魔獣の森のお嫁さん

天坂コーキ

門番の歓迎

森の木々が開けてくると最初に目にする物、それはを囲うようにそびえ立つ木製の壁だ。
村は、森に面した部分を高い壁で囲っている。
これは森から出てくる獣や魔獣に備えたもので、森の周辺の村や町ならみんなを守るために建てられた。
その壁には森への出入り口として、軍隊を通すための大門と、人ひとりがくぐれる大きさの扉があった。

「でっかいもんだな」

「でしょう?あの門を見ると、村へ帰ってこれたんだって実感するんだ」

ジルバーと並んで大門を見上げる。
家を三つ重ねたくらい高いその壁と門は、獣に入り込まれるたびに高くしていった結果らしい。
あんな高い所から入り込んでくるような獣がいるなんて信じられないけど、村の長老衆から聞いた話なので、嘘ではないんだろう。

「すごいりっぱだな。あのもんは、いつひらくんだ?」

「年に一度の大狩猟の時かな。今年はあと3ヶ月くらいしたらだと思うよ」

「だいしゅりょう?」

「大狩猟っていうのは、領主様の軍が森に入って増えすぎた獣を狩ったり、木を切り倒したりするの。森が回復する速さがすごいから、時々そうやって大規模な狩猟をしないと森から獣があふれ出て来ちゃうんだって」

「へえ。このまえの、魔獣狩り、よりもすごいのか?」

「うん、人数だけならそれ以上だよ。村のハンターも森の案内のために同行するしね」

ジルバーは大狩猟に興味津々のようだ。兄から聞いた軍の話をしてあげると、目を輝かせて聞いていた。

軍の話をしているうちに、大門横の扉の前にたどり着いた。
扉のさらに横には門番小屋があり、そこには私が生まれる前から門番をやっていたというお爺さんがすんでいた。

「こんにちはプフェルトナーさん。帰ってきましたよ」

「おお、ノインちゃんか。よく帰ってきたね」

小屋の外から呼びかけると、門番のお爺さんが出てきた。
細身ではあるけれど、とても引き締まった体つき。年齢を感じさせない褐色の肌は、樫の木を連想させる。

「ご心配をおかけしました。でもちゃんと今回も生きて帰ってきましたよ」

「うんうん、たとえ怪我をしても生きていればなんとかなる。しかも今日はなかなか大きな獲物までとってきたようじゃないか」

プフェルトナーさんがジルバーを見て笑う。
ジルバーはちょっと困ったような顔をしていたが、前へ進み出て右手を差し出した。

「どうも。ジルバー、だ」

「ワシはプフェルトナーだ。ワシの爺さんのその前の代からずっと門番プフェルトナーをやっておる。お前さんもそう呼んどくれ」

「ぷふぇるとなあ、さんか。わかった」

「ふむ、お前さんはどうやらこの辺りの人ではないようだね」

フードでちょっと隠れているジルバーの顔を覗き込みながら門番のお爺さんが言うので、私は慌てて間に入った。

「ジルバーは別の国から来て、それから森の中でずっと一人で暮らしてたの。魔女様が言うんだから間違いないわ」

「魔女様が保証しているのかい?それなら心配ないか。いやあジルバー君、疑ってすまなかったね」

「きにするな。おれも、ひとにはあまり、なれていないから」

笑いあう二人を見て、私はホッとため息をついた。
このお爺さんは門番という仕事をやっているせいか、人の本性を見抜く目を持っているのだ。
子供が森で拾った獣をこっそり村へ持ちこもうとしても、もれなくこのお爺さんに見抜かれて、森へ返すことになる。それが昔から常識になっているので、森から不正なものを持ちこもうとする者は、この村には誰もいなかった。

だから私としては、プフェルトナーさんにジルバーのことを見抜かれるんじゃないかと少しだけ心配していた。
ジルバーを森へ返してこいなんて言われたらどうしようかと、実は内心でドキドキしていた。

ふと顔を上げると、プフェルトナーさんと目が合った。
ニコニコ笑ってはいるが、その目は私の頭の中をぜんぶ見抜いているように感じて、私は誤魔化すように愛想笑いをする。
そんな笑顔の戦いがあったのは、ごくわずかな間だけ。
すぐにプフェルトナーさんの視線からは探るような気配がなくなり、人のいいお爺さんの顔に戻っていた。

「さてノインちゃん。ジルバー君のことはメッサーから聞いているから、門を通っても大丈夫だよ。すぐにハンター協会へ行って、みんなに無事を知らせてくるといい」

「ありがとうプフェルトナーさん。でもまずは、実家の方に行こうと思っているの。お母さんたちにも久しぶりに会いたいし」

「ふむ、そうかそうか。だがそれはちと難しいかもしれない」

「なんで?もしかしてお母さんたちになにかあったとか?」

「いやいや、そうじゃないそうじゃない。メッサーが帰ってきた時に、お前さんが無事なことと森の奥で暮らすことになったことを協会で言ったんだ。当然ハンターたちが詳しい話を聞こうとしたが、あろうことかメッサーのヤツ、魔獣の被害状況をしらべにゃならんと言って森にとんぼ返りしおった。
だから協会のハンターどもは詳しい話を聞こうと、門の向こうで手ぐすね引いて待ち構えているはずだ」

「あ、あはは、そうなんだ」

お父さんめ、なんてことしてくれてるの。
なんとなく目の前の扉を開きたくなくなってしまった。

「他の入り口にも、ハンターたちが待ち構えているという話だぞ。やつら、森から戻ってくる者ぜんぶに話を聞いているらしい」

当然この門以外にも出入り口はいくつかあるが、私はこの門をとてもよく使っていた。だから多分、他の門よりもたくさんのハンターがここの中で待っているだろう。

「みんなヒマなのね。噂話を追う以外に仕事はないのかしら」

「まあワシらの生活は、太陽さんと共にあるからな。夜が長くなれば、みなで膝つき合わせて話すくらいしか楽しみはなかろうしな」

プフェルトナーさんは相変わらず笑顔であるが、それは間違いなく他人事だからできる笑顔だ。

「どうするジルバー。中に入る?」

人が苦手だというジルバーが今日はやめようと言ってくれれば、私はそれを理由に森へ帰ってもいいと思っていた。
でもジルバーはそんなこと考えもしてなかったようで、なんでもないというように肩をすくめた。

「みんなノインをまっているんだろ?げんきなかおを、みせてあげよう」

……そうだった。今日になって村に帰ることにしたのは、心配してくれている皆を安心させたいと思ったからだ。
ここまでハードルが上がっているとは思ってなかったけど、最初から少しは騒がれることは覚悟していたはずだ。

「おれがいるから、だいじょうぶだ。おこられたら、いっしょにあたまをさげよう」

ジルバーはそう言って、私に手を差し出してくれた。

「ジルバー、ありがとう。そうと決まれば、ハンター協会へ顔を出しましょう」

私はジルバーの手を握り、扉の前に立った。

「覚悟はできたみたいだな。では、行ってきたまえ」

プフェルトナーさんは、まるで森へと送り出すような言葉とともに、扉を大きく引き開けた。


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