天の仙人様

海沼偲

第179話

 結局のところ、アオを育てるのは四人でやることになった。俺も合わせれば五人だが、俺がアオの教育をするのは確定なわけで、その他に誰がするかという話合いをしていたわけである。誰か一人が独占しようかと思っていたみたいだが、それでは永遠に決まることはないだろうからと、妥協することになったのである。賢い選択ではあるが、かしこいことと納得できるということは両立しないのである。残念極まることだが。
 そして、今はルイの実家によって、しごかれているところである。アオは人の姿を取り、剣を持たされてその素振りをしているわけであった。彼の力はそこいらの少年少女よりも強いために、一振りごとに、空気を斬っているかのような心地のいい音が聞こえる。だが、その力任せの振り方では、あまり力が上手く伝わらないというのもまた事実であった。まだまだ無駄が多いのだから、より効率よく振り下ろせるようになれば、威力は今までとは比べ物にならないものになることだろう。とはいえ、ルイの弟であるアブラと戦えば、確実に勝つだろうということはわかる。親の欲目というわけではないが、そうであろうと思う。元の種族が龍であるというならば、それぐらいは出来ないと困るというのもあるが。
 出来ることであれば、槌を持たせて、それを振らせたいという願望が彼女からにじみ出ているのだが、まずは基本となる剣を振り回せるようにならねばなるまい。剣こそがまずは全ての基礎であり、全てに通じるのである。彼女はまるで懇願するかのように俺のことを見ている。しかし、俺は目つきのみでそれを許しはしない。それを知っているから、彼女は駄々をこねたりはしない。それにわかっているのだから。彼女も。全ての基本が出来ていなければ、何の意味を持たないものとして、揺らいでしまうのだから。それだけはあってはならない。
 アオはまだまだ、言葉を話すことは出来ないが、それでも、俺たちの言うことを理解できているので、非常に教えがいがあるというものであった。何でもかんでも吸収するわけではないし、今まで人の姿で生活をしたことはないから、普通に歩くだけでもまだ拙さがあったりするが、そういう成長を眺めていくだけでもほほえましくある。まるで、自分たちが腹を痛めた子供であるかのように一生懸命に育てていきたいという思いが彼女たちに強く芽生えている。アオを育てるのは予習という意味もわずかにはあるだろうが。いづれ出来るだろう自分の子供を育てる前段階という位置づけなのだろう。ちなみに、剣を振らせているのは、バランスを崩さないようにその場でのみだ。しっかりと腰をわずかに落として、バランスを崩さないようにしながら、振らせている。力を入れる振り方というよりも、軸がぶれないということを最優先にさせている。軸がぶれないことはどんな状態でも一定のレベルを保つことが出来る。それは大事だ。
 俺がこうしてアオの訓練についてきているのは、彼女たちが張り切り過ぎて、彼を壊さないかという心配からである。なにせ、初めての子育てということもあって、彼女たちの目の色の変わりようは異様なのである。であれば、何かしらの無茶をさせないようにその監視役として俺がここに居るのは至極当然のことであった。アオはたまに、俺に助けを求めるように見つめてくるが、そういうことをしている間は、まだまだ余裕があるということである。であれば大丈夫。本当に危険な時は、そんな視線を俺に送ることすらも忘れて、動くことすらも億劫であるという態度を取るのだから。そうならないように見張っているのだが、一度だけそうなったことがあり、それからは二日ほど、何も訓練などはさせないで、一緒に遊んであげたりした。そうでもしないと、アオの精神が壊れる可能性すらあると思えてしまったのだから。
 今日は一日剣の訓練をしたということで、他のことは何もしなくていいとしている。これ以上に詰め込ませてしまえば、パンクするのは確実なのだから。それでは、教育にならない。育てるためには、ただ詰め込めばいいという話ではないのだから。適度な休憩が必要なのである。何もしない時間では、自分が最も楽な姿でいるようにさせている。基本的には蛇の姿へと変わり、俺の背中や肩回りにくっついていることがおおいが。

「アオが一番なついているのはやっぱりアランみたいね。どれだけ、私たちが頑張ろうとも、それが変わりそうにはないわ」
「まあ、一日中常に、一緒にいたらそうなるさ。それに、アオだって、みんなが自分のことを思っているっていうのはわかっているよ。なんだかんだ言って訓練をしているときは楽しそうにしているからね」
「そ、そう? だったらよかったわ。あまり、感情が読めないから、実際はどう思っているのか不安だったのよね。でも、アランがそういってくれるおかげで、少しは安心できたわ」

 ハルも、そんなことを考えながら、不安を覚えながらも、アオを相手していたのか。確かに、一緒にいる時間が少ないからそう思うのも仕方がないか。とはいっても、今までも数時間は相手をしてくれていたことは確かであるが。それ以上に俺と一緒にいたというだけでしかない。アオはとても愛されているのだ。そうでなければ、ここまで一生懸命に教育しようとは思わないだろう。
 そんな日を送っていると、ルイス兄さんがやってきた。義姉さんたちも一緒である。当然、兄さんの息子も来ている。名前は、クルーというそうで。彼は、生まれて数か月程度のはずなのだが、いつの間にか首が据わっていて、しかも、つかまり立ちまでもが出来るらしい。明らかに異常な成長速度だが、これも、先天的な大神之御子様の寵愛を受けているからであろう。驚きはするが、理由を知っているのであれば納得することは出来る。だから、気にすることはない。だが、兄さんたちにそのことを教えたりはしていないが。そのため、兄さんたちはどういうわけか理解できていなさそうではあるが。だが、自分の子供が光り輝いて生まれているという時点で、他のどの子供よりも異常であり、異質であるとわかっているだろうから、それもすんなりと受け入れていそうだが。それに、その事実は俺たちの中での秘密として墓まで持っていくような案件なのだから。一生、心のうちに秘めておくのみである。
 そして、ミーシャ義姉さんの腹が膨らんでいるようである。どうやら妊娠しているらしい。今度は、兄さんにも隠されているわけではないようだ。さすがに、二回目以降は気づくだろうと思われたに違いない。ただでさえ、一人いるというのに、さらにもう一人増えることで、たとえ使用人がいるとしても、一気に二人というのは大変かもしれないが、長男……クルーが手のかからない子らしいので、そこまで大変ではないそうだ。うちのアオみたいなものだろう。正直なところを言うと体格的にも実年齢的にも生まれたてというわけではないから、手がかからないというのもあまりおかしな話ではないが。そして、その当のアオは俺の後ろに隠れるようにしている。誰との子供だと聞かれたが、養子だという扱いにしているため、兄さんたちはそれで納得した。
 そして、今日兄さんたちが来た理由は、実家へと帰省しようと思っていたからなのだということであった。そこで、自分たちだけで帰るよりは、アラン達も一緒に帰った方がいいのではないかと思って俺たちも誘いに来たそうだ。俺たちは王都にいなくてはならない積極的な理由は存在しないのだから、そうすることに問題はない。あるとしたら、向こうでは大人数を泊めることの出来る場所があったかというところである。俺たちが使っていた部屋があるが、その部屋で大人数で寝られるほど広くはない。当時は子供だったから可能だというだけでしかないのだから。

「どうやら、カインから手紙が来たんだが、俺たちのために、別邸を建てたらしいんだ。いつ気まぐれに帰省しに来ても、いいようにね。だから、それを見に行くのと、当然クルーの成長した姿を見せたいというのとかもあるし。アランとしては、目立った話はないだろうけど、今も週に一日程度しか仕事がないのだから、しばらく王都を離れることに抵抗はないだろう? いや、養子を取ったということは目立った話か」
「まあ、たしかに兄さんの言う通りではあるかな。俺は別に断るつもりはなかったしね。あとは、ハルたちがどう考えているかが問題だけれども……。まあ、少なくともハルとルーシィの二人は実家だし来てくれるだろうかな」

 俺は、彼女たちへと視線を向けると、問題ないというように深く頷いてくれている。であれば、俺たちには問題ない。ということで、これからしばらくの間バルドラン領へと久しぶりに帰ることになったのである。あの村がどうなっているのか、どう変わっているのか、それとも変わっていないのか。どちらにせよ楽しみであることには変わりはない。俺の持つ記憶と大きく変わってないほうが個人的には嬉しいが。帰る場所が変わっていないというのは、喜ばしいことだろう。まあ、別宅が出来ているらしいが。
 俺たちは準備をする必要があるため、荷物をまとめているのだが、あの村のことを思い出していた。特に、放置しているままの聖域も心配である。別に賊に攻撃されるようなものではないだろうが、見ていない間にどんなくらいになっているかというのは気になるだろう。ルイも連れていくつもりなのだから、最初のうちに心の準備だけは済ませておくように、俺たちだけになったところで、教えておいた。さぞ驚いたようで、目をまん丸に開いているが、旅をしている最中で、整理することは出来るだろう。
 そうして、出発の当日となる。アリスも夏休みの期間に入っているようなので、一緒についていくことにしたらしい。久しぶりに兄弟全員が揃うというのは喜ばしいことであろう。精一杯に親孝行でもしてあげようと思うわけだ。特に、俺たちは父さんたちを心配させ過ぎているような節すらあるのだから。今までの心配をチャラにするようにと、意気込むわけであった。
 いくつかの馬車に分けるようにして、出発した。俺が乗っている馬車には、ルイス兄さんと、アオが乗っている。ハルたちに預けてもよかったのだろうが、何をしでかすかわからないという少しの不安があったので、こちらに連れてきた。旅の途中もひたすらに、勉強や訓練漬けというのは嫌だろうという親心からである。少しはそういうのから解放されてもいいとは思わないかね。
 道中では何も起こることはなく静かな旅である。もしかしたら、盗賊なりなんなりが襲い掛かってくるのではないかと思ったのだが、そんなことはなくてほっとしたものである。特に、クルーがいるのだから。彼のような小さな子供には残酷なことを見せたくはない。もう少し成長してからでいいはずなのだから。

「僕は何年帰っていなかったかな。長い間帰っていないせいか、どんな村だったかあいまいかもしれない。なんとなく霞で隠されてしまっているかのように、ぼやけてしまっているんだ。薄情なのかもしれないけど、それ以上に他のことに熱中していたからだろうかね」
「兄さんは魔法ばかりだったからね。村の外に興味を見出そうとしなさ過ぎたというところなんだろうね。まあ、しばらくはそれから離れてもいいんじゃないかな。ただてきとうな草原の上で寝転がって、空を見上げるだけで一日過ごすのも悪くはないと思うよ。上空を飛んでいる小鳥の数を数えるのもいいかもしれない」
「アランが提案するものは、あまりにも牧歌的すぎないかい? 僕はもう大人なんだよ。それを楽しむことは出来るのだろうか」
「出来るさ。自然の美しさを理解していればね。美しいものを観るのに苦痛であるということはないだろう。ならば、永遠にだって見ていられるんだよ。そういうものなのさ。自然を飽きるとしたら、それはもう死んでいるかもしれない。それぐらいにありえないことなんじゃあないかな」

 兄さんは、呆れたように笑った。だが、俺は言いたいことを言っただけなので、それに対しては何も思ったりはしない。人の価値観をどうのこうの言うつもりはない。その代わりに、俺も自分の価値観を押し出すだけなわけであるし。
 素朴な柵が見えてきた。もうそろそろ村へと入るだろう。懐かしい景色であり、懐かしい空気である。いつ吸っても美味しい。心が落ち着くようである。俺の故郷はここなのだと教えてくれているようであった。アオも俺の真似をするように深呼吸する。そのたんびにニコニコと笑みを浮かべているのである。やはり、この感覚がわかるのだろう。なんだかんだ言っても、俺の息子なのだというだけはあるのだ。

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