覇王の息子 異世界を馳せる

チョーカー

曹丕の推測 あるいは願望

 「あのユダという男。嘘をついています」
 
 曹丕から放たれた断定口調。その真意は?

 「彼は『歴史』という言葉を使っていました。多用してたと言ってもいい」
 「確かに」と関羽はユダの話を思い出す。改めて言われてみると、不自然さを感じるが―——
 そうは言っても引っ掛かりを覚える事でもないように思える。
 しかし、曹丕は―——
 「彼にとって、私たちの時代は歴史の一部だという認識なのでしょう」
 そう言った。関羽には意味がわからない。
 されども、曹丕は話を続ける。
 「彼―——いや、ユダだけではありません。この世界に住む人々にとって、私たちは歴史の住民なのです」
 ますます、持って意味が分からない。
 関羽は、必死になって曹丕の言葉を反芻させる。
 『この世界に住む人々にとって、私たちは歴史の住民なのです』
 つまり、それは―——どういう事なのか?意味を咀嚼させる。
 それではまるで……
 「そう、彼等にとって私たちは過去の人物だという事です」
 「……いや、それでは……そんな、まさか…」

 関羽は曹丕の言わんとしてる事を勘付いた。しかし、それはあまりにも荒唐無稽な話。
 だが、その荒唐無稽な話を曹丕は真っ向から口にする。
 「ここは我々の世界から、遠い未来である。そういうことなのでしょう」
 「……」
 笑い飛ばしたい。
 『そんな馬鹿な話はないでしょう』とか、『またまた御冗談を』とか、笑ってしまいたい。
 しかし、関羽の心には『この世界ならあり得ない話でもない』と納得している部分がある。
 心に、その考えが存在し、住み着いてしまっているのだ。
 それ故に否定できない。あり得るとすら思ってしまっている。
 やがて、関羽は―——
 「そう、未来であるか」とポツリと呟いた。
 認めてしまったのだ。ここが未来の世界であると……

 「さて、話を続けましょう。まだユダが嘘をついている『嘘』の部分を話していませんね」
 関羽は深く頷く。
 その視線は真摯なものに変わり、先ほどの動揺や混乱といった感情は消え失せていた。
 「どの様な術かは不明ですが、この世界では過去の偉人を召喚できる。そして、その例えとしてユダは、我々を書物に書かれた物語と表現しました」
 「思い出してみると……そう表現していましたな」
 「ええ、その中で彼は、『こちら側からそちらの世界影響を与えるのは簡単な事』だと言いました。
 また、『既存の物語に文書を書き加えれたり、削除する事もできるでしょう?』とも言ってます」
 関羽は、曹丕のように正確にユダの話を記憶していなかった。
 本当に曹丕が言うような事を言っていたのか、判断には難しい。
 ただ、曹丕の話を聞いていると、「そうだった」と答える以外になかった。……希望を込めて。

 「文書に例えられた我々はどういう存在なのでしょ?これは憶測ですが、歴史という物語に書かれた人物評を切り取って、この世界に書き加えた。ユダ風に言えば、そういう事なのでしょ。ならば―——
 再び、その物語に我らを書き直すと言うのは、本当に不可能だと言えるのでしょか?」

 曹丕の問。
 過去に―——我々の世界にかえれるのではないかという問い。
 それに関羽は正直に答える。
 「……わからぬ。私にわかりません。けれども―——」
 「けれども?」
 「あの男の言葉を信じるならば、我々がこの世界に来たのは偶然ではないという事。意図的に、誰か人間の意志によって、明確に選別されたという。それは感じていました」
 関羽は言葉をつづける。
 「例え、その者が本物の『神』だとしても、我らに詰め寄る権利はあるのでしょう」
 関羽の表情に笑みが浮かぶ。曹丕も「なるほど」と笑う。

 暫く歩くと、シンが馬車の手入れをしているのが見えた。
 それが合図と2人は、この話をやめる。
 しかし、彼らの表情に、この旅が始まってから纏わりついていた『懸念』や『憂い』。あるいは『畏れ』と言った感情が抜け落ちていた。

 「では、これから先、どうされますかね」と関羽は手にした資料に目を落とす。
 「そうですな。まずは、やりたいことがありますね」
 「そう、それは何ですかな?」
 「それは―————」


 

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