最強転生者は無限の魔力で世界を征服することにしました ~勘違い魔王による魔物の国再興記~

kiki

その57 魔王さま、魔王流のデートを見せつける

 




 魔王流のデートとは、何となくその辺をぶらつくことである。
 つまりノープラン、何も考えていない。
 けれどザガンは僕と手を繋いで歩くだけで楽しそうなので問題はない。

「そっか、デートは好きな人と出かけることなんだな!」
「そういうこと」
「まおーさまはわたしが好きか?」
「うん、好きだよ」
「んへへー、わたしも好きだぞー!」

 ザガンは無邪気に笑ってそう言った。
 ああ、癒される。
 町の魔物たちも、まるで仲のいい兄妹を見守るように、温かい視線を僕たちに向けていた。

「魔王様とザガンちゃん、仲いいのねえ」
「今日はデートだぞ!」
「あら、魔王様ったらザガンちゃんにまで手を出したのね」
「いや、そういうわけじゃ……」

 通りすがりのおばちゃんにからかわれたりしながらも、僕たちはメインストリートをまっすぐ進んでいく。
 特に目的があるわけでもないから、行き先もなくさまよってるだけだ。

「ザガン、ジュースでも飲む?」
「あそこのマルコットジュースがわたしは好きだ」

 視線の先には、メインストリートでも人気の高い、リザードマンの搾りたてフレッシュジュースの店があった。
 さすがにまだ午前中だからか、あまりお客さんの姿は見えない。

「じゃあ行こうか」

 マルコットはディアボリカはもちろん、エイレネやその他の国でも広く愛されている定番の柑橘フルーツだ。
 酸味があって、口当たりは爽やか。
 ちなみに僕はマルコットを食べていると、こたつが恋しくなってしまう。

「いらっしゃ……おう、魔王様にザガンちゃんじゃねえか!」

 店主のリザードマンのおっちゃんが、僕たちの姿を見て嬉しそうに言った。

「デートに来たぞー!」
「そうかデートか、ついに魔王様はザガンちゃんにまで手を出したんだな」
「でもまだ抱いてくれない!」
「はっはっは、なら肌がツルツルになるマルコットジュースを飲んで、もっと魅力的にならねえとな!」

 その会話に僕はどう反応したらいいんだか。
 僕は苦笑いを浮かべながら、店主にマルコットジュースを2つ注文した。
 彼は「魔王様からお代は取れねぇよ」と言ってきたので、半ば強引に銅貨を渡すと、申し訳なさそうにジュースを作るために店の奥へと消えていった。

 しばしザガンと歓談しながら、店主が戻ってくるのを待つ。
 そして両手にジュースを持ち戻ってきた彼に、僕はとある疑問をぶつけた。

「おまちどうさま、っと」
「ありがとう、おじさん。ところでそこの壁が削れてるみたいだけど、何かあったの? 以前に見た時は無かった気がするんだけど」
「ああ、あれか。昨日の朝見たらいきなり削れてたんだよ。どうせどっかの酔っ払いが魔法でもぶっ放したんだろ」
「そっか、災難だったね……リストア」

 手のひらから削れた部分に向かって淡い光が放たれる。
 魔法によって、みるみるうちに削れた壁面は修復されていった。

「治しちまったのか? すまねえ、魔王様の手を煩わせちまった」
「好きでやってることだからいいよ、ここは僕の町なんだから」
「今回はもう金を受け取っちまったが、今度はサービスさせてもらうからな」
「その時は丁重にお断りするから、諦めてよ」

 そう言って、僕とザガンはジュース屋を後にした。
 2人でほぼ同時に植物の茎を利用して作ったストローをくわえ、マルコットジュースを啜る。
 さすが果汁100%、まるでマルコットをそのまま飲んでるみたいだ。
 酸味が強くて、けれど甘みもしっかりと感じられて。
 ザガンはよほどこれが好きみたいで、一口含むたびに幸せそうに手を頬に当て、恍惚とした表情を浮かべていた。

 その後も、僕たちは色んな物を口にして、目についた歩道の破損や折れた柵を治したりしつつ、町を歩いた。

「どこにいってもみんなから歓迎されて、まおーさまは大人気だな!」
「みんないい魔物ばっかりだからね」

 行く先々の店員さんがみんなタダで食べさせようとしてくるのは、さすがに勘弁して欲しいけど。
 魔王としては経済が回ってくれないと困るんだって。

「そういう驕らないところもわたしは好きだぞ。やっぱりマオさまは、わたしの自慢のまおーさまだ」
「あんまり褒めてると、さすがに調子に乗るかもよ?」
「それはそれで面白そうだ、まおーさまの色んな表情はみてるだけでたのしいからな。だから、私は今日もたのしかったぞ!」
「うん、僕も楽しかった」

 デートと呼べる雰囲気は無かったけど、僕も楽しくて、ザガンも楽しそうで。
 町の様子も見ることが出来たし、余暇の過ごし方としては有意義だったと思う。

 デートの帰り道、僕たちがメインストリートから少し外れた道を歩いていると、1人のケットシーが「魔王さま、お願いがあるにゃ」と僕に声をかけてきた。
 見るからに悩み事を抱えてそうな表情、見過ごすことは出来ない。

「実は、私が所有している倉庫に何者かが忍び込んだみたいなのですにゃ」
「侵入者か……いつごろから?」
「昨晩からですにゃ、息遣いの雰囲気からして人間っぽくて怖いのですにゃ」
「人間が隠れてる、か」

 少なくとも転送陣による出入りは完全に管理されている。
 勝手に陣を発動させてディアボリカに侵入することは不可能だ。
 だとすると、人里から離れた場所にあるはずのディアボリカに、わざわざ目立たない方法で移動してきて忍び込んだってことになる。
 なんでまたそんな面倒な真似をしたんだろう。

「おっかなくて近づけないですにゃ、どうにかできないですにゃ?」
「まおーさま、行こう」
「わかってる、案内してもらってもいいかな?」
「ありがたいですにゃ、やっぱり魔王さまは頼りになるですにゃ!」

 困っている住民を放ってはおけない。
 僕はザガンと共にケットシーに案内され、倉庫へと向かうのだった。





 倉庫と言っても店とかではなく、個人で所有しているものみたいだ。
 中はせいぜい2畳ほど、物も詰まっているし人間が住むには狭すぎる。
 けれど扉に耳を当てると、確かに中から人間らしき呼吸音が聞こえてくる。
 僕はケットシーを倉庫から離し、安全な家の中に待機しているよう指示をした。
 そして取っ手に手をかけ、一気に扉を開く――

 ガチャッ!

 中に居た意外な人物を見て、僕は思わず「なっ!」と声をあげた。

「エ、エイシャ!?」
「うわっ、マオっちじゃなにゃいか。びっくりしたにゃあ」

 そこに居たのは、学院で同じクラスだったエイシャだったのだ。
 長い旅でもしたかのように、髪は伸び放題、体も汚れていたので一瞬わからなかったけど、その特徴的な口調ですぐにピンときた。
 学院が閉鎖されたあと、行方知れずになってたって聞いてたけど。

「びっくりしたのはこっちのセリフだよ」
「そーだそーだ、どうやってディアボリカに入ってきたんだ?」
「いやあ、それは……」
「サルヴァ帝国の力でも借りたの?」
「まおーさま、なんでそこで帝国の名前がでてくるんだ?」

 ザガンは首を傾げている。
 彼女とサルヴァ帝国の関係を示唆する証拠なんて何も無いから当然なんだけど、ここで彼女を見つけた瞬間に僕は確信した。
 エイレネの軍人に尋問された時、彼らは僕に帝国のスパイか、それとも真の平和の夜明けリベラティオ・エイレネのスパイかと問いかけた。
 反政府組織のスパイは結果的にミセリアだったわけだけど、ならサルヴァ帝国のスパイは一体誰だったのかという疑問が湧いてくる。

「エイシャがエイレネ魔法学院に忍び込んでいたサルヴァ帝国のスパイだからだよ。まあ、僕の想像なんだけどね」
「ふーん、鋭いにゃ、さすが魔王だよねん」

 エイシャは、想像以上にあっさりとそれを認めてしまった。
 もっとしらばっくれると思っていたのに。
 つまり、ここに潜り込んだのはスパイが目的じゃないって言いたいんだろう。

「私は間違いなく帝国のスパイだったにゃ。帝国のスパイは一度使われたら、二度とスパイとして活動しないって決まりがあるから、学院での活動を終えたあとは、帝国に戻ってのんびり貧しく暮らしてたんだにゃん。けど、最近帝国で発生してる怪現象が嫌になって逃げてきたにゃ」
「怪現象?」
「おそらくマオっちも知ってると思うけど、帝国は最近アーティファクトっていう魔法のアイテムを集めてるにゃ。その力を利用してエイレネに攻め込もうとしてるんにゃけど……集めれば集めるほど、変な声が聞こえてくるようになったんだよねん」

 アーティファクトは謎の多いアイテムだ。
 複数集めた結果、怪現象が発生してもおかしくはないのかもしれない。
 彼女が事実を言っているかどうかはさておき。

「助けて、助けて、って。朝から晩まで時間を問わず、常に聞こえてくるにゃ。かなりホラーにゃ。そんな声を聞かされて兵の士気はだだ下がり、脱走兵続出にゃ。そして私もその一員ってわけ」
「それで、同級生である僕を頼ってディアボリカまで?」
「その通りだよん。立場が立場だけに信用はしてもらえないと思うけど、できればこの町に住ませてもらえると嬉しいにゃ」
「……わかった、手配するよ」
「まおーさま!?」

 ザガンは僕の意見に否定的みたいだ。
 基本的に他人を疑わないザガンですら、エイシャのことは信用できないらしい。

「ザガン、城に戻って、エイシャの替えの服を用意してもらってもいい? 僕も彼女を連れてすぐに戻るから」
「本当に、いいのか?」
「大丈夫だよ、心配いらない」
「……まおーさまがそう言うなら」

 不満そう……と言うよりは心配そうに、ザガンは城へ向かって駆けていった。
 姿が見えなくなるまでの間、何度も振り返りながら。
 そんなに心配しなくたって、帝国兵1人に僕が負けるはずないのに。

「エイシャ、僕が思った以上にお人好しで驚いてる?」
「どうしてそう思ったのん?」
「そんな顔してたから。今日……いや、今まで見てきて初めて表情が動いたね」
「何を言ってるにゃ、エイシャちゃんは表情豊かな女の子だよん?」

 白々しいな。
 学院に居る時は、感情の読めない不思議な女の子だと思っていたけど、学院というフィルターが消えて冷静に相手を見れる今ならわかる。
 彼女は嘘をついている。
 どれが嘘とかじゃなく、全てが嘘なんだ。

「学院に居た頃、ずっと不思議に思ってた。どんなに笑っていても感情が感じられない、常に仮面でもかぶってるんじゃないか、と」
「マオっち、私を信用してくれたんじゃ……」
「違うよ、ザガンには見せたく無かったから先に帰ってもらっただけ」

 僕の殺気に気づいたのか、エイシャが一歩後ずさる。
 僕の力を知っている以上、一歩距離を取った所で無意味だって知っているはずなのに、ね。

「待つにゃ、一体私が何をしたっていうのかな?」
「こんな代物を町の至る所に仕掛けておいてよく言うよ」

 ポケットから光り輝く一片の宝石を取り出す。
 僕はそれをエイシャの足元めがけて放り投げた。
 コロコロと地面を転がる石を、エイシャは視線で追った。

「小さな宝石に――爆発魔法かな? この大きさの宝石に殺傷能力の高い魔法を仕込めるなんて、サルヴァの技術力は恐ろしいね、テロやり放題だ」

 ザガンと共に散歩をしながら、僕は街中にばらまかれたその宝石を探していた。
 ジュース屋の亀裂に、破損した歩道、折れた柵――それら全てに埋め込まれていたのだ。

「……」
「……スペルブレイク」

 パキンッ。
 不自然な動きを取るエイシャに向けて、僕は魔法を放つ。
 すると案の定、何らかの魔法を破壊した感触があった。
 石だけじゃなく、自分にも自爆用の魔法を仕込んでおいたのか。
 しかも今、彼女は一切表情を動かさなかった。
 自分が自爆して死のうとしたのに、だ。
 帝国への忠誠心が、死への恐怖心すら上回ってるっていうのか。

「けれど、エイシャの言葉に嘘があるようには思えなかった。たぶん怪現象の話や、二度とスパイとして使ってもらえないって話は事実だ。だけどそうなると疑問が浮かんでくる、スパイでも無いくせにどうしてディアボリカに潜入したのか、だ」
「同級生を探しに来たにゃ」
「事実なんだろうね、だって僕を殺しに来たんだから。僕は思うんだ、エイシャはスパイとしての役目を全うし、そしてもはや無価値になったその命を帝国のために捧げるため、ここにやってきたんじゃないかって」

 つまり命令ではなく、自主的な行動。
 命すら凌駕する忠誠心を満たすため、自らの命を使ってマオフロンティアに被害を及ぼそうとしたんだろう。

 図星を突かれても、エイシャの表情は変わらない。
 仮面をかぶるように、自らの顔に笑顔を貼り付けている。
 果たして、”素の彼女”は一体どこにいるのだろう。

「クラスメイトのよしみで、最期の願いぐらい叶えさせて欲しかったにゃ」
「僕もクラスメイトとこんな再会は……っ! アクアサフォケイションッ!」

 ゴポッ。
 とっさにエイシャの口内に向けて水魔法を放つ。
 クッションのように弾力性のある水の塊を詰め込むことで、彼女が舌を噛み自殺することを寸前で阻止した。

「はぁ……油断も隙もあったもんじゃない」

 だいたい、舌を噛んだってそう簡単に死ねるものか。
 そイチかバチかでやったってこと?
 馬鹿げてる。
 そこまでして死にたいってのか。
 自分のためじゃなく、帝国のために。
 ……狂信者め。

 水のクッションを詰め込まれ、口を半開きにした状態でもエイシャの表情は揺るがない。
 僕は彼女と話すだけ無駄だと判断した。
 こいつはおそらく、自分が崇拝する対象にしか心を開かないんだ。
 けれど、彼女は帝国のことを知る貴重な人間だ、逃がす訳にはいかない。
 学院での思い出を汚すことになるけれど――仕方ない。
 この国の平和を守るためなら、僕の思い出なんて些細な犠牲だ。

「バインドプランツ」

 僕はエイシャの手足を蔓で縛った上で、目の前にまで近づく。
 そしてゆっくりと、手のひらを彼女の額に当てた。
 そして強くイメージする。
 彼女の全てを支える礎となる、帝国への忠誠心。
 それを――マオフロンティア、及び魔王への忠誠心へと書き換える。

「ブレインリライター!」

 手のひらからエイシャの脳へと注ぎ込まれる魔力。
 それは彼女の心を蝕むように書き換えていく。

「ん、ぐっ、んーっ、んんーっ!」

 異変に気づいたのか、彼女は体をよじらせながら抵抗を試みるも、一度発動した魔法はもう止まらない。
 帝国で生まれたその時から今に至るまで、洗脳のように刻み込まれた価値観の根幹が、無残にも別の物へと変わっていく。

「んぐ、ぐうぅぅぅっ、んんうぅぅっっ、んんんんーーッ!」

 大禍時おおまがどき、赤く焼けただれた空の下に、少女の悲痛な叫び声が響いた――





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