覇王の息子 異世界を馳せる

チョーカー

空の『魔王』 欲しがる

 関羽が大の字で空を見上げているのと同じ頃―――
 とある軍隊が進軍を開始していた。

 『第三次魔王討伐部隊』

 これらは曹丕一行が向かっている都『エルドレラ』が保有している軍隊である。
 彼らの目的は、その名前が表す通りに『魔王』の討伐である。
 300年も昔に遷都が行われた旧都『ガラシアーノ』 もはや、遺跡としての価値しかない場所。
 そこの古城に1人の《渡人》が住み着いたのだが・・・・・・
 問題が起こった。
 その《渡人》は自らを『魔王』と名乗ったのだ。
 旧都と言え、周囲に人は住んでいる。
 栄えた都から朽ちた村へと変わっても先祖代々の土地を捨てられず、残り住んでいる者が多数いる。
 その者達が怯え、『エルドレラ』の公的機関に申し出てきたのだ。単純に「怖いから追い出してくれ」という内容で・・・・・・
 単純であるが、彼らの言い分は最もである。
 なぜなら、かつて『ガラシアーノ』を支配していた王は、傍若無人の暴君であり、その異名が『魔王』として現在も伝えられているからだ。
 300年の時は過ぎても、現地に住む者達にとって『魔王』という単語は、あまりにも意味深い言葉なのだ。
 だから、『魔王』を名乗る《渡人》が現れた時、村人達の中には暴力的な行為に及ぼうとした者もでた。
 そして、結果は返り討ちである。
 『魔王』に歯向った者は全て死を・・・・・・
 というわけではない。 多少の擦り傷を負っただけであり、怪我らしい怪我もない鮮やかな返り討ちであった。
 しかし、怪我は怪我である。追い出す言い分はできた。
 だから村人達は、こぞって公的機関に申し立てしたのだ。

 「怖いから追い出してくれ」と・・・・・・


  『第三次魔王討伐部隊』
 その名前の通り、3回目の討伐部隊である。
 最初は、都の公的機関から派遣された簡易武装の憲兵が『自称魔王さん』の立ち退きを法的に執行しようとやってきた。
 相手は国が保護対象としている《渡人》である。
 さらに言えば、どのような文化で育ち、そのような価値感を持っている人物なのか不明である。
 どうにか問題にならないように、慎重に対話を勧めていたらしい。
 しかし、『魔王』は激怒した。
 都には、その時に持ち帰った対話記録を保管されいるが、どこに怒る要素があったのかは、今だに不明である。とにかく、『魔王』は激怒したのだ。 
 そのまま対話の道は閉ざされ、実力行使により立ち退きを目標にした『魔王討伐部隊』が編成されたのだ。
 そして、なんの成果も上げられぬまま『第三次魔王討伐部隊』編成にいたる。
 今回は憲兵ではなく軍部による部隊構成。
 流石に2度もの遠征失敗。国は本気になった。
 もはや、生死は問わいないという事なのだろう。
 部隊の装備は憲兵編成の頃と比べ物にならないほどだ。
 彼らが着込んでいる鎧は分厚く、常人なら歩くことすら困難だ。
 しかし、それらは鎧に秘められた魔力によって羽のような軽さにしか感じられない。
 対魔力の性質も持ち合わせ、通常の魔法なら傷をつける事すらできないだろう。
 そんな彼ら『第三次魔王討伐部隊』の現在は―――

 空を見上げていた。

 場所は旧都『ガラシアーノ』の古城。『魔王』の住み家。
 その場所の上、澄み渡った空。
 そこに、空に、浮かんでいる人間がいた。
 空を飛ぶ。このこと自体は珍しくもない。
 魔法でも初期中の初期であり、例え《渡人》であっても、1ヶ月ほどで会得できるような魔法だ。
 だが、問題は彼の両手へ集まっている魔力量だ。
 周囲の大気に存在している魔力が、うねりを上げて吸収されている。
 もしも、あれが攻撃魔法へ変化させられ、放出されればそうなるのだろうか?
 片手のみで放出された魔力なら、城すら落としかねない威力になるだろう。
 まして、両手なら?
 『第三次魔王討伐部隊』の1人は思った。

 (あぁ、あれは違う。あれは本物の魔王だ)

 その意識は、部隊全員に浸透した。
 彼らは、すぐに対魔力の効果があるはずの鎧を脱ぎ捨て、殆どが裸の状態で逃げ出し始めた。
 対魔法装備の鎧? そんなものが役に立つはずがない。
 あんなものを受けたら、鎧ごと潰されてペッシャンコになってしまう。
 だったら、鎧なんて走るのに邪魔なだけだ。脱いでしまえ。

 全力疾走での撤退を見届け、誰も残っていないのを確認すると『魔王』は吸収した魔力を両手から体に吸収させ、そのまま古城へと着地した。
 自分の体に黒いモヤがまとわりついている事に気がつく。吸収した魔力が、外に漏れているらしい。
 あまり、いい気分がするものではない。だが、この魔力により、死にかけていた体が活性化し、全盛期の若い肉体を取り戻しているのだ。
 不気味な雰囲気を醸し出しているのは不快だが、受け入れなければなるまい。
 『魔王』は「フン」を鼻を鳴らして、不快感を頭の隅へと追いやった。
 見ると従者が迎えに走って来ている。現在、『魔王』に使える、ただ1人の従者である。
 最初は都までの案内人として連れていたのだが、妙に懐かれた。
 都についた後も付いて来て、部下にして欲しいと頼まれた結果、今に至る。
 従者から受け取ったマントを羽織ると、古城の中へと踵を返す。
 無論、向かったのは王の間。
 くたびれ、崩れかけた古城において、唯一と言っても良さそうな価値の高そうな椅子がある。
 『魔王』を椅子に深く腰を沈める。
 自分の人生には空と敵の二つがあればいい。
 若い時にはそう思っていた。
 老いを感じ、空を飛べなくなった時には何を思っていただろうか?
 遠い昔の出来事は思い返せない。おそらくは諦め・・・・・・
 それが、この世界に来て、何かが蘇ってきたのだ。
 やり直したい。だから『魔王』を名乗った。
 だから、怒る必要のない話に激怒してみせたのだ。
 今、自分が望むことは何か?
 それは―――
 戦争だ。

 もはや、自分は狂っているのだろう。
 何かが目的で戦争するのではなく、戦争するのが目的になってしまっている。
 だが、それでいい。この世界に迷い込んでくる《渡人》。
 彼らも、この世界に馴染まぬ者も沢山いる。
 それらを集めて、戦争を起こせば―――

 「さぞかし、楽しいだろうなぁ」

 
 王の間に入ってくる者がいた。
 『魔王』と従者以外にも、もう1人だけ古城の住人がいる。
 老婆である。老婆は元々、この古城を管理するのが仕事だった者である。
 彼女には、ある特技があったために『魔王』は追い出さずにそばに置いたのだ。
 その特技は占いであった。
 『魔王』も住んでいた土地柄、オカルトには知識はあったのだが、この魔法が存在している世界の占いは、魔法と同等の効果があったのだ。

 「何か、動きがあったか?」

 老婆は『魔王』の言葉に返答せず、手にした水晶玉を見せてくる。
 言葉は通じているはずだが、今だかつて老婆が喋っているのを見たことはない。
 確かに使えるから置いてはいるのだが強制しているつもりもない。
 ひょっとしたら、これも古城の管理の仕事の範囲内だと思っているのではないか?
 そんな事も考えていたが、水晶玉に浮かぶ映像を見せられ、そちらに意識を移した。
 水晶玉には、まるでテレビジョンのようなクリアな映像が流れている。いや、それ以上か?
 そして映像には、東洋人らしき2人が戦っていた。

 「これは《渡人》か?」

 その問に老婆は頷く。
 老婆には《渡人》の情報収集を頼んでいる。
 この映像もどこかで実際に行われた戦いなのだろう。
 1人は巨体。中国人であろうか?
 そして、その相手は日本刀を手にしたサムライであった。
 無論、これは先ほど行われた関羽の戦いであったが、『魔王』は両者が何者であるかはわかるはずもない。
 ただ、西洋人の『魔王』に取って、東洋の武人同士の戦いは、理解を超えた戦いに見えた。
 戦いの決着まで見届けた『魔王』は満足そうに微笑みを浮かべる。
 彼らが魔法を得れば、どのような異色な魔法へと変化するであろう。

 「彼らのような人材を手元において戦争がしたい」

 『魔王』は、そう呟いた。

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