高校サッカー 〜一人の少年の物語〜

一話『誓い』

「さあ第九十五回全国高校サッカー選手権大会静岡県予選決勝。函南高校VS森町高校の試合は、延長戦でも決着がつかず、一対一のままPK戦へともつれ込みます」

 十一月に入り、寒さがいっそう増してきたこの頃、静岡県の小笠山総合運動公園エコパスタジアムでは、静岡の頂点を決めるべく二つの高校が死闘を繰り広げていた。
 この試合は地元のテレビ局でも生放送されており、大勢の静岡県民がこの試合をテレビ越しに眺めていた。

「さあこのPK戦を制するのは二年生ながらに今大会スタメン出場し、この決勝戦でも素晴らしいセーブを見せてくれた能瀬祐一がゴールを守る函南か、はたまたU-18日本代表に選出され、地元プロクラブに内定が決まっている宮下浩一擁する森町か、どちらに転がってもおかしくない試合です」

 祐一は感じていた。仲間の想いを、軽く腕を伸ばし、ゴールラインを踏み締めた瞬間、チームの運命が自分に委ねられたのだと、自分に期待を込めた眼差しで見つめるチームメイトの祈りを。
 相手が前から歩いて来る。PKスポットにたどり着くと、念入りにボールをセットし、ゆっくりと助走を取った。こうしてお互いに正対した時、相手も仲間の想いを背負ってここまで来たのだと、その佇まいから伝わって来た。

「先攻は森町高校。このPK戦で静岡の代表が決まります」

 祐一は深く息を吸った。大丈夫、これまでいろんなことを乗り越えてきた。きっと今日の勝負も物にできる、そう自分に言い聞かせた。不思議と心が落ち着いてきた。だかこの燃えたぎる闘志は消えてはいない。心は熱く、だか頭は冷静に。PK戦に臨む前の監督の言葉が胸に沁みた。

 ピーッと、笛が甲高い音を立てて鳴る。キッカーが助走を開始した。正面から見て斜め三十度からの助走。軸足も左を向いている。相手が足を振りかぶり、ボールにインパクトするその瞬間、祐一は迷わず左に飛んだ。

「森町高校一本目のPKを成功させました。ボールは左上の隅に綺麗に突き刺さりました」

 コースは読んではいたが、ボールは上隅に突き刺さった。これはしょうがないと祐一は割り切る。サッカーのPK戦においては、どうしてもキーパーの届かない範囲が出てきてしまう。大事なことは、止めれるボールを確実に止めることだ。

 函南高校一本目のキッカーは、キャプテンの伊澤先輩。伊澤先輩はプレッシャーを物ともせず、綺麗に右隅に流し込んだ。
 その後は両チームとも順調に成功させ、迎えた森町高校の四本目。

「止めたぁー! 能瀬が止めました! 右隅のコースに放たれたボールを片手一本で弾き出しました! 函南一歩リードです!」

 祐一は完璧にコースを読み切り、ドンピシャのタイミングで手のひらに当てて弾いた。
 会場からは歓声が上がり、ピッチ上の仲間を見ると、こちらにガッツポーズを向けている。それに答えるように祐一も片手で拳を握り締め、雄叫びを上げた。ベンチもお祭り騒ぎだ。
 しかしまだ試合は終わっていない。すぐさま意識を切り替えて、次に備えて精神を集中させる。

 次のキッカーはセンターバックの杉原先輩。安定したロングフィードと高い守備能力の持ち主だ。昨日のPK練習でも決めていたし、今日も決めてくれるだろう。

 笛が吹かれ、助走を開始し、鋭く右隅に向かってボールを蹴り込んだ。しかし、そこには一本の手が伸びていた。

「止めたぁー! U-18日本代表宮下もここで止めてきました! 代表としてのプライドがゴールを許しません!」

 杉原先輩も悪いキックではなかった。だか宮下のあのタイミングをピタリと合わせたあの鋭いセービング。U-18日本代表の名は伊達ではない。
 祐一は杉原先輩の所に駆け寄ると、「まだ三対三だ、気にしないでください」と声を掛けた。
 ここが勝負所だと、祐一は意識を集中させる。
ここで止めたら勝利にグッと近づく。なんとしても止めてやると心に誓った。

 笛が鳴り、キッカーが助走を開始する。斜め四十五度、軸足も体の向きも左、しかし、ここで先に動くと逆を突かれる。
 ギリギリまで、キッカーが蹴る場所を変更出来ないタイミングまでグッと堪える。足を振りかぶる。体は左を向いたまま。この瞬間、祐一は全身全霊を込めて左へ飛んだ。
 しかし、ボールは左には来なかった。
 ――祐一が最初にいた位置、ボールはど真ん中に蹴り込まれた。

「なんとこの土壇場でど真ん中に蹴り込みました! 能瀬もこのコースは予測出来ませんでした! 会場からも大きな歓声が上がっています!」

 これはまんまとやられたと、祐一は思った。確かにあのタイミングでは逆のコースに変更することは難しいが――真ん中へコースを変更させることは容易い。ちょっと体を捻るだけでいいのだ。しかし、この土壇場でまさかど真ん中に蹴り込んで来るとは思ってもいなかった。相手キッカーの発想とそのメンタルの強さに心の中で賞賛を送る。
 しかし、ここで負ける訳には行かない。サドンデスに入ろうと、絶対に自分がチームを勝たせる。そう意気込んだ。

 函南高校五人目のキッカーは森崎先輩。決定力に定評があり、この試合でもゴールを決めている。
 笛が鳴る。やや速めの助走から鋭く左隅に蹴り込んだ。そのままゴールに吸い込まれ――

「止めたぁー! 土壇場での勝負強さを見せました宮下! これぞまさしく森町高校の、日本の守護神です!」

 ピッ、ピッ、ピーッと、三回笛が鳴らされる。森崎先輩は地面に突っ伏し、チームメイトは呆然としている。祐一も何も考えられなかった。

 二年生の冬、惜しくも全国大会へ行くことは叶わなかった。

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 試合後、祐一はみんなの悔しそうな表情を思い出していた。そしてその時に自分も覚えた悔しい感情を思い出してした。
 キャプテンの伊澤先輩に言われた。来年は俺たちの分まで勝ってくれと、全国で優勝してくれと。
 祐一はその言葉を心に刻み、全国優勝を成し遂げると誓った。

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