覇王の息子 異世界を馳せる

チョーカー

曹丕、おかしな決断する

 夜は深い。まだ、日が昇るに早い。
 そんな時間帯。曹丕は村に帰ってきた。
 薄汚れた風貌。衣服は乱れに乱れ、肌蹴ている。
 全身は土の色に染まり、黒く変色した血の後が所々に残っている。
 その立ち振る舞いからは深い疲労が見える。
 呼吸は深く荒々しい。手には抜き身の剣を握り締めている。
 鞘は落としたのか、なくしたみたいだ。
 そんな姿で村に帰ってきたのだ。
 夜の騒ぎに気がつき、家から出てきた村人たちは、曹丕に近づけずにいた。
 彼らも予感しているのだ。近づけば切られる。
 そういう狂気が曹丕から立ち上っている事に・・・・・・

 そんな曹丕に正面から立ち、迎える者もいた。
 関羽だった。
 曹丕と関羽。互いに目が合う。
 そして―――
 「良くぞ、ご無事で。お迎えに上がりました」と関羽は大声を張り上げた。
 その声に曹丕は僅かな反応を見せる。
 「てっきり、森の中で、私の事を捜し回っているものと思っていましたよ」
 生気の失せた瞳に光が戻り、表情から笑みが浮かびあがる。
 笑い声を出そうとしているようだが、うまく口から発せられず、咳き込み始めた。
 「大丈夫ですかな?」と関羽。
 「はて?大丈夫そうに見えますかな?」と曹丕。
 「少なくとも、生きておられるように見えますな」
 「それに違いはありませんね」

 2人ようやく、笑い声を上げた。



 曹丕が泥に塗れた体を湯船で清める。
 汚れが消えて、次に現れたのは痛々しい傷痕の数々だった。
 どの傷も深く、痛みつけられていたが、時と共に、自然と治る怪我であろう。
 そんな自身の体を見ながら、自身の技が自身の命を救った事を知る。
 その湧き出た実感は、言葉に表する事が難しい。
 自分が何に感謝しているのか?喜んでいるのか?それとも怒っているのか?
 あらゆる感情が曹丕の中で渦巻いていた。
 否。今日の出来事は曹丕の感情を大きく揺さぶっていた。
 その余波が出ているのだろう。
 曹丕は、そう結論づけ、深く息を吐いた。
 湯船から上がり、暫くの時間、曹丕は夜風にあたっていた。
 そうして、体から発せられる熱を冷ませていると、なにやら騒がしくなってきた。

 深夜にも関わらず、村人たちは他の村に住む医者を呼んでいたのだ。
 曹丕は問題なしと断っていたのだが「念の為」と村の若者が駆け出して行き、止める暇すらなかった。
 なんともまぁ活きの良い若者か。血気盛んな若者が他者のために、深夜の道を駆け走る。
 「良い村であるな」
 曹丕は自身でも気がつかない声で呟いていた。
 それは、これから、この村を利用しようとする後ろめたさ。あるいは良心の呵責なのかも知れない。

 清潔さを象徴するかのように白一色の男がやってきた。
 それだけで男が医者であるということがわかる。
 医者は曹丕に横になるよう促し、体のあちらこちらを触っていく。
 不思議と心に落ち着きが増していく。
 見れば、曹丕の体を触る医者の両手に薄っすらとした光が見える。
 (魔法・・・・・・であるか?)
 誰にも聞かれぬようにため息を漏らす。

 グルカ・ヌル

 また、あの者と対峙する事があるかも知れぬ。
 ―――否。
 必ず、再び相まみえるだろう。
 首すら刎ね飛ばしても、再生する魔法。
 それに対するならば、私もまた魔法を学ばねばなるまい。
 そもそも旅の目的は都へ行く事。都では《渡人》に対して、最低限生活の保障が約束されているという。そこで曹丕は魔法を学ぶつもりではあったのだ。
 しかし―――
 ここで曹丕が思い浮かべたのはシンの事である。
 彼女が曹丕たちの旅に同行しているのは、案内人としての役割があるからだ。
 彼女には婚約者がいた。それが曹丕たちよりも前に彼女たちの村に現れた《渡人》の案内人として都へ行き、そうして消息を絶った。
 彼女、シンを案内人として選んだのは曹丕だ。
 シンがそれを受けたのは都で婚約者を探すためではないか?
 いまさら、その事を考える辺り、曹丕の『ずれている』部分なわけだが・・・・・・
 この後、曹丕が出した結論は、それよりもさらに『ずれている』答えだった。

 「よし、夜が明ける前に・・・・・・


 夜這るか」

 

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