最強転生者は無限の魔力で世界を征服することにしました ~勘違い魔王による魔物の国再興記~

kiki

その59 魔王さま、リゾート地で燃え上がる

 




「白い砂浜! 照りつける太陽! そして――青い海だーっ!」

「やっほーい!」と叫びながら、水着姿のグリムが海に向かって走っていく。
 まるで子供のようなはしゃぎように、僕の頬は自然と緩んでいた。

 ここはリートゥスビーチ。
 マルの貴族や王族だけが使えるプライベートビーチだ。
 想像していた人でごった返す海岸とは違い、波のせせらぎだけが聞こえる静かな場所で、純度が高い砂が白く輝いている。
 海の美しさは言うまでもないだろう。
 元から晴れの多い地域ではあるけれど、雲一つない快晴のおかげで、水平線の向こうまで澄んだ天色が広がっている。
 こうやってビートパラソルの下で寝転がって、海を見てるだけでも気分が晴れそうなんだけど――

「マオさまっ、早くこっち来てくださいよ! たのしーですよー!」

 ――グリムがそれを許してくれそうにない。

「はいはい、すぐに行くよ」

 僕はビーチチェアから立ち上がり、グリムの方へ歩いて行く。
 爪先が押し寄せた波に触れる。
 今日始めて感じた冷たさに、海に来たという実感を強く覚えた。
 グリムの言うとおり、見てるだけじゃわからないこともあるってことか。

「隙ありっ!」

 ビシャッ、とグリムの巻き上げた海水が僕の顔を濡らす。
 こいつめ、はしゃいでるからって調子に乗って。

「このっ」
「うっひゃぁ!」

 僕も負けじとグリムに水をかける。
 びしょ濡れに成りながらも彼女は楽しそうだ。

 それからはもう、なりふり構わず、子供のように水をかけあって遊んだ。
 こんな光景、前世で読んだ漫画で見た気がするけど、まさか自分がやる側になるなんて。

「ははははっ……はぁ……ふぅ、やっぱ最高ですね、海って!」
「だね、こんなにはしゃいだのいつぶりだろ。グリムの水着姿も見れたしほんと最高だよ」
「そういえば、水着の感想を聞いてませんでしたね」
「よく似合ってるよ、健康的なグリムのイメージにぴったり」
「いひひ、褒めてもらっちゃいました」

 グリムが着ている白のビキニを見ながらそう答えた。
 褒めさせたくせによく言うよ、嬉しそうだから別に良いけど。
 水着の色のおかげで、健康的な肌色がよく映えている。
 水をはじき光を反射する、ハリのある太ももが眩しいほどだ。

「マオさまは、もっとパツパツの水着を履いてもよかったと思いますよ」
「いやだよ、下心丸見えだし」
「えー、セクシーでいいと思うんですけどね」

 いくらグリムが望もうと、恥ずかしくて着れたもんじゃない。

 さて、こうして僕たちプライベートビーチを使えているのは、もちろんマルの政府に交渉したからだ。
 予定外の魔王の来訪に彼らは大層驚いていた。
 さらに『リゾートに遊びに来ただけ』と言うと、白目をむいて気絶する職員が居たほどだ。
 さすがに”何か起きそうな気がする”っていう、曖昧かつ本当の理由を言うことは出来ないから。

「それにしても、こんな平和な国に何かが起きるなんて信じられませんね」

 遊び疲れた僕たちは、ビーチパラソルの下でトロピカルジュースを飲みながら、そんな話を始めた。

「そんな気がしたってだけだから、何も起きないのが一番だよ」
「でもアーティファクトが帝国の手に渡ったのは事実ですし、全く何も起きないっていうのも、それはそれで不自然です」
「何のために集めたのか、って話になるしね」

 闇のアーティファクトさえあれば破壊神サルヴァが起動するというのなら、その他のアーティファクトは必要ないはず。
 けれど、帝国は全てを欲した。
 そのための理由が――

「……マオさま、あれ」

 グリムがおもむろに空を指差す。
 その先には天高く輝くソールの星がある……はずなのだが。

「ソールの星が、大きくなってませんか?」

 言われてみれば、少しずつこちらに近づいているような気もする。
 いや、あれは本当にソールの星なのか?
 僕にはそれが、隕石じみた巨大な火の玉に見えていた。
 立ち上がり、近づいてくるソレに向けて手をかざす。

「グリム、町に戻って要人たちに安全な場所に避難するよう伝えてきて。できれば地下が望ましいともね」
「じゃああれは……」
「たぶん、魔法だと思う」

 タイミングからして、火のアーティファクトの力である可能性もある。

「できるだけ早く、お願い」
「わかりましたっ!」

 グリムが駆けて海岸を離れていく。
 ある程度距離を取ったことを確認すると、僕は堕ちてくる火の玉に向かって様子見のための魔法を放った。

「ピアッシングレイ!」

 放たれた光線は火球と接触。
 その瞬間――

 ドオオオオォォォオオオォォォォンッ!

 火球は大爆発を起こし、鼓膜が破れるほどの轟音と、吹き飛ばされそうなほどの豪風を周囲に撒き散らした。

「っ、サウンドプルーフ!」

 とっさに自分とグリムの耳を魔法で防護する。
 こんな音、まともに聞いてたら眩暈で動けなくなるっての。
 そして衝撃波でバランスを崩さぬよう踏ん張りながら、目を手で覆い巻き上がる砂を避け、爆発の余波が収まるのを待った。
 グリムは一度こけてしまったものの、すぐさま立ち上がって木を支えにしながら走っていった。
 少し経つとまともに動ける状態にはなったものの、海は砂混じりの茶色い波で荒れ、真っ白だった砂浜も巻き上げられた海水や草木で汚れてしまっている。
 せっかくの絶景が台無しだ。
 僕は空を見上げ、そこに火を纏いながら浮かぶ何者かを睨みつけた。
 ゆっくりと降下してくるその男と視線がかち合う。

「おいおい、こんな大物が居るとは聞いてねえぞおい」

 僕を見て悪態をつく男の手には、赤く輝く宝石が埋め込まれていた。

「火のアーティファクト――」

 まさか人体に埋め込んで使ってるなんて。

「あ、やっぱ魔王サマは知ってんのな。そ、これが火のアーティファクト。で、俺がファルゴ・エルプティオ。5年前、フィナスクラスを主席で卒業したとびきりのエリート様だ、敬えよ後輩」
「行方不明者になってたやつか」

 以前、ヘルマーに学院の卒業者を調査してもらった時、フィナスクラスの卒業生が数人行方不明になっていると聞いた。
 人工モンスターの素材にするには贅沢すぎるから、別の理由で行方をくらましたんだろうとは思っていたけど、帝国に居るとはね。

「そっちも知ってんのかよおい。そうだよ、オレみてーな選ばれし天才は帝国に見初められ、ヘッドハンティングされてる。みんなのびのび、人間を見下して元気に生きてるぜぇ?」
「お前も人間じゃないか」
「ちげえよ、生まれつき持ってるモノが違う。天才は天才だ、人間を支配し、命を弄ぶ権利を持った偉大なる存在だ! それを、エイレネの連中な何もわかっちゃいねえ、理解してくれるのは帝国だけだ!」

 理解と言うか、いいように使われてるだけというか。
 面倒な性格してるけど、餌さえ与えられば御しやすそうだ。

「てめえだってそうだろ? 人間のくせに魔王なんざ名乗りやがって、人間を見下してる証拠じゃねえか」
「見下してはないよ、ただ魔物も人間も区別しない、平等に扱うってだけで」
「魔物も人間も見下してるってだけじゃねえかおい。だから同類なんだよ、同類。その気があるなら俺が帝国に話を通してやってもいいぜぇ? 選ばれし天才だけが生き残る世界に、お前の居場所も用意してやるって言ってるんだ。どうだ、悪い話じゃないだろ?」

 どこかの小悪党が掲げそうな理想だ。
 仮に選ばれし天才だけが残ったとして、天才ってのは例外なくどっか歪んでて、偏屈で、そんな連中しか居ないわけで。
 そんな世界、僕にとっては地獄だ。
 即日飛び降り自殺すると思う。
 だから、まっぴらごめんだね。

「世界からアホが居なくなれば確かに生きやすいのかもしれないけど――」
「だったら来いよ!」
「その場合、真っ先に駆逐されるべきはお前だと思うよ」
「……は?」

 ファルゴの頬がひくつく。
 天才さんは煽り耐性が低いみたいだ。

「あとさ、僕が目指してるのは世界征服なんだよ。征服できる対象が居ないと話にならない。自分たちだけが生き残ればいいと考えているサルヴァ帝国は、そんな僕から見たら器が小さい。みみっちい。自分らの箱庭だけで勝手にやってろ、としか思わない」
「は、はは……ははははっ……ひっ……はっははは……!」
「なのにそんな僕を帝国に誘うとかさ、頭どうかしてるんじゃない? 迷惑なんだよ、世界を滅ぼすとかさ。そういうのは砂場遊びの頃に卒業してるはずだ。今日び子供だってそんなワガママ言わないよ? 大人になりなよ、ハタチのおにーさん」
「はは……あっはははははははははは! ひゃあははははははははっ!」

 ファルゴは狂ったように笑い、そして――火のアーティファクトが埋め込まれた右手を、天高く掲げた。
 ……来るか。

「へへっ……クソ生意気な後輩さんは、確かイメージした魔法をそのまま使えるとかいう、ふざけた力を持ってるんだったよなぁおい」

 どこから漏れてるんだか、僕の個人情報はばっちり帝国に伝わってるみたいだ。

「俺はさらに上を行く。イメージなんて要らねえ、炎はすでに、俺の体の一部なんだよおおおおおぉォォォォォッ!」

 ゴオォォォォッ!

 ファルゴの体が燃え上がる。
 離れた場所に居ても伝わってくる熱気に、僕は思わず後ずさった。
 ヂリヂリと肌が焼ける。
 ったく、ただでさえ海水浴で焼けたっていうのに。

「リフレクションスキン」

 魔法による熱なら、これで問題なく反射できる。
 けれどこれだけの熱量、収束して放たれれば防御は難しい。
 果たしてどこまで魔法で耐えられることやら。

「まずは任務を遂行させてもらうぜ、おい……はあぁッ!」

 ファルゴの掛け声と同時に――砂浜の地面から炎が吹き出す。
 砂浜だけじゃない、グリムが去っていった道の方にも、さらにその奥に見える町にも。
 目に見える範囲だけじゃない、おそらくは国中全てに――

「ディクトゥーラのおっさんから、マルを潰せって言われたんだ。潰した後は好きにしろともな。本当は最初にぶっ放したあのでけえ火の玉で一瞬で終わらせるつもりだったんだぜぇ? なのにてめえが邪魔するからよ、どいつもこいつも痛みと熱さで苦しみながら死ななきゃならねえことになっちまった」
「ダウンプアレイン」
「……お?」

 発動した魔法はマルの国の空を灰色に染めた。
 突然現れた分厚い雲は、マルの国全土に土砂降りの雨を降らせた。

 ザアアァァァァーッ!

 大粒の雨が地面に叩きつけられ、吹き出した火の勢いを弱めていく。

「これが魔王サマの魔法かよ、便利なもんだなおい」

 けれど、ファルゴの体にまとわりつく炎の勢いが弱まる様子はない。
 あまりの温度の高さに、雨が接触する前に蒸発してるみたいだ。
 ライフイレイスで命を奪い手っ取り早く終わらせることも考えたけれど、どうにもイメージがうまくいかない。
 殺意が足りないのか。
 あの時は、ユリの死体を見てブチ切れてたからな、状況が違いすぎる……仕方ない、真っ向勝負で行くか。

「やっぱてめえを先に潰さねえと、任務も終わらねえみてえだなおい。同等の相手とガチでやりあえる機会ってのは意外と少ねえからな、せっかくだし楽しんでいくこととするか! はああぁッ!」

 雨の中、ファルゴは手を天にむかって掲げ、巨大な火の玉を生成する。
 初撃で放ったものと同等のサイズ。
 魔力量を見るに、おそらくディメンジョンシールドじゃ許容量を越えて防ぎきれなさそうだ。
 つまり、防ぐ手立てはない。
 破壊力には同等以上の破壊力で応戦するしかない。
 僕も臨戦態勢を取った。
 ファルゴの手から火の玉が離れると同時に魔法を発動する。

「ショックブラスト!」

 純粋な破壊力の濁流と、膨大な魔力を含んだ火の魔法が衝突する。
 強大な力同士のぶつかり合いが、マルの国の大地を揺らしていた。





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コメント

  • Kまる

    ワン○ースみたいに心臓を体に害なく取り出せるみたいなのすれば?

    1
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