天の仙人様

海沼偲

第65話

 地面はただひたすらに白かった。さくさくと、音を立てながら庭を歩いている。足跡が地面についているのだ。俺は空を見る。同じほどに白かった。地面と空、そのすべてが白く。それ以外にはなかった。白い世界とはこれのことを言うのだと納得できるほどに視界には白という情報しか存在しないのである。ひらひらと、空から降ってくる。俺はそれを一つ手のひらに置き、見てみる。結晶が幾何学的に美しく形作り、それを眺めているだけで何時間でも時間をつぶせそうであると感じていた。
 体がブルリと震えた。息も白く吐き出される。防寒着を着ているから、恐ろしいまでではないのだが、やはり寒いものは寒いのである。普通なら屋敷で温まるのも悪くないだろうが、俺はこの景色を見ていたかったのだ。
 ハルたちは少し遠くの場所に三人で遊んでいる。正確には駆けまわっているというほうが正しいかもしれない。アリスが生み出した人形……雪で出来たウサギを周囲に引き連れて遊んでいるのだ。雪のふわりとした感触を残したままにウサギとして形作っているのだ。やはり、感触は良いのだ。俺も触ったが、冷たいウサギであった。冷たい動物という生命の正直から一歩外れたところにいるのだとふと思った。生きていないのにも関わらず、まるで生きているかのように動くこの姿に命を見てしまったということであった。
 俺はその姿を眺めながらなんとなく雪を固めながら椅子を作っている。ゆっくりと腰かけてこの景色を見ているのも悪くはないと思ったわけである。そうしてできた椅子は、切り株のようでずんぐりとしたものであった。椅子と思い浮かべる姿をしているわけではないのだ。ただ、腰かけるものというものでしかない。だが、それも椅子であろう。
 白い地面は、雪を積もらせていて、滑らかに綺麗な白を見せていたのだが、彼女たちが駆けまわるたんびに雪がえぐれて、飛び散り、地面はボコボコになっていく。愛だけではなかった。歩くだけ、走るだけではないのだ。体全てを使っているのだ。ゴロゴロと転がるように巻き込まれて、だんだんと汚れが目立つようになっていくのである。しかし、それもまた美しいものであった。変質であるのだ。
 俺もまねするように地面へと倒れ込む。俺の体に沿うようにして、雪はつぶれるのだろう。形作られるのだろう。跡が残ってしまうのだ。しかし、今も絶えず振り続けている。俺たちが付けた跡は、だんだんと輪郭がぼやけていき消えていく。それもまた良いのである。形が残り続けることは難しいことを伝えているのだから。俺はじっと空を眺めているのだった。こちらへと雪が飛んできているのだ。ゆっくりと直線的に向かってきているように感じて仕方がない。横に振っている雪というのは初めて見たが、それもまた趣があるだろうと思える。
 ルーシィがこちらへ近づいてきており、俺の隣に寝転がる。そして、ぎゅっと抱きしめるのである。防寒着によって、体は普段よりも太くなってしまっているのであるが、それでも、彼女は力を込めて俺に抱きついていた。ゆっくりと体が密着しているのを感じるのである。そこから熱を感じている。俺は外にいながら温かさを感じているのだ。

「アラン、今日は寒いね。でも、アランと一緒にいるとあったかいよ。アランを抱きしめていると、とっても温かくなるの。体がポカポカと熱を持って来ていてね、体の奥底からきゅっとしているの。アラン、大好き。この気持ちが暖かくしてくれているのだと思う。だからね、アラン。あたしは、アランのことが好き、好き好き、大好き。アランと一緒にいられてうれしいよ。嬉しいなんてもんじゃないかもしれない。なんていえばいいのかわからないけど……たぶん、世界で一番幸せなんだと思う」

 彼女の言葉を聞いて、俺も負けじとばかりに彼女を抱きしめる。二人の熱がお互いがお互いを温めるように交わっていくのを感じる。おしくらまんじゅうであった。二人だけで出来る。愛が俺たちの熱をより増幅させていくのを感じるのである。
 俺たちの顔がお互いに向き直る。じっと視線を合わせていく。彼女の吐く息は白いのであった。俺も同じように息を吐くと、白い。その二つの息が俺たちの間で混ざり合って溶けて消えてしまう。俺たちはそれを見つめていた。再び息を吐き出す。そして、また絡まり合い混ざり合い、溶けて消えていくのだ。美しい変化であった。消えつつもそこに残っているのだ。触れば感じることが出来ると確かに思うことが出来るのである。
 息のわずかな熱はお互いに届かない。しかし、俺たちの中心にその熱の力が混ざり合って存在しているのを感じる。そこにあるのだ。二人の愛が混ざり合って、そこにあるようなものである。
 俺たちの目は逸れることなくお互いを見ている。じわじわと近寄っている。鼻がくっついた。そこから熱が交わされているのだ。お互いを行ったり来たりとしているのである。舌が俺の唇に触れる。
 彼女は恥ずかしそうに俺から離れる。俺は上体を起こす。それに続いてルーシィも体を起こした。俺は彼女の手を小さく握った。彼女とのつながりはまだ切れていないのであった。俺の想いがふらふらと、求めるように寄せられていくのである。それから背けることなく向き合うのだ。それはとても美しいことだと知っているのだから。
 彼女はゆっくりと力を入れたり抜いたりしている。俺の手のひらはそれを正確に伝えていく。俺も同じように手のひらに力を入れたりとしている。何かのメッセージ性を持たせているかのように信号を送り合うのだ。ただ、それだけであった。
 俺たちは傍目には何もしていないように見えつつ、お互いだけが理解できるような静かなコミュニケーションを取り合っているという事実に、酔っているのである。そのわずかな力が心地よいのだ。二人の世界でしか通用しない、二人だけの言語が生み出されているのである。それがたまらなくうれしく感じているのである。
 手を握ったまま腕を絡ませる。より密着する。俺も自分から進んでさらに寄っていく。彼女の方を向けば上目遣いで見ているのだ。彼女の愛らしい瞳に吸い込まれていってしまう。唇に柔らかいものが触れた。彼女の唇であった。冷えた世界ですべてが固まるとも知れない中、その中でただ彼女の柔らかさに俺は奪われているのであった。求めているのかもしれない。頬に触れる。そして、唇が触れ合う。再び柔らかく、愛らしく、美しいのであった。
 顔が離れる。視線はお互いを離すことなく見ている。顔が赤くなっている。熱を持っている。蒸気が出ているかのように錯覚すらさせるほどであるのだ。それがたまらないのであるのだ。
 彼女は目をつむる。そして、唇を突き出すようにして要求しているのであった。俺もそれに応えようと再び顔を寄せていくと、彼女の顔はだんだんと離れていってしまった。犯人はもう一人の婚約者であった。
 彼女は怒っているわけではなかった。表情からそれが伝わるのであった。羨ましくもあり、だがそれだけではない何かがあるようであった。彼女だってわかっているのだろう。だが、それだけではないのだ。そういう少女であるのだ。だから愛らしいし、愛しているともいえた。

「二人でイチャイチャしていてずるいよ。私だってアランとイチャイチャしたいのに。一人占めはダメだよ」
「でも、ハルちゃん。ハルちゃんだってアランのこと一人占めしたいでしょ。今日はあたしが一人占めしてもいいでしょ」

 二人は頬を膨らませるようにしながら、俺の腕にしがみつくようにしている。両手に華の状態である。俺は彼女たちを引き寄せてより密着するようにする。これで温かい。寒さをわずかに緩和させることが出来るだろう。
 やはり、ハルは嫉妬しているのである。二人きりになると、俺の唇を常に奪ってくるような積極性を見せているハルなのだが、それでもルーシィが俺と二人きりになったからと言ってキスをしたのならば、すぐ嫉妬に駆られる愛らしさを持っているのであった。

「それに、今日朝起きた時におはようのキスとか言ってしていたじゃん。あたし、あの時起きていたからね。あんなにエッチなキスをしちゃってさ。ハルちゃんって、本当にスケベだよね。アランのことで頭がいっぱいなんでしょう? 頭の中できっと、もっとエッチなことをしているんだよ。変態だよねえ。毎日毎日、変態なことばかり考えてスケベさんなんだね」
「そ、そんなことないもん! そんなエッチなことなんか考えてない! ルーシィこそ、最近発情期に入っているからって、そんなことばかり考えているんじゃないの? アランのクローゼットを開けて顔を突っ込んでいたの知っているんだから! そうやって、エッチな気分を発散させているんでしょ! どっちが変態なんだか」
「は、はあ! そ、そんなことするわけないじゃん! ハルちゃんと一緒にしないでよ! あたしそんなエッチな女の子じゃないもん! そういうことをするのはハルちゃんの方でしょ!」

 俺は静かにさせるように二人の顔を抱き寄せる。髪の匂いが俺の鼻をくすぐっている。彼女たちの女の子らしい匂いである。二人とも、それだけ俺を愛してくれているということでもある。別に、そのことで何か思うことがあるわけがない。でも、そうやって、恥ずかしそうにしているのがとても愛らしいのも事実である。
 俺は、二人に順番に口づけをする。二人して、顔を赤く染めながら、こちらを熱っぽく見つめている。彼女たちは同時に俺の頬にキスをする。寸分の狂いもなかった。二人は似た者同時なのだと深く実感させられる。それを指摘するでもなく、彼女たちもまた気づいたのだろう。むっと頬を膨らませてお互いを見ているのである。

「愛しているよ、ルーシィ、ハル。どんな女の子だとしてもね」

 俺の言葉で何かが外れてしまったのか、俺の胸元に顔をこすりつけるようにしている。俺はその二人の頭をゆっくり撫でているのであった。

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