覇王の息子 異世界を馳せる
転章 ①
「本当に行ってしまうかい?」
そう言うのは町長だった。対してミノタウロスは―――
「はい」と力強く頷いた。
「この世界を見て回る旅をしようと思います」
「そうかい。強い決心じゃな」
町長はため息をつく。いや、町長だけではない。
ミノタウロスと町長の周囲を多くの人間が取り囲んでいる。
その多くは冒険者たち。過去に迷宮で助けた人たちだった。
だが、それ以外の人々もいる。商人や主婦。それに子供たち。
迷宮から出る事のなかったミノタウロスとは接点がないと思われる人物たち。
だが、ここは迷宮で生計を立てる者達が集まってできた町。
直接的ではないとはいえ、間接的とはいえ、ミノタウロスに救われていたのは冒険者たちだけではなかった。そういう事なのだろう。
「元気でな」「また帰って来いよ」「気をつけろよ」
それぞれが旅路への応援を送ってくる。
そんな彼らに見送られ、ミノタウロスは旅にでる。
もう、素顔を隠す兜は必要ない。町の人々が作ってくれた新しい兜は、再び、この町に戻った時だけ装着しよう。そんな事を考えながら、ミノタウロスは町を出る。
やがて、町の外で待つ曹丕たちと合流した。
――――暗い場所。
ヒンヤリとした空気の流れから、おそらく、この場所が地下なのだろう。
暗い場所。暗闇のよって、その全貌は明らかにならない。
そこがどこなの?どのくらいの広さなのか?肉眼で直視がかなわない場所に何があるのだろうか?
それら、全ての疑問は答える事ができない。
そんな暗闇の中、一ヶ所だけ光が存在している。
そして、その光の中に存在してる人物が2人……いや、その2人は人物なのだろうか?本当に人なのだろうか? それは、まだわかっていない。
1人の名前はユダ。
まるで神話の衣服のように白い布を体に巻き付けるような恰好をしている。
都である『エルドレラ』では《渡人》に対する手続きや案内を担当している男。
この世界に来たばかりの曹丕と関羽と話し、この世界の秘密―――その一片を語った男だ。
そんな彼は、見上げている。
この部屋に存在している、もう1人の人物を。
その人物は椅子に座っている。
豪華な椅子だ。
大国の王が持つ玉座すら敵わない。そんな椅子だ。
――――いや、おかしい。
ユダは姿勢を正した状態で立っている。
……立っているユダが見上げている人物。その人物は座っているのに?
その人物は巨大だ。例えるなら、関羽やミノタウロスを巨躯と呼ぶならば、その人物は巨人だ。
椅子に座ってなお、その巨体は二階建ての建築物に匹敵する大きさ。
闘気……尊敬と畏怖の念によって巨大に見えているだけなのか?
しかし、ユダの周りにある小道具が、その考えを否定する。
例えば、その巨人が飲んでいる酒。葡萄酒のボトルはユダの背丈と同じサイズだ。
まぎれもなく、その人物は巨大である。
彼は、何者か? そんな疑問すら馬鹿らしい。
そんな巨大な人物。そして、ユダが使えるべき人物。
ならば、その人物は――――
『神』
以外あるまい。
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