魔獣の森のお嫁さん
大狩猟祭、開始!
会長の挨拶が終わると、今度はメッサーが前に出た。
ハンターたちをぐるりと見回し、咳払いをひとつ。それだけで居並ぶハンターたちは皆黙り、緊張感のある顔になった。
「我らがハンターたちよ、必要な心構えについては今、会長が言った通りだ。私が今さら同じことを言う必要はないだろう。だから私が皆に言えることはただ一つ。明日のため、家族のために、成すべきことを成せ。以上!」
「「「おおー!!」」」
メッサーの言葉に、協会中のハンターたちが一斉に声を上げる。
こぶしを上に突き出し、声をそろえたそれは、明かり採りの曇りガラスを震わせた。
それを見てメッサーは深くうなずき、背後の扉へ向かって声をかける。
するとそこから数人の事務職員ポスターのような紙を抱えて出てきた。
職員の1人がメッサーと入れ替わりに前に出て口を開く。
「それでは今から今回の大狩猟祭の配置図を張り出します。皆さん、自分の場所を確認してください。また、集合場所は例年通り大門の外です。開始時刻まであまり時間がないので、速やかに移動してください」
事務職員たちがハンターの間をぬって進み、四方の壁に配置図を張りつけた。
ジルバーとディールもそれを見て、自分の位置を確かめる。
「ほら、俺とディールが組むことになってるだろ」
「マジかよ。ってか、この移動先!正気かよ……」
ディールが配置図を見て絶句している間にも、自分の配置を確認したハンターたちは次々と協会から出て行く。
ディールは動きやくすなった協会内を振り返ると、目的の人物をすぐに見つけて駆け寄った。
「メッサーさん!あの配置はどういうことですか!?」
「ディールか。配置がどうかしたか?」
「どうしたも何も、あれ、森の奥に行くルートじゃないですか!ただでさえ大変なのに、しかも兵士を連れて行かなきゃいけないなんて……」
「自分には荷が重い、そう言いたいのかな?」
「え、あの……はい。正直、オレはまだまだ自分にそこまでの力はないと思ってます」
ディールは逡巡したあと、悔しそうに言葉をしぼり出した。
メッサーはその様子を見てうなずき、しかし強い口調で否定した。
「違うな。君は無用に森を恐れている」
「えっ?」
「キミの危機察知能力は、ハンターの中でもすでにかなりのレベルに達している。だがそれゆえに、森の中にいるはずのない怪物の影を見て怯えている」
「いるはずのない、怪物?」
「そうだ。猛獣や魔物はハンターにとっても確かに恐ろしいものだが、それ以上に危険なのは森そのもの。障害の多い地形や、迷いやすい道。そういうものが、たくさんの人の命を奪ってきた。だから若いハンターには森の恐ろしさを伝えてきた。しかし君はすでに、その恐ろしさを十分に理解している。それが逆に君の足をすくませているのだ」
ディールは真剣な表情で、メッサーの言葉を理解しようとしている。
「いいかね、ディール。魔獣はもういない。それは私や魔女様が保証する。猛獣が出ても、キミは戦う必要がない。君たちはただ兵士を連れて、進めばいいだけだ。森の危険を回避する力をキミはもう十分に持っている、だからこそ私はキミを選んだんだ。わかるね?」
「……はい、わかります」
「キミならできる。私が保証する」
「はい、頑張ります!」
「よろしい、では行け!」
「はい!」
ディールは胸に拳を当てる敬礼をすると、外へ向けて駆け出していった。
メッサーはそれを満足そうに見送ってから、一連のやりとりを見ていたジルバーへと顔を向けた。
「ジルバー、彼はいいハンターになるだろう。助けてやってくれよ」
「ああ、分かっている。まかせろ」
ジルバーはうなずくと、ディールを追って協会から出た。
「頼もしい若者たちですねえ」
「会長、聞いてらしたのですか」
事務職員を連れて、会長がメッサーの横に並んだ。
「あなたも、彼らと同じような時期がありましたね」
「はい、あの時からずっと会長にはお世話になりっぱなしです」
「いえいえ、ワタシこそ森についてはあなたに任せっきりにしてしまって、心苦しい限りですよ」
「私は不器用ですから、腹の探り合いなんてできません。面倒なことを押し付けているようで、私の方こそ申し訳ありませんよ」
「ではおあいこですね」
「そうですね」
2人はニヤリと笑いあう。
「ところで、ジルバーくん、でしたか?彼をなかなか信頼しているようですね?」
「素性は知れないですが、腕は確かです。それに……」
「娘さんが認めている、ですか?」
「……ノインは関係ありません。魔女様の保証があるからですよ。それにあの森で生きていくのは、並大抵ではできません。彼は常に猛獣や森そのものと戦い、生き抜いてきたに違いありません。それは十分に信頼できる要素です」
「そうですね。我々人間は弱い。だからこそ皆で協力して生きている。このハンター協会もその表れのひとつです。腕の確かなハンターは、何物にも代えがたい財産ですからね」
「ええ」
「ワタシは、彼が何者であっても受け入れますよ。この村のハンターである限りね」
「……そうですね。私も同じです」
2人はうなずき、協会の出口をしばらく見つめていた。
◇
大門の外、柵で囲われた仮拠点の前にハンターたちが集合していた。それぞれ装備を確認し、出発の時を今か今かと待っている。
そんな時、誰かがそろそろだと声を上げた。
その声につられて、ハンターたちが大門を見上げた。
全員が見つめるその先、大門の奥で甲高い音が長く伸びる。そして破裂音。
大狩猟祭の始まりを告げる花火が上がった。
いくつもの花火が上がり、音と煙を青空に残していく。
それに続いて、ラッパが吹き鳴らされ、太鼓、シンバルと次々と華やかな音が加わる。
人々の歓声が、大門を超えて響いてくる。
それを聞くハンターたちの間にもどよめきが生まれ、落ち着かない雰囲気がただよう。
そしてハンターたちが我慢しきれなくなったころに、ついに待ちに待った号令が聞こえてきた。
「開門ー!!」
大門の向こうから響いた声に、門番小屋にいた門番がベルを振り鳴らす。
そしてハンターたちの見ている前で、大門が音を立てて、ゆっくりと開き始めた。
ハンターたちをぐるりと見回し、咳払いをひとつ。それだけで居並ぶハンターたちは皆黙り、緊張感のある顔になった。
「我らがハンターたちよ、必要な心構えについては今、会長が言った通りだ。私が今さら同じことを言う必要はないだろう。だから私が皆に言えることはただ一つ。明日のため、家族のために、成すべきことを成せ。以上!」
「「「おおー!!」」」
メッサーの言葉に、協会中のハンターたちが一斉に声を上げる。
こぶしを上に突き出し、声をそろえたそれは、明かり採りの曇りガラスを震わせた。
それを見てメッサーは深くうなずき、背後の扉へ向かって声をかける。
するとそこから数人の事務職員ポスターのような紙を抱えて出てきた。
職員の1人がメッサーと入れ替わりに前に出て口を開く。
「それでは今から今回の大狩猟祭の配置図を張り出します。皆さん、自分の場所を確認してください。また、集合場所は例年通り大門の外です。開始時刻まであまり時間がないので、速やかに移動してください」
事務職員たちがハンターの間をぬって進み、四方の壁に配置図を張りつけた。
ジルバーとディールもそれを見て、自分の位置を確かめる。
「ほら、俺とディールが組むことになってるだろ」
「マジかよ。ってか、この移動先!正気かよ……」
ディールが配置図を見て絶句している間にも、自分の配置を確認したハンターたちは次々と協会から出て行く。
ディールは動きやくすなった協会内を振り返ると、目的の人物をすぐに見つけて駆け寄った。
「メッサーさん!あの配置はどういうことですか!?」
「ディールか。配置がどうかしたか?」
「どうしたも何も、あれ、森の奥に行くルートじゃないですか!ただでさえ大変なのに、しかも兵士を連れて行かなきゃいけないなんて……」
「自分には荷が重い、そう言いたいのかな?」
「え、あの……はい。正直、オレはまだまだ自分にそこまでの力はないと思ってます」
ディールは逡巡したあと、悔しそうに言葉をしぼり出した。
メッサーはその様子を見てうなずき、しかし強い口調で否定した。
「違うな。君は無用に森を恐れている」
「えっ?」
「キミの危機察知能力は、ハンターの中でもすでにかなりのレベルに達している。だがそれゆえに、森の中にいるはずのない怪物の影を見て怯えている」
「いるはずのない、怪物?」
「そうだ。猛獣や魔物はハンターにとっても確かに恐ろしいものだが、それ以上に危険なのは森そのもの。障害の多い地形や、迷いやすい道。そういうものが、たくさんの人の命を奪ってきた。だから若いハンターには森の恐ろしさを伝えてきた。しかし君はすでに、その恐ろしさを十分に理解している。それが逆に君の足をすくませているのだ」
ディールは真剣な表情で、メッサーの言葉を理解しようとしている。
「いいかね、ディール。魔獣はもういない。それは私や魔女様が保証する。猛獣が出ても、キミは戦う必要がない。君たちはただ兵士を連れて、進めばいいだけだ。森の危険を回避する力をキミはもう十分に持っている、だからこそ私はキミを選んだんだ。わかるね?」
「……はい、わかります」
「キミならできる。私が保証する」
「はい、頑張ります!」
「よろしい、では行け!」
「はい!」
ディールは胸に拳を当てる敬礼をすると、外へ向けて駆け出していった。
メッサーはそれを満足そうに見送ってから、一連のやりとりを見ていたジルバーへと顔を向けた。
「ジルバー、彼はいいハンターになるだろう。助けてやってくれよ」
「ああ、分かっている。まかせろ」
ジルバーはうなずくと、ディールを追って協会から出た。
「頼もしい若者たちですねえ」
「会長、聞いてらしたのですか」
事務職員を連れて、会長がメッサーの横に並んだ。
「あなたも、彼らと同じような時期がありましたね」
「はい、あの時からずっと会長にはお世話になりっぱなしです」
「いえいえ、ワタシこそ森についてはあなたに任せっきりにしてしまって、心苦しい限りですよ」
「私は不器用ですから、腹の探り合いなんてできません。面倒なことを押し付けているようで、私の方こそ申し訳ありませんよ」
「ではおあいこですね」
「そうですね」
2人はニヤリと笑いあう。
「ところで、ジルバーくん、でしたか?彼をなかなか信頼しているようですね?」
「素性は知れないですが、腕は確かです。それに……」
「娘さんが認めている、ですか?」
「……ノインは関係ありません。魔女様の保証があるからですよ。それにあの森で生きていくのは、並大抵ではできません。彼は常に猛獣や森そのものと戦い、生き抜いてきたに違いありません。それは十分に信頼できる要素です」
「そうですね。我々人間は弱い。だからこそ皆で協力して生きている。このハンター協会もその表れのひとつです。腕の確かなハンターは、何物にも代えがたい財産ですからね」
「ええ」
「ワタシは、彼が何者であっても受け入れますよ。この村のハンターである限りね」
「……そうですね。私も同じです」
2人はうなずき、協会の出口をしばらく見つめていた。
◇
大門の外、柵で囲われた仮拠点の前にハンターたちが集合していた。それぞれ装備を確認し、出発の時を今か今かと待っている。
そんな時、誰かがそろそろだと声を上げた。
その声につられて、ハンターたちが大門を見上げた。
全員が見つめるその先、大門の奥で甲高い音が長く伸びる。そして破裂音。
大狩猟祭の始まりを告げる花火が上がった。
いくつもの花火が上がり、音と煙を青空に残していく。
それに続いて、ラッパが吹き鳴らされ、太鼓、シンバルと次々と華やかな音が加わる。
人々の歓声が、大門を超えて響いてくる。
それを聞くハンターたちの間にもどよめきが生まれ、落ち着かない雰囲気がただよう。
そしてハンターたちが我慢しきれなくなったころに、ついに待ちに待った号令が聞こえてきた。
「開門ー!!」
大門の向こうから響いた声に、門番小屋にいた門番がベルを振り鳴らす。
そしてハンターたちの見ている前で、大門が音を立てて、ゆっくりと開き始めた。
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