魔獣の森のお嫁さん
大狩猟祭前日
大狩猟祭の前日、私はジルバーと村へ帰ってきた。
大荷物を背負ったジルバーと並んで門番さんへと手を振ると、向こうからも手を振り返してくれた。
「プフェルトナーさん、ただいま帰りました」
「おお、ノインちゃんよく帰ってきたね。旦那さんといっしょにお祭り見学かい?」
「はい、そうです。ジルバーがお祭りを知らないって言うので、見せてあげようと思って」
「ははは、それは是非とも見ておくべきだな。ジルバー君も、ノインちゃんを手放したらダメだからな」
「もちろんだ。だが、それはいったいどういう意味だ?」
「中に入ればわかるさ。じゃあ前夜祭を楽しんでおいで」
門番さんに挨拶をして扉をくぐると、そこは以前と全く違う景色が広がっていた。
大門へ続く通りは色鮮やかな飾り付けがされて、ここではあまり見ない服装の人たちが歩いている。
その数もたいへん多くて、誰にもぶつからずにまっすぐ歩くことは無理なくらいだ。
ジルバーを見上げれば、呆れたような顔のまま固まっていた。
「どう、すごいでしょ?」
「あ、ああ。これは思った以上だ。人間ってこんなにいたんだな」
「びっくりした?でもまだ狩猟祭の前日だから、明日からはもっと人が増えるわよ」
「もっと!?これよりまだ増えるのか?そしたらこの村は人間だらけになってしまうんじゃないのか!?」
「大丈夫よ。この日のために村のあちこちに仮設の宿屋が建てられてるから。それと空き地にテント村をつくったりしてる人たちもいるし」
「なんか、覚悟してた以上すぎて、どうすればいいかわからなくなってきたな」
「じゃあまず、女将さんの宿屋に行きましょう?あそこなら少しは落ち着けるはずだわ」
「わかった。道が変わってないなら、たぶんわかる」
人ごみの中をかき分けるようにしながら道を進む。
ジルバーはプフェルトナーさんに言われた言葉を思い出したのか、離れないように私の肩を抱き寄せてくれた。
少し歩きづらいけど、こんなに人がいては元からそう速くはあるけない。それよりも、ジルバーの匂いと体温が感じられてとても幸せだった。
「ノイン、なんか店が増えてないか?」
「仮設の屋台ね。村の外から来た人が、大狩猟祭の間だけお店を出してるの。珍しいものもあるかもしれないけど、見ていく?」
「いや、今はやめておこう」
そう言うとジルバーはまた進み始めた。
大門通りを抜けると、人ごみは急にまばらになった。それでも普段よりもはるかに多いし、賑やかなのは変わらない。
今度は手をつないで、道に並んだ露店を冷やかしながら歩く。
「あ、鉄のナイフが売ってるわよ」
「あれだったら今あるヤツで十分だ。それより、あっちに髪飾りが売ってるぞ」
「私には似合わないわよ。それよりあれ美味しそうじゃない?」
「あまりいい匂いがしないな。作られてから時間が経ちすぎてるな」
「へえ、あんなに新鮮そうに見えるのに。なかなかいいものないわね」
「それよりも今は休憩したい。人が多すぎてめまいがしてくる」
道を歩いている人のほとんどは、村の人ではないようだ。
村ではなかなか見られない、様々な色のついた服を着ている。
私たち村人は、素材そのままの白か草木染めの青や緑がほとんど。
でも外から来た人は赤や黄色、それと鉄だろうか金属製のプレートを身につけた人までいる。
村でも金属鎧を扱っている店はあるけれど、ほとんどのハンターは鎧を使わないし、身につけたとしても革鎧なので、その店では置物みたいになっている。
だから金属鎧を着ている人を見るのは、大狩猟祭の期間くらいだった。
「それにしてもすごい人の数だな」
大門通りからは離れていっているのに、人が減る気配がない。
まあ宿屋街がこの先にあるからなんだけど、それでも私もこの人の量には慣れていない。
「そうね、でもまだ少ないわよ。最終日になると、この辺りまでさっきくらいの人ごみになるわ」
「あんなのがここまで続くのか?そんなに集まって何をしようって言うんだよ」
「もちろん、森の恵みを買いに集まってくるのよ。領主様の軍隊が通れるのは大門だけだから、どうしてもあそこに人気の店が集中するの。門の外に小屋が建ってたでしょ?あそこで狩りの仕分けをして、それから村の中に運び込まれるのよ」
「ああ、あれがそうだったのか」
村に入る前の森との中間地点には、杭と紐で広く区切られた土地と、柱と屋根だけの小屋と呼びにくい小屋が建てられていた。
あそこに森での収穫物がいったん集められ、解体・審査されることになる。
素材のほとんどは領主様のものになるけれど、土地の使用代・解体分別の作業・その他様々な協力料や迷惑料が村へと払われることになる。
村のお金は様々な仕事を通じて、私たち村人の手元にたどり着く。
元から森の恵みは私たちにはありふれたものだから、村の外でも通用する現金の方が私たちには有難かった。
「あんな大きな門を建てられたのも、この大狩猟祭があったからなんだって」
「そうなのか、大狩猟祭っていうのは、大変な行事なんだな」
「でもそのおかげで村も賑やかになるし、森の平和も保てるのよ。だから、もっと楽しもう」
「そうだな。でもとりあえず宿をとって、この荷物をハンター協会に届けてからだな」
ジルバーは背負った荷物をゆすって位置を直すと、また私の手をとって先へと歩き出した。
◇
「女将さん、こんにちは!」
「よく来たね。待ってたわよ」
いつもの宿屋につくと、出迎えてくれた女将さんへと抱きついた。
「お久しぶりです。2か月ぶりでしたっけ?」
「だいたいそれぐらいだね。相変わらず元気がありあまってるみたいだね、これならしっかり働いてもらえそうだ」
「もちろんです。私、頑張りますからね!」
腕を曲げて力こぶをアピールする。
大狩猟祭の期間中、ジルバーはハンターたちといっしょに領都軍の道案内や先導をする。
その間ずっと私が一人で家にいるわけにもいかないので、女将さんの宿屋でお手伝いをすることになっていた。
女将さんのお手伝いならハンター時代もやったことがあるので、手紙のやり取りでも女将さんはすぐに賛成してくれた。
「大狩猟祭の間は忙しいからね。こっちとしても大助かりだよ」
そうして私との挨拶が一通り済んでから、今度はジルバーが頭を下げた。
「あの、こんにちは」
「アンタもよく来たね。とりあえず部屋はいつものところを開けておいたよ。その荷物はどうするね?」
「ちょっと休ませてもらったら、協会へ届ける。だから問題ない」
「そうかそうか。今酒場の方はお客でいっぱいだから、水は部屋の方へ持っていってあげるよ。じゃあゆっくりしていきな」
女将さんは笑顔で調理場へと戻って行った。
私たちはいつもの部屋へ行き、荷物を置くとベッドへ腰かけた。
「これでやっと落ち着けるね」
「そうだな。俺が協会へ行ってる間、ノインはどうする?」
「私も行くわ。ジルバーは明日朝には行っちゃうんだから、いっしょに遊べるのは今日しかないもの」
「そうだな。じゃあそうするか」
女将さんはすぐに水を持ってきてくれた。
そうやって少しだけ休んだあと、私たちはまた賑わう外へと繰り出した。
大荷物を背負ったジルバーと並んで門番さんへと手を振ると、向こうからも手を振り返してくれた。
「プフェルトナーさん、ただいま帰りました」
「おお、ノインちゃんよく帰ってきたね。旦那さんといっしょにお祭り見学かい?」
「はい、そうです。ジルバーがお祭りを知らないって言うので、見せてあげようと思って」
「ははは、それは是非とも見ておくべきだな。ジルバー君も、ノインちゃんを手放したらダメだからな」
「もちろんだ。だが、それはいったいどういう意味だ?」
「中に入ればわかるさ。じゃあ前夜祭を楽しんでおいで」
門番さんに挨拶をして扉をくぐると、そこは以前と全く違う景色が広がっていた。
大門へ続く通りは色鮮やかな飾り付けがされて、ここではあまり見ない服装の人たちが歩いている。
その数もたいへん多くて、誰にもぶつからずにまっすぐ歩くことは無理なくらいだ。
ジルバーを見上げれば、呆れたような顔のまま固まっていた。
「どう、すごいでしょ?」
「あ、ああ。これは思った以上だ。人間ってこんなにいたんだな」
「びっくりした?でもまだ狩猟祭の前日だから、明日からはもっと人が増えるわよ」
「もっと!?これよりまだ増えるのか?そしたらこの村は人間だらけになってしまうんじゃないのか!?」
「大丈夫よ。この日のために村のあちこちに仮設の宿屋が建てられてるから。それと空き地にテント村をつくったりしてる人たちもいるし」
「なんか、覚悟してた以上すぎて、どうすればいいかわからなくなってきたな」
「じゃあまず、女将さんの宿屋に行きましょう?あそこなら少しは落ち着けるはずだわ」
「わかった。道が変わってないなら、たぶんわかる」
人ごみの中をかき分けるようにしながら道を進む。
ジルバーはプフェルトナーさんに言われた言葉を思い出したのか、離れないように私の肩を抱き寄せてくれた。
少し歩きづらいけど、こんなに人がいては元からそう速くはあるけない。それよりも、ジルバーの匂いと体温が感じられてとても幸せだった。
「ノイン、なんか店が増えてないか?」
「仮設の屋台ね。村の外から来た人が、大狩猟祭の間だけお店を出してるの。珍しいものもあるかもしれないけど、見ていく?」
「いや、今はやめておこう」
そう言うとジルバーはまた進み始めた。
大門通りを抜けると、人ごみは急にまばらになった。それでも普段よりもはるかに多いし、賑やかなのは変わらない。
今度は手をつないで、道に並んだ露店を冷やかしながら歩く。
「あ、鉄のナイフが売ってるわよ」
「あれだったら今あるヤツで十分だ。それより、あっちに髪飾りが売ってるぞ」
「私には似合わないわよ。それよりあれ美味しそうじゃない?」
「あまりいい匂いがしないな。作られてから時間が経ちすぎてるな」
「へえ、あんなに新鮮そうに見えるのに。なかなかいいものないわね」
「それよりも今は休憩したい。人が多すぎてめまいがしてくる」
道を歩いている人のほとんどは、村の人ではないようだ。
村ではなかなか見られない、様々な色のついた服を着ている。
私たち村人は、素材そのままの白か草木染めの青や緑がほとんど。
でも外から来た人は赤や黄色、それと鉄だろうか金属製のプレートを身につけた人までいる。
村でも金属鎧を扱っている店はあるけれど、ほとんどのハンターは鎧を使わないし、身につけたとしても革鎧なので、その店では置物みたいになっている。
だから金属鎧を着ている人を見るのは、大狩猟祭の期間くらいだった。
「それにしてもすごい人の数だな」
大門通りからは離れていっているのに、人が減る気配がない。
まあ宿屋街がこの先にあるからなんだけど、それでも私もこの人の量には慣れていない。
「そうね、でもまだ少ないわよ。最終日になると、この辺りまでさっきくらいの人ごみになるわ」
「あんなのがここまで続くのか?そんなに集まって何をしようって言うんだよ」
「もちろん、森の恵みを買いに集まってくるのよ。領主様の軍隊が通れるのは大門だけだから、どうしてもあそこに人気の店が集中するの。門の外に小屋が建ってたでしょ?あそこで狩りの仕分けをして、それから村の中に運び込まれるのよ」
「ああ、あれがそうだったのか」
村に入る前の森との中間地点には、杭と紐で広く区切られた土地と、柱と屋根だけの小屋と呼びにくい小屋が建てられていた。
あそこに森での収穫物がいったん集められ、解体・審査されることになる。
素材のほとんどは領主様のものになるけれど、土地の使用代・解体分別の作業・その他様々な協力料や迷惑料が村へと払われることになる。
村のお金は様々な仕事を通じて、私たち村人の手元にたどり着く。
元から森の恵みは私たちにはありふれたものだから、村の外でも通用する現金の方が私たちには有難かった。
「あんな大きな門を建てられたのも、この大狩猟祭があったからなんだって」
「そうなのか、大狩猟祭っていうのは、大変な行事なんだな」
「でもそのおかげで村も賑やかになるし、森の平和も保てるのよ。だから、もっと楽しもう」
「そうだな。でもとりあえず宿をとって、この荷物をハンター協会に届けてからだな」
ジルバーは背負った荷物をゆすって位置を直すと、また私の手をとって先へと歩き出した。
◇
「女将さん、こんにちは!」
「よく来たね。待ってたわよ」
いつもの宿屋につくと、出迎えてくれた女将さんへと抱きついた。
「お久しぶりです。2か月ぶりでしたっけ?」
「だいたいそれぐらいだね。相変わらず元気がありあまってるみたいだね、これならしっかり働いてもらえそうだ」
「もちろんです。私、頑張りますからね!」
腕を曲げて力こぶをアピールする。
大狩猟祭の期間中、ジルバーはハンターたちといっしょに領都軍の道案内や先導をする。
その間ずっと私が一人で家にいるわけにもいかないので、女将さんの宿屋でお手伝いをすることになっていた。
女将さんのお手伝いならハンター時代もやったことがあるので、手紙のやり取りでも女将さんはすぐに賛成してくれた。
「大狩猟祭の間は忙しいからね。こっちとしても大助かりだよ」
そうして私との挨拶が一通り済んでから、今度はジルバーが頭を下げた。
「あの、こんにちは」
「アンタもよく来たね。とりあえず部屋はいつものところを開けておいたよ。その荷物はどうするね?」
「ちょっと休ませてもらったら、協会へ届ける。だから問題ない」
「そうかそうか。今酒場の方はお客でいっぱいだから、水は部屋の方へ持っていってあげるよ。じゃあゆっくりしていきな」
女将さんは笑顔で調理場へと戻って行った。
私たちはいつもの部屋へ行き、荷物を置くとベッドへ腰かけた。
「これでやっと落ち着けるね」
「そうだな。俺が協会へ行ってる間、ノインはどうする?」
「私も行くわ。ジルバーは明日朝には行っちゃうんだから、いっしょに遊べるのは今日しかないもの」
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