魔獣の森のお嫁さん

天坂コーキ

ジルバーの帰還

◇◇

ハンター協会のお手伝いで森に入る人たちの監督をしたその日の夜、おかみさんの宿屋で落ち着かない時間を過ごしていた私に届いたのは、ジルバーが大怪我をしたという知らせだった。
転びそうになりながらも急いで駆け付けた村の診療所で見つけたのは、入院用のベッドに包帯まみれで寝ているジルバーと、なぜか床で正座をさせられているジャンヌちゃん。そしてその前に仁王立ちしている魔女様だった。

「ジルバー!?」

あのジルバーが大怪我をするなんて!連絡をくれたハンターが大袈裟に言っただけだろうと思っていたのに、実際にそれを見ると息がつまりそうになった。
あわててベッドに駆け寄ろうとすると、ジルバーが目を開いて私を見つけた。

「ノイン、ただいま」
「……もう、びっくりさせないでよ」

近くで見たジルバーの顔は、とても元気そうだった。

「ちゃんと生きてる。怪我は大したことない。本当ならすぐにでも動きたいくらいだ」
「でも包帯してるじゃない。動いたら傷が開いちゃうんじゃないの?」
「体の傷は問題ないんだが……」
「どうしたの?足とか動かなくなっちゃったとか?ああ、どうしよう。お祖父さんから聞いたけど、大怪我したら全快したはずなのに体が動かなくなることがあるんだって。いったいどうしたらいいのかしら。でも私はジルバーの世話ならなんでもするから安心して任せて……」
「落ち着け。体は全部動くし、どこも悪くない」
「じゃあどうしてそんなに包帯を巻いているの?」

そう詰め寄ると、ジルバーは何も言わずに視線を横へ向けた。その先では、ジャンヌちゃんが半泣きになっていた。

「足が痛いよう、床が冷たいよう。ジャンヌがなにしたって言うのよ。ジャンヌはちゃんと兵士の人たちを助けたじゃないの。感謝もされたんだし、魔女の評価もあがったのよ。それなのになんでこんなことしなくちゃいけないのよう」

ちらちらと上目遣いでうかがうジャンヌちゃんに、魔女はまったく笑っていない顔を近づけた。

「そのやり方が悪すぎるのよ。自分で魔獣を連れ込んだあげく、けが人まで出して退治させて。おかげで大狩猟祭の予定も大きく狂ったのよ。それを分かって言ってるの?」
「だって、人が困っているのを助ければいいって言ったじゃない。でもあんまり困ってなさそうだったから、ちょっと困らせてそこを……」
「それよ。今、困らせてやろうって言ったわよね?それ、つまり魔女が人に悪さをするってことでしょ?助けてないじゃない、困らせてるじゃない。耳を塞いでもダメよ。あんたが言ったこと、あんたがやったことなんだからね。吐いたツバは飲めないわよ」
「うう、ジャンヌは悪くないもん」

うんざりした顔でジルバーが首を振る。確かにこれでは部屋から逃げ出したくなる。

「あのー、魔女様。ちょっと今よろしいですか?」
「ああ、ノイン。見苦しいところ見せちゃったわね。でももう少しだけ我慢してね。音消しの結界は一個しか使えないから」
「そうなんですか。でも、なんでジャンヌちゃんはこんなことになってるんですか?」

「ノインちゃん聞いて!この魔女ったらヒドイのよ。レッサードラゴンちゃんのブレスをもろに浴びたジルバーをジャンヌが一生懸命治したのに、それなのにジャンヌが悪いってこんなヒドイことさせてるの。ノインちゃんからも言ってやってよ!」
「ジャンヌちゃん、私も聞きたいんだけど、レッサードラゴンちゃんて何?私はオオトカゲが出たって聞いてたんだけど」
「オオトカゲちゃんはね、迫力がイマイチだったから帰しちゃった。だってちょうどレッサードラゴンちゃんが近くに来てくれてたんだもん。そっちの方が絶対に盛り上がるじゃない?見ててジャンヌもワクワクしたもん」

「なあジャンヌ。レッサードラゴンはわざわざ森の奥から連れ出して来たって聞いた憶えがあるんだが?」
「レッサードラゴンちゃんが住んでるのは森の奥だよ?たまたまジャンヌが持ってた木の実に誘われて出てきてたから、ちょうどよかったからチェンジしたの。ジャンヌって運がいい!」

きらりん☆、とウィンクするジャンヌちゃんだが、周囲の視線はとても冷めている。私も含めて。

「つまり、ジルバーが大怪我をしたのはジャンヌちゃんのせいなのね」
「ち、違うし!ジルにブレス吐いたのはレッサードラゴンちゃんだし!」
「そのレッサードラゴンを連れて来たのは……」
「それに、ジルだけじゃなく兵士の人たちも助けたんだよ?おかげでジャンヌが作りためてた秘薬がすっごい減っちゃったんだから」
「それで?」
「え?その……、ジルはもう怪我はほとんど治ってるんでしょ?ジャンヌの秘薬はすっごいんだから当然よね」

「あのねえジャンヌ。ジルバーは、アタシの作った人の皮を着てたからそれだけで済んだんだよ。ただの人間だったら、骨まで溶けてたかもしれないんだからね」

魔女様の言葉に、私は思わずジルバーを見た。ジルバーは包帯を少しめくって、人の皮の破けた部分と、その下にある灰色の毛を見せてくれた。

「魔女様、ありがとうございます。魔女様の皮には、いつも本当にお世話になっています」
「いいのよそのくらい。いつもゴハンとかお菓子とかごちそうになってるしね。それにこのままだと村人にジルバーの正体がバレちゃうし」
「ハイハイ!そこはちゃんとジャンヌがゴマかしておいたから大丈夫ですよ!」
「あのね、魔法の副作用で毛が生えてきた?普通、生えるんなら皮膚の上に生えるものでしょ。皮膚の下がふさふさになるなんて聞いたことないわ。嘘つくんならもっとマシなのにしなさい」
「ふええ、そんなコト言われても、突然だったんだもん。わかるわけないじゃない」

ついにジャンヌちゃんが泣き始めた。できればもっと詳しい話を聞きたかったけれど、それはもう無理そうだ。

「じゃあ、アタシはそろそろ戻るわね。大狩猟祭の報告会とか、この娘の後始末とかでホント忙しいったらありゃしないわ」
「ジャンヌも、帰る」
「あんたはアタシと一緒に来るんだよ」
「えー、ジャンヌもうイヤなんですけど。お家に帰って反省したいんですけど」
「ジルバーが使う人の皮を作らなきゃいけないのよ。あんたがやったことなんだから、あんたが責任持って作りなさい。アタシはそっちまで手が回らないのよ」
「むー」

「俺はとりあえず、この破れたところを隠せて森に戻れればいいぞ。そうすれば時間ができるし、本格的なのはもっと後になっても大丈夫だ」
「ホント!?さすがジルはやっさしいね」
「ジルバー、この娘を甘やかしちゃダメよ。甘やかすんならノインだけにしときなさい。じゃあね」

魔女様はジャンヌちゃんをつれて部屋から出て行った。私はそれを見送ってから、ジルバーのベッド横のイスに腰かけた。
静かになった病室で、ジルバーと無言で見つめ合う。なんだかにらめっこをしているみたいで、お互い同時に笑ってしまった。

「ふふ、ジルバーがこうして帰ってきてくれて、なんだかとっても安心した」
「ああ、俺もノインに会えて、ホッとしてるよ」
「おかえり、ジルバー」
「ただいま、ノイン」

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