覇王の息子 異世界を馳せる

チョーカー

乱れ入る者現る

 さて、目的地である都まで馬車に揺られて5日ほどの距離らしい。
 村を出たのが、宴会の直後であったはずだから、深夜の出発であった。
 ならば、馬車を操っている少女は徹夜で馬を走らせている事になる。
 その時、関羽達には逸る気持ちもあり、直ぐにと出発したのだったが、一眠りして、落ち着くと急ぐ旅ではないという事には気がつく。
 我等の目的・・・・・・。
 いや、関羽の目的は曹家の復権であり、それは想像にすらできない長い時間を必要とするはず。
 それに、あの少女、シンもどこかで休息を取らせなければなるまい。
 今は緊張感からか眠気が抜け落ちている様子だが、いずれ限界を迎えるはず。
 手綱を握ったまま、船を漕いでしまってはたまったものではない。
 馬車から顔を出し、太陽の位置を確認する。丁度、太陽は真上の位置に差しかかろうとしていた。
 頃合と思い、関羽は少女へ休むように声をかけた。
 この時、高所から馬車を見つめる影が2つ。
 いくら、誉れ高い武人である関羽であれ、遠く離れた距離からの視線に気がつく事はできなかった。

 小休憩を取り、少女と馬を休ませる。
 村の者から路銀も渡されていたが、食料も馬車の中に積み込まれている。
 主だったものは、宴会での残り物だそうだ。それも仕来りらしい。
 宴会にしては保存の効く料理が振舞われていた事に今更ながら気がつく。
 関羽とシンが食事を進める一方、曹丕は何をしているのかというと・・・・・・
 朝から同じ体勢のまま書物を読みあさり続けていた。
 着物は着崩れしており、もはや衣服として機能していない。
 同席しているシンは年頃の少女である。彼女も目のやり場に困っているように見える。 
 関羽は、曹丕と行動を共にしているのは、『曹家復興』という曹操の遺言を叶えるためであり、そのためにも厳しいお目付け役を演じるつもりである。
 ゆえに本来の関羽ならば、今の曹丕を「だらしない」と一喝するような場面であったのだが・・・・・・
 その格好はともかく、曹丕の真摯な様子に口を挟む真似せず、黙っている事にしていた。
 それに――― 
 曹丕の真摯な様子。それだけが理由ではなかった。
 少し前から、こちらを伺うような気配に気がついた。
 それに意識を集中させて警戒しているという理由もあったのだ。
 その気配の主は何者であろうか?
 その者から発せられているものは殺意ではない。敵意ではない。
 強いて言えば悪意に近い感情ではあるが、それに何か別物が混ざっていて読みきれない。
 それは、幾千もの戦場を駆け回った関羽ですら、判別ができぬ種類の感情である。
 それもそのはず。関羽とて、かつては、この感情を持ち合わせていたはずである。
 しかし、年を取るごとに、その感情は薄れて消えていく。
 そしてそれは、戦場では発せられる事が皆無の感情と言っても過言ではない。
 悪意に嬉々としたものが混じっている感情。
 それを言葉に直すと『いたずら心』であったのだ。

 殺意や敵意、悪意。 武人として鍛えられた関羽の感性は、そういった敵の感情を読み取る事ができる。しかし、そういった感情を発し、意図的に相手に伝える事のできる者もまた、優秀な武人で証拠である。
 関羽は思考し続ける。
 (この気配。この感情。もんすたという魑魅魍魎ではあるまい。むしろ、名のある武人であるまいか)

 関羽と、何者か。
 二人の感情がぶつかり合い、膨れ上がっていく。
 そして、互いの感情が膨れきり・・・・・・爆発した。
 関羽は青龍偃月刀を手に馬車から飛び出した。
 外に飛び出すと同時に敵影を肉眼で確認する。こちらに向かって駆けてくる者が1人。
 その風貌は、まるで山賊。

 薄汚れた衣服。
 腰まで伸びた髪を自然のままに靡かす姿。
 その者の表情は鬼の如くであった。
 気合の現れか、荒ぶる雄叫びを上げている。
 手にする獲物は剣。

 駆ける相手に駆ける関羽。一瞬で間合いが詰まった。
 相手は、剣を上に掲げてから下へと袈裟斬りを繰り出してくる。
 関羽は逆に、下から上へと青龍偃月刀を跳ね上げる。
 周囲に高い金属音が響き渡る。そのまま、2合、3合と刃を交えた。
 そこから関羽は、相手の武をはじき出す。
 荒々しい風貌と雄叫びに反して、剣擊は基本に忠実である。
 それなりに名のある家のものか?おそらくは、名声ある者から師事を受けている。
 逆に戦場での経験はそれほどでもないか。
 否。あの荒げる奇声は、兵を狂気へと鼓舞させるもの。 相手は一介の将ではなく、それ以上の立場。
 ゆえに武はそれほどのものではなく・・・・・・。
 ないはずなのになぜ? なぜ、我が武と交じりを交わせ続けれるのか?
 もはや何合目のぶつかり合いなのか。相手は、明らかに息が上がり、疲労が見て取れる。
 関羽の身の丈9尺。巨人と言っても良いほどの肉体を有している。
 仮に、関羽と同等の武を持つ者が相手がいたとしても、関羽には勝てない。
 その恵まれた肉体により、遥か上段から繰り出される一撃は、受ける者の体力を、そして腕力を極端に消耗させていく。
 だが、目の前の敵は、明らかに武が劣っているにも関わらず、果てることなく食らいついてくる。
 その姿は、まるで餓えた狼のようだ。

 「そなたの名は?」
 おそらく会話は通じないだろう。しかし、関羽は名を尋ねざるに得なかった。
 相手は動きを止めた。言葉は通じないはずだが、意味は通じたようだ。
 一瞬の迷いの後、口が開き、答えようとしているのが見て取れる。
 

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