魔獣の森のお嫁さん
ソシエール・ジャンヌ
ジルバーを見送って、キッチンへ向かう。
ジルバーに馴れ馴れしいジャンヌとかいう少女から、なにがあったのか根掘り葉掘り聞き出してやらないと。
そんな決意を秘めてキッチンへと入れば、なぜか奇妙なことになっていた。
「帰りなさい」
「帰らない」
「帰りなさい」
「帰らない」
「帰りなさい」
「帰らない」
魔女様はメンドくさそうに「帰りなさい」と言い、ジャンヌは意地になって「帰らない」と繰り返す。
そんな不毛な応酬をずっと続けている。
「あの、お二人ともなにがあったんですか?」
あまりにも予想外の事態すぎて、毒気が抜かれてしまった。
素直に疑問を口にする私へ二人は同時に振り向いて、同時に口を開く。
「ノインには関係のないことよ」
「あなたには関係ないことです」
内容までそろった二人は勢いよく向き直り、再び睨み合う。
魔女様が怒ったことは見たことあるけれど、今はそれとは違う。
顔はやる気なさそうに見えるが、秘めている気配は剣呑だ。
まるで草陰に身を伏せている獣のような、敵を仕留める隙をうかがっているように見える。
一方、ジャンヌは対照的に、わかりやすく敵意をむき出しにしている。
道ですれ違う犬のように、あるいはライバルを見つけたネコのようにあからさまに魔女様を威嚇している。
「二人とも落ち着いてください。ほらお菓子でも食べながら、ゆっくり話しましょうよ」
なんでこんなことになっているのかは分からないけど、このままでは話しもできない。
お菓子に少しだけ注意が逸れたのに希望を持って、お茶を新しく用意する。
村で買った、とっておきのお茶と陶器のティーセットを用意する。
模様の少ないシンプルなものだけど、木製でない食器は少ないのでけっこう気に入っている。
お茶の香りが立つころには二人の睨み合いも落ち着いたようで、お互い不満げながらも話し合える雰囲気になっていた。
ポットを傾けて、お茶をカップに注ぐ。
「はい、どうぞ」
「ありがと」
最初は、一応お客様であるジャンヌへ。
不満そうな顔ではあるけど、お茶とお菓子に罪は無いとわかっているみたいだ。
魔女様をまだ気にしながらも、テーブルに乗っているものを気にしている。
「魔女様も、どうぞ」
「ありがとうね」
魔女様はいつものように、優雅に受け取った。
まるでジャンヌなど存在しないかのように、気にしてないように振舞っている。
自分の分も用意して、私もイスに座る。
「それじゃあお茶会を、再開しましょう」
重たい雰囲気を変えようと、殊更に明るく言ってみた。
「「いただきまーす」」
片やいつも通りを装って、片や警戒しながらの挨拶は、またもやタイミングがそろってしまった。
二人は牽制しあうように視線を合わせてから、お菓子へ同時に手を伸ばす。
それに気づいて手を止めて、今度はカップをつかむ。
「熱っ」
でも熱がカップにまで伝わっていたのだろう。ジャンヌは持ち上げかけたカップをソーサーへ落としてしまった。
その衝撃で、ソーサーからパキンという音が聞こえた。
「あっ、大丈夫?」
「うん、ジャンヌは大丈夫。でも、ソーサーが……」
見ればソーサーを二分するようにヒビが入ってしまっている。
「仕方ないわ。安物だったし、それよりもヤケドしてない?焦ってちょっと熱いままだったかも、ごめんね。カップの方も割れてると危ないから、新しいのに変えるわね」
4つで一揃いのカップとソーサーだったから、もう一つだけ残っている。
壊れてしまったのは残念だけど、それを責めても仕方ないこと。
そう思いながら片づけていると、横から声がかかった。
「ノイン、ちょっと待ちなさい。ジャンヌ、あなた森から出てこれたのなら、お婆さんから許可はもらってるはずよね」
「えっと、あの……うん」
魔女様の言葉に、ジャンヌは戸惑いながらもうなずいた。
「じゃあ、貴女がなんとかしなさい」
そう言われたジャンヌは私を見て、魔女様を見て、それからまた私の方を見て両手を差し出してきた。
カップとソーサーを受け取ったジャンヌは、それをテーブルに置くと腰につけたポシェットから、白い砂をひとつかみ取り出した。
それをソーサーのヒビを隠すように盛って、今度はその上に指を置き、口の中でぶつぶつと唱え始める。
ジャンヌは砂の上からゆっくりとヒビをなぞり、つぎにソーサー全体をひとなでする。
その時指の下で、チリチリと砂が強くこすれる音が響いていた。
そのあと別なポーチから取り出した布に白い砂を払い落とすと、ソーサーのヒビはキレイに消えていた。
「ヒビがなくなった!どういうことなの?」
ソーサーに続いてカップをなでまわしていたジャンヌは、バツが悪そうな顔で私を見た。
「ジャンヌはソシエールなの」
「ソシエール?」
「西の国の魔女のことよ。でもその子は見習いね」
「見習いじゃないもん」
「魔女の役目を引き継いでないでしょ?十分に見習いだわ」
「で、でも、今の魔法見たでしょ?もうジャンヌは立派な魔女よ、魔女だわよ」
「いいえ、魔法を使えることだけが魔女の条件ではないわ。それがわかってないから、お婆さんから追い出されたんじゃないの?」
「追い出されたんじゃないもん、出てきてやったんだもん!他の魔女が認めてくれれば、あたしだって魔女ができるんだもん」
魔女様の言葉に、ジャンヌは癇癪を起こしたように反論している。
ええと、どういうことなんでしょうか。
魔女様たちのことはよく分からないけど、ジャンヌは一人前だと認めてもらいたいけど、魔女様は認めてないみたいだ。
なんだか、去年の私を思い出す。
私も自分が一人前だと周囲に認めてもらいたくって、必死になっていた。
その結果、私は死の淵を彷徨うことになってしまった。
自分が死にそうな目に遭ってやっと、周囲は心配して言ってくれてたんだと理解できた。
あの時の気恥ずかしさと申し訳なさは、二度と味わいたくない。
だから私は、ジャンヌに私と同じことになってほしくない。
「ねえ、ジャンヌさん。ちょっといいかしら?」
「なによ、あんたもジャンヌが半人前だって言いたいの?」
「違うわ、逆よ。ソーサーのヒビを消しちゃうなんて、すごいと思うわ。私は魔法の修行なんてしたことないから、それができるようになるまでどれだけ苦労したか分からない。でも、ジャンヌさんはすっごく頑張ったんでしょう?こんなに、跡がまったく残らないくらいキレイにできるんだもの、きっとそうよね」
私が褒めると、ジャンヌは目を見開いて驚いた。
そしてすぐに、その目に光が灯る。
「そうよ、私はすっごく頑張ったんだから。何年も何年も師匠の退屈な話を聞いて、何度も何度も同じような練習を繰り返して魔法を使えるようになったのよ。……それなのに、あのしわくちゃ師匠はあたしはまだまだ半人前だって言うの。ヒドイと思わない?」
「ええ、そうね。ジャンヌさんは頑張ったのよね」
「そうよ。だから私は他の魔女たちに実力を認めさせて、正真正銘の魔女になってやるのよ」
意気込んでいるジャンヌを見てから、チラリと魔女様へ視線を送る。
魔女様はそれだけですぐに分かってくれたみたいで、すぐに人の悪い笑みを浮かべて頷いた。
「それじゃあ、ジャンヌさん」
「うん、なあに?」
「こちらの魔女様に、ジャンヌさんの実力を認めてもらおう。正攻法で」
「せいこう、ほう?」
首をかしげるジャンヌへ、私は説明を始めた。
ジルバーに馴れ馴れしいジャンヌとかいう少女から、なにがあったのか根掘り葉掘り聞き出してやらないと。
そんな決意を秘めてキッチンへと入れば、なぜか奇妙なことになっていた。
「帰りなさい」
「帰らない」
「帰りなさい」
「帰らない」
「帰りなさい」
「帰らない」
魔女様はメンドくさそうに「帰りなさい」と言い、ジャンヌは意地になって「帰らない」と繰り返す。
そんな不毛な応酬をずっと続けている。
「あの、お二人ともなにがあったんですか?」
あまりにも予想外の事態すぎて、毒気が抜かれてしまった。
素直に疑問を口にする私へ二人は同時に振り向いて、同時に口を開く。
「ノインには関係のないことよ」
「あなたには関係ないことです」
内容までそろった二人は勢いよく向き直り、再び睨み合う。
魔女様が怒ったことは見たことあるけれど、今はそれとは違う。
顔はやる気なさそうに見えるが、秘めている気配は剣呑だ。
まるで草陰に身を伏せている獣のような、敵を仕留める隙をうかがっているように見える。
一方、ジャンヌは対照的に、わかりやすく敵意をむき出しにしている。
道ですれ違う犬のように、あるいはライバルを見つけたネコのようにあからさまに魔女様を威嚇している。
「二人とも落ち着いてください。ほらお菓子でも食べながら、ゆっくり話しましょうよ」
なんでこんなことになっているのかは分からないけど、このままでは話しもできない。
お菓子に少しだけ注意が逸れたのに希望を持って、お茶を新しく用意する。
村で買った、とっておきのお茶と陶器のティーセットを用意する。
模様の少ないシンプルなものだけど、木製でない食器は少ないのでけっこう気に入っている。
お茶の香りが立つころには二人の睨み合いも落ち着いたようで、お互い不満げながらも話し合える雰囲気になっていた。
ポットを傾けて、お茶をカップに注ぐ。
「はい、どうぞ」
「ありがと」
最初は、一応お客様であるジャンヌへ。
不満そうな顔ではあるけど、お茶とお菓子に罪は無いとわかっているみたいだ。
魔女様をまだ気にしながらも、テーブルに乗っているものを気にしている。
「魔女様も、どうぞ」
「ありがとうね」
魔女様はいつものように、優雅に受け取った。
まるでジャンヌなど存在しないかのように、気にしてないように振舞っている。
自分の分も用意して、私もイスに座る。
「それじゃあお茶会を、再開しましょう」
重たい雰囲気を変えようと、殊更に明るく言ってみた。
「「いただきまーす」」
片やいつも通りを装って、片や警戒しながらの挨拶は、またもやタイミングがそろってしまった。
二人は牽制しあうように視線を合わせてから、お菓子へ同時に手を伸ばす。
それに気づいて手を止めて、今度はカップをつかむ。
「熱っ」
でも熱がカップにまで伝わっていたのだろう。ジャンヌは持ち上げかけたカップをソーサーへ落としてしまった。
その衝撃で、ソーサーからパキンという音が聞こえた。
「あっ、大丈夫?」
「うん、ジャンヌは大丈夫。でも、ソーサーが……」
見ればソーサーを二分するようにヒビが入ってしまっている。
「仕方ないわ。安物だったし、それよりもヤケドしてない?焦ってちょっと熱いままだったかも、ごめんね。カップの方も割れてると危ないから、新しいのに変えるわね」
4つで一揃いのカップとソーサーだったから、もう一つだけ残っている。
壊れてしまったのは残念だけど、それを責めても仕方ないこと。
そう思いながら片づけていると、横から声がかかった。
「ノイン、ちょっと待ちなさい。ジャンヌ、あなた森から出てこれたのなら、お婆さんから許可はもらってるはずよね」
「えっと、あの……うん」
魔女様の言葉に、ジャンヌは戸惑いながらもうなずいた。
「じゃあ、貴女がなんとかしなさい」
そう言われたジャンヌは私を見て、魔女様を見て、それからまた私の方を見て両手を差し出してきた。
カップとソーサーを受け取ったジャンヌは、それをテーブルに置くと腰につけたポシェットから、白い砂をひとつかみ取り出した。
それをソーサーのヒビを隠すように盛って、今度はその上に指を置き、口の中でぶつぶつと唱え始める。
ジャンヌは砂の上からゆっくりとヒビをなぞり、つぎにソーサー全体をひとなでする。
その時指の下で、チリチリと砂が強くこすれる音が響いていた。
そのあと別なポーチから取り出した布に白い砂を払い落とすと、ソーサーのヒビはキレイに消えていた。
「ヒビがなくなった!どういうことなの?」
ソーサーに続いてカップをなでまわしていたジャンヌは、バツが悪そうな顔で私を見た。
「ジャンヌはソシエールなの」
「ソシエール?」
「西の国の魔女のことよ。でもその子は見習いね」
「見習いじゃないもん」
「魔女の役目を引き継いでないでしょ?十分に見習いだわ」
「で、でも、今の魔法見たでしょ?もうジャンヌは立派な魔女よ、魔女だわよ」
「いいえ、魔法を使えることだけが魔女の条件ではないわ。それがわかってないから、お婆さんから追い出されたんじゃないの?」
「追い出されたんじゃないもん、出てきてやったんだもん!他の魔女が認めてくれれば、あたしだって魔女ができるんだもん」
魔女様の言葉に、ジャンヌは癇癪を起こしたように反論している。
ええと、どういうことなんでしょうか。
魔女様たちのことはよく分からないけど、ジャンヌは一人前だと認めてもらいたいけど、魔女様は認めてないみたいだ。
なんだか、去年の私を思い出す。
私も自分が一人前だと周囲に認めてもらいたくって、必死になっていた。
その結果、私は死の淵を彷徨うことになってしまった。
自分が死にそうな目に遭ってやっと、周囲は心配して言ってくれてたんだと理解できた。
あの時の気恥ずかしさと申し訳なさは、二度と味わいたくない。
だから私は、ジャンヌに私と同じことになってほしくない。
「ねえ、ジャンヌさん。ちょっといいかしら?」
「なによ、あんたもジャンヌが半人前だって言いたいの?」
「違うわ、逆よ。ソーサーのヒビを消しちゃうなんて、すごいと思うわ。私は魔法の修行なんてしたことないから、それができるようになるまでどれだけ苦労したか分からない。でも、ジャンヌさんはすっごく頑張ったんでしょう?こんなに、跡がまったく残らないくらいキレイにできるんだもの、きっとそうよね」
私が褒めると、ジャンヌは目を見開いて驚いた。
そしてすぐに、その目に光が灯る。
「そうよ、私はすっごく頑張ったんだから。何年も何年も師匠の退屈な話を聞いて、何度も何度も同じような練習を繰り返して魔法を使えるようになったのよ。……それなのに、あのしわくちゃ師匠はあたしはまだまだ半人前だって言うの。ヒドイと思わない?」
「ええ、そうね。ジャンヌさんは頑張ったのよね」
「そうよ。だから私は他の魔女たちに実力を認めさせて、正真正銘の魔女になってやるのよ」
意気込んでいるジャンヌを見てから、チラリと魔女様へ視線を送る。
魔女様はそれだけですぐに分かってくれたみたいで、すぐに人の悪い笑みを浮かべて頷いた。
「それじゃあ、ジャンヌさん」
「うん、なあに?」
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