魔獣の森のお嫁さん
変わらないものと変わるもの
沸騰したお鍋の中へ野菜を放り込みます。
森に自生している野菜は外のものよりも生命力が高く、苦味も酸味も強い。
味が濃いのは悪くはないのだけれど、料理にかかる手間が多くなるのも困りもの。
時には簡単なもので済ませるのもいいけれど、家族の健康を守る者としては、毎日それをするわけにはいかない。
味と栄養を両立させてこその、できる奥さんなのである。
しっかりゆであがったところで、野菜を網ですくい上げます。
残ったお湯に角切りにした芋と干し肉を入れて、弱火でゆっくりと煮込みます。
その後で味付けをすればスープのできあがり。
さて次はパンの用意。
小麦粉を練って寝かせてあったパン種に、あらかじめ取り出してあったクルミを混ぜてからさらに練ります。
パン焼き竈がないから、平たいパンしか焼けないのが少し悲しい。
やっぱり同じパンでも、あのフワフワにふくらんだ白パンの方が美味しいと思うの。こっちのも悪くはないんだけどね。
そんなことを考えながらクルミの入ったボウルに手を伸ばしたけれど、ボウルの中にクルミはなかった。
「あれ?まだ残ってたはずよね?」
落としたのかと思ってテーブルの下を見れば、光る瞳と目が合った。
森の暗闇に紛れる森烏でも、昼間のテーブルの下にできる影には溶け込むことはできないみたいだ。
「あらブラット。そんな所で何してるの?」
「……」
「黙ってたらわからないわ。ねえ、何してるの……?」
「……」
ブラットがとぼけるようにそっぽを向いて逃げようとしたので、回り込んで無言で笑う。
「……」
「……」
「……」
「……ア」
「あ、クルミの欠片が落ちたわよ!」
床を指さすと、ブラットは慌てて床を見る。右を見て、左を見て、首を傾けてようく見る。
そして何もないことを確認してから、抗議するかのように嘴を開いた。
「アー!」
「そうよ、確かに床にクルミの欠片が落ちたっていうのはウソ。クルミの欠片は、あなたの口の中にあったんだからね」
「オアッ!?」
しまった!とでも言うように、羽を嘴に当ててうろたえている。
「つまみ食いの現行犯で逮捕ね。なにか言い訳はある?」
「アオ、アー」
観念するようにうなだれた黒ずくめの犯烏の前にしゃがみこみ、無慈悲な判決を告げる。
「被告、ブラットくんは罰として、ジルバーの木の実を集めに積極的に協力すること。わかったかしら?」
「カァッ!」
ブラットは羽をきちんとたたんで、ビシっとした姿勢で返事をした。
「よろしい。では今日はこれで許してあげるから、ジルバーを呼んできて。もうすぐお夕飯ができるからってね」
「カー!」
気合いの入った返事をして飛び立ったくブラットを見送ってから、料理へ戻る。
あとすべきことは、パンを焼くのとスープの味付け。
今からだとジルバーは、空が赤く染まるころには帰ってくるだろう。
◇
「ごちそうさまでした」
「はい、お粗末さまでした」
日も暮れて星が輝き始めるころ、ジルバーに食後のお茶を用意しながら今日のことを話していた。
「つまみぐい、か。しかたないヤツだな」
「でしょ?最近よく木の実が減ってることがあって、気にしてた矢先のことだったから、すぐに気がついたの。ホント行儀が悪いのよね」
誰に似たのかしら、なんてお母さんみたいなことを言ってみたけど、ジルバーは分からなかったみたいで首をかしげた。
「育てる時に、ねだるのが可愛いからって、食べさせすぎたか?それにしても、ブラットはまた、よく食べるようになった。また、せいちょうき、かもしれない」
「成長期?私の知ってるモリガラスって、だいたいあのくらいの大きさなんだけど」
「森の浅い所のは、あんなものだ。でも、この辺りのは、ひとまわり大きい。もっと森の奥に行けば、もっと大きくなる」
「そうなんだ。森って不思議なのね」
私の感想に、ジルバーはまったくだな、とうなずいた。
そういえば、ひとつ思い出した。
村では犬や狼を、猟獣として飼って育ててている。
元々は幼いうちに森で拾ったものを躾けて、それが成長して村の中で子供を産んで、そうやって広まった子供たちだ。
その子たちは、元は森に住んでいるのと同じ種類のはずなのに、森の中の犬や狼と比べてちょっと小さくなっている。
育て屋さんが、森はそこに住む生き物を成長させる何かを持っていると力説してたのを聞いたことがある。
でも学者でもないスイヒターは、その何かが分からないようだった。
森で暮らせば分かるかもと言ってたけれど、普通の人が森に住もうとしても、すぐに森に飲み込まれてしまう。
森には狩人小屋が点在しているけれど、それは魔女様の加護で僅かな土地を森から借りているにすぎない。
人がいつまでも森の中に住んでいると、獣や魔物が寄ってきてしまう。
この家は狼の魔獣ジルバーのナワバリであるから、危ないモノは寄って来ないし、魔女様の加護があるから森も侵食してこない。
「そうだな。森の中のほうがそとより、くうきが濃い。そういういみでは、ここも森の中だろう」
「じゃあやっぱり、ブラットは普通のモリガラスよりもずっと大きくなるのね」
「そうだな。俺も森の奥では、デカイ獣を何匹も見ている」
「だとしたら、ブラットはどこまで大きくなるのかな」
「ながく生きているほど大きくなるからな。そのうち、おれくらい大きくなるかもな」
「それは食べ物が大変になりそうね」
「ハハハ、まったくだ」
二人で笑っていると、家の上からブラットの声が聞こえた。
モリガラスはそれほど夜目が利かないので、彼は普段から早寝早起きの生活をしている。
巣箱は家の上に置いてあるけど、話の内容を雰囲気で察して抗議しているのだろう。
この話はそろそろやめることにして、別な話題を探す。
「そういえば、最近は狩りの時間が長くなってない?」
「じかんが、ながい?」
「そうそう。前までは夕食前には戻ってきてたでしょ?それが近ごろは、夕食ギリギリまで解体してるじゃない。だから、なにか森に変化があったのかなって気になったから」
「ううん。言われてみれば、そうかもな。最近は、おおきめの獣が森の奥から出てくるようになったから、それで遅くなってるんだ」
「大きい獣が?それって危なくないの?」
「おれは問題ない。でも、森の外へ行くのが増えれば、他のハンターたちが危ないかもな」
そう、ジルバーは強いから獣相手でも簡単には負けないけれど、普通の人間のハンターたちはそうもいかない。
ベテランなら平気かもしれないけれど、経験が浅いハンターたちが凶暴な獣に出会ったら、場合によってはケガで済まないかもしれない。
森と共に生きている人間は、森の変化によって生活が左右される。
でも人間にもちゃんと、そういうことへの対策は持っているのだ。
「だとしたら、アレが始まるかもしれないわね」
「アレって、なんだ?」
「それはもちろん、大狩猟祭よ」
森に自生している野菜は外のものよりも生命力が高く、苦味も酸味も強い。
味が濃いのは悪くはないのだけれど、料理にかかる手間が多くなるのも困りもの。
時には簡単なもので済ませるのもいいけれど、家族の健康を守る者としては、毎日それをするわけにはいかない。
味と栄養を両立させてこその、できる奥さんなのである。
しっかりゆであがったところで、野菜を網ですくい上げます。
残ったお湯に角切りにした芋と干し肉を入れて、弱火でゆっくりと煮込みます。
その後で味付けをすればスープのできあがり。
さて次はパンの用意。
小麦粉を練って寝かせてあったパン種に、あらかじめ取り出してあったクルミを混ぜてからさらに練ります。
パン焼き竈がないから、平たいパンしか焼けないのが少し悲しい。
やっぱり同じパンでも、あのフワフワにふくらんだ白パンの方が美味しいと思うの。こっちのも悪くはないんだけどね。
そんなことを考えながらクルミの入ったボウルに手を伸ばしたけれど、ボウルの中にクルミはなかった。
「あれ?まだ残ってたはずよね?」
落としたのかと思ってテーブルの下を見れば、光る瞳と目が合った。
森の暗闇に紛れる森烏でも、昼間のテーブルの下にできる影には溶け込むことはできないみたいだ。
「あらブラット。そんな所で何してるの?」
「……」
「黙ってたらわからないわ。ねえ、何してるの……?」
「……」
ブラットがとぼけるようにそっぽを向いて逃げようとしたので、回り込んで無言で笑う。
「……」
「……」
「……」
「……ア」
「あ、クルミの欠片が落ちたわよ!」
床を指さすと、ブラットは慌てて床を見る。右を見て、左を見て、首を傾けてようく見る。
そして何もないことを確認してから、抗議するかのように嘴を開いた。
「アー!」
「そうよ、確かに床にクルミの欠片が落ちたっていうのはウソ。クルミの欠片は、あなたの口の中にあったんだからね」
「オアッ!?」
しまった!とでも言うように、羽を嘴に当ててうろたえている。
「つまみ食いの現行犯で逮捕ね。なにか言い訳はある?」
「アオ、アー」
観念するようにうなだれた黒ずくめの犯烏の前にしゃがみこみ、無慈悲な判決を告げる。
「被告、ブラットくんは罰として、ジルバーの木の実を集めに積極的に協力すること。わかったかしら?」
「カァッ!」
ブラットは羽をきちんとたたんで、ビシっとした姿勢で返事をした。
「よろしい。では今日はこれで許してあげるから、ジルバーを呼んできて。もうすぐお夕飯ができるからってね」
「カー!」
気合いの入った返事をして飛び立ったくブラットを見送ってから、料理へ戻る。
あとすべきことは、パンを焼くのとスープの味付け。
今からだとジルバーは、空が赤く染まるころには帰ってくるだろう。
◇
「ごちそうさまでした」
「はい、お粗末さまでした」
日も暮れて星が輝き始めるころ、ジルバーに食後のお茶を用意しながら今日のことを話していた。
「つまみぐい、か。しかたないヤツだな」
「でしょ?最近よく木の実が減ってることがあって、気にしてた矢先のことだったから、すぐに気がついたの。ホント行儀が悪いのよね」
誰に似たのかしら、なんてお母さんみたいなことを言ってみたけど、ジルバーは分からなかったみたいで首をかしげた。
「育てる時に、ねだるのが可愛いからって、食べさせすぎたか?それにしても、ブラットはまた、よく食べるようになった。また、せいちょうき、かもしれない」
「成長期?私の知ってるモリガラスって、だいたいあのくらいの大きさなんだけど」
「森の浅い所のは、あんなものだ。でも、この辺りのは、ひとまわり大きい。もっと森の奥に行けば、もっと大きくなる」
「そうなんだ。森って不思議なのね」
私の感想に、ジルバーはまったくだな、とうなずいた。
そういえば、ひとつ思い出した。
村では犬や狼を、猟獣として飼って育ててている。
元々は幼いうちに森で拾ったものを躾けて、それが成長して村の中で子供を産んで、そうやって広まった子供たちだ。
その子たちは、元は森に住んでいるのと同じ種類のはずなのに、森の中の犬や狼と比べてちょっと小さくなっている。
育て屋さんが、森はそこに住む生き物を成長させる何かを持っていると力説してたのを聞いたことがある。
でも学者でもないスイヒターは、その何かが分からないようだった。
森で暮らせば分かるかもと言ってたけれど、普通の人が森に住もうとしても、すぐに森に飲み込まれてしまう。
森には狩人小屋が点在しているけれど、それは魔女様の加護で僅かな土地を森から借りているにすぎない。
人がいつまでも森の中に住んでいると、獣や魔物が寄ってきてしまう。
この家は狼の魔獣ジルバーのナワバリであるから、危ないモノは寄って来ないし、魔女様の加護があるから森も侵食してこない。
「そうだな。森の中のほうがそとより、くうきが濃い。そういういみでは、ここも森の中だろう」
「じゃあやっぱり、ブラットは普通のモリガラスよりもずっと大きくなるのね」
「そうだな。俺も森の奥では、デカイ獣を何匹も見ている」
「だとしたら、ブラットはどこまで大きくなるのかな」
「ながく生きているほど大きくなるからな。そのうち、おれくらい大きくなるかもな」
「それは食べ物が大変になりそうね」
「ハハハ、まったくだ」
二人で笑っていると、家の上からブラットの声が聞こえた。
モリガラスはそれほど夜目が利かないので、彼は普段から早寝早起きの生活をしている。
巣箱は家の上に置いてあるけど、話の内容を雰囲気で察して抗議しているのだろう。
この話はそろそろやめることにして、別な話題を探す。
「そういえば、最近は狩りの時間が長くなってない?」
「じかんが、ながい?」
「そうそう。前までは夕食前には戻ってきてたでしょ?それが近ごろは、夕食ギリギリまで解体してるじゃない。だから、なにか森に変化があったのかなって気になったから」
「ううん。言われてみれば、そうかもな。最近は、おおきめの獣が森の奥から出てくるようになったから、それで遅くなってるんだ」
「大きい獣が?それって危なくないの?」
「おれは問題ない。でも、森の外へ行くのが増えれば、他のハンターたちが危ないかもな」
そう、ジルバーは強いから獣相手でも簡単には負けないけれど、普通の人間のハンターたちはそうもいかない。
ベテランなら平気かもしれないけれど、経験が浅いハンターたちが凶暴な獣に出会ったら、場合によってはケガで済まないかもしれない。
森と共に生きている人間は、森の変化によって生活が左右される。
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