天の仙人様
第10話 仙人の感覚
ある夜。いつも通り師匠と武術の訓練をしているときであった。俺たちはいつも、家の庭で修業をしている。今日も同じようにしていたわけである。夜の庭で修業をしていたらうるさいと思われるかもしれないが、それはお師匠様の仙術により、音を漏らさないようにしてもらっているのである。だからこそ、地形が変わらない程度には大きな音を出しても許されるのであった。
「ああ、ここにいましたか鞍馬様」
と、近くの森からひょっこり顔を出してきたのは深くしわが彫られた顔の老人であった。どれほどの歳だろうか。少なくとも顔つきからは今すぐに死んでしまってもおかしくないかもしれないと思えるほどである。
彼は俺のことを見ると目を細めた。
「仙人ですか……。いつの間に……」
「ああ、俺が鍛えている」
「どうりで。なかなかの格をお持ちですな。それに、ひどく清らかな魂です。最後に出会ったのは何十年前だったでしょうか? いえ、何百年前? それにしても、今のご時世にもこのような魂の持ち主はいるものですね。まだまだ、世界を回っていないということでしょうか。私もまだまだ研鑽が足りないというところなのでしょうか」
「そんなもの、俺ですら一緒だ。こいつの前世の時に見つけることが出来なかったのだからな。見つけたのは死んで魂だけが冥界へと運ばれてからなのだ。そうならば、俺も負けているようなもの。やはり、諦めることはいけなかったか」
二人は、悔しがったような顔をしながら、俺のことを見ていた。その視線に耐えられず、俺は剣を振り続ける。その真剣な眼差しにさらされていてもなんてことないようにふるまうには俺はまだまだ未熟なのである。
しかし、老人は俺のことを一目見ただけで仙人だということがわかったらしい。ただの徘徊老人ではなかったようだ。いやまあ、この場所に来ている老人がただの徘徊老人であるわけがないのは当たり前なのだが。老人の格を見れば一目でわかるが、お師匠様には遠く及ばないにしても、迫力のある力が体の中に納まっており、噴き出すことなく巡っている。これだけでも、相当な実力者であるということは言うまでもないのであった。
「アラン=バルドランと申します」
俺はお辞儀をする。しかし、視線を逸らすことが出来ずに相手の足元に視線は置いてある。それでも、相手の動きをとらえることは出来ないだろうな。次元が俺とは一つも二つも違うのだ。
「これはこれは。ご丁寧にどうも」
老人も頭を下げ返した。名前を言わないのだろうか。
「こいつは、五十年という短い月日で仙人へと上り詰めた優秀な奴だ」
お師匠様は誇らしげに話してくれた。五十年の修行で早いのか。じゃあ、俺の二年間はどうなのだろうか? おかしくないのだろうか?
お師匠様に質問してみる。
「ああ、そのことか。人はオオカミとして育てられるとオオカミになる。猿として育てられると猿になる。人は大体一年二年で、枠が決まるからな。それだけの話だ」
「なるほど。納得しましたお師匠様」
俺は再び武術の修行を始めるのだが、それを見ていた老人も混ざりたかったらしく、三人で修業をすることにした。
やはり、俺より多くの時を生きているからなのだろうが、無駄というものが全く感じられない。流れるような体の動きは一つの芸術と言ってしかるべきものであった。
「これでも、四百年は生きていますからな。この程度は児戯と一緒です」
自慢でも謙遜でもどちらでもなく、ただ事実を述べているような口調であった。
そのあと、軽く手合わせをさせてもらったのだが、全く歯が立たなかった。自分の動きの無駄の多さが露呈する結果となった。反省点は多い。それを修正しながら、素振りなどをしていく。
で、修正できたと思った頃にもう一度手合わせをしてもらい、反省点を見つけ出す。ここまでぼこぼこにされると悔しくもなんともない。俺の練習相手としか感じない。
「ところで、何しに来たんだ?」
お師匠様は老人に質問した。
「鞍馬様が最近私たちのもとへ来ないから、どうしたのかと様子をうかがってきたのですよ。どうやら、その者に仙術を教えているということがわかったので、あとは帰るだけではありますが」
「なんだ、そういうことか」
「はい、ですからたまにでよろしいのでこちらへ来ていただけると嬉しいのですが」
「わかった、行くとしよう」
「ありがとうございます」
おそらく、仙人が生活をしているところがあるのだろうな。恐ろしく高尚な生活でも送っているのだろうか。俺は少し身震いした。
「お師匠様はこれから行くのですか?」
「いや、すぐには行かないだろう。貴様の修行もあることだしな。しかし、二年程度会わないだけで文句を垂れないでほしいものだがな」
「千年以上生きていないとその感覚にはなれないものでして」
「そういうものなのか?」
「はい。やはり私には人間である感覚というものが抜けきれておりませんから。いまだに我が子たちが冥府の門をくぐることに涙を流す日々でございます。ああ、いっそのこと妻を娶らず、子供を授からず、孤独に生きていれば良かったと後悔するものです」
「とはいえ、四百年ではないか。もうそろそろ半分だ。少しは慣れるだろう?」
「二百年程度の若輩もおりますゆえに、そう簡単ではございませんよ。それに、生まれて数年の赤子もおりますことです」
「そうか……」
「ええ」
老人は呆れたように笑顔を見せた。
この後、老人に仙人としての技術などを教わったりと、太陽が出かかるころまで俺の修行は続いた。
「ああ、ここにいましたか鞍馬様」
と、近くの森からひょっこり顔を出してきたのは深くしわが彫られた顔の老人であった。どれほどの歳だろうか。少なくとも顔つきからは今すぐに死んでしまってもおかしくないかもしれないと思えるほどである。
彼は俺のことを見ると目を細めた。
「仙人ですか……。いつの間に……」
「ああ、俺が鍛えている」
「どうりで。なかなかの格をお持ちですな。それに、ひどく清らかな魂です。最後に出会ったのは何十年前だったでしょうか? いえ、何百年前? それにしても、今のご時世にもこのような魂の持ち主はいるものですね。まだまだ、世界を回っていないということでしょうか。私もまだまだ研鑽が足りないというところなのでしょうか」
「そんなもの、俺ですら一緒だ。こいつの前世の時に見つけることが出来なかったのだからな。見つけたのは死んで魂だけが冥界へと運ばれてからなのだ。そうならば、俺も負けているようなもの。やはり、諦めることはいけなかったか」
二人は、悔しがったような顔をしながら、俺のことを見ていた。その視線に耐えられず、俺は剣を振り続ける。その真剣な眼差しにさらされていてもなんてことないようにふるまうには俺はまだまだ未熟なのである。
しかし、老人は俺のことを一目見ただけで仙人だということがわかったらしい。ただの徘徊老人ではなかったようだ。いやまあ、この場所に来ている老人がただの徘徊老人であるわけがないのは当たり前なのだが。老人の格を見れば一目でわかるが、お師匠様には遠く及ばないにしても、迫力のある力が体の中に納まっており、噴き出すことなく巡っている。これだけでも、相当な実力者であるということは言うまでもないのであった。
「アラン=バルドランと申します」
俺はお辞儀をする。しかし、視線を逸らすことが出来ずに相手の足元に視線は置いてある。それでも、相手の動きをとらえることは出来ないだろうな。次元が俺とは一つも二つも違うのだ。
「これはこれは。ご丁寧にどうも」
老人も頭を下げ返した。名前を言わないのだろうか。
「こいつは、五十年という短い月日で仙人へと上り詰めた優秀な奴だ」
お師匠様は誇らしげに話してくれた。五十年の修行で早いのか。じゃあ、俺の二年間はどうなのだろうか? おかしくないのだろうか?
お師匠様に質問してみる。
「ああ、そのことか。人はオオカミとして育てられるとオオカミになる。猿として育てられると猿になる。人は大体一年二年で、枠が決まるからな。それだけの話だ」
「なるほど。納得しましたお師匠様」
俺は再び武術の修行を始めるのだが、それを見ていた老人も混ざりたかったらしく、三人で修業をすることにした。
やはり、俺より多くの時を生きているからなのだろうが、無駄というものが全く感じられない。流れるような体の動きは一つの芸術と言ってしかるべきものであった。
「これでも、四百年は生きていますからな。この程度は児戯と一緒です」
自慢でも謙遜でもどちらでもなく、ただ事実を述べているような口調であった。
そのあと、軽く手合わせをさせてもらったのだが、全く歯が立たなかった。自分の動きの無駄の多さが露呈する結果となった。反省点は多い。それを修正しながら、素振りなどをしていく。
で、修正できたと思った頃にもう一度手合わせをしてもらい、反省点を見つけ出す。ここまでぼこぼこにされると悔しくもなんともない。俺の練習相手としか感じない。
「ところで、何しに来たんだ?」
お師匠様は老人に質問した。
「鞍馬様が最近私たちのもとへ来ないから、どうしたのかと様子をうかがってきたのですよ。どうやら、その者に仙術を教えているということがわかったので、あとは帰るだけではありますが」
「なんだ、そういうことか」
「はい、ですからたまにでよろしいのでこちらへ来ていただけると嬉しいのですが」
「わかった、行くとしよう」
「ありがとうございます」
おそらく、仙人が生活をしているところがあるのだろうな。恐ろしく高尚な生活でも送っているのだろうか。俺は少し身震いした。
「お師匠様はこれから行くのですか?」
「いや、すぐには行かないだろう。貴様の修行もあることだしな。しかし、二年程度会わないだけで文句を垂れないでほしいものだがな」
「千年以上生きていないとその感覚にはなれないものでして」
「そういうものなのか?」
「はい。やはり私には人間である感覚というものが抜けきれておりませんから。いまだに我が子たちが冥府の門をくぐることに涙を流す日々でございます。ああ、いっそのこと妻を娶らず、子供を授からず、孤独に生きていれば良かったと後悔するものです」
「とはいえ、四百年ではないか。もうそろそろ半分だ。少しは慣れるだろう?」
「二百年程度の若輩もおりますゆえに、そう簡単ではございませんよ。それに、生まれて数年の赤子もおりますことです」
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コメント
ノベルバユーザー602604
ランキングから拝見しました。
とても面白かったです。