覇王の息子 異世界を馳せる

チョーカー

関羽、挑発す

 ドラゴンと関羽。視線と視線が交差する。
 眼から読み取れる膨大な情報量。
 肌が焼けるような感覚。それは威圧感。
 絶対的強者を前に関羽が感じたものは潤いであった。
 渇いていた。これほどまで渇いていたのか。
 戦場で出会った者は、どんなに素晴らしい人物であれ、切り捨ててきた。
 刃を交え、共感し、分かり合い、最後には切り捨てる。
 一度の出会い。そして、死という永遠の別れ。
 その戦いで生き残ってきた。それは、言い換えれば孤独という事である。
 一体、いつから戦場に孤独を感じるようになってしまったのだろうか?
 武人として理解者を自らの手で殺す。最後には自分しか残らない。
 だから、だから……
 今、関羽の心は浮かれ、舞い上がっていた。
 あのドラゴンは、自分の孤独感をかき消してくるほどの強者。

 「曹丕どの、まずは私が……」

 関羽は言葉を言い終えるより早く駆け出していた。
 最早、自身の肉体を押さえつける事すら叶わなかったのだ。
 敗北必至。10戦、戦えば10の敗北。100戦えば100敗北。
 万の戦いならば1の勝機はあるか?
 ならば、勝てる。 1万回戦い、その代償に捥ぎ取る勝利。
 それを引く。1戦目に引く。ならば、私の勝ちだ。
 目前の強者を打ち勝つ。自分よりも遥か高みに聳えそびえ立つ強者を打ち倒す。
 その絶対的な快楽に味わうために関羽は走る。
 走る 走る 走る。 関羽は狂ったかのように走り抜けていく。
 あんなにも離れていた両者の距離が縮まっていく。

 「……関羽 関雲長!!」

 既に関羽の青龍偃月刀はドラゴンへ届く距離―———
 逆にドラゴンの鋭利な牙と爪も関羽へ届く距離―————

 「関雲長!」

 再び関羽は自分の名を高らかに張り上げる。
 ドラゴンは反応しない。
 しかし、関羽は相手が応じるの期待するように、3度目の名乗り上げを行う。

 「やーやーやー 我こそは関雲長であるぞ」
 「……」
 当然ながらドラゴンは応じない。
 次に関羽はドラゴンを睨みつける。
 明確な挑発行為。そう、関羽は挑発しているのだ。
 たとえ相手が自分より上位の強さの持ち主でも―――
 たとえ相手が会話ができぬドラゴンであっても―――
 戦闘を行う前に、戦いの意思を伝える。
 そうでなければ、不意打ちと同じである。
 やるならば、正面から……
 相手の承諾を取ってから……
 例え戦場であれ、例え殺し合いであれ、例え憎むべき相手であれ―――
 関羽は、その美学を行ってきた。
 その考えは、武人よりも運動家アスリートに近い。
 およそ、戦場で戦うには向かない美学。
 しかし――― だからこそ―――
 関羽は、その束縛にも似た美学を持つゆえに、誰よりも戦場で輝く事ができたのだ。

 そして、沈黙は破られる。
 先に動いたのは、当然ながらドラゴンからだった。
 

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