土となり」
『その血肉は土となり』

「いずれは森の恵みとなるだろう」
『いずれは森の恵みとなるだろう』

夜目の秘薬を使った者たちは森の奥へ隠れてその様子を見る。

夜目の秘薬は、光量の調節をする光彩を一時的に開きっぱなしにする効果を持つ。
夜の森のを進むのには便利だが、そのせいで火を直接見ることはできなくなる。

本当ならば遠目だとしても見ない方がいいのだが、その近くにいた全てのハンターは目が離せなかった。

「森に生まれし者よ、今、森へと帰るがいい」
『森に生まれし者よ、今、森へと帰るがいい』

メッサーとハンターたちは、松明を一斉に穴の中へと放り込んだ。

次の瞬間、穴の中から火柱が立ち上る。
火柱は穴の中で踊狂い、中にいるシャーディックの狂乱を連想させた。
実際穴の中からは、絞り出すような悲鳴が響いてくる。

穴の周囲にいたハンターたちは、火の勢いに押されて穴から距離をとったため中の様子は見れない。
だが、この悲鳴はすぐに止むと信じて疑わなかった。

残酷かもしれないが、魔物は普通の生物よりも生命力が強く、頭を切り離す・心臓を貫くなど確実に止めを刺さなければ生き延びてしまう。
瀕死の獣は通常の何倍も恐ろしいものとなる。
だからここで、一気に殺さなければいけないのだ。

数分後、火柱が少しだけ小さくなった。
穴の中の悲鳴はもう聞こえない。
広場のハンターも、その周囲の森にいるハンターも、全員が獲物とその魂の冥福を祈った。

人を傷つけ、森を荒らした魔獣とはいえ、森に生きた者への敬意を忘れてはならない。
それは同じく森によって生かされている者としての礼儀だからだ。

誰かが小さくつぶやいた。

「これで終わったんだな」

その言葉に、広場にいた者たちが安堵のため息をつく。

その時、地響きがした。

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