覇王の息子 異世界を馳せる

チョーカー

曹丕、生き残る

 敵は複数人。しかも、1人1人がかなりの手練れ。
 それでも何とか、曹丕は生きていた。
 対複数人の場合、最も気をつけねばならないのは背後を取られる事だ。
 例え一騎当千の武人でも―――
 背後に目があるが如く気配を感知できる達人であっても―――
 背後に手があるわけではない。
 腕は2本のみ、一度に扱える武器は、多くても2振り程度。
 どんなに武を極めたところで、人間の機能的な問題から、背後を含めた三方向からの同時攻撃から身を守る術を持たない。少なくとも曹丕は、武術の師からそう教わっていた。
 ゆえに―――曹丕は走る。
 相手を正面に捉えたまま―――
 なんと後ろ向きに走っていた。
 それが速い。後ろ向きの逆走にも関わらず、敵と同等の速さで闇夜を駆け抜けている。
 それは、曹丕が幼き頃から仕込まれた技。
 武人として敵と戦うための技ではない。どんなに惨めであろうと、生き残る事が最優先とした技。
 どんなに強い国でも、戦場で王が命を散らせば、それで戦は終わる。
 1人の命で国を滅びる事がある。それが王の命なのだ。
 だから、王の後継者であった曹丕は、幼い頃から生き延びる技だけを仕込まれていたのだ。

 しかし、今となって、敵の司令官が言った言葉が棘のように曹丕の心に刺さり、
 戦いの最中でありながらも自問自答を繰り返させられている。

  『偶然でも生き残れば、周りは勝手に騒いで称えてくれる』

 これが偶然なものか! この技一つ、どれほどの鍛錬が必要としたかッ!?

  『死ねば、ただ終わるだけ。それは楽な賭けじゃありませんか?』

 楽だと?死の恐怖が楽なものか!
 私は―――

 私は生きたい。生き残りたいぞ!?

 表向きは表情を変えず、しかし、曹丕の心は猛り狂っていた。叫んでいた。
 自身が使用している『生き残るための技』
 敵が指摘した言葉。
 生き残り、『天命』と言う言葉を利用して、箔をつける行為。
 それと一致しているのに気づいて、それを誤魔化していのだ。
 曹丕の心。その心の水面下では、それすらも理解してしまう。


 敵は左右同時から襲い掛かってくる。
 しかし、かれらの武器はククリナイフ。対して曹丕の武器は、通常の剣。
 間合いは曹丕の方が、遥かに長い。
 曹丕は、それを生かし、素早い突きを永延と繰り返す。
 目的はけん制。威嚇で相手の攻撃を止めさせる。
 背後を晒さず、敵と同じ速度で走り続ける。
 こうすれば敵は数の有利を生かせない。
 敵は正面からの攻撃以外の選択肢がないからだ。
 正面からの攻撃を行うには、複数人で攻撃することはできない。精々、2~3人での攻撃のみ。
 だが、それでも、敵は精鋭。
 曹丕の体は無傷とは言えない。今も、額からドロリとした赤黒い液体が顔を濡らしている。

 (だが、私は生きる。生きて答えを見つけてる。天命とは何か?王とは?人間の生き死に答えを)

 その顔は、見る者に『強烈』と二文字を刻み付ける。
 そして、敵の精神すら揺さぶる。
 なぜ、目の前の少年を倒せぬのか?
 自ら強者としての矜持が焦りを生み、技から鋭さを奪う。

 そんな中、司令官の男は冷静に戦況をわきまえていた。

 (そろそろ、他の《渡人》が追いつくかもしれない。撤退の頃合いか?)

 彼らの目的は曹丕たちの命ではない。彼らは私的な理由で戦っているのではない。
 彼らは傭兵である。依頼内容は、新たにやってきた《渡人》の見極め。
 しかし、不意に疑問が湧いてしまった。
 目の前の少年は、なぜ走れるのか?
 そういう鍛錬が染みついているのは体の動きから一目瞭然である。
 しかし、だからと言って・・・・・・。
 この暗闇の中、地面を肉眼で見る事はかなわない。
 そして、草木が覆い茂る、道なき道・・・・・・・
 いや、そんなまさか―――その想像は常識外だった。
 司令官の男は地面を見る。確かに草木で覆われ、道などない。
 だが、この道には、躓きそうな石。あるいは木々の根。地面の凹凸。
 そういう物がない。明らかに、事前に取り除いている。
 それどころか、地面を均しているのではないか?
 今なお、逃げ惑う少年を見る。

 (コイツ。我々が出現する場所を想定して準備していたのか?)
 その考えに至った瞬間、男の背筋に寒気が走った。
 (この少年は、この戦いをどこまで読んでいたのだ?コイツは―――

 面白いッ!?)

 不意に曹丕に対する猛攻が収まる。
 そして、そのまま襲撃者たちは姿を消す。
 彼らの気配が遠退いて行くのがわかる。

 しかし、1人だけ、曹丕の前に残っていた。
 司令官の男だ。

 「我々の雇主は、お前たち新たな《渡人》の実力を知るために我々を襲わせた。
 雇主の目的は知らんが、何をするにしても、お前の事は強く推しておこう。
 少年。お前、名前は何と言う?」

 「・・・・・・曹丕。曹丕子桓という。お主の名前は?」

 「グルカ。グルカ・ヌルだ。本当の名は捨てた。一族の名前を使っている」

 「一族の名前?」と曹丕は不思議そうな顔を見せた。
 それをみた司令官の男―――グルカ・ヌルは笑った。

 「我らの祖父は、お前らと同じ《渡人》だ。グルカ民族と言う民族の生まれから、自分を『グルカ』と呼ぶようになったそうだが、お前は知っているか?」

 その問いに曹丕は首を振る。

 「そうか・・・・・・。まぁいい。また再び会う事になるだろうが、その時を楽しみにしておく」

 そう言い残し、グルカ・ヌルは闇夜に消えた。

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