天の仙人様

海沼偲

第14話 魔力と魔物

 魔力というものはエネルギーの塊である。だが、それでありながら、生命の維持に使われることは一切ない。気の力でのみ命は生き続ける。それはどの生物でも大体は同じであった。
 だが、魔力のエネルギーを運動に使うことは出来る。一般的に肉体強化と言われる技術である。
 人が運動するときに消費されるエネルギーに魔力を上乗せし、瞬間的なエネルギーの使用量と持久力とを大幅に増大させることが出来る技術である。
 エネルギー、ここでは気というが、気と魔力を混ぜ合わせ、そのエネルギーを運動に使用することで瞬間の破壊力と持続的な活動能力が向上する。
 気というのは俺はともかく、他の人から視認することは出来ない。感覚的には感じ取れるが、どういうものかを目で見たり鼻で嗅いだりは出来ない。そういうものと魔力とで混ぜ合わせることは難しいことのように思えるがそうではない。
 魔力というものはそもそも、火であり水であり風であり土であるという幹細胞のような物質である。魔力は個体にも液体にも気体にもなる。その万能性を利用する。
 魔力に水溶性の要素を与え気に混ぜ溶かすのだ。ちなみに、気というものが理解できない人たちは筋肉に混ぜ溶かすらしい。そして、そのどちらの考え方でも問題はない。大半の人は、気を理解できていないから、筋肉へと溶かし込んでいるらしいが。
 水溶性の要素を魔力に与えるために《水よ》などと水の呪文を唱えたり、自分の唾液に触れたりということをする。もっと上の人たちはそんなことをしなくてもいいのだが、未熟者な俺やルイス兄さんはそれが必要である。まあ、それすらもまだなら《魔力をわが血肉へと溶かし込む》などと詠唱する必要があるわけであるが。
 魔力はエネルギーではあるが、人体で生み出されるエネルギーというわけではない。生物の呼吸によって魔力を取り込んでいるのだ。魔法によって放出した魔力は大気を巡り、再び生物の体内へと取り込まれる。完全に独自のエネルギーだ。独自の理論でもって、他のあらゆる現象から独立してしまっているのである。だからだろう。神話でも、魔力は全く別のアプローチで世界に浸透している。
 なぜ、このようなことをふと思いつきつらつらと脳みその中で講釈を垂れているのかというと、俺の周囲には大小様々な生き物が集まっていたためである。その中に魔物がいたためにふとそのようなことを思い出したのだ。

「ぢゅー」

 俺の太ももに力を抜いて寝そべっているネズミ。こいつは魔物だ。カゼネズミと呼ばれている魔物である。
 カゼネズミは空気抵抗をなくすために流線型の体つきをしている。毛も全てが同じ方向に生えており、抵抗を生まないようにぺたんとしてして、硬い。ハリネズミほどの硬さではないが。ふわふわとした感触ではないということだ。
 この魔物の特徴としては、森の中を時速70キロで駆け回ることが出来るという点だろう。走り始めから三秒ほどでトップスピードに達し、それを一分間走り続けられる。それを可能にしているのが魔力である。
 魔物が魔力を使うのは主に、身体能力の上昇のためであり、カゼネズミは外敵から逃げるときに魔力を使用して森の中でも桁外れな速度をたたき出す。一度逃げられれば見つけるのは困難を極めることだろう。平原でさえ、そのレベルの速度を出されたら人間には到底追いつくことは難しいのに、それを森の中で行うのだから質が悪い。
 まあ、その魔物が俺の近くで寝そべっているというのはめったに見ることのできない現象なのだがな。
 カゼネズミと言えば、他の特徴として、時速70キロで走り続けていても、ありとあらゆる障害物をよけ続けられる空間把握能力がある。そのため、カゼネズミが木や岩に激突して死んでいるという報告は今まで一件もないそうだ。それがまた、この魔物の捕獲、または討伐の難易度を跳ね上げている。
 これにはいろんな仮説が立てられているが、一番有力なのは異常に発達した動体視力で障害物を見分けているという説だ。これは、カゼネズミが全速力から直角に曲がることのできる運動能力を有しているという事実から唱えられている。パッと目に入った障害物を無理やり身体能力に任せて避けているのではないかということらしい。書架に置いてあった図鑑にはこの説を前提としたカゼネズミの特徴が書かれているため、たいていの人はそれが共通認識になるだろう。
 そして、カゼネズミ以外にもこの場には魔物がいる。俺の座っている岩のすぐわきで固まって居る魔物だ。名前はオオコウラカメモドキだ。
 陸ガメのような大きな甲羅を背負っているカメみたいな魔物である。が、あの甲羅は魔石で出来ている。だから、甲羅を割っても骨がむき出しにはなったりしないのだ。死んでしまいはするが。
 魔石とは、魔物が体内に所有している物質なのは言うまでもないが、このカメモドキは体外に飛び出すほどの大きな魔石を所有しているのだ。図鑑で見た時にはとんでもない進化を遂げる魔物がいるものだと笑ったものだが、実物を見ると……やはりおかしい。
 とはいえ、この魔石の硬度はワニでもかみ砕くことが出来ず、加工する技術がないために人間も扱うことが出来ない。ちなみに、ワニが噛みつくと歯が砕けて顎が外れるそうだ。
 魔石というものは魔物の魔力量の指標になるもので、同じ体積を持つ魔石と肉体であったら、魔石の方が数十倍もの魔力をため込むことが出来る。で、陸ガメの甲羅相当の魔石を持つこの魔物は体に似合わず、大型の魔物に匹敵するほどの魔力が存在する。
 なぜそんなに魔力を必要とするのかだが、この魔物は一週間に葉っぱ一枚しか食事をとらない。食事で生み出すエネルギーが一週間で葉っぱ一枚分しかないわけだ。そのため、エネルギーを生命維持のために使うだけで空っぽになってしまう。運動することなどできない。だから、膨大な魔力で運動エネルギーの穴埋めをしているのだ。な、バカみたいで面白いだろ。
 しかもこいつカメモドキの名の通り、イグアナの仲間だ。イグアナが運動能力を捨てて甲羅を背負っているのだ。ハチャメチャすぎる。やっぱ生き物って頭おかしいわ。そう思わせてくれる奴だ。ほんと好き。
 お師匠様は自然の力を借り、自然と共に生きるには自然に生きるすべての存在に興味を持ち、愛せと言った。俺は元から動物が好きだったし、動物園とか水族館にも結構な頻度で足を運んだりもした。だから、こういったことを知るのが非常に好きなのだ。それに、魔物が人間を無差別に襲うような物語のような存在ではなく魔力を本能で扱える生き物ということもいい環境だった。地球の生態系ですらトンデモ動物はいたのだ。それに魔力を加えてトンデモ動物にならないわけがなかった。それを知ることに喜びを感じずにはいられない。

「……あっ」

 気づいたら、太陽は高くまで登っていた。昼ごはんギリギリ前といったところだろうか。今から走れば間に合うかもしれない。
 俺は岩から飛び降りると家に向かって全速力で駆け出した。

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