クラウンクレイド

さたけまさたけ/茶竹抹茶竹

「4話・KYOUSEI」【クラウンクレイド閉鎖領域フリズキャルヴ】

CCH4-1



 数日後。

 祷は明瀬を人質に取られたことにより、園内に留まることを余儀なくされていた。夜長の語る誰もが安全で幸せな世界を作る。その思想と彼女の魔法によってそれを実現する力、その気概の片鱗を祷は感じ取っていた。

 確かに夜長の魔法は強固な護りとして生存者のコミュニティを維持するのに最適ともいえる。

 ただし彼女の高すぎる理想の軋轢や綻びと言うべきか、園内に不穏な空気が一部あるのも確かだ。先日の一件もそれが露呈した形だった。

 夜長には確かに志の高さと理想に傾倒しがちな側面はあったが、そもそも中学生一人が数百人単位のコミュニティを維持する時点で綻びは出よう。夜長の側近を務める人間も彼女が選出したものであり、それが公正な内政をもたらしているかは疑問だ。

 夜長の言う国の在り様に祷は干渉つもりはさほど無かったが、明瀬を人質に取られているのが直近の問題と言えた。



「つまり、利害は一致するだろ?」



 祷にそう問いかけたのは一人の男だった。祷は現在軟禁状態にあり、絶えず監視の人間が付いている。その監視の中に間者が紛れ込んでいたようであった。

 園内に存在する地下通路、スタッフ用の倉庫の中にいた祷を訪れてきたのは、端的に言うならば夜長に対して反抗を企てる勢力であった。

 男は名を志麻しまと名乗った。

 志麻は細いシルエットと小奇麗なジャケット姿が印象的な若い男であった。

 倉庫の中には志麻と志麻に通じていた見張りの人間だけがおり、絶えず倉庫の外の通路を警戒しているのを察することが出来た。

 祷は志麻に問いかける。



「夜長への反乱を手伝えと?」

「そうだよ、僕らは夜長の支配体制を打ち砕く。君は囚われた相方を助けることが出来る」

「どうやって」

「あの中学生には知っての通り特殊な能力がある。君もだろう?」



 魔法については既に知られているらしい。祷は肯定も否定もせず言葉を返す。



「夜長に対して私は攻撃手段は持ち合わせていない」

「あの能力の弱点を僕たちが知っているとしたら?」

「弱点?」

「あのバリアは地面との隙間がある」



 夜長の魔法は彼女を中心にドーム状の不可視の壁を作り出すもの。彼女の動きを阻害しないために、ドーム状のバリアは共に移動する。ならば摩擦を考慮して接地していない可能性は十分にあった。

 搦手を用いれば対策できる余地はあるということだ。祷は考えを張り巡らせながら志麻に問う。



「夜長と私をぶつけて、それでこの園の人達はあなた達に賛同する可能性は?」

「あの能力を笠に着て夜長は生存者のコミュニティを支配している。君の相方も人質に囚われている状態だ。少なくとも誰も反論出来ない」

「目の前で粛清される様を見せつけられていても?」

「反抗する人間を殺すような人間に皆は不信感を抱いている、必要なのは誰かが行動を起こすきっかけだ」



 夜長のやり方はともかく、彼女の能力なしで、これだけの生存者のコミュニティを維持するのに夜長の能力は必須だろう。夜長に対する反抗心は結構だが、対ゾンビを考えると夜長が居なければ立ち行かない。

 反乱を起こしたとして、その後の明確なビジョンが必要だ。

 夜長が躊躇いなく粛清する場面を目撃している。それでも揺るがない志は立派だが、彼等の集団が目的を遂行できるか不明だ。

 祷はそう考えながらも黙っていた。明瀬を取り返し此処を出ていくことだけが最優先であった。

 祷は応える。



「詳しい段取りを知りたい。私が協力するのは明瀬……人質の彼女の安全確保が絶対条件だ」



 祷の言葉に志麻は自信ありげに頷いた。園内の地図を拡げて彼は指し示す。夜長がいるのは園内の最奥部に位置する城を模したアトラクション内。そこに明瀬もいるという。



「人質をわざわざ手元に置いているということは、恐らく夜長は君を警戒している。いや評価していると言うべきかな。協力させたいはずだ」



 魔女の能力は誰もが欲しがるのは当然、この巨大なコミュニティを維持していくのであれば尚のことだろう。祷はそう推測する。

 祷の持つ焔を操る魔法は対ゾンビに対する攻撃性能のみならず応用性も高い。



「君が夜長に対して協力する素振りを見せて城内に潜入する。僕たちの仲間が協力する」

「数は?」

「三十人だ」

「少ない」

「夜長以外に争乱に対抗できるような人間はいない」



 園内のマップを広げて指し示されたのは、夜長に対する反乱において占拠する場所だった。生活拠点の要となる園内の発電設備を中心に占拠し夜長と交渉を持ちかけるという。



「君が夜長と一悶着起こしている間に僕たちは園内各所で蜂起、制圧。君の人質も解放する。園内を制圧され、夜長に対抗できる君の存在に向こうは交渉に乗らざるを得ない」

「駄目だ、まず屋内での戦闘行為を私は肯定しない。二次被害が起きるリスクが大きすぎる。夜長を屋外、かつ開けた場所まで誘導する計画にして」



 園内のマップと行動計画を確認しながら祷は釘をさす。

 祷の攻撃は炎を伴うものであり、下手すれば園内に引火し、甚大な被害をもたらしかねない。死傷者が出る可能性もある。操作に自信はあったが戦闘となれば保証は出来ない。



「それと私達はこの園内に留まるつもりはない、交渉するのは勝手だが夜長に対する抑止力を期待されても困る。明瀬の奪還を約束してくれるならば、夜長を交渉の席に着かせるまでの手伝いはする、それ以上は求められても困る」



 祷の言葉に志麻は暫く思巡している様子であったが頷いた。



「分かった。決行は二日後だ」



 祷にとって夜長という相手は少なくとも同調は出来ない相手であり、袂を分かつだろうという予感はあった。だが、この反乱行為に意味があるとは思えない。

 志麻達が去っていく。始めから誰もいなかったかのように痕跡を残さぬようにして。

 彼等との接触の半日後。

 祷の監視の交代人員として現れたのは夜長だった。志麻の企みとその内通者が祷の監視員であると疑っている様子もなく、夜長は何を言うわけでもなくその役割を交代した。

 わざわざ訪れてきた理由を祷は問うと夜長は朗らかに言う。



「協力をお願いしたいんです」

「人質を取っておいて?」

「分かってもらえると信じていますから。誰もが幸せに生きることが出来る場所に何の問題があるのでしょうか」



 純粋な物言いに祷は言い返す。



「少なくとも私達はこの場所で生活することに幸福を感じない」

「それは何故ですか」

「目的があるからだ。この壊れた世界を修復する手立てがある」



 祷の言葉に夜長は怪訝そうな表情をつくる。ゾンビによって崩壊した世界で、それを救う手立てがあると淀みなく言い切る姿は何かの教信者のようであるかのように受け取られてもおかしくはない。

 それでも祷には確かな方法と目的があった。

 祷は言う。

 この場所で幸せに生きていくことが出来るのかもしれない。

 幸せになることを強制するようなこの場所も正しくもあるのだろう。

 だが、 閉鎖領域で提供されるそれは祷にとって望む形の物ではないのだ。

 故に、共生は不可能であると。



「君の力でこの場所は守れるかもしれない。だが、私には此処に未来があるとは思えない」

「この世界にまだ未来があるとでも言うのですか」

「私はまだ諦めていない」

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