最強転生者は無限の魔力で世界を征服することにしました ~勘違い魔王による魔物の国再興記~

kiki

その62 魔王さま、未だ戻らず(中)

 




 ニーズヘッグが待機する魔王城前。
 町中で待機するヴィトニル、ザガン、フォラスから帝国兵が現れたとの報告がプチデーモン越しに届く中、彼女は1人の女と対峙していた。
 その女もまた、兵と同じようにディアボリカの魔王城のある山の付近に転移し、そしてこの場に姿を表した。
 修道服を身につけ、気味が悪いほど慈愛に満ちた笑顔を貼り付ける彼女は、

「ごきげんよう、わたくしはカーリス・フェクティオと申します」

 丁寧にそう名乗った。
 ニーズヘッグは黙ってカーリスと名乗った女を睨みつける。
 女の手には、白く光る宝石が埋め込まれていた。
 それを見てニーズヘッグは気付く。
 あれこそが、光のアーティファクトなのだと。

「ああ善かった、幸いなことに魔王様は不在のようですわね」
「それを狙ってきたのであろう?」
「物事には想定外がつきものですから、特にあのような規格外の方に関しては。ですが不在とわかれば安心です、アーティファクトを奪うという任を安心して遂行することができます」

 まるで自分のことを歯牙にもかけないかのような発言を聞いて、ニーズヘッグは露骨に不機嫌になる。

「ニーズヘッグの名を聞いたことがないのか? 舐められたもんだのう」
「知っていますよ、ドラゴンでしょう? 知った上で言っているのです。あなたがドラゴンだろうと、フェンリルがいようとデーモンがいようと、私たちをこの町に入れてしまった時点で、あなた方の敗北は決まってしまったのですから」
「なに?」

 カーリスがニーズヘッグの疑問に答えるよりも早く、それは始まった。

 ドオォォォン……。

 重く激しい爆発音がディアボリカの町から響いたのだ。
 それも一つだけではない。
 ドォン、ドォンと繰り返し、西、南、東と仲間たちが待機しているはずの場所で、繰り返し何度も何度も爆発が起きている。
 ニーズヘッグのすぐ側で飛んでいるプチデーモンが、ヴィトニルの声を伝えた。

『爆発っ……自爆だと!? 最初からこれが目的……なっ、うそ、だろ……? 自爆したはず、いや、それどころかさっき切り落とした足首だって……なんで、なんであいつら無傷なんだよっ!』

 ザガンとフォラスも同様に戸惑いを見せていた。

『さっき切ったはずだ、なんで元にもどってるんだ! なんでしなないんだ!?』
『再生しているのか、それで自爆を繰り返して……くうぅっ……!』

 声の焦り具合から、逼迫した状況が伺える。
 自爆、再生。
 その2つの単語から、ニーズヘッグはカーリスの戦法が想像できてしまった。

「あら、先にネタバラシされてしまいましたわ、残念」
「アーティファクトの力か」
「いかにも、ですわ。この力のお陰で、わたくしは帝国の、皇帝であるディクトゥーラ様のために何度も体に刻み込んだ自爆術式を発動できる、何度も何度も何度も命を捧げることが出来る! あぁ、なんて素敵なのかしら……ッ」
「似非シスターめが、その格好は神ではなく皇帝を崇拝するためか」
「いずれ神に等しい存在になられる方ですもの、流行の先取りですわ」

 恍惚とした表情で笑うカーリスに不快なものを感じたニーズヘッグは、問答無用で手のひらからブレスを彼女の頭目掛けて放つ。
 見事命中し、首から上が吹き飛ぶものの――すぐさま体から発生した光が頭部へと集中し、そして元の不快な顔に戻ってしまう。
 即死させれば再生すら出来ないのではないかと微かな希望に賭けたニーズヘッグだったが、無駄だったようだ。

「野蛮な人ですね、これだから魔物は」

 即死しても那由多分の一秒の間すら空けずに再生させれば、体から魂が離れていないので治癒は可能――というアーティファクトを作った神の理屈。
 それがカーリスの、そして帝国兵たちの無茶な自爆戦術を可能にしていた。

「野蛮な人とのお付き合いは控えるよう心がけておりますの、だから……早々に終わらせてしまいますね」
「舐めるなと言っておるだろう小娘がっ!」

 再びニーズヘッグがブレスを放つ。
 しかし、その先にカーリスは居ない。

「舐めてなどいませんわ」

 声は背後から聞こえた。
 転移魔法だ、詠唱を予め済ませておき、発動するだけの状態にしていたのだ。
 これが帝国兵の定石手。
 ニーズヘッグは振り向きもせずに、全力で前方に向けて跳躍する。
 転移魔法の話は聞いていたが、ニーズヘッグが実際に交戦するのは初めてだ。
 対応が微妙に遅れてしまうのも仕方ないことだった。

「わたくしの方が強い、というだけですから」

 そう言って、カーリスは体に刻まれた自爆術式を発動させる。

 ドォォオオンッ!

 肉片や骨片を撒き散らしながら盛大に爆発するカーリス。
 しかし、体のパーツだけが時間を戻したかのように元に戻っていく。
 本来なら長い詠唱を必要とするであろう規模の爆発魔法を詠唱無しで発動した挙句、本人は無傷のまま。
 インチキめいたその戦術に歯ぎしりしながらも、ニーズヘッグは必死で爆心地から距離を取ろうとする。
 だが完全に回避することは叶わず、彼女は爆炎に晒されながら吹き飛ばされた。

「あ、ぐっ……!」

 背中が熱い、炎に焼かれている。
 ニーズヘッグの鱗の頑丈さは今の体になっても引き継がれていたが、爆発はその強度を貫通するほどの威力を持っていた。
 人間なら吹き飛ばされて全身バラバラになっている所だろう。

「小癪な真似をぉッ」

 ニーズヘッグは飛ばされながらも空中でバランスを取り戻し、静止した。

「空を飛べるだなんて羨ましいですわ」
「そうか、普通の人間は空は飛べぬのだったな」

 普段からマオを見て感覚が麻痺していたせいで、てっきり相手も空を飛べるものだと思い込んでいた。
 だが、この戦いにおいて実際に飛べるのは彼女だけだ。
 空対地なら圧倒的優位で進められる。
 ニーズヘッグは空高く舞い上がった。
 そして、地表に向けて続けざまにブレスを放とうとするが――

 ドォオオンッ!

 カーリスはなぜか誰も居ない地表で自爆してしまった。

「何をしているのだ?」

 彼女の意味不明な行動にニーズヘッグは首を傾げる。
 しかし次の瞬間、その意図に気づいた。

「ごきげんよう」

 空中に居るはずのニーズヘッグに、ニコリと笑いかけるカーリス。
 彼女は爆発の衝撃を利用して、再生しながら空高く舞い上がっていたのだ。

「やればできるものですね」

 体内での爆発点を微妙に調整すれば、こんな芸当も出来てしまう。
 そして挨拶もそこそこに、彼女は再び爆ぜた。
 ニーズヘッグは爆風を両手でガードしながら後退するも、マオが気に入ってくれた自慢のドレスが破れ、肌が焼ける。

「狂っておるのか、この女っ!」

 ニーズヘッグがそう吐き捨てた。
 狂信者、そんな言葉が彼女の脳裏をかすめる。
 エイシャから話を聞き出したあと、マオとふたりきりになった時、彼がそんな話をしていたのを思い出したのだ。
 帝国はまともじゃない、あれは国家ではなく無条件かつ盲目的に従う狂信者を生み出すための宗教だ、と。
 まったくもってその通りだ、わざわざシスターの格好までして自爆を繰り返すなんて、完全に狂いきっている。
 ブレインリライターでも使わない限り、彼女を変えることは出来ないだろう。

 その後も、カーリスは何度も自爆を繰り返した。
 魔王城上空にまるで花火のような爆発音が鳴り響く。
 距離を取っても、ブレスを放とうとも、カーリスは止まることは無かった。
 その度に爆発を繰り返し、その爆風でニーズヘッグに迫ってくるのだ。
 もちろん普通に飛んでいるニーズヘッグに比べて、カーリスの飛び方はひどくいびつで不格好だ。

「あっはははははははっ、捧げてるっ、わたくしったら命を捧げてるぅぅぅっ! 褒めてぇっ、褒めてくださいましディクトゥーラ様あああぁぁぁんっ!」

 まるでエクスタシーに達しているかのように、骨折した四肢をぶらんとさせながら体を痙攣させるカーリス。
 その姿は一見して滑稽なようにも思えたが、己の体の中身をぶちまけながら、笑顔で猛スピードで迫ってくるシスターという絵面は、ニーズヘッグにとっては恐怖の対象以外の何物でもなかった。

 ドゴォッ!

 自爆のタイミングを見計らい、ニーズヘッグが踵でカーリスを地面に叩きつけようとするも――

「ははははっ、あはははあぁぁぁんっ! ……ぼごっ」

 再び彼女の体は爆ぜ、そして体だけが上空へと戻ってくる。

 ジリ貧だった。
 ニーズヘッグはすでにカーリスを数百回は殺しているはずだ。
 単純な実力ではニーズヘッグの方が圧倒的に上である。
 しかし何度殺しても死なない以上、消耗するのはニーズヘッグの方だけ。
 マオのように無限の魔力があるのなら千日手を続けることもできただろうが、あいにくニーズヘッグの魔力は有限。
 加えて治癒魔法も使えない。

 じわじわと焼けていく肌、強くなっていく痛み。
 彼女はそれに耐えつつも、限界は確実に近づいていた。
 現に、彼女の回避のスピードは落ちてきている。
 それはダメージの増加を意味する。
 ダメージの増加、消耗の加速、回避速度の低下、そんな負のスパイラル。
 それでもニーズヘッグは諦めなかった。
 無駄だとわかっていてもブレスを放ち、時に毒魔法を放ってみたり、神経毒で相手の動きを封じてみたり。
 だがそのどれもが、一度自爆されるだけでリセットされてしまう。

 何が有効な手なのか。
 痛みに耐えながら必死で頭を使う。
 だが思い浮かばない。
 それもそのはず、だってそんなものは存在しないのだから。

「てれ、ぽう、てい、しょん」

 ニーズヘッグが答えのない問いに挑んでいる隙を見て、カーリスが喘ぎめいた声で魔法を発動させた。
 ――テレポーテーション。
 それは帝国が作り出した、短距離の転移魔法。
 もちろん発動のためには詠唱が必要だが、彼女はその詠唱を爆発のどさくさですでに済ませていた。
 カーリスはニーズヘッグの前方から姿を消し、背後に現れる。
 爆発による突進だけを警戒していた上に、消耗しきっていたニーズヘッグは、突然発動した転移魔法に対応できず。
 ぴたり、と。
 カーリスはニーズヘッグを背中から優しく抱きしめた。

「つーかまーえた。うふふっ」

 ぬるりとした人の体温がニーズヘッグを覆う。
 死の感触に、全身が一瞬で粟立った。

「おしまいですわ。それでは、善き殉教を」

 耳元で狂人が天使のように甘く囁く。

「しまっ――」

 ニーズヘッグは自らの失敗を嘆く言葉を言い切ることすらできない。
 カーリスは自爆術式を発動させ――

 ドオオォォオオンッ!

 2人は互いに体の一部を撒き散らしながら、地面へと堕ちていった。





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