そして僕は君を探す旅に出た~無力な僕の異世界放浪記~

ノベルバユーザー189744

そして僕はお風呂で血を流す

 心にポッカリと穴が開いてしまったように思う。そんな僕の心を穴を流れるように聞こえる川のせせらぎ。死ぬと言うのは一体何なのだろう。

 身体は魂の器だと世界の意志は言ったが、それじゃあどうしてその器に魂が宿るのだろうか。考えても答えは出ないとも思う。

「はぁ……」

 僕の心の中と同じように空も曇っている。別に空が晴れているから心も晴れている、曇っているから……とか僕はそんな単純な人間では無いと思っているけど、今はこの空が僕の気持ちに共感してくれているような気がして救われている気分だ。

「なにをしているの? 空を見上げたり俯いたりしてるけど」

 いつからいたのだろうか。見かけた事のない同世代くらいの女の子が僕の隣に立っていた。とても綺麗で誰が見ても上質な布で仕立てあげられただろうと分かる可愛らしい服に身を包んだ女の子だ。

「ううん。太陽が見えないから川がキラキラしないなぁって思ってたんだ。君は?」

「私はアデーラよ。アデーラ・チェルベニー。あなたのお名前は?」

 僕はアデーラの姿をよく見てみる。薄い金色の髪に活発そうでいてクリっとした目が可愛らしい。アデーラは僕の隣にしゃがむとニコニコとした笑顔で僕を見ていた。

「僕はルカーシュ。みんなは僕の事をルカって呼んでいるよ」

「そう。では私もルカと呼ぶわね」

「うん。アデーラはどうしてここに?」

 緩やかな川の流れを二人で眺めながら話す。このアデーラと言う女の子は先日訪れた領主様の娘なのだろう。どうしてそんな子が一人でこんな所にいるのだろうかと疑問に思う。

「綺麗なお花を探していたの。あまり咲いていないから探しているうちにこんな所まで来てしまったわ」

「そうなんだ。花はまだ咲いていないね。もう少しすると咲くはずだよ」

 花を摘みに来た時期が悪かったねと思いながら川を眺めていると魚が一匹跳ねた。魚が着水すると水面に波紋が広がるも川の流れのせいで歪な形へと変わって行く。

「ここはとても綺麗な所ね」

「晴れてたらもっと綺麗なんだけどね」

「ルカはどうして一人にこんな所にいるの?」

 誰とも遊ぶ気にはなれなかった。一緒に過ごした期間は短かったけど僕にとってはとても大きな存在だったバルおじさんが亡くなって、何をする気も起きなくなって一人になりたかった。

 そんな事は言えないけど、アデーラは雰囲気で何かを察しているのか。先程のようにニコニコした顔では無く心配そうな顔で僕に訪ねていた。

「色々あったんだよ」

「そう。色々あったのね」

 僕の言葉の音は川のせせらぎに飲み込まれていく。それをすくい上げるようにアデーラは僕の言葉を反復させた。アデーラはすっと立ち上がると僕に背中を向ける。

「良かったら今度一緒にお花を探しにいかない? そして、私とお友達になってくださらない?」

 アデーラは僕の方に振り向くと太陽のようにキラキラとした笑顔で言う。僕はその笑顔がとても輝いて見え、思わず唾を飲み込んでしまう。

「う、うん!」

「こんなに綺麗な場所で新しいお友達が出来て嬉しいわ」

 踊るようにクルリと回ったアデーラのスカートがひらひらと舞う。そして、僕の手を取り走る。突然の出来事に僕は戸惑いながらも立ち上がってアデーラと一緒に走った。

「はぁ、はぁ。突然走り出すからびっくりしたよ」

「ごめんなさい。つい嬉しくて」

 息を切らせながらお互いに笑い合う。思いっきり走った事で少しだけ僕の心が晴れた気がしたけど、空には暗い雲が広がりポツポツと水滴を落とし始めた。

「あ、雨だ」

「濡れちゃうわ」

 雨宿りをできる場所をと咄嗟に考えるも良い場所が思い浮かばない。最悪雨に打たれながら帰るしかないかと思い始めた時、僕とアデーラの前に壮年の男が立ち塞がった。

「お嬢様。せっかくのお召し物が濡れてしまいます。これを」

「ありがとうイゴール。でも傘は一つしかないわ。それではあなたもルカも濡れてしまう」

「私は良いのです。私はお嬢様の護衛なのですから。そこの少年も一平民に過ぎません。雨に濡れた所で問題は無いでしょう」

「駄目よ! そうだ! ここに来る途中に洞窟があったわ。そこで雨宿りをしましょう」

 突然現れた男に驚きながらもその顔を見る。髪の毛は白い所が目立つが顔は若々しく、常に微笑んでいるようにも見える。アデーラから洞窟があったと言われた瞬間、眉間に皺がが寄るがすぐに戻る。

「私の顔に何かついていますかな?」

「い、いや、突然来たから驚いちゃって」

「洞窟など何がいるかも分からない場所にお嬢様を連れて行く事など出来ません」

「あなたは私の護衛なのでしょう? 何かがあった時はイゴールが私とルカを守ればいいわ」

「そんな事を言われましても……分かりました。では私に付いてきて下さい」

 僕とアデーラは護衛のイゴールに言われたように後を付いていく。雨足はまだ弱くほとんど濡れてはいないが、すぐにでも土砂降りになりそうな雰囲気だ。隣を歩いているアデーラは手に傘を持っているけどそれを使う素振りは見せない。

「傘使わないの?」

「私だけ使うなんて卑怯ですもの」

 他愛の無い話を続けていると、大きな口を開けた洞窟が見えてくる。村の近くにこんな洞窟があったなんて知らなかった。僕の行動範囲は殆どが村の中なのだから仕方が無いとも思う。

「へぇ。こんな場所があったんだ」

「ルカの地元なのに知らない場所があるんだね」

「村から出る事ってあまり無いし、出ようとしたらきっと怒られちゃうよ」

 ちょうど洞窟に入った頃に雨足が強くなっていく。

 僕達が洞窟に入るタイミングを空が見計らっていたんじゃないかと思ってしまうけど、もしそうなら雨なんて降らせてはいないだろう。何か都合の良い事が起こると、自分の為に、なんて思ってしまうのは傲慢かもしれない。世界はきっと平等なのだから。

「それでは私は奥の方を見て来ますので、ここから動かないようにして下さい」

「分かっているわ」

 イゴールはゆっくりとした足取りで奥の方へと歩みを進めた。明かりを持たずに暗い洞窟を進めるのか? と疑問に思うが魔法のある世界だし明かりを点ける方法なんていくらでもあるのだろうとその疑問を頭の隅に追いやった。

 そして、魔法と言う言葉で僕は自分が魔力を解放しようとすると身体が熱くなると言うのを思い出す。

 暖かい季節になって来たとは言え、少しではあるけど、雨に濡れ、洞窟からは冷たい風が吹いている。正直、僕も寒いと思っているけど、アデーラも寒いはずだ。

「寒くない?」

「大丈夫よ。ちょっと風が冷たいと思うけれど」

「僕ちょっと特技がるんだ」

「見せてくれるの?」

「うん! ちょっと待っててね」

 魔力を開放しようとお腹の底の泉を意識する。魔法が使えるようになるかもしれないと、毎日やっているからコツも掴んですぐに自分の身体を熱くする事が出来る。

「出来たよ!」

「何も変わっていないわ」

「僕の手に触れてみて」

 アデーラは僕の手を両手で包むように握った。アデーラの冷たくなった手の感触が僕の手に伝わってくる。アデーラの手は僕の熱くなった手と交わるようにゆっくりと暖かくなって行く。

「とても暖かいわ」

「僕は自分の身体を熱くする事が出来るんだ。すごいでしょ?」

「うん。暖かい」

 僕に寄り添って来るアデーラ。上がっていく体温のせいか、ほんのりと顔を紅潮させているアデーラを見ながら友加里への罪悪感に苛まされてしまうも子ども相手に何を考えているんだと子どもの僕が心の中で自分に言い聞かせる。

「この洞窟は危険が無いようです。お嬢様。お言葉ですが平民に対してそのような態度は勘違いを生みます。お止め下さい」

「こうしていると暖かいだけよ」

「まだまだ子どものお嬢様には理解が難しいようですな」

 僕は貴族の生活など前の世界でも縁が無かったし、この世界に生まれてからも縁遠い事だった。それでも、イゴールの言い方は少し棘があるように聞こえてしまう。

 もしかするとそんな物なのかもしれないけど育った環境の差なのかもしれないが、領主様はアデーラに対して選民意識を持たせるような教育はしていないと思う。そうでなければまだ子どもとは言っても見ず知らずの僕なんかに声を掛けるなんて事はしないだろう。

 イゴールの登場で重たい空気が辺りを包んでいた。沈黙が続く中この空気を変えたのは空だった。

「雨は止んだみたいだね」

 先程までの激しい雨が嘘みたいに止み、雲の隙間から太陽が顔を覗かせていた。とても綺麗で神秘的な光だ。物語なんかで綴られる神様や天使が降臨してきてもおかしくは無いと思えるほどの景色だった。

「それでは帰りましょうか。お嬢様。子どもと言えどこの少年も平民です。しがない村人の子どもは農奴と同じように働かなければなりません。それにお嬢様は勉強の途中で抜け出しているのですから今頃屋敷では教師がお嬢様を血眼になって探しているでしょう」

「そ、そうね。今日は楽しかったわ。また一緒に遊びましょう。ルカ。またね!」

「うん。またね」

 アデーラとイゴールの背中が見えなくなるまで二人を見送ると僕も帰路に着く。

 僕の家は二人の向かった方にあるから一緒に行っても良かったのかもしれないけど、イゴールと言う護衛がそうはさせてくれないような雰囲気で同じ方向だから途中まで一緒に帰ろうとは言えなかった。

 下を向いてトボトボと歩いていると水溜りを見付ける。水溜りがあるから何なんだと言った感じだが、僕は水溜りを覗き込んだ。土が混じって茶色になった水でも鏡のように世界を映し出す。青空のキャンバス白い雲が絵を描いているように見えた。それと一緒に僕の顔も水溜りに浮かんでいる。

 髪の毛はお婆ちゃんとそっくり赤茶色でウェーブがかっている。その髪を弄りながら前の世界での自分の顔とは似ても似つかない顔だと思った。自分で言うのもおかしいかもしれないけど、とても整った顔立ちをしていると思う。

「帰ろ」

 自分の顔に対しての興味を失った僕は家路に着く。帰るとお婆ちゃんが心配そうな顔で出迎えてくれた。

「結構な雨だったけど大丈夫だったのかい?」

「うん! 雨宿りをしてたから殆ど濡れなかったんだ」

「そうかいそうかい。それでも風を引くとやっかいだからね。浴場はやっているだろうから行ってきな」

「はーい」

 お婆ちゃんに言われたように僕は着替えを持って浴場へと向かう。浴場の利用に制限は無く、村で維持管理をしているからなのか利用自体にお金も掛からない。

「こんにちは」

「おう! ルカか。こんな早くにどうした? 雨にでも打たれたか?」

「うん。ちょっと濡れちゃって、お婆ちゃんが風邪を引くといけないからって」

 受付のおじさんと話を進める。受付と言っても専業では無く、村人が交代でやっているだけだ。

「入ってくるね」

「ゆっくり浸かってきな」

 湯船に浸かると身体が芯から温まる気がする。ホッとすると言う方が正しいかもしれない。そして、先客がいたようで話声が聞こえる。

「ひでぇ雨だったなぁ」

「しかし、ザッと降ってスカッと晴れたな」

「通り雨だったんだろうさ」

 僕はこの会話に混ざる気もなかったから一人寛いでいたのだけど、一人のおじさんが僕に声を掛けてきた。

「ルカじゃねぇか。一人で来たのか?」

「うん。雨に濡れたから風邪をひくといけないからってお婆ちゃんが」

「そうか。あそこまで降るとは思わなかったもんな」

「おじさんはどうしてこんな時間に?」

「雨を避けようと走っていたら転んじまってな。泥だらけになって家に着替えを取りに戻ったらかみさんから汚いから入るなって怒られてよ。見てみろよ。ここ擦り剥いちまってヒリヒリ痛ぇんだよな」

 豪快に笑いながら傷口を見せてくるおじさん。僕はおじさんの傷口を見るはめになったけど、何の事はない。転んだ際に肘から地面を擦ってしまったのだろう。子どもでも転ぶとよくそんな傷を付ける。

「しかし、昼間から風呂に浸かれるなんて贅沢だよな」

「そうだなぁ。領主様のおかげだな。昔はこんな物無かったしありがてぇ話だ」

「そういえば昨日聞いたんだが領主様が久しぶりに村に来たって本当か?」

 もう一人のおじさんが会話に混ざってくる。転んで怪我をした話はどこかへ吹き飛んで、領主様の話に飛んだ。

「僕、昨日大きな馬車を見たよ」

「そうか。じゃあ本当に領主様が来たんだな。何年ぶりだ?」

「そんなもん一々数えてないから分からねぇが結構経つな」

 浴場で大人に混じり会話をし、領主様の話題が出た事でアデーラの顔が頭に浮かぶ。特別な感情が芽生えた訳では無かったが、偶然の出会いが僕とアデーラを繋げた。

 バルおじさんの言っていた出会いは神様がくれた宝物だと言う言葉の意味を少しだけ理解出来た気もしたけど、一概にはそんな事も言えないかなとmp思う。

「ルカ! 鼻血出てんぞ!」

 風呂に浸かって考え事をしたせいなのか、僕は鼻血を出して、おじさん二人に連れられて風呂から上がる事になった。

 

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