天の仙人様

海沼偲

第68話

 やはり、少年を一人置いて、帰るということは出来ない。ならば、屋敷に連れて帰るわけなのだが、使用人たちに見つかると、今度は有無を言わさずに両親たちの前に連行されてしまった。俺はそれにおとなしく従うのである。反抗しても意味がないことはよくわかっているのであるのだから。静かにしておくに限る。
 やはり、ハルを連れてきており、その次にこの少年を連れてきているわけであるからな。返り血の類の一切を浴びてはいないから、その点では何も言われることはないだろうが、何かしら人を拾ってきてしまう。これで二回目だ。そりゃこうなることもわかるというものだ。むしろ、返り血がないことを俺は誇っている。両親に心配させてしまう案件の一つを排除することが出来たのだから。鼻高々である。
 俺の隣に服を着替えた少年が座っている。前と似たような光景である。その前には父さんたちがじっと俺のことを見ていた。しかし、俺としては悪いことをしているわけではない。ならば、堂々としているだけである。善行を積んでいるかもしれない。その引き換えに両親に心配をかけてしまうということをしてしまうわけであるが。釣り合っているかはわからない。下手したら、悪行に傾くかもしれない。それは恐ろしいことだった。

「まただな、アラン。お前は迷子でも見つける趣味でもあるのか? それとも、あの森は子供が行き倒れしかける呪いでもあるのか。もし、そうなのだとしたら、今すぐにでもあの森の立ち入りを禁止しなくてはいけないわけだが」
「父さん、それは知りませんし、そんな呪いがかかっていることはないでしょう。なにせ、俺自身が行き倒れてはいないということが何よりもの証明になるのですから。そもそも、俺が彼らを、ハルたちを見つけて家に連れ帰ってくることは悪いことではないはずです。それならば、どうしてこのようなことをする必要があるのでしょうか?」
「お前が誘拐をしていないかを確認するためだ。一人ならまだしも、二人も連れてくるとなると、どこからか、さらってきているのではないかと思ってもおかしくはないだろう? ないとは思ってもな。俺は、自分の息子が大罪人になることが何よりも嫌なことだ。恐ろしくて夜も眠れない」

 別に、信用をしていないわけではないということを感じている。父さんとしては、信用しているからこそあえて問い詰めているのだろう。確認をしているだけに過ぎないのだ。儀式的なものである。俺はそれをわかっているからこそ、堂々としていられるのだ。やはり、信用されていないのならば、ショックであるから。そうではないということはそれだけ、心にゆとりを与える物であった。
 それからも、軽く雑談をして少年……ルクトルは家の屋敷で使用人として仕えることとなった。いずれ、俺が独り立ちをして屋敷を持つことになったら、彼にはついてきてもらいたいものだ。そのためにもいっぱい愛して信頼関係を築いていきたい。おそらく、父さんとしても、彼には俺専属の使用人としての地位を与えたいのだろうということは、彼に対する関りから予想できるのである。
 今日一日は屋敷になれるために客人としてもてなし、明日から使用人として働いてもらうとして、ルクトルには納得してもらった。それに、仕事を与えると辛いことを忘れられていられるだろう。仕事をしているだけであっても、それを忘れていられるのは彼にとっても大きいはずである。親の死を忘れるなとは言わない。だが、それに引きずられて、彼が幸せな未来を捨てることはダメなのだ。人は幸福のもとに生きる権利があってしかるべきなのであるのだから。

「アラン、また連れて来たんだな。最初見た時は女の子かと思ったけど、男なんだな。うん、あいつ……ルクトルと言ったか。あいつも鍛えようぜ。オレの相手がたくさん増えるのは嬉しいことだからな。優秀な戦士となってくれることだろうな」
「兄さん、いまは使用人としての仕事を覚えるので精いっぱいだから、鍛えている余裕なんてないんじゃないかな。それに、兄さんはもうすぐ学校に通うことになるんだし。ルイス兄さんと一緒に鍛えていればいいんじゃないかな。そのためのカリキュラムを考えているほうが万倍も有意義だと俺は思うけどね」

 俺は、カイン兄さんにルクトルが壊されないように守ることを誓うのである。仕事を覚えながら、剣の訓練などをやっていたら、体が壊れてもおかしくはない。それだけはないように慎重に扱っていくとしよう。まだ体が弱っている時期だと思うし。しっかりと、栄養を取って元気になってもらいたい。まるで、過保護な親のようであるが、今のルクトルはそれほどまでに、弱々しく感じてしまうのであった。
 朝が来た。日差しが俺の頭をだんだんと活性化させていく。背伸びをして、ベッドから起き上がると、ハルたちものそのそと起き上がってくる。彼女たちは朝が弱いのだろうか。俺はカーテンを開けて、日差しが部屋全体に入り込むようにしてみる。太陽から逃げるように俺の陰に入り込んでくる。夜行性の動物かと思いたくもなるが、一足早く目が覚めたルーシィの額にキスをすると、ハルは勢い良く立ち上がり、自分もと求めてきているようであった。しかし、これは一番最初に起きた人に対する挨拶ということにしておいた。そうすれば……いや、やめておこう。俺はハルの額にもキスをした。俺は圧力に屈してしまった。弱い男である。意思の弱い男であった。
 着替えが終わり、扉を開けるとそこには使用人服をしっかりと着こなしているルクトルが立っていた。……スカートであった。俺は、勘違いをしていたのかもしれない。ルクトルもまた女性だったのかとショックを受けている。確かに中性的であるが、ここまで他人の性別がわからないとはどういうことかと自分に問いかけたくなるほどであった。俺の目は節穴で出来ているのすら怪しくなってきている。盲目の人の方が、人の性別を見分けるのは長けていることだろう。俺は、盲人にすら劣るのである。しかし、ロングスカートの使用人服を着ているルクトルの姿は、まだ服装に振り回されているように感じながらも、そこそこにまとまっており、それなりの美しさと気品を持っている。

「お、おはようございます、ご主人様」
「おはよう、ルクトル。……そうか、君は女の子だったんだね。とっても可愛らしいよ。綺麗な姿をしている。やはり、君のようなきれいな女の子は、それに似合う格好をさせるべきだね」
「あ、いえ、その……わたしは男ですよ。これは先輩方に無理やり着せられてしまったものです。決して、わたしの趣味というわけでは……」

 俺は、隣に立っている使用人を睨み付けるように見やる。しかし、彼女はなんてことないように立っているのである。反省らしきものが見て取れないのであった。もしかしたら、彼が、男であると勘違いしている可能性もある。娘でありながら息子として育てられたことで、自分が女だと認識していないことだって有り得るだろう。しかし、そんなことが隠されているようには見えないのである。女だと認識していないなんて、嘘でなければあり得ないだろう。俺はそれを信じている。

「どうして、女性の格好をさせているのかい? ルクトルは男なのだろう。ならば、それに見合った格好をさせるというのも先輩の務めではないのかね」
「ルクトルは、とても綺麗な顔立ちをされていますので。我々女性としても羨ましいものですから。女の子らしい格好をさせてみたところ、とてもお似合いでしたので。そのままにしているということです。それに、彼に似合う格好をさせているのですから、アラン様の言うことにも従っているように見えませんか」
「つまりは、君たちがルクトルに嫉妬をしたから、嫌がらせもわずかな目的としてこのような格好をさせているということかな? だとしたら、今すぐにでも止めさせてほしいのだけれども」
「いえ、彼は人形のように美しいので、我々がただ着せ替え人形のように遊んでしまったというだけでございます。たしかに、可愛らしい顔つきには嫉妬もしますが、その程度のことで小さな子供を虐めようなどと思うほど人間は腐っておりませんので。まあ、遊んでしまったことには申し訳なさもありますが、この美しい姿をアラン様にお見せしないのはもったいないと思ってしまったも仕方ないとは思いませんか」

 なるほどわかった。しかし、彼がこの格好についてどう思っているかというのも大事だろう。先輩の使用人たちが自分を虐めていると思っているのだとしたら、やめさせる必要がある。それをまずは確認しなくてはならないことは明白であった。

「ルクトルはどうなんだい? やっぱい、男物の格好をしたいのではないかい? 正直な気持ちを聞かせてほしい。先輩たちからしっかりと守ってあげるよ。恐れなくても大丈夫なんだ。俺が必ずついている。悪いものすべてから、守ってあげるさ」

 俺は、彼の手を握って、安心させるように囁いた。やはり、彼は不安なのだと思う。だから、俺が守ってあげると伝えてあげることで言いたいことも言えるようになるだろう。そういう思いがあった。彼は今、ここに一人でいるのだ。できるだけ味方でいる必要がある。俺はその一人目となるべきである。

「わたしは、アラン様が喜んでくれるような存在になりたいと思っております。ですから、アラン様が、この格好を綺麗と言ってくださいましたので、わたしはこれでも構いません。それとも、ご主人さまはこの衣装でいられると迷惑なのでしょうか。それでしたら、わたしはすぐに着替えてきます」

 しかし、ルクトルから発せられた言葉は、俺の予想を裏切るようなものであった。全く考えていないことを発したのである。俺の頭はぽかんと考えることを放棄したのか、真っ白になっているのである。
 俺は慌てたように、頭を振って意識を戻すと彼はじっと俺のことを見ているのである。潤んだ瞳でねだるような顔つきであった。男でありながら女性らしいのだ。わざとかと疑うほどだった。だが、その瞳に俺がわずかに押されているというのも事実であった。

「……つまり、ルクトルは俺が気に入っているから、この格好でもいいというのかい? だが、君は男だろう。自分の本心としてはこの格好は恥ずかしいし、今すぐにでも着替えたいと思っているのではないかね?」
「いえ、そんなことはありません。……嘘です、少しは恥ずかしいです。ですが、ご主人様に綺麗だと、かわいいと、言われました。その嬉しさの方がわたしの心には強く残っています。ですから、わたしはこの格好が好きになってしまいました。ですので、この格好で過ごしていたいのです」

 俺はもう何も言えなかった。この格好を気に入ってしまったのだから。しかも、俺の言葉でだ。君は男だろうと言いたくもなるが、こういう性格なのだからどうしようもないとも諦めてしまった。女を心の中に飼っているのだ。彼は。彼でありながら彼女であるのだ。それに、彼なりに俺に好かれようという努力の結果なのだろう。そんなことをしなくても俺は彼を愛しているのだが、彼はその愛に理由がほしいのだろう。だから、女装をすることで、俺に愛されている理由を作っているのだろうか。

「そうか、わかったよ。だが、一つ覚えていてほしい。俺は、ルクトル。君がそのような格好をしなくても、君を愛しているということは忘れないでほしい」

 俺は、彼の瞳をしっかり見て言ったのであった。彼の心に届いたのかはわからない。しかし、届いてほしいという思いだけはしっかりと乗せることが出来たと信じているのである。そういうものであった。

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