高校サッカー 〜一人の少年の物語〜

九話『激戦前章』

 意識を泥に沈めている最中でも、ずっと考えていた気がした。窓から差し込む光に照らされて、いつのまにか来ていた朝に気づいた。

 祐一は上体を起こし、窓を開ける。新鮮な空気を肺いっぱいに吸い込むと、ほのかにベーコンのやけた香ばしい香りがした。その匂いにつられて食堂へと向かう。

 いつもと変わらない朝の光景。しかし空気は、いつもよりひんやりとしていた。

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「平成二十九年度全国高等学校総合体育大会サッカー競技静岡県予選、三回戦の第二試合は、一回戦から順調に駒を進めてきました長泉東高校、対するはシード枠により三回戦からの登場となります、函南高校です」

「やっぱり初戦ってのは緊張するなー、祐一」

 いつもの気の抜けた表情を浮かべて高橋がそう言う。

「見る限り緊張してる風には見えないんだが……まあ緊張はすぐにほぐれるだろ。でも特に最初は気をつけてくれよ? お前のサイドのやつ、足めっちゃ速いから」

「分かってるって、死ぬ気でついて行くから大丈夫だよ」

 本当に大丈夫だろうか、少し心配になるが、高橋はこれでも県内トップクラスのサイドバックである。心配はいらないだろう、これでも県内トップクラスのサイドバックなのだから。

「……そっか、頼んだよ高橋」

「お前今失礼な事考えていなかったか? ん?」

「いやいや、確かに高橋になら安心して任せられるなーと、そう思っていただけだよ」

「そうか! やっぱり俺は天才だからな、そう思うのも仕方がないよ祐一君、君も頑張ってゴールを守りたまえよ」

 おだててやると、高橋はいつもの得意げな調子でポンと肩を叩いてきた。それに答えて、祐一も高橋の背中を少し強めに叩き返した。

 用具の点検等が終わり、五分程のピッチ内アップの時間が来た。祐一はこの時間を利用して、狭いアップスペースではできなかったロングキックの確認をした。

「能勢、今日もいいキックしてますね、監督」

「うむ、相手はカウンターでの攻めが強いからな、逆にそのカウンターを抑えることができれば、こっちにもチャンスがあるってわけだ。能勢のフィードと、水上あたりの選手でいけるだろう」

 カウンターのカウンターってわけだ、と、にかっとして口から白い歯を光らせながら、監督はフィールド上に向き直った。

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 時刻は正午を過ぎても、太陽は厚い雲に隠れたままだった。だが、キックオフの時刻はもう迫って来ている。

「今日は曇りだぜ、たくさん走れるな」

「それは相手も一緒だから、油断すんじゃねーぞ」

「じゃあ今回もとっとと勝って、全国で大暴れしてこようぜ」

 しゃー!と、全員威勢のいい掛け声を出すと、円陣は広大な緑の絨毯の上に散っていった。

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