天の仙人様

海沼偲

第12話 呪文と発現

 この世界には魔物がいる。魔物かどうかを分ける決め手は体内に魔石が存在するかどうかである。それがあればたとえどんな生態をしていようと魔物に分けられる。魔物は魔石を体内に有していることにより、魔力を操ることが出来る。それ以外の動植物は知能を持たなければ、魔力を操ろうという発想にそもそも至らないらしい。感知できているのかすら怪しいところではある。
 また、生き物には格が存在し、その格の高さで容姿が変わる。格の高い生物はより美しく綺麗になっていく。これは、いろんな論があるが一番有力なのが『神に近づいているため』である。神は最も気高く美しいのだから、生物としての格が上がればそれだけ美しく綺麗になっていくのだろうというのがまあ、有力である。
 で、俺は仙人という人間の一段階上の格にいるわけだから、美少年、美青年になるのではないかと思っている。前世もそこまで顔は悪くはなかったと思っているし、わざわざ醜くなることを願うわけではないので、素直に喜ばしいことだ。
 ちなみに、これらのことは書斎にあった本に書かれている。俺は本の虫というわけではないが、やることがなければ本を読むのは当たり前である。それに、いろいろと知識が増えていくというのは単純に面白いことだと思っている。だからこそ、俺は本を読むのだ。

「《火よ》」

 俺の手のひらからろうそくほどの火が現れる。魔法だ。魔導言語の辞書もしっかりと読み込んだおかげで、魔法を扱えるようになっている。
 この世界は魔導言語で起こしたい現象を言い表し、魔力を発現させたい箇所に動かせば魔法を扱える。手のひらから火を出したいときは《火は手のひらから現れる》でも、《火を手のひらから出現させる》でも、《手のひらから燃え上がる火よ》でもなんでもいい。それほど柔軟である。その呪文を唱えて、手のひらに魔力を集めるか、手のひらから魔力を放出すれば魔法が完成する。
 また、慣れれば、魔力を集めて俺が先ほどしたような呪文で魔法が起きる。一時期は、この呪文に統一を持たせようとしていたそうだが、同じ呪文を唱えても、どうしてか同じ規格になることはなかった。つまりは、個人によって、最も安定した呪文が存在するということなのだ。
 魔力というものは基本的に四元素のすべてを内包した物質である。火でもあり水でもあり風でもあり土でもある物質なのだ。その何でもある物質にお前は火であるだの水であるだのと働きかける必要がある。最初は魔導言語を使って働きかけるのだが、慣れてきたのであれば――

「ほっ」

 ルイス兄さんは手をこすり合わせて火を起こす。その火はぱちぱちと手のひらの上で暫く燃えているとふっと消滅する。ルイス兄さんの手のひらから魔力が流れていないからである。
 このように魔導言語の詠唱なしに魔法を起こすことが出来る。これは魔法をどれだけ体になじませられるかが重要だ。リハビリと一緒なのだと思っていたが、本当にそのような解釈でいいのだ。歩けない人が歩けるようになるため何度も反復練習するように、魔法を何度も使って体に慣れさせる必要がある。
 とはいえ、ルイス兄さんはまだまだである。手をこすり合わせて摩擦熱を起こし、それを起点に魔力に火の要素を起こさせているのだから。とはいえ、ルイス兄さんの年齢でそれが出来るのはすごいことらしいが。いや、父さんたちはあまり驚いていないからそうでもないのかな? 俺は、魔導言語で元素を指定しなければ魔法が起きない。それでも頑張ったほうである。

「《火と水よ》」

 俺の両掌から火と水が発現する。ルイス兄さんはそれを見て悔しそうな顔をする。兄さんはこれが出来ないからな。俺の自慢である。
 まあ、人によってどちらがやりやすいかというのは変わってくるらしい。ルイス兄さんは魔導言語を使用しないほうがやりやすく、俺は二種以上の元素の同時発現がやりやすいというだけ。魔法はこのどちらかが得意になるらしい。両方できない人はいないそうだ。

「むぐぐぐぐぐ……」
「力むな力むな。それじゃ魔力は動かないぞ。魔力は自然だからな。そうやって不自然な力が働いたら、魔力は何も反応しない」

 カイン兄さんは魔力を動かすように努力をしているようだが、あれはしばらくかかりそうだ。魔力は力んで動くものではないからな。動くことが当然だから動くわけだ。拍手することが出来て当たり前だから拍手が出来るのと同じ理論である。そこで、電気信号がどうのこうのと考える奴はいない。
 魔力は一度動き始めたらとめどなく動き続けるわけだが、俺の魔力は血液と同じ程度にはスムーズに動いていると思う。ルイス兄さんは俺よりも早くに魔力を動かせたために、もっと早い。
 魔力を自力で動かせるようになる人は十人に一人程度らしい。そこまで珍しくはないが、幼稚園児で自分の名前を書けるのと同じくらいには感心される。
 他の魔力を動かせない人たちは他の人から魔力を流し込んでもらい魔力が動いているという感覚を教え込まれ、動かせるようにしていくそうだ。少なくとも、カイン兄さんみたいに力んだら動くものも動かないだろうということはわかるが。では、アドバイスすればいいと思うかもしれないが、アドバイスの仕方がわからない。どんなに優れた魔導士でも魔力を動かせるようになるまでのアドバイスは出来ないのだ。それだけ、魔力が動くということは直観的なものでしかないのである。だが、誰でも出来るようになるのだ。出来ないのなら……まあ、精神病院に通うことをお勧めしよう。

「《火と風よ》」

 俺は上空に向けて手を出しそこから火の竜巻を生み出す。ルイス兄さんはそれを見て、火の玉を生み出し上空へと投げ破裂させる。熱気が降り注いでいる。熱い。

「ずるいよ! オレだってあんなことやってみたいのに!」

 カイン兄さんは大声で不満を漏らす。俺たちはカイン兄さんに見せびらかすように魔力の限界まで空に向けて魔法を飛ばして遊んでいた。

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