魔獣の森のお嫁さん

天坂コーキ

ハンターの決意

地響きは未だ赤く燃える穴の方から聞こえてきた。
何事かとハンターたちは顔を見合わせるが、それに答えるものはいない。
まさか、という思いを全員が持っているが、それを誰も口にしたくなかったのだ。

それでも確認しなければと、1人のハンターが勇気を出して穴へと近づく。
その時再びの地響きがして穴の一部が大きく崩れ、近づいたハンターが運悪く足をとられた。
いきなり足元にできた急な坂道。
バランスを崩したハンターは、信じられないという顔をしたまま、燃え続ける穴の方へと倒れ込む。

「馬鹿野郎!手を伸ばせ!」

こそへメッサーが滑り込み、遠ざかる前に手を掴んだ。

「無事か!?しっかり踏ん張れ!」

「お、おやっさん!」

崩れた地面の境目に身を乗り出し、ギリギリで踏ん張る。
倒れたハンターもそれ以上進まないようにと、必死に地面にしがみついた。

「おやっさんすげぇ!」
「大丈夫ですか!?」
「俺らも協力します」

メッサーに続いて他のハンター達がすぐさま駆け寄ってくる。

「よし、イチ、ニのサンで一気に引き上げるんだ。いいな?いくぞ、イチ、ニのサン!」

メッサーの音頭に合わせ、ハンター達が気合を込めて引き上げる。
その甲斐あって、2人は無事に穴から離れることができた。

「た、助かりました。それにしても一体なにが起こったんですかね?」

「熱で土が脆くなったとも考えられるが、それだけじゃないだろうな」

「穴を掘った時は確かに柔らかいと思ったけど、こんなに崩れるほどじゃなかったはずです」

「……お前ら、ちょっと下がれ」

メッサーが周囲のハンターたちへ警告し、自分は穴を回り込んで奥を覗いた。
燃える炎の奥を目を細めて何かを確認した後、低い声で警告する。

「来るぞ」

その言葉にハンターたちは一瞬で静まり、穴へと向き直る。
次の瞬間、大きな音を立てて穴の縁が崩れて半ばまで埋まり、そのせいで炎が一気に小さくなった。

広場を照らしていた光が小さくなったことで闇が広がり、空気が重くなる。

崩れた土をミシミシ踏みつけて進む音が、穴の中から聞こえてくる。
ゆっくりと、しかし確実に、重たい何かが進んでくる。
わずかに残る火を背にして、黒く大きい影が穴から這い上がってきた。

それは、やはりシャーディックなのだろう。
黒い毛皮は焼けただれ、油がかかったのだろう一部は皮が大きく剥がれている。
背中の矢は燃え落ちているが、その傷口からは今も血が流れ出ている。

シャーディックは口を大きく開けるが、そこから出てきたのは咆哮ではなく、ただ空気がもれるような音だけだった。
恐らく気道も焼け付いているのだろう。
その目も、もはやかつての凶暴な輝きはなく、怯えの混じった恐怖に揺れていた。
初めて味わう死の恐怖。
自分が狩られる側だと理解したからだろう。
せわしなく周囲を見回し、ハンターたちへと無暗に牙をむいている。

「射撃用意!」

メッサーが大声で指示を出す。
それを聞いた者たちが慌てて弓を構える。
シャーディックはそれを見ると、ふらりと倒れるように動いた。

四足よつあしで立つと、どこにそんな力が残っていたのか驚くほどの俊敏さで、1人のハンターへと向かって走り出す。
それは先ほど転んだハンターで、その時に打った腰を気にしていたのを見て取ったのだ。

似合わないほどの素早さで迫りくる巨体にハンターはひるみ、弓を放つタイミングを見逃して後ずさる。
目の前にまで迫られたハンターは悲鳴を押し殺して弓を放つ。
それはシャーディックの体をかすり、地面に突き立った。

「ヤバっ!」

ハンターは思わず目をつむって身を守る。

しかし、地面を駆ける足音は彼のすぐ横を走り抜けた。

「えっ?」

「うおっ」

「わっ!」

「ひえっ!?」

彼の後ろから、ハンターたちの驚く声が連続して聞こえる。
あわてて振り向けば、声を発したハンターたちもまた自分たちの後ろを振り向いていた。
その向こうは、未だに暗い夜の森。

シャーディックは闇に掻き消えるように姿を消した。

「くそっ!シャーディックが逃げたぞ!」

ハンターたちは目を細めて闇を見通そうとするが、今まで燃え上がる火柱を見ていたのだ、光に慣れた目で闇に紛れた獣を見つけることは不可能だ。

「静かにしろ!森の中から飛び出して来るかもしれないぞ!」

誰かの指示が広場に響く。
小さくなった火を背にハンターたちが耳を澄ます。

何分も経ったかのように感じられるが、実際は数秒しか経ってないだろう。
息の詰まるような緊張感の中、広場の外側にいたハンターたちはわずかな葉擦れの音を聞いた。

「ヤツは遠ざかっている!逃げる気だ!」

「向こうだな!?追跡部隊、すぐに奴を追え!」

メッサーの指示を受け、広場の外にいたハンターたちが動き出した。

仲間からの情報をもとに、シャーディックの追跡が再開された。

◇◆

相手は手負いだ。
誰もがすぐに見つけ出し、追いつけると思っていた。
しかし、その通りにはならなかった。

倒したと思った魔獣が生きていたという動揺もあったかもしれない。
しかしそれだけでなく、逃げる時の痕跡がとても少なくなっていたのもあった。

今までのシャーディックは、自分の行く手をさえぎるものは全てなぎ倒していた。
だが、本能に目覚めたのかそれともなぎ倒す力がなくなったのか、身を低くし枝葉をすり抜け、痕跡が残りにくい移動をしているようだ。

そのため追跡部隊が痕跡を見つけ出すのに、かなりの時間がかかってしまった。

メッサーはハンターたちをまとめ直し、再びシャーディックを追い詰めるべく指示を出す。
しかしその顔色はすぐれなかった。
速く仕留めないと大変なことになる。
その思いが焦りを産み、冷静な思考を妨げる。

今回のことで、シャーディックは人間の狩りを知ってしまった。
罠へ追い立て、弓で射る。
集団で行う狩り方。

もしシャーディックが逃げ切れば、次は同じ手を使えないだろう。
罠は見抜かれ、あっという間に逃げ切られてしまうに違いない。

そして何より今の逃走だ。
このまま逃がして隠密行動の重要性に気が付かれたら、今度はハンターこちら側が狩られることになるだろう。
魔獣の方が隠密にも狩りにも向いているのだ。
もしそうなれば、この森の周辺に人は住めなくなってしまうだろう。

「追跡部隊は、まだ戻らないのか?」

焦る気持ちを抑えつけながら聞くが、聞かれたハンターは首を振るばかりだ。
痕跡は少ししか見つからず、しかも細かく方向を変えているようでなおさら追いにくくなっているようだ。
メッサーは奥歯を噛みしめて考える。
時間が経てば経つほど、シャーディックは遠くへ逃げてしまうだろう。
じっくりと狩ることができなくなってしまった今、選ぶべき手段は一つしかない。
道具の管理をしているハンターを呼んで、指示を出す。

「夜目の秘薬の予備を出すんだ。追跡部隊を増やす。なんとしても、ヤツを今晩中に狩らなければならない」

夜目の秘薬の効果は、そこまで長くは続かない。
場合によっては一晩かけて狩ることも考えていたので、予備も多めに作ってあった。
それを一気に使うことで追跡部隊を増員して、探し出そうと考えたのだ。

「短期決戦だ。全員、足跡一つ見落とすなよ!」

メッサーの掛け声に、その場にいたハンターの全員が頷いた。

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