魔獣の森のお嫁さん
晩餐の支度
ジルバーに手を引かれて、木の家まで戻って来た。
「ついたぞ。いま、あかりをつける」
家の中に入ると、ジルバーが言った。
摩擦音、そして燐の燃える匂い。マッチは一瞬だけ周囲を眩しく照らした。
ジルバーはランタンに火を灯すと、マッチの火を手袋をした指で摘んで消した。
「あっ……」
「ん、どうした?」
「ジルバーも、そういうのやるんだなって思って」
「なにがだ?」
首を傾げるジルバーに、なんでもない、と首を振る。
私たちが使っているマッチは、風ですぐに消えたりしないように、脂が多めに混ぜられている。だから一度火をつけると、簡単には消えてくれない。
焚き火とかだったらそのまま放り込めばいいけれど、そうじゃなければ何とかして消す必要がある。だから摘んで強引に消すのだけれど、それをやると燃えた燐の匂いが手袋に残ることになる。するとそのせいで、鼻のきく獣が逃げてしまったりもする。
本人たちに自覚はないようだけど、やる人とやらない人では、狩りの成果に明らかな差があった。
だから、タバコとマッチは獣除けにしか使われない。
まあ今日はもう狩りには行かないし、五月蝿く言うほどではないかなと納得することにした。
ジルバーは腑に落ちないという顔をしていたけど、すぐに切り替えたようだ。
キッチンへ行くとウサギの肉を置いて、それからまたキッチンの入り口まで戻ってきた。
「ノイン。おれはこれから、きがえる。ノインはどうする?」
「私はここで待ってる。本当は料理とかやりたいんだけど」
「それはダメだ、ケガがなおってない。ひも、はものも、あぶない」
大丈夫だと言いたかったけれど、真剣な目で見られたら、うなずくしかできなかった。
「わかったわ、大人しくしてる」
「そうしてくれ。すぐもどる」
ジルバーは私にランタンを手渡すと、そのまま家の奥へと歩いていった。
私はキッチンへ入り、テーブルの上にランタンを置いた。
イスに座って、ランタンの火を眺める。
火は、偉大だ。
私たちには、明かりが要る。
夜の森には獣がうろついていて、夜目の効かない人間は格好の獲物でしかない。
だから私たちは火を焚いて、闇と獣を遠ざける。
私たちには、暖かさが要る。
冷えた体を温めるために。そして、冷たい肉を美味しく焼くために。
火は、明るくて暖かい。
いろんなことに使えて、いろんな役に立っている。
そして何より、火はキレイだ。
ランタンの中で輝く火に見とれ、だらしないと思いながらも、ついついテーブルに突っ伏してしまう。
私はもっと動きたいのに、怪我が文字通り、足を引っ張っている。
さっきだって何度もつまづきそうになり、そのたびにジルバーに助けてもらった。
今だって、本当は私の料理の腕も見せてあげたいのに、それができない。
わかってる。
火を使えば、他に燃え移ってしまうかもしれない。
刃物を使えば、また怪我をしてしまうかもしれない。
それはジルバーにも、魔女様にも迷惑をかけることになる。
何もできないことが辛い。
私は自分の怪我が、ここまで憎らしくなんて思いもしてなかった。
そういえば、まだ実家にいた時にも、似たような状況があったことを思い出した。
あれは私が病気になった時のことだ。
ただの風邪だったけど、お母さんに言われて、私はずっとベットで寝ていることしかできなかった。
でもその時は、今ほど辛くはなかった。
お母さんがそれでいいと言ってくれてたし、私もそれでいいと思っていた。
でも今は違う。
確かに怪我をしているけど、それでも私は一人のハンターだ。
一人前とは言えないかもしれないけれど、それでも、自分の力で生きていくって決意して家を出たんだ。
私は背筋を伸ばして立ち上がる。
足の痛みはあるけれど、もう慣れた。
どういう風に動けば痛くなるかも、大体わかった。だから、大丈夫。
テーブルの上のランタンを持つと、慎重に竈へと向かった。
置いてあった薪を、竈の中で火がつきやすいように組む。
ランタンから火を移して、少しずつ燃え広がるのを見守る。
火は、偉大だ。
ゆっくりと大きくなる火を見ていると、なんとなく元気になれる。勇気づけられる気がする。
よし、私は頑張るぞ。
「ノイン。どうした?」
声に振り返ると、着替えを終えたジルバーが立っていた。服は布製の身軽そうなもので、あれがたぶん普段着なんだろう。
相変わらず長袖で顔も布で覆っているけれど、私にも少しは慣れてくれたのかもしれない。
「あ、ジルバー。竈に火を入れといたよ」
「ありがとう。あぶなくなかったか?」
「大丈夫。問題なかったわ」
「ならよかった。あとはおれがやる、ノインはすわっててくれ」
「ううん、私も手伝う。見てるだけはもうイヤなの」
ジルバーをじっと見つめて、私の決意を目で訴える。
少しだけ見つめ合った後、ジルバーの方が目を逸らした。
「わかった。でも、むりはダメだぞ」
「うん、任せて!頑張るから」
◇
料理を作るのは楽しかった。
ジルバーの料理は一見普通そうだけど、かける手間が普通ではなかった。私たちが一度にやってしまうことを、段階に分けて丁寧にやっている。
私がもっと簡単なやり方を説明すると、感心して採用するものもあれば、頑固に変えないものもあった。
「なるほど。つくりながら、あらうのもやるのか。うん、このほうがいいな」
「やさいと、にくは、べつのどうぐをつかう、ぜったいだ」
そんな風に、私の教えること一つ一つを真剣に聞いて、考えてくれる。目線を合わせて会話ができる。それはとても楽しい時間だった。
「ジルバー、ありがとね」
「おれのほうこそ、ありがとうだ。あじつけとか、たすかった」
「どういたしまして。でも、手伝わせてもらって嬉しかった。ジルバーとお料理するの、とっても楽しかったよ」
「そ、そうか。それは、よかった」
ジルバーは視線を逸らすと、まだ火が消えてない竃の方へ行ってしまった。
私はちょっと残念に思いながらも、テーブルに戻る。
もうすぐ魔女様が来て、みんなで夕食になる予定だ。
今夜からは私も普通に食事ができるので、それも楽しみだ。それと、魔女様の話ではもうひとつサプライズがあるみたいなんだけど……。
そんな事を考えていたら、ちょうど来たみたいだ。
木の扉をノックする音。そして魔女様の声が聞こえた。
「まじょがきたのか?」
「そうみたい」
「いつもなら、なにも言わずにはいってくるのに。どうしたんだ?」
「夜だからじゃない?あ、私が出るよ」
「そうか、たのむ。おれは、りょうりを、ならべている」
カンテラを持って入り口へと向かう。
ドアの外からは、魔女様のくぐもった声が聞こえた。
「ノイン、いる?」
「はーい。いま開けます」
外に立っていた魔女様は、昼間よりもずいぶんしっかりと服を着ていた。
黒いマントにトンガリ帽子をかぶり、スカートも長く肩首も露出がほとんどない。むかし初めて魔女様に会った時のような服装に、威厳すら感じた。
「こんばんわ、ノイン。元気にしてた?」
「はい、魔女様こんばんわ。おかげさまで足もかなり動かせるようになりました。それにしても今夜はずいぶん魔女らしい格好をしてますね」
「当たり前よ、私は魔女なんですもの」
中身はやはりいつもの魔女様みたいだ。楽しそうにニコニコ笑いながら、私の耳に顔を寄せてくる。
「ジルバーはキッチンね?お客様を連れてきたから、ちょっとだけお話ししててね」
「え、お客様ですか?」
返事を聞く前に、魔女様は私の横を抜けてキッチンへ行ってしまった。
魔女様を追う訳にもいかず、私はお客様を迎えるために、入り口を振り返りカンテラを差し出す。
カンテラの暖かい光が照らし出したのは、私がとてもよく知っている人だった。
「ノインか。元気だったか?」
「お、お父さん!?」
「ついたぞ。いま、あかりをつける」
家の中に入ると、ジルバーが言った。
摩擦音、そして燐の燃える匂い。マッチは一瞬だけ周囲を眩しく照らした。
ジルバーはランタンに火を灯すと、マッチの火を手袋をした指で摘んで消した。
「あっ……」
「ん、どうした?」
「ジルバーも、そういうのやるんだなって思って」
「なにがだ?」
首を傾げるジルバーに、なんでもない、と首を振る。
私たちが使っているマッチは、風ですぐに消えたりしないように、脂が多めに混ぜられている。だから一度火をつけると、簡単には消えてくれない。
焚き火とかだったらそのまま放り込めばいいけれど、そうじゃなければ何とかして消す必要がある。だから摘んで強引に消すのだけれど、それをやると燃えた燐の匂いが手袋に残ることになる。するとそのせいで、鼻のきく獣が逃げてしまったりもする。
本人たちに自覚はないようだけど、やる人とやらない人では、狩りの成果に明らかな差があった。
だから、タバコとマッチは獣除けにしか使われない。
まあ今日はもう狩りには行かないし、五月蝿く言うほどではないかなと納得することにした。
ジルバーは腑に落ちないという顔をしていたけど、すぐに切り替えたようだ。
キッチンへ行くとウサギの肉を置いて、それからまたキッチンの入り口まで戻ってきた。
「ノイン。おれはこれから、きがえる。ノインはどうする?」
「私はここで待ってる。本当は料理とかやりたいんだけど」
「それはダメだ、ケガがなおってない。ひも、はものも、あぶない」
大丈夫だと言いたかったけれど、真剣な目で見られたら、うなずくしかできなかった。
「わかったわ、大人しくしてる」
「そうしてくれ。すぐもどる」
ジルバーは私にランタンを手渡すと、そのまま家の奥へと歩いていった。
私はキッチンへ入り、テーブルの上にランタンを置いた。
イスに座って、ランタンの火を眺める。
火は、偉大だ。
私たちには、明かりが要る。
夜の森には獣がうろついていて、夜目の効かない人間は格好の獲物でしかない。
だから私たちは火を焚いて、闇と獣を遠ざける。
私たちには、暖かさが要る。
冷えた体を温めるために。そして、冷たい肉を美味しく焼くために。
火は、明るくて暖かい。
いろんなことに使えて、いろんな役に立っている。
そして何より、火はキレイだ。
ランタンの中で輝く火に見とれ、だらしないと思いながらも、ついついテーブルに突っ伏してしまう。
私はもっと動きたいのに、怪我が文字通り、足を引っ張っている。
さっきだって何度もつまづきそうになり、そのたびにジルバーに助けてもらった。
今だって、本当は私の料理の腕も見せてあげたいのに、それができない。
わかってる。
火を使えば、他に燃え移ってしまうかもしれない。
刃物を使えば、また怪我をしてしまうかもしれない。
それはジルバーにも、魔女様にも迷惑をかけることになる。
何もできないことが辛い。
私は自分の怪我が、ここまで憎らしくなんて思いもしてなかった。
そういえば、まだ実家にいた時にも、似たような状況があったことを思い出した。
あれは私が病気になった時のことだ。
ただの風邪だったけど、お母さんに言われて、私はずっとベットで寝ていることしかできなかった。
でもその時は、今ほど辛くはなかった。
お母さんがそれでいいと言ってくれてたし、私もそれでいいと思っていた。
でも今は違う。
確かに怪我をしているけど、それでも私は一人のハンターだ。
一人前とは言えないかもしれないけれど、それでも、自分の力で生きていくって決意して家を出たんだ。
私は背筋を伸ばして立ち上がる。
足の痛みはあるけれど、もう慣れた。
どういう風に動けば痛くなるかも、大体わかった。だから、大丈夫。
テーブルの上のランタンを持つと、慎重に竈へと向かった。
置いてあった薪を、竈の中で火がつきやすいように組む。
ランタンから火を移して、少しずつ燃え広がるのを見守る。
火は、偉大だ。
ゆっくりと大きくなる火を見ていると、なんとなく元気になれる。勇気づけられる気がする。
よし、私は頑張るぞ。
「ノイン。どうした?」
声に振り返ると、着替えを終えたジルバーが立っていた。服は布製の身軽そうなもので、あれがたぶん普段着なんだろう。
相変わらず長袖で顔も布で覆っているけれど、私にも少しは慣れてくれたのかもしれない。
「あ、ジルバー。竈に火を入れといたよ」
「ありがとう。あぶなくなかったか?」
「大丈夫。問題なかったわ」
「ならよかった。あとはおれがやる、ノインはすわっててくれ」
「ううん、私も手伝う。見てるだけはもうイヤなの」
ジルバーをじっと見つめて、私の決意を目で訴える。
少しだけ見つめ合った後、ジルバーの方が目を逸らした。
「わかった。でも、むりはダメだぞ」
「うん、任せて!頑張るから」
◇
料理を作るのは楽しかった。
ジルバーの料理は一見普通そうだけど、かける手間が普通ではなかった。私たちが一度にやってしまうことを、段階に分けて丁寧にやっている。
私がもっと簡単なやり方を説明すると、感心して採用するものもあれば、頑固に変えないものもあった。
「なるほど。つくりながら、あらうのもやるのか。うん、このほうがいいな」
「やさいと、にくは、べつのどうぐをつかう、ぜったいだ」
そんな風に、私の教えること一つ一つを真剣に聞いて、考えてくれる。目線を合わせて会話ができる。それはとても楽しい時間だった。
「ジルバー、ありがとね」
「おれのほうこそ、ありがとうだ。あじつけとか、たすかった」
「どういたしまして。でも、手伝わせてもらって嬉しかった。ジルバーとお料理するの、とっても楽しかったよ」
「そ、そうか。それは、よかった」
ジルバーは視線を逸らすと、まだ火が消えてない竃の方へ行ってしまった。
私はちょっと残念に思いながらも、テーブルに戻る。
もうすぐ魔女様が来て、みんなで夕食になる予定だ。
今夜からは私も普通に食事ができるので、それも楽しみだ。それと、魔女様の話ではもうひとつサプライズがあるみたいなんだけど……。
そんな事を考えていたら、ちょうど来たみたいだ。
木の扉をノックする音。そして魔女様の声が聞こえた。
「まじょがきたのか?」
「そうみたい」
「いつもなら、なにも言わずにはいってくるのに。どうしたんだ?」
「夜だからじゃない?あ、私が出るよ」
「そうか、たのむ。おれは、りょうりを、ならべている」
カンテラを持って入り口へと向かう。
ドアの外からは、魔女様のくぐもった声が聞こえた。
「ノイン、いる?」
「はーい。いま開けます」
外に立っていた魔女様は、昼間よりもずいぶんしっかりと服を着ていた。
黒いマントにトンガリ帽子をかぶり、スカートも長く肩首も露出がほとんどない。むかし初めて魔女様に会った時のような服装に、威厳すら感じた。
「こんばんわ、ノイン。元気にしてた?」
「はい、魔女様こんばんわ。おかげさまで足もかなり動かせるようになりました。それにしても今夜はずいぶん魔女らしい格好をしてますね」
「当たり前よ、私は魔女なんですもの」
中身はやはりいつもの魔女様みたいだ。楽しそうにニコニコ笑いながら、私の耳に顔を寄せてくる。
「ジルバーはキッチンね?お客様を連れてきたから、ちょっとだけお話ししててね」
「え、お客様ですか?」
返事を聞く前に、魔女様は私の横を抜けてキッチンへ行ってしまった。
魔女様を追う訳にもいかず、私はお客様を迎えるために、入り口を振り返りカンテラを差し出す。
カンテラの暖かい光が照らし出したのは、私がとてもよく知っている人だった。
「ノインか。元気だったか?」
「お、お父さん!?」
「魔獣の森のお嫁さん」を読んでいる人はこの作品も読んでいます
-
家事力0の女魔術師が口の悪い使用人を雇ったところ、恋をこじらせました
-
22
-
-
君に私を○○してほしい
-
8
-
-
獣耳男子と恋人契約
-
23
-
-
死者との出会い
-
0
-
-
突撃砲兵?キチにはキチの理屈がある!
-
0
-
-
やがて忘却の川岸で
-
1
-
-
乙女ゲーム迷宮~隠れゲーマーの優等生は、ゲーム脳を駆使して転移を繰り返す先輩を攻略する!~
-
5
-
-
オレンジ色の魂
-
15
-
-
少年と執事とお手伝いさんと。〜全ては時の運〜
-
5
-
-
最先端技術ストーカーな女子高生(親友)から美男子(幼馴染)を守れるサイバーセキュリティってそれ私じゃん!
-
2
-
-
桜の下で出会うのは
-
2
-
-
追放された私を拾ったのは魔王だった為、仕方なく嫁になってあげた私はラグナロクにてスローライフを送りたいと思います
-
25
-
-
スカーレット、君は絶対に僕のもの
-
31
-
-
Dear Big and small girl~もしも白雪姫が家出をしたら~
-
2
-
-
魔王、なぜか冒険者学校の先生になって、英雄の子孫を鍛え直す
-
4
-
-
[休止]第四王女は素敵な魔法幼女。
-
7
-
-
毒手なので状態異常ポーション作る内職をしています
-
1
-
-
~大神殿で突然の婚約?!~オベリスクの元で真実の愛を誓います。
-
8
-
-
かみさま、殺してきました「テヘ♡」
-
8
-
-
異世界に喚ばれたので、異世界で住みます。
-
7
-
コメント