魔獣の森のお嫁さん

天坂コーキ

それから

◆◆◆

昔々あるとろに、大きな大きな森がありました。
王様の住む国よりも大きいその森の奥には恐ろしい魔獣がたくさん潜んでいるので、その森の全てを知るものは誰もいませんでした。

森の周囲には小さな村がいくつもあり、森とともに静かに暮らしていました。
彼らは獣を狩って服を作ったり、木の実を採ってお腹を満たしたり、木をって家を建てたりして暮らしていました。

そんな風に暮らしている彼らの中に、いつしかある噂が囁かれ始めました。

『森の奥には、狼の魔獣が住んでいる』

魔獣が人里近くに来るのは、村人たちにとってとても恐ろしいことです。

その噂を信じた者たちはこぞって森の奥へと探しに出かけましたが、誰一人としてその魔獣を見つけることはできませんでした。
しかし何年たっても、狼の魔獣を見たという話が無くなることはありませんでした。

◆◆◆



「……という話を隣の村で聞いたが、お前は何か知らないか?」

相変わらず怒っているようにも見える顔でお父さんに聞かれたので、私は渾身の笑顔で答えた。

「なによお父さん。久しぶりに尋ねて来たと思ったらいきなり仕事の話?まあ、お父さんらしいけどね」

どうやら誤魔化せたみたい。
お父さんは疲れたようにため息をついた。

「悪いな。本当に魔獣が現れたのなら、のんびりとはしていられないからな。こんな森の奥に住んでいるお前たちなら、何か知っているかと思ったんだ」

その真剣な様子に、相変わらずだなあと苦笑する。
私が森の奥で暮らし始めて、そろそろ一年が経とうとしている。
その間もずっと森にこもりっぱなしというわけではなく、ジルバーに村まで連れて行ってもらったりもしている。
彼が獲って来た獣や森のめぐみを二人で協力して毛皮や食べ物にして村に売り、調味料や鉄の道具みたいな、森では手に入らないものを買ったりして暮らしているのだ。

村から離れて暮らしていても、切れない繋がりはとても大切だなって実感している。できることならば村に協力したいと思う、そんな今日この頃だけど、さすがにこの件では難しい。

私は不自然にならないように目を逸らしながら、首をかしげた。

「せっかくだけど、私は力になれないわ。でもジルバーなら知っているかも」

「そうか。その彼は今どこにいる?」

「狩りに出てるわ。昨日仕掛けた罠を見てくるって言ってたから、戻ってくるのは夕方になると思うけど」

「仕方ない。それなら、また出直すことにしよう」

「えっ、もう帰るの?」

「私もあまり長居するわけにもいかないからな。途中のキャンプの様子も見なくてはいけない。いいか、狼の魔獣について、くれぐれも注意するように伝えてくれよ。なにか異変があったらすぐに言うようにな。気をつけるんだぞ」

お父さんは言いたいことだけ言うと、すぐに家を出て行ってしまった。
私が見送りに出ても、一度振り返ってぞんざいに手を振っただけで行ってしまう。
いつも通りだと思えばそうなのかもしれないけれど、子供の頃はよくあんな父親と暮らせていたなあとしみじみ思ってしまった。

外に出たついでに、家の周りもちょっと見回ることにする。
折れて枯れた巨木の中をくり抜いて作られたこの家は、かなり昔に魔女様が住んでいたものをジルバーがゆずってもらったもの。
空き部屋もまだいくつかあるくらい大きな家。
この家も私が来たあの日からけっこう変わっていた。

まず家から出てすぐ見えるのが、目の前にある小さな畑だ。
ジルバーに手伝って作ったもので、私たちが普段食べる分くらいの野菜はここで賄える。

左に目をやれば、そこに小さな池ができている。
これは前に洗濯や畑用の水が欲しいと言ったことがあり、それを憶えていたジルバーがわざわざ川から引いて作ってくれたもの。
ほぼ一年かけて水路を引いて、つい先日完成したばかり。
それなのに今度はより大きくするために、石を切る道具を買おうと大物狩りに精を出している。
私はこれで十分なんだけど、ジルバーはモノを作るのが楽しくて仕方無いみたい。
子供のように目を輝かせて計画を話してくれるのはいいのだけれど、森のバランスを崩してしまわないかがちょっと心配。

そんなことを考えていたら、風と共に影が頭上を横切った。
見上げればバサバサと羽音を立てて、濃緑の影が舞い降りてくる。
それは畑に立てた太い支柱の上に器用にとまり、カァと一声鳴いた。

そう、私たちに新しい家族が増えました。
森に紛れる濃緑の羽をした森烏モリガラスで、名前は木の葉ブラット
春先にジルバーと森を散歩していた時に巣から落とされていた卵を偶然見つけて、持ち帰ったらその日に孵ってしまった気の早い子。
魔女様に聞いてみたら、モリガラスは一番先に孵ったヒナがエサを独占するために、他の卵を蹴落としてしまうのだとか。
ぴいぴいと鳴く様子がとてもカワイイので世話をしていたら、今では片手では持てないくらい大きくなってしまった。

先日やっと男の子だとわかり、新鮮な卵を食べられる日を楽しみにしていたジルバーはとてもガッカリしていた。
そんなジルバーを見て、ブラットは可笑しそうにカカと笑っていたというのは関係ない話だけど。

「おかえりブラット、今日は早かったのね。ジルバーはいっしょじゃないの?」

「カァ、カー」

「そう、じゃあもう少しかかるのね。じゃあお昼ご飯を作って待ってようか」

「アー」

ブラットはうなずいて、池へと飛んで行った。
とても頭がいい子で、私たちの言葉を理解して、身振り手振りで答えてくれる。
今も池で自分の汚れを落として、せきを外して水の入れ替えまでしている。
教えれば憶えてくれるので、ますますカワイく感じてしまう。

家に入って料理を始める。
調理道具もいろいろ増えたし、かまども新しくすることができた。
たぶん一番お金と手間がかかっているのは台所じゃないだろうか。
これは、ジルバーが村に置いてある道具を珍しがっていろいろ集めようとしてこうなった。
私としては便利でいいのだけれど、そのうち台所が道具で埋まってしまいそう。

料理をしていると、羽を乾かし終わったブラットが窓から入ってくる。
頼めば道具をとってくれるし、食べたいものを言ってくれるので、献立を決めるのに役立ってくれたりもする。

「ただいま、ノイン、ブラット、かえったぞ」

「ジルバー、お帰りなさい!」

扉が開く音に振り返れば、私の旦那様のジルバーが立っていた。

「罠にはなにもいなかった。足跡がなくなってたから、いどうしたのかもしれない」

「そう、まあそんな時もあるわよね」

「ああ。その代わりにヤマイモをたくさん見つけたぞ」

カゴいっぱいに詰めたヤマイモを自慢げに見せつけてくる。

「まあ、よくこんなに見つけたこと。しばらくはヤマイモに困らないわね」

「そうだろう。ぐんせいちを見つけたんだ。また無くなったら採りにいこう」

そう言いながらカゴを持って外へ行く。
そして一分も経たないうちに、戻ってきた。

「洗おうとおもったら、池の水がたまってなかった」

「私が後でやっておくわよ。近くに置いておいて」

「そうか。じゃあたのむ」

「あ、ジルバー。さっきお父さんが来たんだけど、ジルバーのこと、けっこう噂になってたみたいよ」

「俺のこと?なんかしたっけか」

「ほら、夏は暑いからって、布のズボンだけで狩りに行ってたでしょ?その時に見られたんじゃないかな」

「あれか、しっぱいしたなあ。でも暑いのはがまんできないんだよなあ」

ジルバーが布の服を開くと、そこから灰色の体毛がのぞいた。
今は村で買った布の服を着て、顔は魔女様のくれた【人の皮】を被っているので、普通の青年のように見える。
でもその下には灰色の毛皮をした、狼の魔獣としての姿がある。

「アアー」

「うるさいブラット。……そうだ、つぎの夏はみんなで森の奥へ行こう。そうすれば涼しいし、脱いでも見つからないだろ?」

「そうね。でもそれよりもまずお昼にしない?」

「そうだな。手、あらってくる」

こんな風に、なんでもない毎日が今日も過ぎて行く。
そんな日々が、私はとても愛おしい。
これからもこんな日が続きますように。

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