天の仙人様

海沼偲

第182話

 龍の子供。アオのことをそういったのである。天龍様は。今まで、彼がどんな種族なのかをわかっておらず、頭を悩ませていた時期もあったわけだが、こんなことであっさりと解決してしまったのである。それも特大の衝撃と共にであった。まさか、彼の種族がどんなものであろうかという問題、それとは別の問題が突然に浮上してくるとは誰が思っていたことだろうか。誰だって思い浮かぶはずもない。龍の卵がそこら辺に落ちているなんて誰が思うかという話だ。なにせ、俺が、適当に拾ってきたあの卵は龍の卵であったということなのだから。であれば、誰の子供なのだろうかという問題が出てくる。少なくとも、天龍様の子供ではないだろう。身内に出会ったような驚きが見られない。ただ、同族に出会ったというような感慨深さでしかないのだから。ただ、同族にあったことに対して感慨深さを持つということであれば、そもそもの龍の数が少ないということに他ならないだろう。龍の数が多いというのはそれはそれで、恐ろしい事態なわけだが。
 そうであるのならば、アオの両親は誰なのだろうかという疑問を解決するためには、今目の前の人から聞かなくてはならないだろう。俺には龍の知り合いは彼しか存在しないのだから。それ以外の選択はなかったのである。それに、それを聞くことは彼のためにもなるだろうと思えてならないのである。であるならば、そのことを聞くということに俺はためらいというものがなかった。

「天龍様。一体アオは誰の子供なのでしょうか。天龍様と同じく龍であるのならば、彼の本当の親というものもわかるのではないでしょうか。今はこうして、俺たちが親となって育てておりますが、いずれ、彼自身が本当の親に会いたいと思うことがあるかもしれない。その時のために教えてくれませんでしょうか」
「アラン、別に今じゃなくていいんじゃないの。そんな時期がいつ来るのかわからないし、アオはもしかしたらそんなことを言わないかもしれないじゃない。今だって、十分アオは幸せなのだから、新たな家族の存在をほのめかす必要なんてなくたって十分なんじゃないのかしら?」
「そうかもしれないね。でも、俺は知っておきたい。それに、これは俺だけのためになるものでもないだろうさ。もしかしたら、その親も彼のことを探しているかもしれない。親が自分の子供に会いたくないということはないんだ。知性を持つ生き物であればあるほどにそれは顕著だと思っている。であれば合わせてあげたいという思いもある。それで、無理やりにアオのことを奪っていくようであれば、それなりの対応はさせてもらうが、そうではないのだとしたら、親が子に会う権利をつぶしちゃあだめだろう? なので、天龍様。教えていただきたいのでございます」
「……そうじゃのう。教えてやろうといいたいところではあるが、そうはいかんのでな。なにせ、龍は龍から生まれたりはせん。我々は子供をなすことをしないのでな。むしろ、子を成せるのであれば、もっと数は多いだろうの」

 彼の口から出てきた言葉は再び俺に衝撃を与えてくれる。であれば、どうしてアオは龍なのだろうかという疑問が大きく頭の中に浮かんでしまうのだから。それを解決するだけのものを俺は持ち合わせていないのである。圧倒的なまでにパズルのピースが足りていないのだ。どれだけあがこうとも、今あるだけの情報で答えを導き出せたりはしないだろう。
 であればどういうことかと聞くしかあるまい。答えが返ってくることを期待してである。さすがに教えてくれるだろう。なにせ、ここまで気になるようなことを言っているのだから。そして、教えてもらった話では、龍というのは子供を産むことはせずに、他の生物の子供を龍へと進化させるということをするらしい。しかも、それには適性が必要なのだそうで、生まれた後の子供は万分の一の確率でなければ成ることは出来ないそうだ。だから、基本的には卵から、または胎児のときから龍として育てることになるのだそうだ。ならば、アオの親はそこいらの蛇であろうということなのだそうだ。つまり、アオの両親は誰なのかというのは全くわからないということだけがわかった。さすがにあの草原に生息している蛇からアオの両親を探すことは出来まい。顔を合わせたとしても、わかるはずがないだろうというのが理解できるのだから。
 しかし、そうなるとさらに大きな疑問が生まれる。なにせ、アオは今まで一回も龍と遭遇したことはない。遭遇しなければ、龍になるという以前の話ではないだろうか。それでありながら、龍へと生まれ変わっている。ただの蛇でしかなかった彼が、どういった経緯で、龍へと上り詰めることが出来たのかという大きな問題が、俺たちの中で新たに生まれたわけであった。
 アオへと視線を向ける。彼は今までの話を理解できているのかそうではないのかわからない。ただ首をかしげるようにしながら、俺へと視線を向けているのである。彼はまだまだ分からなくていいのだろうか。四歳くらいの年齢ではあるが、精神の成長があまりにも未熟であると思えてならない。普通であれば、もう少し理知的であろう。中には、三歳ほどで、政治に口を出すことをし始める才児もいるという話だ。それが、この世界での基準であるとすれば、彼は恐ろしく成熟が遅いと見えた。前世の世界と同等の成長にしか見えないわけだ。これを普通と見出すのは今の俺には、俺たちには不可能なわけだ。

「お主は、まだまだ未熟らしいのう。まあ、龍の精神は数十年以上もかかるからの。それだけゆっくりと成熟していくのじゃ。お主たちのように、ぽんぽこ成人したりはせんからの。その代わりに、永遠とも思えるような寿命の中で過ごすわけじゃから、元は取れているであろうの。わしもどれくらい生きたかの。万を超えてから数えるのは面倒になったから、どれくらいか忘れてしまったのは惜しい」
「大精霊神様がお生まれになった時には成人していたそうですから、八百万は超えておりますよ。ですから、それ以上の年齢ということになりますね。私では考えられないほどの長い時です。永遠かと、めまいが起きてしまいそうです」
「ああ、そうじゃったか。ナツのおかげで、計算が楽出来て助かるわな。守りびとを要するほどの強大な聖域はそうそうないものだから、ここは相当に素晴らしいの。大体は、ここまで大きくなることはなく、聖域そのものが満足してしまうものじゃからの。ここまで、欲が強いというのも珍しい」
「なにせ、お父さまが一から生み出しておりますので。この世界で、星で、最も優れた仙人である、お父さまの存在が大きいといってもいいでしょう。なにせ、そのおかげで、数年でここまでの強大な世界を構築することが出来ておりますから」

 さらっと、流れていたようだが、数百万を確実に超えているということがわかっただけでも、俺たちの衝撃は計り知れない。どれだけの世代を交代している中で生きているのか。絶滅と繁栄を何度も見続けなくてはならないような、気の遠くなるような時間の中で生きているということであろう。俺もいずれはその境地へと達することはほとんど確実といってもいいだろうが、想像するだけでも恐ろしくなってしまう。覚悟をしているというのに、実際にそれを実行している存在を目の当たりにしてしまえば、今想像の中でしか存在しない、現実が、一気に真実となり振りかかるのだから。
 天龍様が俺の心の不安を見つけてしまったかのようで、にいと笑みを浮かべる。たどり着いてみろと挑発しているかのようである。圧倒的であった。意識が遠のいてしまいそうである。それだけの格差を感じてしまう。別次元の存在であって、またそれが同じ場所に立っているという、圧倒的なまでの現実。逃げようのない現実が俺に襲い掛かってきているわけなのだから。これをひょうひょうと切り抜けるというのは難しい話でもあった。心を、精神を食らいつくしてしまいそうなまであるだろう。
 突然に、手のひらに感触が生まれる。何かに掴まれたような、握られたような、そんな柔らかで、温かな感触であった。ハルが、俺の不安を取り除いてくれるかのように手をつないでくれる。そちらへと顔を向けると、ただ優しげに、微笑んでくれている。そうだな。彼女がいてくれる。彼女だけではないが、俺の周りにしっかりと、俺のことを愛してくれている人が、一緒に永遠を歩いてくれる。その事実をしっかりと認識することで、俺は心を持ちなおすことが出来る。不安がパッと消え去ってしまうように、心が軽やかにしっかりと安定することが出来るのであった。
 そして、少し冷静になったところで、ずいぶん前に耳に入ったあることが気になった。これを放置して置いたら、あまりにも気になってしまって仕方がないであろうというにふさわしいだけのものであろう。それだというのに、今の今まで忘れてしまっていたというのがいけない。しかし、それはあまりにも唐突にぴゅうと話された短い言葉の中に紛れていたようなものであるから、忘れてしまうのも仕方ないと擁護できなくもないが。

「天龍様。そういえば、ずいぶん前に俺と同じくらいの末の娘がいるといっておりませんでしたか? 先ほどの説明では、龍には親子の関係が出来ないと思うのですが、それなのに、娘というのはどういうことなのでしょうか? まさか、自分が名前を付けたから、娘と呼んでいるということでしょうか。ならば、ハルもナツも天龍様の娘ということになるのでしょうか?
「て、天龍様の娘だなんて恐れ多くて名乗れやしないわよ。それをするぐらいだったら、名前なんてなく、ただ女と呼ばれた方がましだわ。その方が精神的には過ごしやすいことこの上ないだろうし」
「も、もちろんです。お父さますみません。私のことはナツとこれからは呼ばなくてもよくなりました。今まで通り聖域の守りびととして呼んでいただければ幸いでございます。それだけで十分なのです」
「ああ、そうではないそうではない。じゃから、みすみすわしが与えた名前を捨てるでないわ。……そうじゃのう、わしの手によって、龍へと進化したものたちを子供と呼ぶのじゃ。だから、つい最近にも一人龍へと進化させたものがおるということじゃ。それが、おぬしぐらいであったということである。そして、その考えをいうと、アオの親はお主であるということじゃ。今までも名目上は親であっただろうが、これからは名実ともにアオの親として名乗ることが出来るわけであるな」

 そういって俺のことを指さしている。つまり、俺はいつの間にかアオに対して龍へとの進化を促す何かをしていたらしい。俺は龍ではないというのに。ただの仙人でしかないというのに。たしかに、仙人であるというだけで、世界的には珍しいというか、ほとんど架空の存在だと言われてもおかしくはないだろう。それだけ超次元的な存在なわけなのだから。しかし、そのような存在であろうとも、龍にはかなわない。それだけの圧倒的な格差があるのだ。それでありながら、仙人が龍を生み出すことなんてありえるのだろうか。そういう考えが頭を支配しているわけであるのだ。
 その考えを見透かされていたようで、天龍様がいうには、仙人であろうとも、しっかりと時間をかければ龍を生み出すことが出来るらしい。卵のころからしっかりと、育てなくてはならないそうだが。しかも、龍が卵から育てる以上に丁寧にしなくてはならないそうである。だが、それが出来ていれば龍へと生まれることはあり得るのだとか。ということは、俺が、いろいろな可能性を模索して出来る限りのことを孵化前に行っていたのだが、あれが良かったということなのだろう。あの全てが完璧なバランスで調和を取っていたということなのだろう。あれのどれか一つでもかけていたのだとしたら、今こうしてアオは龍へと変化していなかったことは間違いない。いや、そもそも死んでいた可能性だってあり得る。すうと顔から血の気が消えていくような感覚があった。
 と、ここまでいろいろと考えてはいるが、結局のところ、アオの親はやはり俺たちであったということなのだろうか。生みの親であるどこかの蛇はいるだろうが、今のアオを作っているのは俺たちの側面が強いのだろう。であったら、これ以上気にすることはないのではないだろう。むしろ、アオが龍であるとわかったほうがこれからのやりやすさは違う。彼がいったい何の種族なのかと頭の片隅に疑問を持ちながらおしえるよりも、それが解決しているほうがお互いにとっていいことは間違いない。
 天龍様は小屋の中へと戻っていってしまった。少し外が騒がしくなったから見に来ているだけなのだそうだ。それだけなのに、いろいろと新しいことを知れたのは大きな収穫となるだろう。それがこれからの人生でそう何度も使うような知識ではないというのは残念でならないことではあるが。

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