そして僕は君を探す旅に出た~無力な僕の異世界放浪記~
そして僕は知らない天井を見た
僕が目を覚ますとベッドの上に寝かされているようだった。見知らぬ天井が僕を見下ろしている。柔らかいベッドの上で寝たのはいつぶりだろうか。誰かが僕を運んでくれたのだろう。
「いてて……」
「あら、起きたのね」
身体を動かそうとすると痛みが走り声が漏れる。その声を聞いたからなのかは分からないけど、僕が起きた事に気付いたのか知らない女の人の声が僕の耳に届いた。
「君は?」
「私はヤルミラ。あなたの名前を聞いてもいい?」
「僕はルカーシュ。僕の事を知っている人はルカって呼んでいるよ」
僕はベッドの上で、ヤルミラは椅子に座って、互いの名前を教えあった。短く切り揃えられたブラウンの髪に、日に焼けた肌が健康的に見える。
「じゃあ、ルカって呼ばせて貰うね」
「うん。ヤルミラが僕を?」
「そうよ。サシャが暴れてるって聞いて駆け付けたんだけど、遅かったみたいで……ごめんね」
「そんな! 謝る必要なんて無いよ」
僕に謝罪したヤルミラの顔はどこか悲しげに見えたのは僕の気のせいだろうか。それに、ヤルミラは僕を助けてくれた恩人なのだから謝る必要は無いと思う。
「そう言って貰えると助かるわ」
「うん。それに僕は君に感謝しないといけない立場だしね。ありがとう」
「ふふふ。そういえばお腹が空いたりしていない?」
ヤルミラに言われてから気付く。僕がどのくらい寝ていたのかは分からないけど、ミエストに来てから何も口にしていなかった。
「いや、悪いよ」
助けてくれた恩人に甘えすぎるのも悪いと思い、僕はヤルミラの申し出を断ったのだが、食事について意識した僕の身体はそうは思わなかったらしく、腹の虫が食べ物をくれと騒ぎ出す。
「身体は正直ね」
「ありがとう」
笑いながら立ち上がったヤルミラは鼻歌を歌いながら歩いて行く。小さな家のようで、台所も同じ部屋の中にあった。部屋の中を見回してみると、数こそ多くは無いが本棚に本が並べてあった。貴重な紙を使った本なのだから高価な物だろうと思う。
ヤルミラの方を見ると目が合う。ヤルミラがニッコリと笑ったと思うと果物を乗せた皿がプカプカと浮かんで僕の方に向かって来た。
「え?」
言葉にも出来ない驚きが僕を駆け巡る。魔法の存在は知っていたけど、まさか魔法でこんな事が出来るなんて思わなかった。
「すごいでしょ? ちょっとした私の特技なんだ」
「うん。なんか不思議だね」
プカプカと浮かんで来た皿が僕の手に収まるとその重さが僕の手に伝わる。ヤルミラを見ると、どうぞ食べてと言うように大きく頷いた。
それを見て僕は果物を口の中に入れる。口の中が切れているのか少し痛みを感じるが気になる程でもない。甘い果汁が口の中に広がり、その水分が僕の身体を満たしていくように感じた。
「美味しい」
「私もこれ好きなんだ。甘くて美味しい」
二人で果物を食べていると、玄関の扉を叩く音が聞こえてくる。
「いいの?」
「いつもの事よ」
ヤルミラは居留守をするようで、立ち上がろうとはしないが玄関を叩く音が鳴り止む事は無かった。ヤルミラは観念したようにため息を吐きながら立ち上がる。
「しつこいよ!」
玄関の扉を開けるとヤルミラは怒鳴った。何を話しているのかは聞こえないが何か揉めているのは分かる。割りと長い時間問答を繰り返していたがヤルミラの家を訪れた人は帰ったのだろう。ヤルミラが不機嫌な顔で戻ってくる。
「本当にしつこいんだから」
「どうしたの?」
「ちょっとね」
「僕に何か出来る事があるなら力になるよ」
「ううん。大丈夫よ。ありがとう」
第三者で他人の僕がヤルミラの事に顔を突っ込むのはお門違いだとは思ったけど、困っているのなら恩人でもあるヤルミラの力になりたい。素直にそう思ったけど、やんわりと断られてしまった。
「でも、何かあれば力になりたい。君は僕の恩人なんだから」
「そうね……それじゃあ――」
小さく呟いたヤルミラは立ち上がると机の引き出しの鍵を開けて何かを取り出した。そして、僕の元へと戻ってくる。
「これは?」
「大切な物とだけ。預かっていて欲しいの」
「分かった」
ヤルミラから受け取った物は小さな宝石のようだった。吸い込まれそうなほどに深く青い宝石を握る。
「どうしてこれを僕に?」
「あなたが、ルカが力になってくれると言ったからよ。あいつらがいつこれを奪いに来るか分からないからね」
あいつらと聞いて僕の脳裏に浮かんだのは僕の剣を奪ったサシャと言う不良の顔だった。思わず悔しさが込み上げて来る。
「確かに預かったよ」
「ありがとう」
奪われた剣の事を思い出し、他の荷物の事が気になった。剣を僕の目の前で奪ったサシャは剣だけを奪うとどこかに去って行った気がする。
「そういえば僕の荷物は……?」
「心配しなくてもきちんとしまってあるよ。剣以外は何も盗られてないから安心して」
何も盗られていないと言う事を聞いてホッとする。きっとお金も無事なのだろう。
ヤルミラは怪我が治るまでこの家でゆっくりと療養してと言ってくれた。ありがたい言葉だったけど、怪我をしているとはいえ、男の僕が女の子の家にいてもいいものかと悶々としてしまうが好意は受け取ろうと思った。そして日が暮れる。
「ベッドは一つしか無いけどヤルミラはどこで寝るの?」
小さなこの家にはベッドが一つしか無かった。そのベッドを僕が占拠しているのだからヤルミラはどこで寝るのだろうかと疑問が湧く。
「私はソファで寝るから大丈夫よ」
「僕がソファで――」
「ルカは怪我をしているんだからそれでいいのよ」
「でも……」
「つべこべ言わないで。ここは私の家よ。この家のルールは私。分かった?」
「分かったよ」
ヤルミラの言葉に甘えっぱなしの僕は自分が情けないと思ってしまった。ただ、どうして見ず知らずの僕なんかにこうして良くしてくれるのかが分からない。俯き考えていると、玄関の扉が勢い良く開いた。
「誰!?」
「夜分遅くにすまないね。君が協力をしてくれないから我慢できずに来てしまったよ」
突然入って来た男は悪びれる事も無く言葉を続ける。暗がりでよく男の姿はよく見えない。
「こんな時間に女の家に来るなんてあなた最低ね。ベドジフ」
「首を縦に振らない君が悪いのだよ」
「あなたなんかにあれは渡さないわ」
「そうか。なら少し強引に行かせて貰おうか」
突然来た男とヤルミラの会話を黙って聞いていた。ヤルミラが男をベドジフと呼んでいたから知らない関係でも無さそうだけど、良い関係とは思えなかった。
「話を聞いていたけどちょっと見過ごせないね」
僕は痛む身体に鞭を打ちながら立ち上がる。今の僕にどうこうする力なんて無いと思うけど、何もしないなんて選択肢は僕には無かった。
「おっと。男を連れ込んでいたのか。そうかそうか。悪かったね。お楽しみの所を邪魔してしまって。私もそんな無粋な人間では無いから今日は立ち去る事にするよ」
僕が口を開いた途端に男は立ち去ると言い、本当に立ち去って行った。張り詰めていた空気が一瞬で和らいでいく。
「ありがとうルカ」
「僕は何もしていないよ」
「ううん。あなたがいたからベドジフも帰ってくれたのだと思う」
「そっか。それにしても何か不味い事に巻き込まれているの?」
「そうね……話すわ」
僕はベッドに戻り、ヤルミラはソファに腰掛ける。
「あいつらは、ベドジフはルカに預かって貰った宝石を狙っているのよ」
小さな袋に入れ、ポケットの中にしまっていた宝石を取り出して見る。月明かりに照らされた宝石はキラキラと輝いていた。
「その宝石は母さんの形見なの。小さい頃は母さんによく見せて貰ってたのよ。綺麗でしょ?」
「うん。とても綺麗な宝石だと思うよ」
ヤルミラが話す間も変わらずに宝石は輝き続けている。僕は宝石を袋に戻すとポケットの中にしまった。
「母さんは研究者でとある遺跡に行ったの。その遺跡で宝石を見つけたと言っていたわ。母さんは宝石の事を誰にも知らせなかった」
「どうして?」
「母さんは遺跡で宝石についての文献を目にしたらしいの。そこには世界を破滅に導く鍵だって書いてあったらしいの。母さんが死ぬ前に教えてくれたわ」
「ベドジフと言う人は宝石が鍵だと言う事を知って狙っているの?」
「それは分からないわ。宝石の事を誰かに話した事なんて無かったし」
「奪われたら不味い物なら壊したりは出来ないのかな」
「試したわよ。ハンマーで叩き潰そうとね。見ての通り宝石に傷一つ付ける事も出来なかったけれど」
「今は奪われないようにするしか無いのか……」
「そうね。巻き込んでしまってごめんね」
「構わないよ。きっとこれは巡り合わせなんだ」
会話をしていたがヤルミラは眠りに落ちてしまった。僕はベッドで、ヤルミラはソファだ。なんだか申し訳なく思ってしまうけどヤルミラがそれで良いと言うのだから仕方がない。
正直に言えばなんだか得体の知れない物を預かってしまったなんて気持ちもあるけど、恩人の力になりたいと言う僕の気持ちは変わらない。そして、夜が更けていく。
目を覚ますとすでにヤルミラは起きて料理を作っていた。何かを焼く音と香ばしい匂いが僕の腹を刺激する。
「おはよう」
「あ、起きたのね。今料理を作っているから少し待ってて」
料理を作るヤルミラの姿を見て、友加里とヤルミラを重ねて見てしまった。もしもあの時、何も起こらずに帰れていたら、きっと友加里が僕に食事を作っていてくれていたのだろうと考えると寂しい気持ちになってしまう。
「うん。ありがとう」
僕は身体を起こして立ち上がろうとする。痛みは昨日よりも引いているように感じた。
「もう平気なの?」
「痛みはあるけどね」
短いやり取りを繰り返しながら僕がテーブルに着くと、料理を完成させたヤルミラが料理を運んでくれる。
「うん。美味しい」
「口に合ったみたいで良かった」
村では食べる事の無かった料理だったが前の世界の料理に似ていて懐かしい気持ちになる。僕はヤルミラの料理に舌鼓を打った。
「ルカは旅をしているんだよね?」
「そうだよ。小さな村を出て来たんだ」
「そうなんだ。どんな村だったの?」
「とても綺麗で水が豊かな良い村だったよ」
「どうして旅に出ようと思ったの? すごく良い所だったみたいだけど」
「探している人がいるんだよ。ずっと昔に離れ離れになった大切な人なんだ。それに、とある人の思いも受け継いでるから」
僕は語りながら友加里やバルおじさんの顔を思い浮かべる。不思議と友加里の顔はすぐに思い出せるのにバルおじさんの顔はすぐには思い出せなかった。
「そうなんだ。見つかるといいね」
「うん。どこにいるかも分からないんだけどね。ヤルミラはこれからやりたい事とかあるの?」
「そうだね。母さんが研究者だったって言ったでしょ? 私も母さんみたいな研究者になりたいと思って勉強はしてるんだけどね」
ヤルミラの顔に影が落ちたような気がした。宝石を狙っているベドジフの事もある。それにあいつらとヤルミラは言ったから何か組織めいた物があるのかもしれない。
「ちなみにどんな勉強をしているの?」
「興味あるの?」
「これでも冒険者なんだ。色んな事に興味はあるよ」
ヤルミラは立ち上がり、本棚から本を取り出した。嬉しそうに戻ってくると本を開く。
「母さんが書いた本なんだ」
ニコニコと笑顔で言うヤルミラを見ると本当に母が好きで尊敬していたんだと分かる。僕はチラチラと本を眺めてみた。書いてあるのは遺跡の調査についての事のようだった。
「文字がびっしりだ」
「読めるの?」
「小さい頃に文字は学んだからね」
「街の人間でも文字が読めない人が多いのにすごいね」
「ヤルミラも読めるんでしょ?」
「母さんが教えてくれたからね」
二人顔を合わせて笑う。何が面白かったとかは無かったけど、自然と笑いが込み上げて来た。それはヤルミラの方も同じだったと思う。
「そうそう。ルカの剣を返すようにサシャに言って来るよ」
「あいつと知り合いなの?」
「知り合いも何も幼なじみだからさ。あいつを叱らなきゃ」
胸を張って大きな声で言うヤルミラ。バルおじさんの剣が僕の元に戻ってくる希望が見えて少し心が晴れた気がする。
「僕にはおっかなくて話をする事も難しそうだよ」
「サシャはあんなだけど本当は良い奴なのよ」
サシャと幼なじみと言うヤルミラは彼の姿を見てきたからこそそう言えるのだろうけど、僕は良い人間には全く見えなかった。彼の良い所なんて見た事も無いし、第一印象が悪すぎる。
「お願いするよ」
「任された!」
日も高くなり、ヤルミラは意気揚々と家を出て行く。残された僕は療養中と言う事もあり、暇な時間を潰す為に本を読む。その内容は難しくも感じたが、とても冒険心を擽る物だった。
「いてて……」
「あら、起きたのね」
身体を動かそうとすると痛みが走り声が漏れる。その声を聞いたからなのかは分からないけど、僕が起きた事に気付いたのか知らない女の人の声が僕の耳に届いた。
「君は?」
「私はヤルミラ。あなたの名前を聞いてもいい?」
「僕はルカーシュ。僕の事を知っている人はルカって呼んでいるよ」
僕はベッドの上で、ヤルミラは椅子に座って、互いの名前を教えあった。短く切り揃えられたブラウンの髪に、日に焼けた肌が健康的に見える。
「じゃあ、ルカって呼ばせて貰うね」
「うん。ヤルミラが僕を?」
「そうよ。サシャが暴れてるって聞いて駆け付けたんだけど、遅かったみたいで……ごめんね」
「そんな! 謝る必要なんて無いよ」
僕に謝罪したヤルミラの顔はどこか悲しげに見えたのは僕の気のせいだろうか。それに、ヤルミラは僕を助けてくれた恩人なのだから謝る必要は無いと思う。
「そう言って貰えると助かるわ」
「うん。それに僕は君に感謝しないといけない立場だしね。ありがとう」
「ふふふ。そういえばお腹が空いたりしていない?」
ヤルミラに言われてから気付く。僕がどのくらい寝ていたのかは分からないけど、ミエストに来てから何も口にしていなかった。
「いや、悪いよ」
助けてくれた恩人に甘えすぎるのも悪いと思い、僕はヤルミラの申し出を断ったのだが、食事について意識した僕の身体はそうは思わなかったらしく、腹の虫が食べ物をくれと騒ぎ出す。
「身体は正直ね」
「ありがとう」
笑いながら立ち上がったヤルミラは鼻歌を歌いながら歩いて行く。小さな家のようで、台所も同じ部屋の中にあった。部屋の中を見回してみると、数こそ多くは無いが本棚に本が並べてあった。貴重な紙を使った本なのだから高価な物だろうと思う。
ヤルミラの方を見ると目が合う。ヤルミラがニッコリと笑ったと思うと果物を乗せた皿がプカプカと浮かんで僕の方に向かって来た。
「え?」
言葉にも出来ない驚きが僕を駆け巡る。魔法の存在は知っていたけど、まさか魔法でこんな事が出来るなんて思わなかった。
「すごいでしょ? ちょっとした私の特技なんだ」
「うん。なんか不思議だね」
プカプカと浮かんで来た皿が僕の手に収まるとその重さが僕の手に伝わる。ヤルミラを見ると、どうぞ食べてと言うように大きく頷いた。
それを見て僕は果物を口の中に入れる。口の中が切れているのか少し痛みを感じるが気になる程でもない。甘い果汁が口の中に広がり、その水分が僕の身体を満たしていくように感じた。
「美味しい」
「私もこれ好きなんだ。甘くて美味しい」
二人で果物を食べていると、玄関の扉を叩く音が聞こえてくる。
「いいの?」
「いつもの事よ」
ヤルミラは居留守をするようで、立ち上がろうとはしないが玄関を叩く音が鳴り止む事は無かった。ヤルミラは観念したようにため息を吐きながら立ち上がる。
「しつこいよ!」
玄関の扉を開けるとヤルミラは怒鳴った。何を話しているのかは聞こえないが何か揉めているのは分かる。割りと長い時間問答を繰り返していたがヤルミラの家を訪れた人は帰ったのだろう。ヤルミラが不機嫌な顔で戻ってくる。
「本当にしつこいんだから」
「どうしたの?」
「ちょっとね」
「僕に何か出来る事があるなら力になるよ」
「ううん。大丈夫よ。ありがとう」
第三者で他人の僕がヤルミラの事に顔を突っ込むのはお門違いだとは思ったけど、困っているのなら恩人でもあるヤルミラの力になりたい。素直にそう思ったけど、やんわりと断られてしまった。
「でも、何かあれば力になりたい。君は僕の恩人なんだから」
「そうね……それじゃあ――」
小さく呟いたヤルミラは立ち上がると机の引き出しの鍵を開けて何かを取り出した。そして、僕の元へと戻ってくる。
「これは?」
「大切な物とだけ。預かっていて欲しいの」
「分かった」
ヤルミラから受け取った物は小さな宝石のようだった。吸い込まれそうなほどに深く青い宝石を握る。
「どうしてこれを僕に?」
「あなたが、ルカが力になってくれると言ったからよ。あいつらがいつこれを奪いに来るか分からないからね」
あいつらと聞いて僕の脳裏に浮かんだのは僕の剣を奪ったサシャと言う不良の顔だった。思わず悔しさが込み上げて来る。
「確かに預かったよ」
「ありがとう」
奪われた剣の事を思い出し、他の荷物の事が気になった。剣を僕の目の前で奪ったサシャは剣だけを奪うとどこかに去って行った気がする。
「そういえば僕の荷物は……?」
「心配しなくてもきちんとしまってあるよ。剣以外は何も盗られてないから安心して」
何も盗られていないと言う事を聞いてホッとする。きっとお金も無事なのだろう。
ヤルミラは怪我が治るまでこの家でゆっくりと療養してと言ってくれた。ありがたい言葉だったけど、怪我をしているとはいえ、男の僕が女の子の家にいてもいいものかと悶々としてしまうが好意は受け取ろうと思った。そして日が暮れる。
「ベッドは一つしか無いけどヤルミラはどこで寝るの?」
小さなこの家にはベッドが一つしか無かった。そのベッドを僕が占拠しているのだからヤルミラはどこで寝るのだろうかと疑問が湧く。
「私はソファで寝るから大丈夫よ」
「僕がソファで――」
「ルカは怪我をしているんだからそれでいいのよ」
「でも……」
「つべこべ言わないで。ここは私の家よ。この家のルールは私。分かった?」
「分かったよ」
ヤルミラの言葉に甘えっぱなしの僕は自分が情けないと思ってしまった。ただ、どうして見ず知らずの僕なんかにこうして良くしてくれるのかが分からない。俯き考えていると、玄関の扉が勢い良く開いた。
「誰!?」
「夜分遅くにすまないね。君が協力をしてくれないから我慢できずに来てしまったよ」
突然入って来た男は悪びれる事も無く言葉を続ける。暗がりでよく男の姿はよく見えない。
「こんな時間に女の家に来るなんてあなた最低ね。ベドジフ」
「首を縦に振らない君が悪いのだよ」
「あなたなんかにあれは渡さないわ」
「そうか。なら少し強引に行かせて貰おうか」
突然来た男とヤルミラの会話を黙って聞いていた。ヤルミラが男をベドジフと呼んでいたから知らない関係でも無さそうだけど、良い関係とは思えなかった。
「話を聞いていたけどちょっと見過ごせないね」
僕は痛む身体に鞭を打ちながら立ち上がる。今の僕にどうこうする力なんて無いと思うけど、何もしないなんて選択肢は僕には無かった。
「おっと。男を連れ込んでいたのか。そうかそうか。悪かったね。お楽しみの所を邪魔してしまって。私もそんな無粋な人間では無いから今日は立ち去る事にするよ」
僕が口を開いた途端に男は立ち去ると言い、本当に立ち去って行った。張り詰めていた空気が一瞬で和らいでいく。
「ありがとうルカ」
「僕は何もしていないよ」
「ううん。あなたがいたからベドジフも帰ってくれたのだと思う」
「そっか。それにしても何か不味い事に巻き込まれているの?」
「そうね……話すわ」
僕はベッドに戻り、ヤルミラはソファに腰掛ける。
「あいつらは、ベドジフはルカに預かって貰った宝石を狙っているのよ」
小さな袋に入れ、ポケットの中にしまっていた宝石を取り出して見る。月明かりに照らされた宝石はキラキラと輝いていた。
「その宝石は母さんの形見なの。小さい頃は母さんによく見せて貰ってたのよ。綺麗でしょ?」
「うん。とても綺麗な宝石だと思うよ」
ヤルミラが話す間も変わらずに宝石は輝き続けている。僕は宝石を袋に戻すとポケットの中にしまった。
「母さんは研究者でとある遺跡に行ったの。その遺跡で宝石を見つけたと言っていたわ。母さんは宝石の事を誰にも知らせなかった」
「どうして?」
「母さんは遺跡で宝石についての文献を目にしたらしいの。そこには世界を破滅に導く鍵だって書いてあったらしいの。母さんが死ぬ前に教えてくれたわ」
「ベドジフと言う人は宝石が鍵だと言う事を知って狙っているの?」
「それは分からないわ。宝石の事を誰かに話した事なんて無かったし」
「奪われたら不味い物なら壊したりは出来ないのかな」
「試したわよ。ハンマーで叩き潰そうとね。見ての通り宝石に傷一つ付ける事も出来なかったけれど」
「今は奪われないようにするしか無いのか……」
「そうね。巻き込んでしまってごめんね」
「構わないよ。きっとこれは巡り合わせなんだ」
会話をしていたがヤルミラは眠りに落ちてしまった。僕はベッドで、ヤルミラはソファだ。なんだか申し訳なく思ってしまうけどヤルミラがそれで良いと言うのだから仕方がない。
正直に言えばなんだか得体の知れない物を預かってしまったなんて気持ちもあるけど、恩人の力になりたいと言う僕の気持ちは変わらない。そして、夜が更けていく。
目を覚ますとすでにヤルミラは起きて料理を作っていた。何かを焼く音と香ばしい匂いが僕の腹を刺激する。
「おはよう」
「あ、起きたのね。今料理を作っているから少し待ってて」
料理を作るヤルミラの姿を見て、友加里とヤルミラを重ねて見てしまった。もしもあの時、何も起こらずに帰れていたら、きっと友加里が僕に食事を作っていてくれていたのだろうと考えると寂しい気持ちになってしまう。
「うん。ありがとう」
僕は身体を起こして立ち上がろうとする。痛みは昨日よりも引いているように感じた。
「もう平気なの?」
「痛みはあるけどね」
短いやり取りを繰り返しながら僕がテーブルに着くと、料理を完成させたヤルミラが料理を運んでくれる。
「うん。美味しい」
「口に合ったみたいで良かった」
村では食べる事の無かった料理だったが前の世界の料理に似ていて懐かしい気持ちになる。僕はヤルミラの料理に舌鼓を打った。
「ルカは旅をしているんだよね?」
「そうだよ。小さな村を出て来たんだ」
「そうなんだ。どんな村だったの?」
「とても綺麗で水が豊かな良い村だったよ」
「どうして旅に出ようと思ったの? すごく良い所だったみたいだけど」
「探している人がいるんだよ。ずっと昔に離れ離れになった大切な人なんだ。それに、とある人の思いも受け継いでるから」
僕は語りながら友加里やバルおじさんの顔を思い浮かべる。不思議と友加里の顔はすぐに思い出せるのにバルおじさんの顔はすぐには思い出せなかった。
「そうなんだ。見つかるといいね」
「うん。どこにいるかも分からないんだけどね。ヤルミラはこれからやりたい事とかあるの?」
「そうだね。母さんが研究者だったって言ったでしょ? 私も母さんみたいな研究者になりたいと思って勉強はしてるんだけどね」
ヤルミラの顔に影が落ちたような気がした。宝石を狙っているベドジフの事もある。それにあいつらとヤルミラは言ったから何か組織めいた物があるのかもしれない。
「ちなみにどんな勉強をしているの?」
「興味あるの?」
「これでも冒険者なんだ。色んな事に興味はあるよ」
ヤルミラは立ち上がり、本棚から本を取り出した。嬉しそうに戻ってくると本を開く。
「母さんが書いた本なんだ」
ニコニコと笑顔で言うヤルミラを見ると本当に母が好きで尊敬していたんだと分かる。僕はチラチラと本を眺めてみた。書いてあるのは遺跡の調査についての事のようだった。
「文字がびっしりだ」
「読めるの?」
「小さい頃に文字は学んだからね」
「街の人間でも文字が読めない人が多いのにすごいね」
「ヤルミラも読めるんでしょ?」
「母さんが教えてくれたからね」
二人顔を合わせて笑う。何が面白かったとかは無かったけど、自然と笑いが込み上げて来た。それはヤルミラの方も同じだったと思う。
「そうそう。ルカの剣を返すようにサシャに言って来るよ」
「あいつと知り合いなの?」
「知り合いも何も幼なじみだからさ。あいつを叱らなきゃ」
胸を張って大きな声で言うヤルミラ。バルおじさんの剣が僕の元に戻ってくる希望が見えて少し心が晴れた気がする。
「僕にはおっかなくて話をする事も難しそうだよ」
「サシャはあんなだけど本当は良い奴なのよ」
サシャと幼なじみと言うヤルミラは彼の姿を見てきたからこそそう言えるのだろうけど、僕は良い人間には全く見えなかった。彼の良い所なんて見た事も無いし、第一印象が悪すぎる。
「お願いするよ」
「任された!」
日も高くなり、ヤルミラは意気揚々と家を出て行く。残された僕は療養中と言う事もあり、暇な時間を潰す為に本を読む。その内容は難しくも感じたが、とても冒険心を擽る物だった。
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