魔獣の森のお嫁さん
結婚式
教会前には、すでにたくさんの人が集まっていた。
娯楽が少ない村だから、みんなこういうイベントには目がない。私も当事者でなければ、きっと知らない人の式でも見に来ていただろう。
目のいい人がこちらに気づいたようで、なにか言いながら手を振ってきた。
そのせいで他の人たちも私たちを見つけ、一斉に歓声を上げた。
こちらへ向かってきた男たちに向けて、女将さんが声をかけた。
「こら、お嫁さんに触るんじゃないよ。せっかくのドレスが汚れるじゃないか。ところでお婿さんの方はどうしたんだい?」
「わかってるよ、オカミさん。旦那の方はもうすぐ着替え終わって出てくるよ。ちょっと待っててやってくれ」
「なんだい、鎧甲冑でも着てるってのかい?それともアンタたち、なんかしたのかい?」
女将さんの視線を向けられた男たちが、たじろぎながら言い訳した。
「いやさ、俺たちのノインちゃんを攫ってく憎いやつってことで、バカな野郎どもが一発殴らせろって集ったんだよ。したらさ、アイツ強えでやんの。ひょいひょい避けまくって、誰の拳も当たらないのさ」
そんなの当然だ。ジルバーは強いんだから、普通の攻撃が当たるわけない。
あの熊の魔獣の攻撃だって空振りばっかりだったんだから。
「お、ノインちゃん、当たり前だって顔してんなあ」
「あはは、顔に出ちゃってました?でもその通りですよ。私が認めた人なんですから」
「かあっ!ノロケられちまったよ。まあそんなわけで、旦那さんは怪我ひとつしちゃいねえよ。いまは皆で持ち寄った服を着せてるところだ」
実はその着替えの方がちょっと心配。
狼の魔獣であるジルバーは、体中に灰色の毛が生えている。
顔の部分は魔女様が作ってくれた【人の皮】によって、普通の人間と同じものになっている。
でもさすがに、全身を人間と同じにするのは魔女様でも難しいみたいだ。
だから普段は服と手袋で肌が出ないようにして誤魔化している。
服を着替えるということは服を一回脱ぐということで、みんなにジルバーの体毛のことがバレたりしないだろうか。
「あの、彼の着替えのことなんだけど……」
「お、噂をすれば出てきたみたいだぜ」
教会の方で歓声が上がり、その中にジルバーがいるのが見えた。
ジルバーはいつもの毛皮の服の上から白いマントを羽織り、手袋も白いものに変わっていた。
「アンタら、白い服はあれだけしかなかったのかい?」
「オカミさん、無茶言わないでくれよ。マントと手袋があっただけ上出来なんだからよ。白い服なんて汚れが目立ってしかたないぜ。あったのはアイツが着てる服とどっこいどっこいの白さのものばかりさ」
女将さんになじられて言い訳している人に、私は心の中で感謝した。
ジルバーの正体がバレなくて済んだので、早めにフォローすることにする。
「ステキなマントですね。わざわざ見つけてくださって、ありがとうございます!」
「ほ、ほらほら。ノインちゃんもこう言ってくれてるじゃんか。本人たちが喜んでくれるのが一番だって」
「……しかたないね」
「そうですよ。私はみんなに祝ってもらえるってだけで十分なんですから」
女将さんをなだめつつ、みんなで教会の前へと向かう。
ジルバーもすぐに私を見つけてくれて、人をかき分けながらこっちへ来た。
「ノイン。ぶじだったか」
「私は大丈夫よ。ジルバーのほうこそ、大変だったんじゃない?」
「そうだな。でもなんとかなった。……ノインもふくを、かえたんだな」
「そうよ。……感想は?」
期待を込めて見上げれば、はにかみながら答えてくれた。
「なんか、みちがえた、だ。ひかってみえたぞ」
思ってもみなかった言葉に、顔が熱くなった。
光って見えただなんて、私にとっては、ジルバーのほうがいつも眩しく見えているのに。
ヒューヒューというはやし立てる声に顔を上げれば、いつの間にかたくさんの人に囲まれている。
どうしようか戸惑っていると、お母さんたちが助け舟を出してくれた。
「ほらほら、こんなところで見つめ合ってないで、続きは教会の中でしましょうか」
「そうだよ。ほらアンタ、花嫁の手をとってエスコートしてやんなよ。しっかりおしよ」
女将さんに背中を叩かれつつもジルバーが差し出してくれた手を握って、私は、私たちは教会へと歩く。
その間ずっと周囲から祝福する声とはやし立てる言葉が飛び交っていた。
賑やかさに惹かれるようにして、さらに人が集まって来る。
教会の前についた時には、私たちのまわりに村の住人の全てがいるのではないかと思うほどだった。
教会内に入れば、そこも人がいっぱいだった。
真ん中のヴァージンロードはさすがに誰もいないけど、両脇のイスにこれでもかというほど人が詰めかけている。
その半分がハンターたちで、残りの半分が私の親戚と近所の人たちだった。
よく見れば家から出て行った兄や姉たちの姿も見える。隣にいるのはその家族たちだろう。
本当にたくさんの人が集まってくれたみたいだ。
教会の扉が閉まると、急にみんなが静かになる。
ジルバーが視線で問いかけてきたので、正面へと視線を送ってからうなずいた。
それで分かってくれたみたいで、ゆっくりとヴァージンロードを歩き出す。
私のすぐ後ろをエルフ、その左隣にお母さんが、そして反対の位置であるジルバーの斜め後ろを女将さんがついてきてくれている。
ジルバーと手を取り合って、一歩一歩進む。
私がいままで一緒にすごしてきた人たちが、それを見守ってくれている。
お爺さん、お婆さん、兄さん姉さんたち。
歳が離れていても、距離が離れていても、家族がいるから安心できた。
幼馴染だった近所の友達。
悪いこともいっぱいやったし、それで一緒に怒られたりもした。
一瞬のような永遠のような、そんな眩しい時間を共有した。
ハンター協会の人たち。
厳しい人、怖い人、面白い人。
いろんな人がいて、いろんな話を聞くことができた。
パーティーの仲間たち。
新人ハンターとして大切な時間を共にすごした。
考え、話し合い、協力して、時にはケンカをして。私の中でとても濃密で重要な経験になっている。
まだ謝れてないので、あとで絶対に謝ろう。
村のお店の人たちや、ご近所さんたち。
何気ない日々を、この人たちが支えてくれた。
苦しい時は助け合い、楽しい時は笑い合ってきた人たち。
感謝してもしたりないくらい、気持ちがどんどんあふれてくる。
ジルバーに手を強く握られる。
そうだ、まだ泣いちゃいけないよね。
もう少しで祭壇の前につくという時、参列者の中の一人と目が合った。
ヴェールをかぶっているけれど、間違いなく森の魔女様だ。教会の中に堂々といて、しかも手まで振っている。
私が見ていることに気が付くと、反対側のイスの列を指さした。
そこにはなんとお父さんが、いつも狩りに行くときの格好そのままで座っていた。
ありえないくらいキレイな姿勢で前を向いて座っているのに、膝の上の指先がぴくぴくと動いている。
たぶん魔女様に連れてこられて、魔法かなにかで動けなくされているんだろう。
でもお父さんにも見てもらえて、本当によかった。
そして、短いようで長かった道は、終点へとたどり着く。
祭壇の前で、ジルバーと二人で並ぶ。
これから私の、新しい日々が始まるんだ。
娯楽が少ない村だから、みんなこういうイベントには目がない。私も当事者でなければ、きっと知らない人の式でも見に来ていただろう。
目のいい人がこちらに気づいたようで、なにか言いながら手を振ってきた。
そのせいで他の人たちも私たちを見つけ、一斉に歓声を上げた。
こちらへ向かってきた男たちに向けて、女将さんが声をかけた。
「こら、お嫁さんに触るんじゃないよ。せっかくのドレスが汚れるじゃないか。ところでお婿さんの方はどうしたんだい?」
「わかってるよ、オカミさん。旦那の方はもうすぐ着替え終わって出てくるよ。ちょっと待っててやってくれ」
「なんだい、鎧甲冑でも着てるってのかい?それともアンタたち、なんかしたのかい?」
女将さんの視線を向けられた男たちが、たじろぎながら言い訳した。
「いやさ、俺たちのノインちゃんを攫ってく憎いやつってことで、バカな野郎どもが一発殴らせろって集ったんだよ。したらさ、アイツ強えでやんの。ひょいひょい避けまくって、誰の拳も当たらないのさ」
そんなの当然だ。ジルバーは強いんだから、普通の攻撃が当たるわけない。
あの熊の魔獣の攻撃だって空振りばっかりだったんだから。
「お、ノインちゃん、当たり前だって顔してんなあ」
「あはは、顔に出ちゃってました?でもその通りですよ。私が認めた人なんですから」
「かあっ!ノロケられちまったよ。まあそんなわけで、旦那さんは怪我ひとつしちゃいねえよ。いまは皆で持ち寄った服を着せてるところだ」
実はその着替えの方がちょっと心配。
狼の魔獣であるジルバーは、体中に灰色の毛が生えている。
顔の部分は魔女様が作ってくれた【人の皮】によって、普通の人間と同じものになっている。
でもさすがに、全身を人間と同じにするのは魔女様でも難しいみたいだ。
だから普段は服と手袋で肌が出ないようにして誤魔化している。
服を着替えるということは服を一回脱ぐということで、みんなにジルバーの体毛のことがバレたりしないだろうか。
「あの、彼の着替えのことなんだけど……」
「お、噂をすれば出てきたみたいだぜ」
教会の方で歓声が上がり、その中にジルバーがいるのが見えた。
ジルバーはいつもの毛皮の服の上から白いマントを羽織り、手袋も白いものに変わっていた。
「アンタら、白い服はあれだけしかなかったのかい?」
「オカミさん、無茶言わないでくれよ。マントと手袋があっただけ上出来なんだからよ。白い服なんて汚れが目立ってしかたないぜ。あったのはアイツが着てる服とどっこいどっこいの白さのものばかりさ」
女将さんになじられて言い訳している人に、私は心の中で感謝した。
ジルバーの正体がバレなくて済んだので、早めにフォローすることにする。
「ステキなマントですね。わざわざ見つけてくださって、ありがとうございます!」
「ほ、ほらほら。ノインちゃんもこう言ってくれてるじゃんか。本人たちが喜んでくれるのが一番だって」
「……しかたないね」
「そうですよ。私はみんなに祝ってもらえるってだけで十分なんですから」
女将さんをなだめつつ、みんなで教会の前へと向かう。
ジルバーもすぐに私を見つけてくれて、人をかき分けながらこっちへ来た。
「ノイン。ぶじだったか」
「私は大丈夫よ。ジルバーのほうこそ、大変だったんじゃない?」
「そうだな。でもなんとかなった。……ノインもふくを、かえたんだな」
「そうよ。……感想は?」
期待を込めて見上げれば、はにかみながら答えてくれた。
「なんか、みちがえた、だ。ひかってみえたぞ」
思ってもみなかった言葉に、顔が熱くなった。
光って見えただなんて、私にとっては、ジルバーのほうがいつも眩しく見えているのに。
ヒューヒューというはやし立てる声に顔を上げれば、いつの間にかたくさんの人に囲まれている。
どうしようか戸惑っていると、お母さんたちが助け舟を出してくれた。
「ほらほら、こんなところで見つめ合ってないで、続きは教会の中でしましょうか」
「そうだよ。ほらアンタ、花嫁の手をとってエスコートしてやんなよ。しっかりおしよ」
女将さんに背中を叩かれつつもジルバーが差し出してくれた手を握って、私は、私たちは教会へと歩く。
その間ずっと周囲から祝福する声とはやし立てる言葉が飛び交っていた。
賑やかさに惹かれるようにして、さらに人が集まって来る。
教会の前についた時には、私たちのまわりに村の住人の全てがいるのではないかと思うほどだった。
教会内に入れば、そこも人がいっぱいだった。
真ん中のヴァージンロードはさすがに誰もいないけど、両脇のイスにこれでもかというほど人が詰めかけている。
その半分がハンターたちで、残りの半分が私の親戚と近所の人たちだった。
よく見れば家から出て行った兄や姉たちの姿も見える。隣にいるのはその家族たちだろう。
本当にたくさんの人が集まってくれたみたいだ。
教会の扉が閉まると、急にみんなが静かになる。
ジルバーが視線で問いかけてきたので、正面へと視線を送ってからうなずいた。
それで分かってくれたみたいで、ゆっくりとヴァージンロードを歩き出す。
私のすぐ後ろをエルフ、その左隣にお母さんが、そして反対の位置であるジルバーの斜め後ろを女将さんがついてきてくれている。
ジルバーと手を取り合って、一歩一歩進む。
私がいままで一緒にすごしてきた人たちが、それを見守ってくれている。
お爺さん、お婆さん、兄さん姉さんたち。
歳が離れていても、距離が離れていても、家族がいるから安心できた。
幼馴染だった近所の友達。
悪いこともいっぱいやったし、それで一緒に怒られたりもした。
一瞬のような永遠のような、そんな眩しい時間を共有した。
ハンター協会の人たち。
厳しい人、怖い人、面白い人。
いろんな人がいて、いろんな話を聞くことができた。
パーティーの仲間たち。
新人ハンターとして大切な時間を共にすごした。
考え、話し合い、協力して、時にはケンカをして。私の中でとても濃密で重要な経験になっている。
まだ謝れてないので、あとで絶対に謝ろう。
村のお店の人たちや、ご近所さんたち。
何気ない日々を、この人たちが支えてくれた。
苦しい時は助け合い、楽しい時は笑い合ってきた人たち。
感謝してもしたりないくらい、気持ちがどんどんあふれてくる。
ジルバーに手を強く握られる。
そうだ、まだ泣いちゃいけないよね。
もう少しで祭壇の前につくという時、参列者の中の一人と目が合った。
ヴェールをかぶっているけれど、間違いなく森の魔女様だ。教会の中に堂々といて、しかも手まで振っている。
私が見ていることに気が付くと、反対側のイスの列を指さした。
そこにはなんとお父さんが、いつも狩りに行くときの格好そのままで座っていた。
ありえないくらいキレイな姿勢で前を向いて座っているのに、膝の上の指先がぴくぴくと動いている。
たぶん魔女様に連れてこられて、魔法かなにかで動けなくされているんだろう。
でもお父さんにも見てもらえて、本当によかった。
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