覇王の息子 異世界を馳せる

チョーカー

ミノタウロスの心と体

 海の香り。窓には、白いカーテンが潮風になびかれている。
 石畳の床。その部屋には机と椅子があるだけだった。
 この部屋には自分1人。
 はて?ここはどこだろうか?なぜ、自分がここにいるのだろうか?
 いや、そんな事よりも――――

 自分は誰だろう?

 「やぁ、おはよう。目が覚めたかい?」

 不意に声をかけられて驚いた。
 この部屋に人はいなかったはずだ。
 しかし、ソイツはいた。しかも、ソイツは部屋の椅子に腰をかけ、本を読んでいる。
 一体、いつの間に?
 さっき、見た時は誰もいなかったはず……
 確かに部屋には誰もいなかったはずなのに。
 ソイツは黒髪。瞳の色も黒い。細い顔に大きな瞳。長い睫毛まつげが特徴的だ。
 体は、線が細い体つきなのに、鍛えられている感じがする。
 服は白い布を体に巻き付けているような奇妙な服装だった。
 しかし、妙に親近感が……いや、懐かしさがこみあげてくる。

 「すまない。もうすぐなんだ。すぐに読み終わるよ」

 ソイツはこちらを見ずに言う。どうやら本の話らしい。
 頬杖をつき、ゆったりと読んでたページを捲るめくる手を速めていく。
 それを自分は―――僕は眺めている。
 ソイツが本を読んでいるのを永延と見ているだけなのに、僕には不思議と苦にはならない。
 暫くして―――
 パタンと本を閉じる音がする。
 どうやら、ソイツが本を読み終えたみたいだ。

 「やるよ」

 ソイツは、手にしていた本を僕へ渡す。
 僕は素直に受け取った。
 童話だろうか?
 その本の表紙には、剣を手にした若者が描かれている。
 そして、牛の頭を持つ巨人が対として描かれていた。

 「この部屋と本はお前にくれてやるよ。じゃな」

 そう言って、ソイツは―――
 いや、ソイツは僕だった。
 もう1人の僕。
 怪物として幽閉され、心まで―――精神と魂まで怪物として堕ちてしまった僕。
 ミノタウロスだった。

 彼は、この部屋を出ていく。
 嗚呼、わかってしまう。
 この部屋は、僕の体で――― 本は心――――
 それを渡すという事の意味。
 去っていく彼に―――ミノタウロスに僕は――――

 「ありがとう。今まで僕の代わりに……ありがとう」

 ただ、それを言うだけで精一杯だった。
 彼は、立ち止まった。
 何か、言葉を探してたみたいだったけど……
 何も思いつかなかったのか、背を向けたまま手を振って、部屋を出ていった。


 

コメント

コメントを書く

「歴史」の人気作品

書籍化作品