高校サッカー 〜一人の少年の物語〜
『告白と旅立ち』
  少し曇った春の季節、雲の僅かな隙間からはたまに太陽が顔を覗かせ、ややひんやりとした風が肌を撫で付ける。
そんな今日の朝、祐一は一人の少女の家を訪れた。
「あら祐一君、良く来てくれたわね。佳奈なら二階の部屋にいるから上がってちょうだい」
まず祐一を出迎えてくれたのは佳奈の母親だった。
自分の母親と同級生で四十代のはずだが、その肌には潤いと張りがあり、とても四十代には見えない。
「お邪魔します」
「どうぞ、あと、サッカーの強豪校に合格したんですって? おめでとう祐一君、おばさんも嬉しいわ」
そういうと佳奈の母親は口元に優しい笑みを浮かべた。
「ありがとうございます。向こうでも頑張って来ますね」
「ええ、応援してるわ」
そう言い残して、佳奈の母親はリビングへと向かっていった。祐一も佳奈の部屋に向かうべく階段を上る。
しばらくすると掃除機の吸引音が聞こえてきた。掃除の途中だったらしい。
そうこうしているうちに佳奈の部屋の前に着いた。
祐一は跳ね上がり続ける心臓をどうにか押さえようと、深呼吸をする。
いくらか落ち着いたが、まだ胸の部分に痺れるような感覚を残したまま、佳奈の部屋をノックする。
「か、佳奈ー? 祐一だけど、入ってもいいかー?」
しかし返事はない。
「もしかしてあいつ寝てんのかな」
佳奈ならばあり得ることだ、と祐一は思う。
前に一緒に勉強した時に聞いたのだが、毎日二十一時に寝て翌朝の七時まで寝ているらしい。
その時、「どんだけ寝るんだよ!」と祐一はつっこんでしまったのだが、図書館内でのことだったので、周りの視線が痛かったのを覚えている。
「でももう十時だそ。いくら何でも寝すぎだろ」
もう一度ノックしてみたが、返事はない。
思い切ってドアを少し押してみると、ドアが少し開いた。どうやら鍵はかかっていないらしい。
「もういいや、佳奈、入るぞー」
ドアを開けて部屋に入る。中は白で統一されたシンプルな部屋で、右側の本棚には彼女が好んで読む小説がずらりと並んでいて、その横にある机には高校から出された課題のプリントと教科書が広げられていた。
そしてちょうど反対側にあるベッドには、半袖のTシャツにショートパンツの姿で寝ている佳奈の姿があった。
「まだ寝てたのかよ。ってか目に毒だなこれ」
無防備に寝ている佳奈。Tシャツがめくれ、細いくびれのあるお腹が見えており、ショートパンツからはほどよく締まった色白の足が伸びている。
少しばかり釘付けになって見ていると、へその斜め下辺りにうっすらと手術跡のようなものが見えた。
「そういえば前に盲腸で入院してたんだっけ。病院でもこんな風に眠りこけてたんだろうな」
その姿が容易に想像できてしまい思わず苦笑する。
すると、それに反応するかのように佳奈が、「うーん」と気の抜けた声を出し、もぞもぞと動く。
やがて枕元にあるスマホを手に取り、画面をつけた。
「まだ10時か……もう一回寝よ」
「おいいい加減に起きろ」
「あれ……祐一じゃん、おやすみ」
「だからいい加減に起きろって」
この時間になっても惰眠を貪ろうとする佳奈。
みのむしのように布団にくるまっている彼女を起こすために布団をひっぺがす。
「やめてー、祐一のエッチー」
「うるさい。観念してさっさと出てこい」
布団を取られまいと必死に抗う佳奈だったが、奮闘むなしく布団を剥がされ、渋々ベッドから降りた。
「んもーしょうがないなー。それで、今日は向こうに行っちゃう前に会いに来てくれたの?」
「そうだよ」
「こんなに朝早くから来ちゃって。もーちょっと遅く来てよ」
「いやいや全然朝早くないからな。佳奈が寝すぎなだけだ」
「そんな事ないもん」
佳奈は拗ねたのか、少し怒ったような表情をして、下唇を少し突きだした。
そんな仕草をされるたびに、また祐一の心臓はせわしなく跳ね回る。
佳奈は祐一の心臓がそんな風になっているとは思ってもいないようで、不満たらたらの様子で口を開いた。
「どうしたのよ、何で急に黙ったりしてんの」
「いや、佳奈の将来が心配になっただけ」
「余計なお世話よ!」
佳奈の反応が可愛くて、ついついからかってしまう。
こんな他愛もない話をいつまでも続けていたいと心の底から思った。
だが、数日後には自分は旅立ってしまう。その前に、今日は自分の想いを伝えようと佳奈に会いに来たのだ。
「なあ佳奈」
「どうしたの?」
急に真剣な顔つきになった祐一を見て、佳奈が不思議そうに首をかしげている。
こんな可愛い少女との関係も壊れてしまうかもしれないが、その時はその時だ。今やるべき事をしようと祐一は思った。
 そして僅かに強張った唇を開いて–––
「ずっと佳奈の事が好きだった。俺と付き合ってくれ」
この15年間の人生で初めて異性に想いを伝えた。
心臓は先ほどよりも激しく暴れ回り、自分の正面にいる佳奈にもこの鼓動が聞こえていても不思議ではないほどに音を鳴らしている。
しかしそれほど恥ずかしい思いをしているにも関わらず、佳奈の顔から目を背けなかった。
ここで目を背けると、何もかもが台無しになってしまう気がした。
佳奈は祐一の言ったことが信じられないような様子で、ぽかんと口を開けていたが、やがてどこか寂しげな、悲しそうな表情を浮かべて–––
「ごめん、私、今は誰とも付き合えない」
–––なんとなくふられるような気はしていた。
なんせこれから県外の高校に行くのだ。遠距離では厳しい面もあるだろう。
しかしいざそういう風に告げられると、頭の中が真っ白になった。
心に宿した淡い期待とともに、何もかもが消えてしまった気がした。祐一は空っぽの笑顔を佳奈に向けると–––
「分かった。変な事言ってごめんな」
そう言って、部屋を後にした。
――――――――――――――――――――
佳奈は先ほどの出来事を思い出していた。
祐一が部屋から出ていって、せめて玄関までは見送ろうと、慌てて祐一の後について行った。
リビングの廊下の所で母が出てきて、祐一に「もうちょっとゆっくりしていったらいいのにー」と言っていたが、彼は一刻も早くこの場から立ち去りたいと思っていただろう。
彼は、この後用事があると言って母の提案を断り、家の前まで見送りに出ていた私と母に向かって「それじゃあ」と軽く頭を下げて行ってしまった。
母はなんとなく察してしまったのか、気まずそうな顔をしていたが、家の中に戻った時に、「本当に良かったの?」と聞いてきた。私はその質問に答えなかった。
部屋の中に戻り、ベッドに力なく転がりこんだ。
そして悲しさと寂しさが入り交じったような気持ちを抱えながら–––
「ごめんね、祐一」
そう呟くのだった。
――――――――――――――――――――
良く晴れたある日、雲の隙間からは暖かい太陽の光が差し込み、ほんのり暖かくなった風が本格的な春の到来を感じさせる。
今日の朝、ボーイング767が多数名の乗客と一人の少年を乗せて、那覇空港から旅立とうとしていた。
今日はたくさんの人が見送りに来てくれた。
綾人や直樹はもちろん、サッカー部のみんなやクラスメイトが祐一の新たな門出を祝った。
ただ心残りがあるとすれば、今日、佳奈は見送りに来てくれなかった。あんな出来事の後なので仕方のない事かもしれないが、せめて最後に佳奈に会いたかった。
そんな祐一の名残惜しい気持ちを代弁するかのように、ボーイング767もなかなか旅立とうとしない。
すると、「ご案内致します。当機は只今、航空管制塔よりの、離陸の許可を待っております。お急ぎのところ恐れ入りますが、今しばらくお待ち下さい」とアナウンスが流れてきた。
なぜ離陸許可が下りないのだろうと疑問に思っていると、この飛行機よりも先に、航空自衛隊の戦闘機F-15Jが4機、豪快なエンジン音を響かせながら次々と離陸して行った。
どうやらこれのせいで離陸が遅れていたらしい。
戦闘機が飛び立った後、旅客機が離陸のためにゆっくりと滑走路に出る。
途中で携帯を機内モードにしていないことに気付き、慌てて機内モードのスイッチを押す。その直前にメッセージが届いた。
誰からだろうとメッセージを開くと、佳奈からメッセージが来ていて、「今日来れなくてごめんね、向こうでも頑張って!」と書かれていた。
そのメッセージを見て、少し心の中にかかっていたもやもやがすっきりした。
「これから離陸致します。シートベルトをお確かめください」と、再度アナウンスが入った。
そして、ボーイング767は旅立って行った。
そんな今日の朝、祐一は一人の少女の家を訪れた。
「あら祐一君、良く来てくれたわね。佳奈なら二階の部屋にいるから上がってちょうだい」
まず祐一を出迎えてくれたのは佳奈の母親だった。
自分の母親と同級生で四十代のはずだが、その肌には潤いと張りがあり、とても四十代には見えない。
「お邪魔します」
「どうぞ、あと、サッカーの強豪校に合格したんですって? おめでとう祐一君、おばさんも嬉しいわ」
そういうと佳奈の母親は口元に優しい笑みを浮かべた。
「ありがとうございます。向こうでも頑張って来ますね」
「ええ、応援してるわ」
そう言い残して、佳奈の母親はリビングへと向かっていった。祐一も佳奈の部屋に向かうべく階段を上る。
しばらくすると掃除機の吸引音が聞こえてきた。掃除の途中だったらしい。
そうこうしているうちに佳奈の部屋の前に着いた。
祐一は跳ね上がり続ける心臓をどうにか押さえようと、深呼吸をする。
いくらか落ち着いたが、まだ胸の部分に痺れるような感覚を残したまま、佳奈の部屋をノックする。
「か、佳奈ー? 祐一だけど、入ってもいいかー?」
しかし返事はない。
「もしかしてあいつ寝てんのかな」
佳奈ならばあり得ることだ、と祐一は思う。
前に一緒に勉強した時に聞いたのだが、毎日二十一時に寝て翌朝の七時まで寝ているらしい。
その時、「どんだけ寝るんだよ!」と祐一はつっこんでしまったのだが、図書館内でのことだったので、周りの視線が痛かったのを覚えている。
「でももう十時だそ。いくら何でも寝すぎだろ」
もう一度ノックしてみたが、返事はない。
思い切ってドアを少し押してみると、ドアが少し開いた。どうやら鍵はかかっていないらしい。
「もういいや、佳奈、入るぞー」
ドアを開けて部屋に入る。中は白で統一されたシンプルな部屋で、右側の本棚には彼女が好んで読む小説がずらりと並んでいて、その横にある机には高校から出された課題のプリントと教科書が広げられていた。
そしてちょうど反対側にあるベッドには、半袖のTシャツにショートパンツの姿で寝ている佳奈の姿があった。
「まだ寝てたのかよ。ってか目に毒だなこれ」
無防備に寝ている佳奈。Tシャツがめくれ、細いくびれのあるお腹が見えており、ショートパンツからはほどよく締まった色白の足が伸びている。
少しばかり釘付けになって見ていると、へその斜め下辺りにうっすらと手術跡のようなものが見えた。
「そういえば前に盲腸で入院してたんだっけ。病院でもこんな風に眠りこけてたんだろうな」
その姿が容易に想像できてしまい思わず苦笑する。
すると、それに反応するかのように佳奈が、「うーん」と気の抜けた声を出し、もぞもぞと動く。
やがて枕元にあるスマホを手に取り、画面をつけた。
「まだ10時か……もう一回寝よ」
「おいいい加減に起きろ」
「あれ……祐一じゃん、おやすみ」
「だからいい加減に起きろって」
この時間になっても惰眠を貪ろうとする佳奈。
みのむしのように布団にくるまっている彼女を起こすために布団をひっぺがす。
「やめてー、祐一のエッチー」
「うるさい。観念してさっさと出てこい」
布団を取られまいと必死に抗う佳奈だったが、奮闘むなしく布団を剥がされ、渋々ベッドから降りた。
「んもーしょうがないなー。それで、今日は向こうに行っちゃう前に会いに来てくれたの?」
「そうだよ」
「こんなに朝早くから来ちゃって。もーちょっと遅く来てよ」
「いやいや全然朝早くないからな。佳奈が寝すぎなだけだ」
「そんな事ないもん」
佳奈は拗ねたのか、少し怒ったような表情をして、下唇を少し突きだした。
そんな仕草をされるたびに、また祐一の心臓はせわしなく跳ね回る。
佳奈は祐一の心臓がそんな風になっているとは思ってもいないようで、不満たらたらの様子で口を開いた。
「どうしたのよ、何で急に黙ったりしてんの」
「いや、佳奈の将来が心配になっただけ」
「余計なお世話よ!」
佳奈の反応が可愛くて、ついついからかってしまう。
こんな他愛もない話をいつまでも続けていたいと心の底から思った。
だが、数日後には自分は旅立ってしまう。その前に、今日は自分の想いを伝えようと佳奈に会いに来たのだ。
「なあ佳奈」
「どうしたの?」
急に真剣な顔つきになった祐一を見て、佳奈が不思議そうに首をかしげている。
こんな可愛い少女との関係も壊れてしまうかもしれないが、その時はその時だ。今やるべき事をしようと祐一は思った。
 そして僅かに強張った唇を開いて–––
「ずっと佳奈の事が好きだった。俺と付き合ってくれ」
この15年間の人生で初めて異性に想いを伝えた。
心臓は先ほどよりも激しく暴れ回り、自分の正面にいる佳奈にもこの鼓動が聞こえていても不思議ではないほどに音を鳴らしている。
しかしそれほど恥ずかしい思いをしているにも関わらず、佳奈の顔から目を背けなかった。
ここで目を背けると、何もかもが台無しになってしまう気がした。
佳奈は祐一の言ったことが信じられないような様子で、ぽかんと口を開けていたが、やがてどこか寂しげな、悲しそうな表情を浮かべて–––
「ごめん、私、今は誰とも付き合えない」
–––なんとなくふられるような気はしていた。
なんせこれから県外の高校に行くのだ。遠距離では厳しい面もあるだろう。
しかしいざそういう風に告げられると、頭の中が真っ白になった。
心に宿した淡い期待とともに、何もかもが消えてしまった気がした。祐一は空っぽの笑顔を佳奈に向けると–––
「分かった。変な事言ってごめんな」
そう言って、部屋を後にした。
――――――――――――――――――――
佳奈は先ほどの出来事を思い出していた。
祐一が部屋から出ていって、せめて玄関までは見送ろうと、慌てて祐一の後について行った。
リビングの廊下の所で母が出てきて、祐一に「もうちょっとゆっくりしていったらいいのにー」と言っていたが、彼は一刻も早くこの場から立ち去りたいと思っていただろう。
彼は、この後用事があると言って母の提案を断り、家の前まで見送りに出ていた私と母に向かって「それじゃあ」と軽く頭を下げて行ってしまった。
母はなんとなく察してしまったのか、気まずそうな顔をしていたが、家の中に戻った時に、「本当に良かったの?」と聞いてきた。私はその質問に答えなかった。
部屋の中に戻り、ベッドに力なく転がりこんだ。
そして悲しさと寂しさが入り交じったような気持ちを抱えながら–––
「ごめんね、祐一」
そう呟くのだった。
――――――――――――――――――――
良く晴れたある日、雲の隙間からは暖かい太陽の光が差し込み、ほんのり暖かくなった風が本格的な春の到来を感じさせる。
今日の朝、ボーイング767が多数名の乗客と一人の少年を乗せて、那覇空港から旅立とうとしていた。
今日はたくさんの人が見送りに来てくれた。
綾人や直樹はもちろん、サッカー部のみんなやクラスメイトが祐一の新たな門出を祝った。
ただ心残りがあるとすれば、今日、佳奈は見送りに来てくれなかった。あんな出来事の後なので仕方のない事かもしれないが、せめて最後に佳奈に会いたかった。
そんな祐一の名残惜しい気持ちを代弁するかのように、ボーイング767もなかなか旅立とうとしない。
すると、「ご案内致します。当機は只今、航空管制塔よりの、離陸の許可を待っております。お急ぎのところ恐れ入りますが、今しばらくお待ち下さい」とアナウンスが流れてきた。
なぜ離陸許可が下りないのだろうと疑問に思っていると、この飛行機よりも先に、航空自衛隊の戦闘機F-15Jが4機、豪快なエンジン音を響かせながら次々と離陸して行った。
どうやらこれのせいで離陸が遅れていたらしい。
戦闘機が飛び立った後、旅客機が離陸のためにゆっくりと滑走路に出る。
途中で携帯を機内モードにしていないことに気付き、慌てて機内モードのスイッチを押す。その直前にメッセージが届いた。
誰からだろうとメッセージを開くと、佳奈からメッセージが来ていて、「今日来れなくてごめんね、向こうでも頑張って!」と書かれていた。
そのメッセージを見て、少し心の中にかかっていたもやもやがすっきりした。
「これから離陸致します。シートベルトをお確かめください」と、再度アナウンスが入った。
そして、ボーイング767は旅立って行った。
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