天の仙人様

海沼偲

第27話 本能の災害と仙人の技術

 キメラの腕が振り下ろされる。ひどい轟音が俺のすぐわきを抜けていく。一歩間違えればぐちゃぐちゃに肉片が散らばってしまうことだろう。俺の拳はその隙間を縫うようにして、脇にねじ込む。ガツンと衝撃が俺を抜けて地面へと向かう。亀裂が走る。
 おかしいな。骨がおかしい。合金か何かというほどの硬度を持っている。
 ジャンボライオンは周囲の生き物が規格外のでかさなため、それに対抗する大きさを求めて大きくなったライオンだ。大きな体を支えるために、骨や筋肉が非常に発達してはいるが、ここまで硬くはないだろう。少なくとも、骨の強度は生物としては強い方かもしれないが、規格を守ったレベルでしかないはずだろう。

「やっぱドラゴンの鱗か。いいや、それだけじゃないよな。骨格になに使ってんだ? 骨を殴っているというより金属を殴っているような感じだ。こちらの拳の方が痛くなるというのは相当に異常なことだからな」

 さすがに、ドラゴンの鱗が表面を守っているとはいえ、俺の攻撃が体の内側まで届かないとは思えないわけだが。骨にまでドラゴンを使っているのか? いや、それはない。ドラゴンは強いが、強度としてならもっと硬いのはいる。しかし、骨に当てているのに、ヒビすら入る気配がないというのは、恐ろしい。何発も殴っていて少しも、ヒビが入っただとかという感触を感じないのだから、よほどのことなのだろう。俺の拳の方が先に砕けてしまう可能性が浮かんできた。
 魔力が口の周りに集まる。ひどく密度の濃い魔力だ。どろどろとして粘り気の強く、からめとるような、不快なもの。それが口の周りに集まっている。魔力の道筋が知覚できるようになる。真っ直ぐに此方へと向かっている。何かを吐き出す気だ。膨大なエネルギーは今にも暴発しそうなほど不安定で、それでありながらしっかりと口に収まっている。ただ、少しの衝撃で爆発することは間違いない。
 キメラの口から、熱線が飛び出した。真っ直ぐに俺に向かって飛んでくる。まだ距離があるというのにもかかわらず、熱気が俺の肌を焼いている。どれぐらいの熱量を持っているのか。熱線の下に生えている草木が一瞬で焦げるほどなのだ。焼けるという現象を起こすことなく、突然に焦げる。恐ろしい火力が向かっていることは間違いない。

「《水土風よ、神威の熱から守る大きな壁となり盾となり、すべての力を抑え込み、あらゆるものは後ろに通すことなどない》」

 地面が盛り上がり、俺の前に壁を作り出す。熱線はそれにあたり、土を焦がす音と、腐乱死体のような気持ちの悪い臭いをまき散らしている。それが収まり、役目を終えた壁はもろく崩れる。短縮詠唱だけでなく、さらにいくつか言葉を追加したのだが、それでも崩れてしまう程度の威力ということか。俺に当たっていたら、蒸発している可能性があるな。
 なんて、物思いにふけっていたからなのだろうか、崩れた隙間からキメラが大口開けて飛び掛かってくる。俺はその大きく開いている穴に向かって拳をぶち込む。牙がかすって腕が血だるまになるが、喉の奥にまで無理やり届かせた衝撃でキメラは吹き飛んだ。おそらく、喉の奥がめちゃくちゃになっていることだろう。俺の手の中には口蓋垂が握りしめられていた。ついでに引きちぎってしまっていたらしい。ぽいとそこらへんに捨てる。どうやら、近くで観戦していたものがいたようで、そのものが捨てられたそれを拾って持って行ってしまった。確か、カゲスミサルだったか。

「《土》」

 生き物は土くれから生まれたという神話があるだろう。それを事実だと認めているかのようで、土の元素により変質した魔力は俺の傷口を埋め、出血を止める。また、元通りのきれいな肌へと治っている。治癒に使うのは土の属性を含んだ魔法であるのだ。俺は手を握ったり開いたりをして、感触を確かめる。問題はなさそうだ。

「がああああ……」

 キメラの口から出血しているのが見えた。口蓋垂をちぎったことは確かだが、まだ修復が完了していないみたいである。ようやく外傷を与えられたのかもしれない。いい情報でもあり、悪い情報かもしれない。なにせ、腕一本を犠牲にする覚悟でないと、キメラにはダメージを与えることは非常に難しいといわれているようなものなのだから。しかし、キメラの異常な耐久力は、体の表面に覆われているところでしか通用しないということが分かったのは大きい。何度も口の中に手を突っ込む必要があるかもしれないということは非常に、辛くはあるが。
 俺は手ごろな岩を砕き、かけら同士をこすり合わせて無理やり削り、手ごろな刃物を作り出した。

「原人の狩りは終わりだ。これからは新人の狩りを見せてやろう」

 俺は一歩踏み込み、キメラの前足を斬りつける。前に、キメラに後ろに下がられて攻撃は空振りに終わる。その隙だらけの体に向かってキメラは体当たりをしてくるわけだが、俺はカウンタを決めるように蹴りを出す。
 キメラは体をわずかによじり、たてがみ代わりになっている針山に俺の足を突き刺す。針がいくつも貫通しており、そこからあふれんばかりの血が出ている。しかも、びりびりと痺れているかのような感覚までもが襲ってきているのである。何かが針の中を流れているのかもしれない

「ぐっ……くそがっ!」

 もう片方の足で、キメラの顔面を蹴ると、その勢いのままに距離をとる。片足で立つことは出来ないだろう。衝撃を逃がすために転がってある程度の距離を手に入れる。
 俺の足は針のせいで、穴だらけであった。そこから、血が流れ出ている。滝のようにあふれているのだ。失血死してもおかしくないとさえ思う。気を骨髄に巡らせることで、無理やり血液を過剰に作らせているのだけれども。そういう無理が通用するのだ、この体は。不死に近い存在が、仙人なのだからな。俺はまだまだ、不老不死には達していないのが惜しいところである。

「そういえばあったなそれ。飾りかと思ったわ。けっこう鋭いな。すっと肉に入ってきてじゃないか。《土よ》」

 俺の足も元通りになる。ちなみに、魔法による治癒をすることで完治できているのは怪我した直後だからである。そうでなければ、完治することは出来ない。特に、後遺症が残るような怪我では。だから、慎重になる必要があるのだが。俺の魔力は潤沢にあるからか、傷を治す程度では魔力量が脅かされることはない。長期戦を覚悟してもらうとしよう。

「すううううううううう」

 俺は空気を思いっきり吸い込んだ。
 仙人が霞を食べて生きていけるというのは間違いではなく、永遠に尽きることのないエネルギーのおかげで、食事によりエネルギーの摂取が必要ないのだ。なので、酸素を補給するための呼吸だけで十分なのである。そのため、仙人には独自の呼吸法がある。無酸素空間でも生きていけるようにというのが主な理由ではあるが。
 大気中に魔力があり、それを呼吸と共に取り込んでいる。だが、呼吸をすれば、簡単に魔力が回復するというわけではない。だが、仙人の呼吸法により、回復を早めることは出来る。

「ひゅううううううううううう。すうううううう」

 たまった。魔力が溜まった。それだけではない、気が、気の巡りが、自然が、大気が、天も地も、そのすべてが巡っていく。俺を起点に、力を、エネルギーを回し巡らし、集められていく。
 俺の体が熱くなっていくのを感じる。万物が俺に貸してくれているのだ。その熱さ、その重みがある。ズシリと感じる。ただ、それだけ彼らも嘆いているのだということの証明でもあった。
 俺は手のひらをキメラに向ける。

「がっ!」

 キメラは驚いたことだろう。突然自分の体が動かなくなったのだから。
 そもそも、仙人は魔力ではなく気力を操る存在である。気の力を使った神通力が仙人の特徴なのだから。
 今キメラは、金縛りにあっている。気の巡りを止めたのだ。体にエネルギーが回らなければそのまま体は動かなくなる。本来であれば見つめるだけでも十分なのだが、俺にはまだまだそのレベルまで技術が達していない。手を向ける必要があるのだ。そして、キメラの体を無理やり止めているに過ぎないのだから、いずれは解ける。その前に俺は近づいた。
 魔石というのは大体心臓部にある。心臓が血液を送るように魔石を魔力を巡らせているからである。血液の流れの力を利用してそこに魔力を乗せる役割を魔石はになっているのだ。
 だから、魔石のある心臓部を全力の拳で殴りつける。
 キメラは魔力によって、無理やり安定を図るものだということを思い出したのだ。だとしたら、魔石を壊せばキメラは動かなくなるかもしれないではないだろうか。俺はそう考えた。
 しかし、魔石は恐ろしく硬い。この世に存在するすべての鉱石、宝石のどれよりも硬度がある物質として知られている。すくなくとも、物理的な衝撃によって壊そうというのはナンセンスである。だが、やってみるしかない。
 一発、二発、三発、四発……。俺の拳はキメラの胸に吸い込まれていく。衝撃をいくら吸収しようが関係ないとばかりに全力で振りぬく。拳からは出血しているが、俺は関係なくぶん殴る。

「《土よ》」

 途中で、魔法を挟んで回復させて、また殴る。拳を握る力がなくなるほどの怪我ではない限り魔法を使ったりはしないが。キメラが動き出す前にどこまで衝撃を与えられるかという勝負である。

「ぐ、ぐがあああああああああああ!」

 動きだした。前足がこちらへと思いっきり振られる。受け流し、地面に落として足で踏みつける。そのまま、脇に拳をねじ込む。両腕だ。両腕の力を使って脇に拳をねじ込んでいくのだ。

「《風よ、嵐よ》」

 脇にわずかに切り傷が生まれる。そこに無理やり手を突っ込む。元の素体となっているジャンボライオンの脇の下の皮であったり肉であったりが薄いために他の部位に傷をつけるよりも楽であるらしい。ぐちゃりと、温かな肉と血液の感触がする。隙間から血が噴き出て俺の体にかかってしまった。血まみれである。恐ろしいまでの悪臭を匂わせているのだ。血液そのものが毒なのではないかと不安になる。背に腹は代えられないとはいえ、まずいことをしてしまった。だが、今はそれを気にしていられるだけの余裕はない。
 俺の手は、しっかりと肉を握っている感触がある。だがそれではだめだ。肉は簡単にちぎれる。しかし、俺がちぎるためには肉ではだめだ。骨を掴まなくては、神経や何やらを引きちぎるだけの強度がない。

「見つけたぞ! もう少し静かにしていてくれよ!」

 俺は、キメラが暴れないように、さらに金縛りをかける。俺とキメラとの肉体が体の中で密着しているおかげで、金縛りの効きが強い。今まさに振り下ろそうとしていた前足がガツンと無理やりに止められて、その反動でわずかに揺れるほどである。ほんのわずかでもいいのだ。動きを阻害するのだ。そうして、骨をしっかりと握りしめることが出来た。

「はあっ!」

 両手を広げ、キメラの足を引きちぎる。肉がまだつながっているが、神経はズタボロである。もう動かすことは出来ないだろう。
 だらりと下がった前足が気に食わなかったようで、キメラは噛みついて完全にちぎり捨てた。べちゃりと遠くで肉が落ちる音が鳴る。

「がああああああああああああああ!」

 キメラは唾を飛ばして吠えている。当然俺に怒りを向けている。俺はそれに答えるようにこぶしを握りなおした。思いっきり傷をつけることが出来た。今度はそこから内側を破壊していくことにしよう。

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品