高校サッカー 〜一人の少年の物語〜

十話『カウンター』

 空に漂っていた厚い雲はところどころ薄れ始めていた。真上に上がった太陽が雲の隙間を縫って乾いた人工芝を照らしだした頃、キックオフを告げる長い笛が鳴り響いた。

「さあ始まりました。静岡県予選三回戦の第二試合、長泉東対函南の試合は、長泉東のキックオフでゲームをスタートさせました」

 長泉東は一旦ボールをセンターバックまで戻すと、そこからチーム全体のポジションを上げるため、前線の選手に向かってロングボールを放り込んだ。

 否、ただ放り込んだのではない。長泉東は前線の選手達の足の速さを生かして、函南サイドバックの頭を大きく超えるロングボールを蹴りだしていた。

 しかし、それは事前のスカウティングで既知の情報だったので、いつもより深くポジションを下げた左サイドバックの高橋は、落ち着いて前方にボールを弾き返した。

「おっけ上手く弾けたな。でも足が速いやつとのマッチングって相当緊張するな。裏取られないように集中しないと」

 高橋の弾いたボールの保持を競って激しい球際の攻防が繰り広げられたが、そのボールはタッチラインを割って函南ボールとなった。

 スローインのボールをキャプテンの浅島に出すと、流石のトラップでボールをコントロールする。そのまま前を向こうとするが、堅い守備が売りの長泉東はそう簡単には仕事をさせてくれない。
 浅島は一旦ボールをセンターバックの斎藤に下げると、そこからいつも通りビルドアップを始めて行く。

 七分程経った頃、函南は初めて長泉東の堅い守備を崩し、前線での攻撃的な姿勢を取れた。ボールを保持しているのは鋭いドリブルが持ち味の鮫島。

 持ち前の能力を活かして敵陣の左サイド深くを抉ると、Uー18日本代表の水上にクロスを上げる。百八十センチの水上だが、そう簡単にはシュートを打たせてもらえない。日本代表の自分を抑え込む相手をなんとか押しのけ、直接ヘディングシュートを放つ。

「ちっ、キーパーの正面かよ。このセンターバック相当やるな」

 次に切り替えようと、水上は後ろを振り返りポジションを下げようとした。だが、その足が思わず止まる。まずい、ディフェンスラインが上がり過ぎている。

「ディフェンス早く下がれ! カウンターが来るぞ!」

 そう叫んだのと同時に、長泉東のキーパーからライナー性の速いボールが前線に送られる。
 ボールは慌てて下がる函南ディフェンスの頭をすり抜け、相手の右ウイングの選手の足元に収まった。

「クソっ、あれほど確認したのに!」

 だが今は愚痴を言っている場合ではない。函南は素早いカウンターに対応するため、全員全速力で自陣に戻っていく。

 しかし、そんな函南を嘲笑うかのように、長泉東の右ウイングはクロスを入れる準備に入った。   こちらのゴール前のディフェンスは四人に対し、相手は五人の選手が函南に襲いかかろうとしている。
 内三人はオフサイドラインを見ながら最前線で駆け引きをしており、残りの二人はやや後方でシュートチャンスをうかがっている。

 右ウイングの選手がグラウンダーのクロスを上げると同時に、最前線の三人の内の一人が抜け出した。それにつられて函南ディフェンスは重心が左に偏ってしまう。

 その隙を突くかのように、ボールは後方で控えていた選手の一人に向かっていく。

「まずい! そこだったか!」

 そう思ったがもう遅い。祐一はその選手にポジションを合わせようとサイドステップで右側に移動する。だが、隙を突かれたためゴールの右側はまだ大分空いている。

 これでは間に合わないと、祐一は相手がシュートモーションに入ったその瞬間、自分の右足に力を込める。ボールが放たれた瞬間に飛び込めるように。

 しかし、祐一が目にしたのは、ドンッという音と共に鋭く飛んでくるシュートでは無かった。

「あっ……」

 ザクッ、という音と共に、祐一の左側に緩やかなシュートが飛んできた。チップキックだ。

 普段なら簡単に取れそうなこのボールが、今日は誰も動かなくなった函南選手の間を抜けて、ゴールネットを揺らした。

「決まりましたー!前半八分、最初に試合を動かしたのはなんと長泉東高校!函南の隙を突いて綺麗なカウンターをバッチリ決めました!」

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