高校サッカー 〜一人の少年の物語〜
十一話『逆境』
「さあ追い込まれました函南高校、これを止めないと外ケ浜高校の優勝が決まってしまいます。このまま外ケ浜高校が優勝するのか、それとも今大会素晴らしい活躍を見せている能瀬がPKを止めるのか、まだ勝負は分かりません」
外ケ浜高校の六本目のキッカーが前から歩いてくる。この一本で勝負が決まってしまう。函南高校は文字通り追い込まれた状況にあるわけだが、祐一の口元は少し緩んでいるようだった。
「ふん、俺だって一年の時から苦労してここまで這い上がって来たんだ。このくらいどうにでもできるさ」
些細な表情の変化だか、その表情からは獰猛さが隠しきれておらず、祐一は闘争心を露わにしていた。そして、何よりこの状況を楽しんでいるようだった。
相手がボールをセットする。優勝を目前にしたこの大一番に、相手は緊張を隠しきれていない。何度も深呼吸しているようだか、この分だと『分かりやすい』アクションを起こしてくれるだろう。この状態で完璧なキックをして来たら、称賛の拍手を贈るどころか主演男優賞をくれてやる。さあ、かかってこい。
主審の笛が鳴らされ、キッカーが助走を開始する。左方向に蹴るように見せかけているが、上半身を逆に捻るのが早すぎだ。緊張で焦ってしまったのか、ともかく、後は鋭くボールに飛びつくだけだ。
パチリと、パズルのピースがはまった様にタイミング良く手のひらにボールが当たると、ボールはゴールから外れていった。
「と、止めたー! 能瀬が止めました! 絶対絶命のこの状況をひっくり返しました!」
スタジアムは割れんばかりの歓声に包まれている。外ケ浜の選手は歓喜の表情から一転して、明らかにチーム全体の士気が下がっている。逆に函南の選手は、さっきの張り詰めた空気が消えて歓喜の表情に満ちていた。紛れもなく祐一が試合の流れを変えたのだ。
だかまだ安心は出来ない。スコアだけを見ればまだ振り出しに戻ったに過ぎないのだ。気を緩めすぎるのも良くないだろう。
「そして函南高校七本目のキッカーは……おおっとここで能瀬が登場して来ました。七本目のキッカーはキーパーの能瀬」
そして七本目のキッカーは祐一が務める。
指定の場所にボールをセットして、助走を取る。キーパー側の時は相手との距離が近く感じるのだが、不思議な事にキッカー側に回ってみると、ゴールまでの距離が思ったよりも遠くに感じる。立ち位置を変えるだけでもこんなにも見え方が変わってくるのか。自分も少なからず緊張しているのだと祐一は感じた。
だが問題はない。こういう状況も想定して、しっかりとPK練習はしておいた。練習通りにやればなんの問題もない。
さっきから相手キーパーを観察していたが、このキーパーは少しだけ、ほんの少し早く動いてしまう傾向があるようだ。そこを上手く突けるかどうかが鍵になってくる。
主審の笛が鳴らされた。最初の数歩はゆっくりと、だんだんスピードを上げて、ボールの横に軸足を踏み込む。まだ相手は動かない。そして軸足を振り抜こうとしたその時、微かに、だが確かにキーパーの重心が右に偏ったのを感じた。そしてそのまま、祐一は足を真っ直ぐ振り抜いた。
「決めましたなんとど真ん中! この状況でなんとど真ん中に蹴り込んで来ました! これは流石に予想出来なかったのか、外ケ浜のキーパーも唖然としています!」
かつて、森町高校のキッカーにやられたど真ん中のコースを、祐一もこの場で蹴り込んだ。練習中にも実感したが、このコースは意外にもかなり使える。
もちろん真ん中に蹴り過ぎれば相手に読まれるだろうが、PKという限られた状況の中で、これだけの意外性を出せるのは魅力的だ。
七本目の相手のキッカーがやって来た。やや小柄な選手で、助走は短めだ。おそらくキーパーのタイミングを外す蹴り方を得意とする選手だ。
しかし、この蹴り方をする選手にも祐一は対策を考えていた。それが上手くはまればいいなと、祐一は考えていた。
キッカーが助走を開始した。予想通りこちらのタイミングをずらそうとして来ている。
相手が軸足を振り上げた。祐一は、少し、ほんの少しだけ、左側に踏み込んだ。
それを見るや、相手は一気に体を捻って、祐一から見て右側にボールを蹴り込んだ。――それが祐一の罠だとは気付かずに。
「止めたぁー! 能瀬が止めました! 優勝は函南高校! 今年一つ目のタイトルを掴みとりました!」
仲間たちが一斉に祐一の元に駆け寄る。祐一は、夢にまで見た全国の舞台を制した。
外ケ浜高校の六本目のキッカーが前から歩いてくる。この一本で勝負が決まってしまう。函南高校は文字通り追い込まれた状況にあるわけだが、祐一の口元は少し緩んでいるようだった。
「ふん、俺だって一年の時から苦労してここまで這い上がって来たんだ。このくらいどうにでもできるさ」
些細な表情の変化だか、その表情からは獰猛さが隠しきれておらず、祐一は闘争心を露わにしていた。そして、何よりこの状況を楽しんでいるようだった。
相手がボールをセットする。優勝を目前にしたこの大一番に、相手は緊張を隠しきれていない。何度も深呼吸しているようだか、この分だと『分かりやすい』アクションを起こしてくれるだろう。この状態で完璧なキックをして来たら、称賛の拍手を贈るどころか主演男優賞をくれてやる。さあ、かかってこい。
主審の笛が鳴らされ、キッカーが助走を開始する。左方向に蹴るように見せかけているが、上半身を逆に捻るのが早すぎだ。緊張で焦ってしまったのか、ともかく、後は鋭くボールに飛びつくだけだ。
パチリと、パズルのピースがはまった様にタイミング良く手のひらにボールが当たると、ボールはゴールから外れていった。
「と、止めたー! 能瀬が止めました! 絶対絶命のこの状況をひっくり返しました!」
スタジアムは割れんばかりの歓声に包まれている。外ケ浜の選手は歓喜の表情から一転して、明らかにチーム全体の士気が下がっている。逆に函南の選手は、さっきの張り詰めた空気が消えて歓喜の表情に満ちていた。紛れもなく祐一が試合の流れを変えたのだ。
だかまだ安心は出来ない。スコアだけを見ればまだ振り出しに戻ったに過ぎないのだ。気を緩めすぎるのも良くないだろう。
「そして函南高校七本目のキッカーは……おおっとここで能瀬が登場して来ました。七本目のキッカーはキーパーの能瀬」
そして七本目のキッカーは祐一が務める。
指定の場所にボールをセットして、助走を取る。キーパー側の時は相手との距離が近く感じるのだが、不思議な事にキッカー側に回ってみると、ゴールまでの距離が思ったよりも遠くに感じる。立ち位置を変えるだけでもこんなにも見え方が変わってくるのか。自分も少なからず緊張しているのだと祐一は感じた。
だが問題はない。こういう状況も想定して、しっかりとPK練習はしておいた。練習通りにやればなんの問題もない。
さっきから相手キーパーを観察していたが、このキーパーは少しだけ、ほんの少し早く動いてしまう傾向があるようだ。そこを上手く突けるかどうかが鍵になってくる。
主審の笛が鳴らされた。最初の数歩はゆっくりと、だんだんスピードを上げて、ボールの横に軸足を踏み込む。まだ相手は動かない。そして軸足を振り抜こうとしたその時、微かに、だが確かにキーパーの重心が右に偏ったのを感じた。そしてそのまま、祐一は足を真っ直ぐ振り抜いた。
「決めましたなんとど真ん中! この状況でなんとど真ん中に蹴り込んで来ました! これは流石に予想出来なかったのか、外ケ浜のキーパーも唖然としています!」
かつて、森町高校のキッカーにやられたど真ん中のコースを、祐一もこの場で蹴り込んだ。練習中にも実感したが、このコースは意外にもかなり使える。
もちろん真ん中に蹴り過ぎれば相手に読まれるだろうが、PKという限られた状況の中で、これだけの意外性を出せるのは魅力的だ。
七本目の相手のキッカーがやって来た。やや小柄な選手で、助走は短めだ。おそらくキーパーのタイミングを外す蹴り方を得意とする選手だ。
しかし、この蹴り方をする選手にも祐一は対策を考えていた。それが上手くはまればいいなと、祐一は考えていた。
キッカーが助走を開始した。予想通りこちらのタイミングをずらそうとして来ている。
相手が軸足を振り上げた。祐一は、少し、ほんの少しだけ、左側に踏み込んだ。
それを見るや、相手は一気に体を捻って、祐一から見て右側にボールを蹴り込んだ。――それが祐一の罠だとは気付かずに。
「止めたぁー! 能瀬が止めました! 優勝は函南高校! 今年一つ目のタイトルを掴みとりました!」
仲間たちが一斉に祐一の元に駆け寄る。祐一は、夢にまで見た全国の舞台を制した。
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