魔獣の森のお嫁さん
闇夜の再開
◇
私とジルバーは他のハンターたちに見つからないように、距離をおいて追跡していた。
私が、教えられてやっとそこにいると気づけるくらいの距離が空いているのに、彼らを見失うことなく、ほとんど音を立てずに進んでいる。
木の枝を折らないようにかき分けて獣道を静かに進む私たちに、熟練のハンターでも気がつくことはなかった。
そうしていると、ハンターたちの方へ誰かがやってきた。
何かあったようで、話が終わると急ぎ足で森の奥へと向かって行く。
すぐに追いかけようとしたジルバーを引き止め、そこから大回りをして進むように頼んだ。
「なにがあったんだ?」
ジルバーの疑問に、魔女様に教えてもらった今回の狩りの方法を思い出しながら答える。
「たぶん、落とし穴に落とせたんだと思う。みんなで囲んでから、火をつけるの」
「ぜんぶ、もやすのか?もったいない。けがわ、はぎとったりしないのか?」
ジルバーの疑問はもっともだけど、私は首を横にふった。
「無理だと思うわ、だってまだ生きてるだろうし」
「いきたまま焼くのか!?それは、こわいな」
確かに、生きたまま焼き殺すなんて残酷な方法だ。
ジルバーが不快になるのも無理はない。
でも、それをしなければならない理由がある。
「しょうがないのよ。魔獣を……魔物を怪我人が出ないように狩るんだから」
「……」
「残酷かも知れないけれど、魔物が生きているだけで森がめちゃくちゃになってしまうの。ジルバーは知らない?国を毒の沼に沈めた魔物の話」
それは、はるか昔の話。
まだ大森林が今の半分くらいの広さだったころ、山を越えたところに1つの国があった。
ある日その国の中にある森に、一匹の魔物が現れた。
魔物を狩るためにハンターだけではなく、兵隊までもが参加した。
みんなで協力して三日三晩かけて魔物を追い詰めたが、その魔物は強力な毒を吐き続けていて、兵隊もハンターも大勢の人間が死んでしまった。
魔物はなんとか退治できた。
でも、森はその魔物のせいで全て毒の沼地になってしまった。
森がなくなってしまったら、森のそばにいた人たちは生きていくことができない。
だからハンターはその国から離れ、人も減った。
そしてその国は国として生きていけなくなってしまった。
その毒の沼地は、今もこの森に残っている。
私の話を黙って聞いてから、ジルバーは静かに言った。
「そうか、そんなやつもいたんだな」
「そう、だから魔物が現れた時は、何よりも被害を出さないように素早く狩らなければならないの。私もお父さんやお祖父さんからそう教えられたわ」
今回の魔物、熊の魔獣シャーディックは、立ちふさがるモノ全てをなぎ倒す暴力の塊だ。
シャーディックが通った後は、木は折れ、獣は引き裂かれていたらしい。
「魔女様の話だと、その暴れ方はどんどんひどくなっていて、このまま放っておくと半月経たずに森がダメになってただろうって。ジルバーも森に入っていたなら分かったんじゃない?」
「ああ、森から獣がいなくなってた。ぜんぶじゃないけど、かなりすくなくなってた」
「でしょう。だから……」
そこまで話したところで、不意に空が明るくなった。
ジルバーといっしょに木々の隙間を見上げると、炎が天高く立ち昇っているのが見えた。
「燃やしているのか」
「そうね。……この辺りでいいかな。少し休みましょう?」
ジルバーにゆっくりと降ろしてもらい、木の根元へ腰かける。
「思ったよりも早く終わりそうね。火が消えたら死んでいるかどうかを確認して、それからその死体を持って戻ることになってるわ」
ジルバーを見上げるが、彼は明るくなった空をじっと見ていた。
そしてちらっと、こちらを窺うような視線を向けてくる。
「……ちょっとみてきていいか?ちかくに獣は、いない」
「うーん、見つからないかなあ。ハンターのみんなは知り合い同士だから、知らない人がいるとすぐにバレるよ」
「だいじょうぶ。あまりちかづかない」
何か思うところがあるみたいだけど、何よりも好奇心が勝っているようだった。
ジルバーがいなくなると、夜の森で1人になってしまう。
ちょっと怖いけど、近く獣がいないなら大丈夫だろう。
本当は狩りが終わりハンターみんなが帰った後に、入れ違いになるように行って解説しようかと思っていたけれど、自分の目で見た方が分かることは多いだろう。
そんな風に、言いたいことをいろいろ飲み込んで、私はうなずく。
「そう、気をつけてね」
「ああ、何かあったら、すぐよべ。くるから」
そう言い残すと、わずかな音とともに木の向こうへ消えて行った。
本当はジルバーともっと話をしたかったけれど、それは後でもできるだろうし。
それに今の私は足手まといだから。
コートを体にしっかり寄せて、自分の体を抱きしめた。
傷口をさするとまだわずかに痛みがある。
思わずため息をついて、頭上の木を見上げた。
魔女様から聞いた手順をもう一度思い返して、今回の狩りが実際にはどう進んだのかをイメージする。
一番危ないのはやっぱり囮役だろうけど、それができる人は何人もいる。
誰がやるかはわからないけど、父のことだ、確実にこなせる人を選ぶだろう。
たぶん、背が低いけれど身軽なベテランのオジさん。
酒場で一番先に酔い潰れてるあの人になったのではないだろうか?
若手は夜の森の歩き方を理解できていないから、準備とか後方での連絡役しかやらせてもらえない。
たぶん私が、今回の狩りで一番近くいる若手じゃないだろうか。
そんなことを考えながら時間をつぶしていると、不意に闇が増したような気がした。
落とし穴の火が消えたのだろうか?
油を使ったのなら1時間くらい燃え続けるはずだけど、そこまで時間が経ったようには感じない。
星の様子を見るけれど、やはりあまり動いているようには見えなかった。
なにかあったのだろうか?
ジルバーの行った方へ私も向かうべきだろうか?
いや、森の中で不用意に動くと、仲間と合流しにくくなってしまうのは常識。
ここは落ち着いて帰ってくるのを待とう。
そう決めて、じっとしていたけれど、だんだん待っているのが辛くなってくる。
やっぱり1人は寂しい。
もしこの傷がなくて、普通にハンターの仕事ができていたとしても、それでも1人での狩りなんて私には無理だ。
周りの闇が、私を見つめている気がする。
不安がだんだんこみ上げてきて、なんだかじっとしていられない。
さっきジルバーは、呼べばすぐに来ると言っていた。
私は恐る恐る口をあけて、そっと呟いた。
「ジルバー、戻ってきて」
その言葉が終わらないうちに、木の後方で枝が折れる音がした。
「ジルバー!?もう戻ってきてたの?……」
木に手をついて立ち上がる。
その時に、傷口にまた痛みが走った。
やっぱり待ってて正解だった。
私のこの足では、昼間の森だって歩くことは難しい。
「火が消えたみたいだけど、何かあったの?見えるところまで近づいた?ジルバーだったら大丈夫だと思うけど……」
手をついたまま木の後ろを覗くと、焦げた臭いが強く漂ってきた。
灰と、火と、焼けた肉の臭いに思わず鼻と口を覆う。
それが何かと思いつく前に、茂みを揺らしながら、焼けただれて歪んだ熊の顔が現れた。
私とジルバーは他のハンターたちに見つからないように、距離をおいて追跡していた。
私が、教えられてやっとそこにいると気づけるくらいの距離が空いているのに、彼らを見失うことなく、ほとんど音を立てずに進んでいる。
木の枝を折らないようにかき分けて獣道を静かに進む私たちに、熟練のハンターでも気がつくことはなかった。
そうしていると、ハンターたちの方へ誰かがやってきた。
何かあったようで、話が終わると急ぎ足で森の奥へと向かって行く。
すぐに追いかけようとしたジルバーを引き止め、そこから大回りをして進むように頼んだ。
「なにがあったんだ?」
ジルバーの疑問に、魔女様に教えてもらった今回の狩りの方法を思い出しながら答える。
「たぶん、落とし穴に落とせたんだと思う。みんなで囲んでから、火をつけるの」
「ぜんぶ、もやすのか?もったいない。けがわ、はぎとったりしないのか?」
ジルバーの疑問はもっともだけど、私は首を横にふった。
「無理だと思うわ、だってまだ生きてるだろうし」
「いきたまま焼くのか!?それは、こわいな」
確かに、生きたまま焼き殺すなんて残酷な方法だ。
ジルバーが不快になるのも無理はない。
でも、それをしなければならない理由がある。
「しょうがないのよ。魔獣を……魔物を怪我人が出ないように狩るんだから」
「……」
「残酷かも知れないけれど、魔物が生きているだけで森がめちゃくちゃになってしまうの。ジルバーは知らない?国を毒の沼に沈めた魔物の話」
それは、はるか昔の話。
まだ大森林が今の半分くらいの広さだったころ、山を越えたところに1つの国があった。
ある日その国の中にある森に、一匹の魔物が現れた。
魔物を狩るためにハンターだけではなく、兵隊までもが参加した。
みんなで協力して三日三晩かけて魔物を追い詰めたが、その魔物は強力な毒を吐き続けていて、兵隊もハンターも大勢の人間が死んでしまった。
魔物はなんとか退治できた。
でも、森はその魔物のせいで全て毒の沼地になってしまった。
森がなくなってしまったら、森のそばにいた人たちは生きていくことができない。
だからハンターはその国から離れ、人も減った。
そしてその国は国として生きていけなくなってしまった。
その毒の沼地は、今もこの森に残っている。
私の話を黙って聞いてから、ジルバーは静かに言った。
「そうか、そんなやつもいたんだな」
「そう、だから魔物が現れた時は、何よりも被害を出さないように素早く狩らなければならないの。私もお父さんやお祖父さんからそう教えられたわ」
今回の魔物、熊の魔獣シャーディックは、立ちふさがるモノ全てをなぎ倒す暴力の塊だ。
シャーディックが通った後は、木は折れ、獣は引き裂かれていたらしい。
「魔女様の話だと、その暴れ方はどんどんひどくなっていて、このまま放っておくと半月経たずに森がダメになってただろうって。ジルバーも森に入っていたなら分かったんじゃない?」
「ああ、森から獣がいなくなってた。ぜんぶじゃないけど、かなりすくなくなってた」
「でしょう。だから……」
そこまで話したところで、不意に空が明るくなった。
ジルバーといっしょに木々の隙間を見上げると、炎が天高く立ち昇っているのが見えた。
「燃やしているのか」
「そうね。……この辺りでいいかな。少し休みましょう?」
ジルバーにゆっくりと降ろしてもらい、木の根元へ腰かける。
「思ったよりも早く終わりそうね。火が消えたら死んでいるかどうかを確認して、それからその死体を持って戻ることになってるわ」
ジルバーを見上げるが、彼は明るくなった空をじっと見ていた。
そしてちらっと、こちらを窺うような視線を向けてくる。
「……ちょっとみてきていいか?ちかくに獣は、いない」
「うーん、見つからないかなあ。ハンターのみんなは知り合い同士だから、知らない人がいるとすぐにバレるよ」
「だいじょうぶ。あまりちかづかない」
何か思うところがあるみたいだけど、何よりも好奇心が勝っているようだった。
ジルバーがいなくなると、夜の森で1人になってしまう。
ちょっと怖いけど、近く獣がいないなら大丈夫だろう。
本当は狩りが終わりハンターみんなが帰った後に、入れ違いになるように行って解説しようかと思っていたけれど、自分の目で見た方が分かることは多いだろう。
そんな風に、言いたいことをいろいろ飲み込んで、私はうなずく。
「そう、気をつけてね」
「ああ、何かあったら、すぐよべ。くるから」
そう言い残すと、わずかな音とともに木の向こうへ消えて行った。
本当はジルバーともっと話をしたかったけれど、それは後でもできるだろうし。
それに今の私は足手まといだから。
コートを体にしっかり寄せて、自分の体を抱きしめた。
傷口をさするとまだわずかに痛みがある。
思わずため息をついて、頭上の木を見上げた。
魔女様から聞いた手順をもう一度思い返して、今回の狩りが実際にはどう進んだのかをイメージする。
一番危ないのはやっぱり囮役だろうけど、それができる人は何人もいる。
誰がやるかはわからないけど、父のことだ、確実にこなせる人を選ぶだろう。
たぶん、背が低いけれど身軽なベテランのオジさん。
酒場で一番先に酔い潰れてるあの人になったのではないだろうか?
若手は夜の森の歩き方を理解できていないから、準備とか後方での連絡役しかやらせてもらえない。
たぶん私が、今回の狩りで一番近くいる若手じゃないだろうか。
そんなことを考えながら時間をつぶしていると、不意に闇が増したような気がした。
落とし穴の火が消えたのだろうか?
油を使ったのなら1時間くらい燃え続けるはずだけど、そこまで時間が経ったようには感じない。
星の様子を見るけれど、やはりあまり動いているようには見えなかった。
なにかあったのだろうか?
ジルバーの行った方へ私も向かうべきだろうか?
いや、森の中で不用意に動くと、仲間と合流しにくくなってしまうのは常識。
ここは落ち着いて帰ってくるのを待とう。
そう決めて、じっとしていたけれど、だんだん待っているのが辛くなってくる。
やっぱり1人は寂しい。
もしこの傷がなくて、普通にハンターの仕事ができていたとしても、それでも1人での狩りなんて私には無理だ。
周りの闇が、私を見つめている気がする。
不安がだんだんこみ上げてきて、なんだかじっとしていられない。
さっきジルバーは、呼べばすぐに来ると言っていた。
私は恐る恐る口をあけて、そっと呟いた。
「ジルバー、戻ってきて」
その言葉が終わらないうちに、木の後方で枝が折れる音がした。
「ジルバー!?もう戻ってきてたの?……」
木に手をついて立ち上がる。
その時に、傷口にまた痛みが走った。
やっぱり待ってて正解だった。
私のこの足では、昼間の森だって歩くことは難しい。
「火が消えたみたいだけど、何かあったの?見えるところまで近づいた?ジルバーだったら大丈夫だと思うけど……」
手をついたまま木の後ろを覗くと、焦げた臭いが強く漂ってきた。
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