覇王の息子 異世界を馳せる

チョーカー

VSドラゴン ④

 脱出は不可能だと思われたドラゴンの口内。
 二度と開く事はないと思われた堅牢な咢から光が漏れる。
 けれども関羽が、帰還の光に思いを乗せる事はなかった。

 なぜなら―——
 勢いよく吐き出されたからだ。

 口に入り込んだ異物は反射的に吐き捨てるのは当たり前の事。
 それが当たり前に起きたのだった。
 地面に向かっていくその速度。関羽は体を丸めて地面の接触に備える。

 そして訪れた地面との衝突。

 当然の如く、人間技である受け身は通用せず、五体がバラバラになったのではないかと錯角する衝撃。
 痛みはない。あまりにも想定外の衝撃で体が痛覚を麻痺させている。
 意識があるのが不思議―——いや、生きているのが不思議だ。
 感覚が麻痺した体を強引にも動くし、関羽は立ち上がる。
 目前には、のどちんこを突かれた痛みでドラゴンがのたうち回っている。
 巨大な生物が、痛みに苦しんでいる光景は、どこか滑稽で現実感が喪失して見えるが―——
 まぎれもない現実の光景である。
 関羽は青龍偃月刀をドラゴンに向ける。
 しかし、それだけの動作で、均衡を崩した関羽は地面に膝をつく。 
 戦いによる疲労と傷によって体は限界を迎えている。
 だが、関羽は、すぐさまそれが、疲労や傷から来ているものではないと見抜いた。

 「……これは ……毒か!」

 関羽は自身の体を見直す。
 傷に傷が重なっている姿は、壮絶な戦いを物語っている。
 だが、違う。問題は傷ではない。
 体に纏わりついている唾液。ドラゴンの唾液だ。
 人間の唾液に食べ物を消化する機能が備わっているように、ドラゴンの唾液にも消化液の役割が備わっている。
 無機物ですら消化するドラゴンの唾液が人間に対して無害な物であろうか?
 そんな事は断じてあり得ない。
 関羽の視界はぼやけ、意識を繋ぐのが困難になっていく。
 麻痺した肉体から、さらに感覚が抜け落ちていく。
 意識を手放して、倒れてしまいたい誘惑が沸き上がっていく。

 だが———
 厄介な事がさらに起きるものだ。


 口内で、のどちんこを突かれたドラゴン。
 それは、この戦いで初めてドラゴンが受けた痛み。
 それによって、眠っていたドラゴンの主人格が目を覚ました。

 『目を覚ましてみれば……貴様は何者ぞ』

 体の内側から響くような声。それが、本当に声なのかすら疑わしい。
 まさか、今まで戦っていた相手が熟睡していたなど、思いもよらないだろう。
 だから、関羽がその言葉の真意を理解することはない。
 ないが……
 関羽にも理解できることはあった。
 目の前の存在が、さっきまでとは別次元の存在に取って代わった。
 それは関羽も理解できた―——否。理解できてしまった。

 『答えぬか?ならば我が眠りを妨げる者よ。無言のまま灰と化せ』

 ドラゴンの周囲、その空間が歪曲している。
 空中に、いくつもの魔法陣が現れる。
 空間を歪めるほどの魔力量。そこから放たれる魔法とは?
 まるで張り詰められた弓矢の弦が解き放たれるように―———
 関羽に向かって魔法の矢が放たれた。
 

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